異世界からの帰還
――よくもタッ君を! よくもタッ君を!――
つぐみの頭の中に小学六年生当時の雨霧巧巳の顔が浮かび上がっては消えていく。それは泣き顔、怒り顔、呆れ顔、そして……つぐみの名を呼んでいるときに見せる満面の笑顔。
タッ君はきっとどこかで生きている。そう信じようとしていた一方で、心の奥では諦めていた自分がいた。だからこそ、つぐみはその感情が表に出ることがないように心に蓋をし、異世界から来るモンスターと戦う日々の中で、タッ君との再会を果たす日が来ると信じて頑張ってきた。
それなのに……
ようやくタッ君への糸口が見つかったと思ったのに……
「オマエハ、タックンニ、ナニヲ、シタ!」
野部の体を左手一本で持ち上げ、彼女の口から出されたまるで魔物のような片言のことば。
身体から漏れ出る魔力が、焼け野原と化した大地をめくり上げていく。
「えっと、タッ君って? ああー、アイツのことかー。ボクはなんにもしてないけどさー。ってか、まだそんなに力が残ってんのキミ! いーかげんに魔力を使い切っちゃってよー!」
野部は地面の中にめり込んでいた剣を引き寄せ、つぐみに斬りつける。
閃光と轟音とともに両者の身体は魔法と魔法がぶつかり合い、互いに弾かれて大地に立つ二人に間合いができた。
うなり声を上げるつぐみ。
そのとき、彼女の身体には少しずつ変化が現れた。
頭から生やした水牛のような角は黒く変色し、先端から粉状にぽろぽろと崩れていく。
真っ赤な炎の尻尾もその先端から少しずつ火の勢いが衰えていく。
それを見た野部はニヤリと笑う。
つぐみの魔力が間もなく尽きようとしている兆しとみたのだ。
「よーし、あと一息だねー! もう一気に殺しちゃっていいよねー! ボク、この後、重要な会議にいかなくちゃだからさー!」
しかしその野部の判断は間違っていた。
野部の一撃が引き金となり、つぐみの最期の暴走が始まったのだ。
大地が轟き、地面が割れ、空間が悲鳴を上げ歪んでいく。
つぐみ、魔王、サラに残されたエネルギーの最後の一滴まで使い切ろうとする魔力の暴走は、世界の全てを破壊するほどの爆発力をもっていた。
「まずいまずいまずい、これはまずいよねー!」
野部はバリアを形成して防ごうとするが、カプセル型のバリアにはすぐに亀裂が入っていく。
――もう泣かなくていいんだよ、日笠――
その言葉がつぐみの自我の崩壊を僅かに引き留めた。
ドラゴンの翼を生やした青空に後ろから抱きかかえられていた。
『どけ、ドラゴンマスター!』
それはつぐみに入り込んだ魔王の意識から発せられた言葉。
『つぐみのことは心配するな。勇者を道連れにして消えるのはオレ様とサラだけだ。老いぼれ勇者を始末したらつぐみはお前の元に返してやる!』
「自暴自棄になったオジサン魔王の言葉など信じられるか! それに……もうこれ以上、日笠に十字架を背負わすな!」
『ええい、いいからつぐみから離れろ! 今勇者を殺さねばもう二度とチャンスは来ないのだ! オレ様の魔力が残っている今のうちに――』
「日笠ァァァー! お前はいつまでオジサン魔王などに精神を支配されているつもりなんだ!」
『なっ、ドラゴンマスター、無駄なあがきは……』
「お前は人間界で唯一の魔王属性をもつ存在なんだ! 人類の代表としてオジサン魔王などに負けるなぁー! 目覚めろ、日笠ァァァ――――!」
青空はつぐみの肩を掴み耳元で叫んだ。
つぐみの身体がビクンと反応した。
「日笠……もしお前がどうしても仇討ちをとりたいなならば、その時は俺の手でやってやる。お前には手出しはさせない! お前は自分の目の前でタッ君を失い、その責任を一人で背負って苦しんでいたということは俺も知っているから! でも……それはタッ君の今の姿を見てからでも遅くはないだろう?」
「イマノ……スガタ……」
「そうだ! タッ君はこっちの世界でずっと生きていたんだよ!」
「ズット……いきて……いた?」
つぐみは目を見開き、ゆっくりと後ろを振り向く。
「づくみ…………」
その視線の先にはボロボロに破れた白衣を着たオジサンが立っていた。
「俺が分かるだろうか? こんな姿になっちまったけど、この俺が誰だか分かるだろうか?」
「…………タッ君?」
つぐみはタッ君に抱きついた。
一瞬ためらったタッ君だったが、その身体を強く抱きしめた。
「そう、俺は雨霧巧巳だ。俺、ずっとこっちの世界で生きてきて……こんなオジサンになっちまったけどさ……ずっと会いたかったんだ……つぐみに」
