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奴隷の最期

 アソルの部屋から戻りしばらく歩くと、そこには女兵士が壁に寄りかかっていた。


「……戻るぞ。若いの」


 そういって彼女は俺に枷を付け、また足早に引っ張っていく。

 彼女も女性だ。兵士とはいえ、やはり奴隷を娼婦として扱っている彼らと、そしてその会場にはいい思いもないのだろう。足早に去っていった理由も、機嫌が悪そうだったのもそのあたりが原因なのかもしれない。

 奴隷を虐げる帝国の兵士はみなすべからくどうしようもない奴らだと、そう思っていたが、やはりそれは違う。改めて昔の自分が、どれだけ自分勝手に人を見ていたかを思い出した。別にいじめていたやつらの親はそんなに悪い人間ではなかった。だけど俺は”敵だから”と関係するものすべてを悪とした。

 集団の中にも、敵となる物の中にもこういった、普通の感性を持っている、普通に怒れる人がいるのだと知り、改めて自身を顧みた。


 ――だが、道をふさぐなら容赦はしない。


 それだけは心に刻んでおこうと思った。相手にもいい人はいると知っていて、それで足元をすくわれては何の意味もない。


 そんなことを考えながら、俺は女性兵士の後をついていき、自分の牢屋へと帰っていった。




 そのまま別の労働場所へと連れていかれるのだろうかと思い歩いていたが、どうやら俺たちの牢屋のほうへ向かっているらしい。

 アソルの部屋で仕事をしていたのはそんなに長い時間ではなかったから、ほかに仕事があるのだろうと思っていたから意外に思っていると、ストクード達が待つ牢屋の前へとたどり着いた。

 女兵士の開けた格子をくぐり、そのまま自分の定位置で立ち止まる。女兵士が歩き去っていったことを確認してから、俺は腰を下ろした。


「シドウ、早かったね?」

 

 アトスが起き上がり、こちらによって来る。相変わらず胸元のガードが甘いので目を少しそらしながら(別に男なんだから逸らす必要はないのに)大丈夫だと答えると、アトスはうなずく直前、ピシッと固まったように動かなくなった。


「……どした?」


 アトスはじーっと俺を見つめている。その目はとても懐疑的な、じとっとした表情を持っていた。

 どうして急にそんな顔をしているのかと思い、こちらもアトスを見つめていると、ストクードがつぶやくように言った。


「……娼館に行ってきたんじゃろ?」


 その、別にアトスに言ったわけでもない、独り言のような言葉は確かにアトスの耳に入ったようで――。


「しょう……かん? しょうかんって……はっ!」


 リスが驚いたような顔をしてはっとしたアトスは俺に向き直り、肩につかみかかりながら俺の体を揺らし始めた。


「だっ! だだだ、だめだよシドウ! そ、そういう……え、えっちなのはだめだよ! においが違うからなんだろって思ってたら!」


 グワングワン揺らされて体の節々が痛い。顔を赤くしながら俺を揺らすアトスを見ながら、その横でストクードが声を殺して笑っている。この老人は時々こういうことをするよな本当に!


「ち、ちがうって。娼館には行ったけど――」


「いったんだ! 裏切者!」


「裏切者っ!?」


「ボ……ボクだって……ち、ちがくて! とにかくえっちなのはだめぇ!」


 ゆらゆら揺らされ続けてそろそろ視界が暗転しそうになってきたところで、ストクードが笑いながら「そう、娼館の掃除に行ったんだろう? シドウ」と助け舟を出してきた。いや、最初から言ってくれと。


「あ……掃除! 掃除ね!」


 それを聞いたアトスは俺から離れると自分の手で顔をパタパタと仰ぎだした。随分赤くなってしまっている顔をこちらからそむけながら、「ボクはてっきり……」とかなんとか、小さくつぶやいていたがくらくらする頭では正確に聞き取れなかった。


