君の名は
アフリカのサバンナのような草原に出現した立方体の黒い壁。それに向かって続々と集結する恐竜型モンスターの群れ。黒い壁の四方から先を争うように次々にモンスターが入っていく。
その様子をドラゴンの背から見下ろしていた青空は違和感を覚えていた。そもそも何のためにモンスター達は集まってくるのか? それはまるで何かの意思で黒い壁に吸い寄せられているような、異様な光景だった。
壁の向こう側は青空の住む現実世界。異世界からの侵入者は原生林の木々をなぎ倒し、焼き払い、森の動物たちを殺していく。壁の向こう側には魔法少女つぐみとその相棒がいる。彼女らはこれまでにも何度もモンスターと戦ってきたとは言うが、ちょっと頼りない感じもする。山を降りれば人里もあるだろう。13歳の青空照臣でもそのぐらいのことは想像できる。
「ドラゴン! この場にいるモンスターを焼き払ってくれ!」
『……』
「あれ?」
『……』
「えっと……」
ドラゴンは長い首を曲げて、ジト目で青空に視線を送ってきた。
「ど、どうしたドラゴン?」
『それです』
「それって……どれ?」
『ふうーっ』
深いため息が青空の脳に直接メッセージとして届いた。
ドラゴンのごつごつとした背中で呆然と佇む青空。
『私はマスターに私の全てを捧げる覚悟ですよ?』
「えっ……?」
一際大きく羽ばたいて、ドラゴンは大きな目を彼に向けた。
深碧の瞳がわずかに潤んでいる。
相手は巨大なドラゴンだが、彼の脳に届くメッセージは人間の女性の澄んだ声。
青空は激しく動揺した。
『――なのに、名前で呼んではもらえないなんて……悲しいです』
「ああ、そういうことか。いいよ、名前を教えて!」
『私たちの種族には名前で呼び合う慣習がないゆえに、名前はありません』
「無いのかよ!」
『ですから、マスターが私に名前をください』
「俺が付けるの?」
青空は困った。彼はペットを飼った経験も無く、名付け親になること自体が初体験だったのだから。ドラゴンの背中のごつごつに掴まることも忘れ、腕組みをして考え込む。ドラゴンは時々振り返りながら、黒い壁の周りをゆっくりと巡回飛行に移っていく。
壁の向こう側では日笠つぐみとその相棒の『魔王さま』がモンスターと戦っている。そこへ向けて続々と吸い込まれていくモンスター。もう一刻の猶予もないこの状況で、何も思いつかない青空は――
「桃色のドラゴンだから……『モモ』で良いんじゃないか? あっ、そうじゃなくて『モモ』が良い! ……と思うぞ?」
『モモ……ですか?』
「あっ……やっぱりちょっと――」
ドラゴンの瞳孔がぐんと広がるのを見て焦る青空。
自身のネーミングセンスの無さに自爆寸前だ。
『素敵な名前をありがとうございます、マスター』
「えっ!? いいの?」
『もちろんでございます。私、一生マスターに添い遂げますゆえに、これからどうぞよろしくお願いします』
「う、うん。よ、よろしくな……モモ!」
『はいっ! では、改めてマスターご命令を!』
ドラゴンの一生って何年ぐらいなんだろうか?
そんなことを考えながら青空は命令する――
「モモ! あのモンスターを一体も残さず灼熱の炎で焼き尽くせ!」
『はいっ、喜んで!』
モモは居酒屋の店員のように気前の良い返事をしてから、口から空気を吸い込み、一気に炎を吐き出した。
次々に焼かれていくモンスターたち。
上空を飛び回るモモの眼下には、真っ黒な大地と消し炭と化したモンスターの残骸が残るだけだった。
『お疲れさまです、マイ・マスター。どうぞそのままお休みください。このまま元の世界へ私がお連れいたします』
「そうか……ありがとう……モモ……」
モモの背中に乗っていただけのはずなのに、青空は酷く疲れていた。
やがて彼の意識は真っ暗な暗闇に沈んでいった。