つぐみは少女の顔に戻り、声を上げて泣いた。
二年間の想いのすべてを、つらかった思いをすべて吐き出すように。
二人の姿を見て青空は胸をなで下ろしていた。つぐみがオジサンになったタッ君を受け入れられるのかどうかが最も危惧されるべき事柄だったのだ。
――ナンバーワンの適応力は天才的である――
養護教諭の神崎礼子のことばを思い出し、自然と笑みがこぼれていた。
「さてと――」
青空が首をむけると、そこには悠然と事の成り行きを観察していた野部の姿があった。
「野部さん、あなたはこれからどうします? ピンクドラゴンと合体した俺と今から命の削り合いをしますか? 色つきのドラゴンの力は半端ないですよ!」
「青空クンだっけ? キミなかなか強そうだからボクの仲間になってよー。日本を異世界との一大交流国家にしてさー、アメリカの兵器会社と共同で武器を開発・製造するんだよー。そして軍事大国ニッポンのトップにボクは立つ! キミはその参謀になるといいよー!」
「……俺、社会科が苦手なんで、あなたが何を言ってんだか分かりませんよ」
「はあーっ!? バカなのかね、キミはー!」
「バカで結構ですよ。じゃあ、戦う気がないなら俺たちを元の世界へ帰してください!」
「はあーっ!? ボクがそんな親切なヤツに見えるかい?」
「俺の中のピンクドラゴンが暴れたくてうずうずしてるみたいなんだけど、放っておくとこっちの世界を滅ぼしちゃいますよ? それはあなたもあなたの中の勇者も困るでしょう? だったら、元の世界へもどしちゃった方が得策じゃないですか?」
「ぷっ! あははははははは、それは参ったねー、あははははは…… 」
野部は金ぴかマントを翻し、右手を空に掲げた――――
つぎの瞬間、青空たちは東京の上空五千メートルから落下していた。
「うわぁぁぁぁぁ、死ぬ死ぬ死ぬ死ぬぅぅぅぅぅ――――!!」
ボロボロの白衣をはためかせてタッ君が涙目で叫ぶ。
「何でモモが分離しちゃったんだよぉぉぉ――!?」
青空は元の姿に戻っていた。
「私はその女の魔力暴走を抑えるのに多量のエネルギーを消費したのです! 地上に降りたら鶏の唐揚げを所望するのです!」
ドラゴン幼女の姿に戻ったモモは青空の足にしがみついている。
「キミたちはそんな状態でよく勇者に立ち向かっていったなァァァ――っ、うぎゃァァァァ――!」
「タッ君さんにバッテリーを交換してもらえたし、いけるんじゃないかと思ったんですよォォォ――!」
「キミも相当雰囲気に流されるタイプらしいなァァァ――! あわわ、このまま東京湾のど真ん中に突っ込んだらみんな死んでしまうよねぇぇぇ!? つぐみなんとかしてくれぇぇぇ――!」
「えっ、私!? 私は魔法が解けちゃったし、今はただの女の子だし!」
つぐみは一人キョトンとした顔で、スカートを両手で押さえた姿勢で自由落下に身を任せていた。
「なぜ平然としていられるんだよォォォ――――!?」
青空とタッ君の声がハモった。
『ザッ……こちら宇宙防衛軍東日本支部、聞こえるか……ザッ』
青空のVRゴーグルに内蔵されたヘッドセットに無線が入る。
「はっ、はい! こちらサーティーン、聞こえます!」
『ザッ……ブルムワン弐号機をそちらへ誘導中。23秒後に高度1500メートル地点にて接続する。幸運を祈る。以上だ。ナンバーワンにうまく伝えてくれ、サーティーン、キミだけが頼りだ! ……ザッ』
前半はメカニック版の大柴、後半は神崎所長の声だった。
遙か下方に見える東京湾を横切るオレンジ色の光と真っ白な噴煙。
それがぐんぐん近づいてきた。
「日笠! 新しいブルムワンが来るぞ! 皆で乗り込むぞ!」
「えーっ? ブルムワンって悪い人たちの罠だったんだよ?」
「今度のは大丈夫だ! 大柴さんたちも同じ失敗は繰り返さないはずだ!」
「うーん、よく分からないけど、分かった!」
高度1500メートルの地点でパシッとブルムワンのハンドルを掴みとり、足を広げて挟み込む。
その後ろにタッ君を誘導し、青空はタッ君の背中にしがみつく。
青空の足にモモがぶら下がっているが、モモは自身は重力の影響を受けてはいない。
「いっくよー!」
つぐみは一気にアクセルをオン!
ジェットエンジンが火を噴き、東京湾の水面を切り裂くように水平飛行に移っていた。
目指すは桜宮派出所のある桜宮南中学校だ。
以上で本編は完結です。
次話はエピローグへと続きます。