「……ストクード……アトスをからかわないでくれ。見ての通り単じゅ――純真そうなんだから」


「いやいや、すまないな。老人はこういう若い者の青春が好きでね」


「…………?」


 けらけらと笑うストクードに俺もじとっとした懐疑の視線を送るが、彼は構わず声を殺して笑っている。本当にこの老人は、活きがいいというかなんというか……随分若々しい行動をする時があるな。


「まあ、おかげで手と顔は綺麗に拭かされたよ」


 そういって、いまだぶつぶつと何かを言っているアトスの頭をなでた。撫でると彼女はいつものようにすぐふにゃりと笑い、落ち着きを取り戻していった。

 ……懐いてくれるのはうれしいが、こういう反応をされるとこう、もやもやする。なんだ。可愛ければ男でもいいのか俺は? 

 そんなことはないと、アソルに頬に口づけされたことを思い出し、同時に胸が高鳴ったのもおもいだした。

 うん。大丈夫。俺はノーマル。


 考えながらも、綺麗な手になっているので遠慮なくアトスの頭を撫でた。


 

 ……女兵士もどこかへ行ってしまった。周りに兵士の気配はない。ストクードもこうして軽口をたたいているという事は周りに誰もいないのだろう。どういうわけか早々に仕事場から牢屋へ戻されたが、せっかくだ。この間にさっきの出会いのことを話しておこう。


「そういえば、さっき娼館の部屋にいたアソルって人と話してきたよ。彼女にも俺の目的を言ってきた。信頼できそうな人だったし、何より兵士との仲が俺たち奴隷と比べて近い。色々聞けそうだ。きっと力になってくれると――」


 そういっているとまた、俺の手のひらにぴくっと動く感触があった。見ればアトスが「ぅん~……」と可愛く唸りながらこちらを見ている。


「……いや、話しただけだから。何もしてないから」


 何の弁明をしているのかと。いやまあ……キスはされたけど。


「あとストクード、いい加減笑うのやめろって……」


 その姿を見て、ストクードはまた笑いをこらえていた……。




 あれから結局、夜を継げる鐘が響くまで俺が連れ出されることはなかった。いつも通りアトスが奴隷の治療に駆り出された以外に仕事はこなく、そのアトス自身もいつもより早く牢屋へと戻されていた。

 少々、ストクードと共に妙に思ってはいたが、働きのいい奴隷はできるだけ潰さないように管理していることもあるようで、理由があるとすればそれだろうという事で落ち着いた。

 

 帰ってきたアトスはいつも以上に俺の近くまで来て眠っていた。俺もなつかれること自体はうれしいし可愛いいもうt――弟ができたようで、一人っ子だった俺はちょっと得した気分だ。

 それでも、朝はやってくる。幸せな時間はすぐに過ぎ去り、今日も一日をかけた労働が始まる。


 いつもより少し贅沢な睡眠の後、俺は自然に起きて女兵士を待った。あの兵士は特段寝ていても殴ってくることなく、ただ格子を剣で叩いて音を出すくらいなので問題はないのだが、毎回確実に彼女が来るわけでもない。他の兵士が来た時に寝て居ようものならもちろん死ぬほど痛めつけられる。一度剣で背中を切り裂かれたこともあった。アトスが近くにいてくれたおかげで助かりはしたが、それでももうあの痛みは勘弁だ。必要な痛みであれば、自分への復讐と目的のためなら甘んじて受け入れようとは思う。でも必要のない痛みは勘弁だ。


「……おはよう、シドウ。目覚めはどうかな?」


「おはよう、ストクード。相変わらず最高の目覚めだよ」


 いつものあいさつを交わし、いつものように壁に日を刻んでいく。三か月突破。俺の残りの体力を考えれば、正直もう二か月保つかどうかのような気がする。人間以外と丈夫なもので、結構長く保ってはいるがそれでも限界がないわけじゃない。そろそろ、本腰を上げて行動していこう。


