彼女は同じ失敗を繰り返さない
同時刻――
【宇宙防衛軍西日本支部のある自衛隊基地演習場】
演習場の真ん中に、まるで隕石が落下した後に出来るクレーターのようなくぼみがあった。そのクレーターの中心部に、つぐみと幼女姿のモモがひしと抱き合ってる。
「まだ魔力は回復しないのですか?」
「うーん、まだみたい……」
「まったく、おまえは仕方がないメスですね。私のエネルギーはマスターのために温存しておいたものなのです。それをおまえは一瞬の間に無駄遣いしたのです!」
クレーターの周囲には、魔芽玉が破壊された兵士たちが転々と倒れ、うめき声を上げている。
「あはは、でも……私、許せなかったんだ。生き物の命を粗末に扱うあの人たちのやり方が……」
つぐみは視線を落として呟いた。
モモはため息を吐き、そしてつぐみの顔を見上げた。
「異世界の魔獣の命のことなど、おまえには関係ないのでは?」
「関係あるわよ」
「関係ないのです!」
「ある!」
「ないのです!」
「あーる!」
「なーいのです!」
「ふーっ……」
つぐみは大きくため息を吐き、空を見上げた。
太陽が雲に隠れて日差しが柔らいているとは言え、気温はぐんぐん上昇して額には汗がにじんでいる。
彼女は目を細め、ぽつりと語り出す。
「私ね、魔王さまに怒られちゃったことがあるんだ。相手を見た目で判断しちゃ駄目だって――」
それは彼女が魔王に出会って間もない頃の話。
人型の標的を倒すことに嫌悪感を抱いていた彼女は、魔王に『相手が魔獣ならば殺せるのか』と問い詰められた。その時、彼女は敵と味方を自分の目で見極めることの大切さを学んだのである。
「だから、たとえ異世界のモンスターであっても、罪のない命をあんな玉に封じ込めるなんて許せないんだよ!」
そう言って、つぐみは拳を強く握りしめた。
モモは目を丸くしてその様子を見ていたが、身体接触によるエネルギー注入の最中であることを思い出してひしと抱きつく。
「あなたは本当に変わり者なのです。変わり者の魔王なのです!」
「えへへ…………えっ、魔王?」
「何でもないのです!」
魔王が話していたつぐみがこの世界の魔王であるという事実については、まだ本人には秘密にしておくべきだと、モモは考えた。
「それはそれとして……怒りの感情のコントロールはちゃんとできるようにするのです! 一時の感情に任せての魔力の暴走は身を滅ぼすのですよ!」
「あっ、それは大丈夫。私、今度は暴走しなかったんだよ? その証拠に一緒にいたあんたを巻き込まなかったでしょう?」
「はあーっ!? これを暴走と言わずになんと言うつもりなのですか? 私がマスターのためにとっておいた貴重なエネルギーを一瞬で放出したあの魔法を暴走と言わないのですか!」
モモはぶんぶんと腕を振り回し、頬をぷくっと膨らませて声を張り上げた。
そう、このクレーターはつぐみの怒りの一撃によって出来たくぼみなのだ。
「だから暴走じゃないって。あんた生きているし……」
「魔王の魔法ごときでドラゴンは死なないのです! はあーっ、もういいのです。おまえと話をしていると疲れるのです。ドラゴンを疲れさせるなんておまえは大したもんなのです」
「えっ、……ありがと」
「褒めてな――いッ、なのです!」
ジャンプしてつぐみの頭をパコーンと叩き、そしてまたひしと抱きつくモモ。
青空と離ればなれになってから、こちらの世界ではまだ30分が経過したところであった。モモは青空から生体エネルギーを譲り受けてこの世界に実体化している存在。だからいつ自分の存在が消えるか分からない。
そんな薄氷を踏む思いの中、ドラゴンの配下となったつぐみにエネルギーを注入し、魔法の力でいつ出現するとも分からない異世界への扉を探そうという作戦。
しかし身体接触によるエネルギー注入の効率の悪さがもどかしい。
「こうなれば、ラブ・注入しかないのです……」
「えっと、それは嫌!」
「私だってイヤなのです! でもでも、これはしかたがないのです! 目をつぶってドラゴンのウロコを数えているうちに終わるのです!」
「やだやだやだ! 私の初めてをあんたに奪われるなんて!」
「……もうマスターとしたではないですか」
「あっ……、で、でも、あれは人命救助みたいなもんだからノーカウント!」
「ならば、これも同じではないですか?」
「あっ……、でもやっぱり、いやだぁぁぁー!!」
つぐみは金髪ツインテールをフリフリして嫌がる。
そこまで嫌がられるとモモでも気を悪くするらしくムッとした表情で固まっている。
「じゃ、どうすれば良いのですか? おまえたち人族はこういう時にはどうするものなのですか?」
「神さまにお祈りする……かな?」
「ドラゴンは神に反逆した一族なのです! 祈るなんてことは出来ないのです! ああっ、でも、今はその神に祈るしかないのです! 私は早くマスターに会いに行きたいのです! マスタ――ッ!!」
「叫んだら会えるんだったら、私も叫びたいよ……」
「じゃあ、一緒に叫ぶのです! マスタ――ッ! マスター、会いたいですぅぅぅー! マスタァァァ――ッ!
クレーターの中心で愛を叫ぶドラゴン幼女のモモ。
小さな身体をいっぱいに使って懸命に叫んでいる。
その様子を見ていると、つぐみの胸の奥に熱いものがこみ上げてきた。
つぐみはモモの隣に立ち、思い切り息を吸い込む――
▽
同時刻――
【異世界の工場跡地】
「本当にやるのか? キミの推測の通りに俺のバトルフィールドが向こうの世界と繋がるものだったとして、それが地球上のどこと繋がるかはやってみないと分からないんだよ?」
32歳の無精ひげの男タッ君は、目の前に広がるオペレーションボードに指をかける姿勢のまま戸惑っていた。
「大丈夫ですよ。俺の相棒は、同じ失敗を二度とは繰り返さない奴なんです!」
青空は力強く答えた。彼はモモが幼女化して初めて彼の家に上がった日に聞いた、彼女自身の言葉を思い出していた。
「さあタッ君さん! やっちゃってください!」
「その中途半端な呼び方は変えてほしいけど…… 分かった、やってやる!」
タッ君は白衣をマントのように翻し、戦隊ヒーローが技名を叫ぶような言い方でコマンドを叫ぶ――
「バトルフィールド・オープン!!」
そして最後に鼻をすずっとすすった。




