再会と喧嘩別れ
「あっぶなかったぁー、九死に一生を得たわね。ほんと、運がいいよあんたは。学級委員長の……えっと、誰だっけ? あの子の言うことも当たらずとも遠からじという感じ?」
「小泉さんだろ……でも、運がいいなんて全然思えないのは俺の気のせいだろうか? そもそも何でいきなり上空なんだよ。地上にワープしてくれれは……」
「……あんたバカなの? うっかり地面の下に出ちゃったら即死でしょう? 中途半端に低い位置ならすぐ地面に激突でしょう? 空間転移魔法の常識でしょう?」
「そっ、そうなのか……」
魔法が使えるという非常識な世界を目の当たりにして常識を説かれても困るのだが、堂々と断言されると妙に納得してしまう。
つぐみはスカートのポケットから真っ赤なリボンを取り出して、髪を二つに束ねていく。
風にたなびく金色の髪が青空の顔にぺちぺちとまとわり付いてくるのだか、そのことに気付かれないように彼は顔をできるだけ逸らしている。
うっかり本人に知られると逆切れされそうな予感がしたからだ。
「ほら、この先の山を越えたところが今回の出現ポイントよ!」
つぐみの声で青空は前を見る。同じような原生林の山々が連なる大地に一際高い山脈がある。
「随分と距離があるよね。何でこんなに離れた場所にワープしたんだ?」
「本当にあんたってバカなの? 現場から離れた場所に出るのが空間転移魔法の常識でしょう? いきなりモンスターに襲われちゃったら死ぬのよ!」
「えっと……どうせ遥か上空に出てくるんだからその心配は――」
青空がそう言いかけた瞬間、モンスターが大きな口を開けて襲いかかってきた。
「きゃあぁぁぁ――ッ!」
「ぎゃあぁぁぁ――ッ!」
原生林の中から突然飛び出した赤い恐竜型モンスターは、間一髪のところで魔王に真っ二つに切り裂かれる。紫色のどろどろとした体液が二人に降り注いだ。
「助かったわ、魔王さま!」
「~~~~」
「そうね、こんなところまで侵攻を許してしまったのは私たちの落ち度だわ!」
「~~~~」
「了解!」
つぐみは魔法のステッキを上方に引っ張り高度を上げていく。
青空は、口に入ったモンスターの体液をペッペッと吐き出してから口を開く。
「今のモンスターって、俺達の学校に出現した奴とちょっと違ったように見えたけど……」
「いいえ、あいつらは出現するたびに進化していくの。毎回のようにね!」
「毎回って……日笠さんは、あんなモンスターと何度も戦っているのか?」
「まあ、これが私の仕事だからね」
「仕事って……給料もらっている訳じゃないよね?」
「……それは禁則事項だから一般人のあんたには教えられ……あっ、見えた!」
つぐみが指差す方向には、黒い立方体の物体――異世界へ繋がる扉が原生林が生い茂る山の斜面に立っている。
そこから次々に飛び出してくるモンスター。
「これは出現元を断たなきゃどうにもならないわ! ねえ、あんたの相棒はちゃんとそこにいるよね?」
「えっ!? 俺の相棒?」
「そうよ、あんたの相棒のドラゴンを使って敵を殲滅させるの!」
「ええっ!?」
「ええっ、じゃないの! そのためにあんたをわざわざ連れてきたんだからねッ!」
「ねっ、とか言われても困るんだけど……」
「あー、じれったい! この男じれったい! まあいいわ、突入するからしっかり掴まっていなさい。あっ、ぎゅっとはダメだけどね。変なこと想像したらコロスから!」
「えっ……」
次の瞬間、つぐみは前かがみになり黒い壁に向かって真っ逆さまに突入を開始した。
青空は振り落とされそうになり、寸前のところでつぐみの制服を掴んで堪えたが、布が千切れる音がした。
鬼のような形相で振り向くつぐみ。青空は涙目で首を振り、後ろから抱きついた。
二人を乗せた魔法のステッキは回転を加えながら黒い壁に突っ込んだ。
▽
異世界への扉である黒い壁を突き抜けると、ピンク色のドラゴンは本来の姿になって巨大化する。二度目の余裕なのか、青空はその様子をしっかりと目で追っていた。
ピンク色のドラゴンも、その大きな瞳で青空のことをずっと見つめ返してした。