「ほら、アトスネーヴ。シドウがもう起きておるよ」


 そういってストクードがアトスに声をかけると、アトスもゆっくりと起き上がる。

 彼女も天使族という種族の特性上、さほど代謝がなく自身から汗や皮脂といった汚れが出ることは少ない。けど汚れないわけではないし、魔法も無尽蔵に使えるわけではないらしい。彼女はひたすら死にかけの奴隷たちに魔法をかけ続けているようだが、その仕事も寿命を削ってやっているようなものだ。多分とうにキャパシティーはオーバーしているんだろう。日に日に起きるときの目や口元に疲れが色濃く出てきている。


「……おはよう、シドウ、ストクード……」


「おはよう、アトス」


 いつも通りの、奴隷の朝だが、ここから変えていこう。



 しばらくして、徐々に女兵士の足音が近づいてくるのがわかる。女兵士が開ける格子をくぐり、今日も奴隷として労働を受けてくる。しかし、今日からは労働だけじゃない。反逆へ向けて人を集めていく。その為にも多くの奴隷と関わっていく。もちろん兵士の目は盗みながらだ。奴らのずさんな管理体制ではサボることはできずとも話をする時間くらいは稼ぐことができる。


「……随分と、素直になったな」


 格子を潜り抜けた俺に、女兵士が声をかけてきた。少し珍しいその行動に驚きつつも、俺はただ小さくうなずいた。隷属を受け入れたわけじゃない。ただ素直に、自分に素直になろうとしただけだ。これからは社会の目も、大人の常識も、当然の礼儀も何もない。自分がしたいことを、しようと思う。

 女兵士は俺のそんな心のうちなど知る由もないだろう。そのまま俺の鎖を引っ張って労働場へと連れて行った。




 今日の仕事はどうやら中央ホールの壁削りのようだ。初日にやらされた、あのひたすらに鑿を打ち付けていく作業。あの作業だ。

 このドーム状の部屋は将来的にこの施設の入り口兼集会所?になるらしい。この施設は装飾性にもこだわるらしく、今俺たちがやらされているのは装飾のためのタイルを張るための溝堀というわけだ。タイルを張る部分を、タイルに合わせて彫り込むことで少ない漆喰で嵌められるようにするらしい。

 ホールの壁には一部、大きな鉄扉がつけられており、その向こうにも空間が広がっている。兵士たちの話を盗み聞きした時、どうやらあそこは上の階層へとつながる部分らしい。

 そんなことを考えながら、ちらりと上を向く。上でかさかさと動いている蜘蛛族エネーラの人たちも、天井付近で同じ作業をされているらしかった。彼らは天井だろうがその蜘蛛の足で自在に歩けるため、人間では届かない部分の作業をやらされているらしい。他にも吐き出す上質な糸を使って色々布製品やらの製造もさせられているそうだが。


 ひたすら無心に掘り進め、できるだけ凹凸のないようにしていく。しばらく意味も分からずに一部分だけ掘り進めていた時は思い切り殴られて死ぬかと思った。しばらく右目見えなくなってたし。

 正直アトスがいなければ俺はいま隻眼になっているだろう。魔法というのは制御されているのだとしても、やはりすごい力なのだと再認識したものだ。


 ふと、兵士たちが俺の遠くで談笑しだすのが聞こえた。相変わらず人間の奴隷を扱っている時の彼らはずさんだ。当然、弱い奴隷の中でも一番に弱い人間の奴隷を恐れることなどないのだから当然といえば当然なんだろうが。

 人間は管理しなければ”脅威”になりえるからこそ管理する。食品工場が衛生を徹底に管理するのは食中毒の”脅威”があるからだ。もしこの世に食中毒などなければそんなものわざわざ管理しない。ナイチンゲールが衛生管理に手を出す前は、病院でさえ衛生管理などしなかったのだから、やはり人間は危険だと分かっていなければ何もしない生き物なのだ。


 注意を逸らした兵士をちらりと確認した俺は、そのままじっと上を見上げてみる。そこには遠く、蜘蛛族の誰かが天井を這って何かの作業をしていた。今のところ二十人くらいいるのだろうか。わさわさと動くさまは最初こそ嫌悪感があった。しかしもう慣れてしまったのか、動いてるな~くらいにしか思わなくなった。衛生環境の悪いところにいるせいで、自分の腕に手のひら大のゴキブリのような虫が這ってきても声一つ出さず掴んで放り投げるくらいにはなれてしまっているので、もう人間大の蜘蛛ぐらいで驚かないだろうと思う。

