〈プロローグ〉
――小学生のころ、一人の少女を救おうとしたことがある。
大したことじゃない。死にそうになったところを助けようとしたわけでも、少女漫画のヒーローのように、不良から助けたわけでもない。ただ普通の、ごくありふれたクラス内のイジメから救おうとしたことがある。
イギリスと日本のハーフで、薄い金髪が綺麗で、大きな碧色の眼が可愛くて、本が好きで賢くて、大人っぽくてお洒落で――――そして、俺の初恋の女の子だった。
イジメの理由は単純だ。『俺』が彼女のことを贔屓していたのが原因。自他ともに認めるクラスの頼れる存在だった俺が、中心的存在だった俺が、必要以上に彼女を特別視したのが原因だった。
元々、女子グループの中で一番強かった子たちからのイジメは、次第に男子たちの倫理観も侵食し、少女をイジメてもいい存在へと塗り替えてしまった。
俺はそれを許せなかった。昔から憧れだった『正義のヒーロー』らしくあるために、誰からも愛される夢見る『王様』のように、俺はなりたかったから。
その為に勉強も、運動も、そして友達との関係も努力した。そしていつしか上級生たちからも、近所の大人からすらも一目置かれるようになった俺は、自分のクラスに起こった『悪』を許すことができなかった。だから俺は、その『悪』を断ずるために行動した。
――でも、少女を守ることはできなかった。
大したことじゃない。イジメていた連中を、その親も含めて近所中から煙たがられる様に噂を流したしただけだ。イジメを理解していた教師を、証拠と共に教育委員会へ突き出しただけだ。それをもみ消そうとした学校側の情報を、ネタに飢えた地元のマスコミに話しただけだ。
――俺は目的だった『悪』を滅ぼすことができた。
ガソリンでもぶちまけたくらいに燃え広がった炎は、あっという間に学校中の『悪』を淘汰した。下世話な週刊誌の一ページに、雑なモザイクと共に掲載された加害者達は地域にいられなくなった。教師はいつの間にかいなくなっていた。校長も謝罪と共にどこかの誰かと入れ替わった。
俺は果たした。『悪』を断ずることを。幼心に抱いた義憤と復讐心を満たした。
――そして同時に、俺は『憧れ』と『夢』を失った。
当り前のことだ。そこまでのことをした者を、子供といえど他の人間が認めるはずもない。俺は一気に『頭のおかしな奴』としてその名を知らしめた。まるで異形を視るような目で視られる俺は、誰からも称賛されなかった。誰からも感謝されなかった。親ですらも、俺をひどく叩いた。口の端から血が滲むほどぶたれたのを覚えている。
しかしそれ以上に、俺の心を蝕んだのは――『夢』を腐蝕させたのは――他ならぬ少女の涙だった。例え親に叩かれようとも、誰からも嫌われようとも、その少女だけは認めてくれると信じていた。
でも、そんなことあり得るはずもない。
――――当り前の、ことだ。
俺は『悪』を殺しただけで、彼女を『救おう』などとはしなかったのだから――。