(やはり、これは夢ではなく現実に起きていることだったのか……)
青空にとって、心のどこかではまだ現実として捉えていなかったこの数日間の出来事を、ようやく今、現実として受け入れることができた。
眼下に広がる景色はアフリカのサバンナのような草原地帯。不思議な形をした大きな木が転々と生えているが、ライオンやシマウマがいてもおかしくはないぐらいに野生の王国という感じ。
しかし、群がって移動しているのは動物ではなくモンスターだ。
先ほど青空たちが突入したのと同じ真っ黒な立方体が、彼らの後方に見えている。そこへ向かって続々とモンスターが巨体を揺らし集結している様子が見て取れた。
「あいつらは何のために俺たちの世界へ? そもそもなぜあの黒い壁が出現するんだ? 自然にできちゃうものなのか?」
「えっと……それを外部の人間に話すことは禁則事項なので……」
「外部の人間っておまえ……俺の疑問に何一つ答えずに協力だけしろってのか? はあーっ? 自分勝手にも程があるだろ!」
青空はつぐみの態度に腹を立てていた。その感情に呼応するようにドラゴンの瞳孔がスッと縦長に細くなる。
「うるさいわよ、青空のくせに生意気なのよ! なによ、ドラゴンマスターになったからって、あんたの立場はこれまで通りクラスの最底辺なんだからね!」
「はあー!? それをおまえが言う? おまえなんか最底辺にも入れない不良だろうが!」
「――くっ」
『今すぐマスターから離れろ! 我が使い手に仇成す女め!』
彼らの脳に直接届くドラゴンからのメッセージ。
「それって、私の――」
眉間にしわを寄せドラゴンを睨み付けようとしたつぐみだが、そんな余裕も与えられることはなかった。
ドラゴンはその巨体をローリングさせて大きく羽ばたく。
風圧でコントロールが利かなくなった魔法のステッキは、強風に煽られた蝶のようにもみくちゃにされてしまう。
何とかステッキに乗り直したつぐみは地上すれすれのところで水平飛行に移ることができた。
一方の青空は空中に放り出されたところをドラゴンに背中でキャッチされていた。
『私のところへまた戻ってきてくれたのですね、マイマスター!』
「いや、戻って来たというか何というか……」
長い首を後ろに回してドラゴンは青空と目を合わせた。その瞳は潤んでいるように見えたが、青空本人は放心状態で何も考えられなかった。
「危ないじゃないの! 私は飛行中には他の魔法が使えないんだからね!」
つぐみがカンカンになって怒っている。
『マスター、このうるさいハエを退治してもよろしいですか?』
「い、いや待て。日笠さんは俺のクラスメートだから!」
『しかし、先ほどからマスターに生意気な態度が過ぎるのです!』
「まあ、それは俺が不甲斐ないせいだから……」
青空は伏し目がちに答えた。
その様子を潤んだ瞳でみていたドラゴンは、キッとつぐみに視線を向けた。
『運の良い人族のメスよ、マスターの深く尊い慈悲に感謝するのです!』
「うきぃぃぃ――っ!!」
完全に見下されたつぐみは魔法のステッキの上で全身をジタバタと動かし地団駄を踏んだ。
「日笠さん、まだ状況はよく分からないけど、こっちの世界から俺たちの世界へとモンスターが続々と侵入してきている良くない状況であることは分かったよ。だから俺は今からここにいるモンスターを殲滅することにした。それでいいかな?」
青空はから上から目線で言われた。少なくともつぐみにはそう感じられた。
眉間にしわを寄せ青空をにらみ返すが、ドラゴンの鋭い眼光に体がビクッとなり、下を向いてしまう。
「……うん。それでいいよ。もともとそのためにあんたをここに引っ張ってきたんだから。じゃあ、私は魔王さまと協力してすでに外に出て行ったモンスターをやっつけてくるから……」
「……日笠さん、大丈夫?」
「青空のくせに……」
「えっ?」
「青空のくせに生意気なのよぉぉぉーっ! 私だってね、本気を出したらここにいるモンスターを一網打尽に倒すことだってできるんだからねぇぇぇーっ!」
つぐみはそう言い残し、全速力で黒い壁に向かって飛んでいった。