 むしろ眺めていると結構色が違ってたり、腹、人ではなく蜘蛛の腹の部分の形も多様であることに気付き、なんとなしに感心したりもしていた。

 今日もそんな蜘蛛族を眺めていると、ふとこちらに顔、これは人型のほうの顔を向けている蜘蛛族が一人いるのがみえた。

 漆黒の足を持つその蜘蛛族は、大体高さ十メートルあるかないかくらいのところの壁をならしていた。遠目に観ても、人体部分は女性とわかるシルエットをしていた。黒い髪は光の反射なのだろうか、流れる髪の毛は動くたびに白と黒の間をグラデーションのように移り変わる。彼女もじっと、俺を見ているようだった。


「おい、どれか貸してくれ。臭くてかなわん」


 そんな声が後ろから聞こえてきた俺は、視線を自分の手元に戻し、木槌を振るう。兵士はどうやら何かを探しているようで、談笑していた兵士たちを呼び寄せていた。


「もうくせぇんだよ。とっとと貸してくれ」


「あ~はいはい。んじゃそこのもってけ」


 そんな会話がされた後、後から来たほうの兵士が俺のほうに歩み寄ってきた。


「おい。立て奴隷。仕事だ」


 そういって俺の鎖を乱暴に引き上げると、そのまま俺の首が閉まるのもいとわずに、半ば引きずる様にして歩き始めた。


(”そこの”って俺のことかよ……)


 彼らの言葉の中で使われていた単語に人を指し示す単語はなかった。英語で言えば”it”だ。心底、俺たち奴隷を生き物としてみていないことが分かる。

 ささくれ立つ枷が首に食い込む痛みに歯をくいしばって耐えながら、ふらふらと引きずられていく。兵士はそのまま俺をホールから連れ出した。ホールにつながる通路に入る寸前、俺はもう一度上を見た。

 そこにはじっと、俺を見る何人かの蜘蛛族の人がいた。




「片づけとけ」


 そういって兵士は俺をとある牢屋の前に投げ倒し、そのまま俺の首の鎖を鉄格子に嵌めた。


「後数刻したら戻ってくるからそれまでにやっとけ」


 挨拶のように俺のことを足で小突いた後、兵士はそのままどこかへといってしまった。

 来るまでに臭ってきた香りで大体の予想はついていたが、ひどいものだった。多分もう俺がここに来る前から放置されていたのだろう。


 音の隙間もないほどに、羽虫の飛ぶ音が響く。明らかに日本にいる類の大きさじゃない虫たちがひしめき合い、キチギチと不快な関節音を鳴らしている。その奥にはもちろん、何とか人間だったものと判別可能な影があった。いや、たいまつの光で照らされて色はしっかりと見えるはずなのに影としてしか認識できないのは、それほどまでに黒く変色してしまっているから。

 牢屋の中の部屋は雨が降るはずもないのに水たまりができ、そこにも虫たちが舐めにきている。水よりも明らかな粘性を持つそれはてらてらと炎に照らされていた。


「……おぅ、おえ」


 今だ、これには慣れない。それも今回は特にひどい。こんなになるまで放置されていた死体は初めて見た。

 こういう時は我慢しちゃいけない。それにそのほうが早く掃除が進む。


 俺はできるだけ牢屋から離れると、そこに遠慮なく内容物をぶちまけた。碌に食べてもいない胃からは何も出ず、ただ黄色っぽい胃酸が口を焼くだけだ。

 えぐみに、妙な酸味のある胃液を存分に吐き出すと、少し牢屋の様子が変わってきた。ちょこちょこと、大きい虫たちから牢屋の外へと顔を出し始めた。俺は自分の吐しゃ物から離れると、そこに徐々に牢屋の中から虫たちが寄ってきた。


 こいつらは死肉を好んで食べはするが、それ以上に新鮮な人間の体液が好きなようだ。胃液でも何でも、血でもいい。とにかく人間の体液が好きなようだ。

 時より起きると顔の前あたりにこいつらのような虫がいるときがある。どうやら涙や汗を食いに来ているらしく、最初は発狂してしまいそうになるほどだったが、やっぱり慣れてしまった。そんな些事よりも自分の命のほうが大事だと、人間どうとでもなる。


 わらわらと臭いにつられて牢屋から出てくる虫たちを横目に、格子の中へと入り近くにある木製のバケツを手に取る。そして掃除しようとして置いていったのだろう麻袋に、触れるだけで”でろり”とぬめる死体を掬い取りいれていく。腕らしき部分を掬い取れば、その断面から内部にまで入り込んでいた虫たちが一気に出てくる。生理的嫌悪をこらえながらも、俺はそのまま死体を袋に詰め続けた。

 何人分の死体かはわからないが、袋二つ分。それを縛り、隅に置いておく。最後にたいまつを手に取り、辺りの粘液や虫たちを追い払っていく。胃液の処理も忘れずに。


 そうしてひと段落させていると、俺を連れてきた兵士が戻ってきた。


「おうおう、早いね。上出来だ」


 そういうと兵士は格子に嵌められていた鎖を外した。後はこの袋を廃棄場に持っていくだけ――。

 そう思って少し息を吐いた瞬間、首に強い力が加わったかと思うと、俺は格子にたたきつけられていた。


「――がはっ!!」


 枷が首に締まり、気管が塞がる。あまりの痛みに声も出ない。まったく息ができない状態でうずくまりながら後ろを見てみると、あの兵士が俺の鎖をもって笑っていた。

 どうやら俺の鎖を持った後、思い切り自分の方に引っ張ったみたいだ。俺はそのまま行格子にぶつかる形で首を絞められたというわけだ。


「生意気な目だな」


 兵士はそう言い放つ。特段、彼の気に障るようなことはしていないのだろう。ただ、彼がなんとなくそれを思いついたからやってみたというだけ。きっとそれだけの理由だ。

 勢いよくふさがれた気管に違和感を感じながらも、俺はそのまま兵士をにらむことをやめ、麻袋に手をかける。


「……んじゃ、後よろしく」


 そういって兵士はまたどこかへと行ってしまった。


「――けほっ、かほっ」


 乾いた咳のようなものを繰り返しながら、俺はそのまま一番近いところにある廃棄場に行って麻袋を焼却炉の中に入れた。

 もともと何人だったのかもわからなくなってしまった人たち。もう燃やしてやることでしか俺は彼らにできることはない。せめて、俺のように、死んだ後にどこかこことは違う世界に行けていますようにと願いながら、俺は麻袋に油と火を入れて、それが燃え上がり煙が上がるまでそれを眺めていた。煙はそのまま洞窟内に開けられた通気口らしき穴に吸われ、どこかへと昇って行ってしまう。


 腐った死体だったのではっきりとは分からないが、人間族の奴隷だったように思う。この奴隷施設で最も扱いがぞんざいな、死ぬことの多い種族だ。

 ほかの奴隷たちは魔族としての機能があるからいいだろうが、俺たち人間族には何もない。数が多いことぐらいしか魔族に勝る部分がないのだ。だからこそ、一番死体を見る。


 もう、こんな人たちを増やしてはならない。

 目の前の赤い炎は熱く、その熱が俺の怒りの代わりに燃えてくれることで、叫びだしたい衝動を抑えた。ストクードとアトスも、こうなってしまうのだろうか。アソルも、あの蜘蛛族の人も、俺がここであきらめてしまえばこうなってしまうのだろうか。

 

 ――そんなこと、あってはならない。

 

 もう一度、俺は反逆への意志を固くした。独りよがりの、独善以外の何物でもないこの正義を、俺は今度こそ正しい形で成就させる。

 揺らめく炎に誓いながら、俺はその場を後にした。

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