万策尽きるその前に…
音もなく舞い降りるそれは、小さいながらも異世界への扉である。いや、この場合は現実世界への扉と言うべきか。
魔王と勇者が戦う上空を抜け、それは青空の目の前に降り立ったのである。
目がくらむほどの眩しい光が徐々に収まると、その中に人影が見えてきた。その人物はエレベータから降りるかのような自然な仕草で現実世界への扉から出てきた。
それはメガネをかけた20台前半ぐらいの青年。
彼は紺色のスーツに紫色のネクタイを締めたサラリーマンのような出で立ちをしている。と言うよりも、典型的な日本のサラリーマンそのままだった。
呆気にとられて立ちすくむ青空を一瞥して、彼は空へ向かって叫ぶ。
「勇者ァァァー! ボクを仕事中に呼び出さないでって言ったよね!?」
魔王と剣を交えていた勇者が金色の歯を歯茎まで剥き出しにしてニヤリと笑った。
スーツ姿の青年は――勇者の適合者であった。
「グハハハハ……すまんな野部よ。しかし儂らの宿敵を始末する絶好の機会が到来したのだ! これを逃す手はあるまい」
「あー、そういうことか……、まあ、ボクにとっては魔王なんてどーでもいいんだけどさ……。魔王を消すことで勇者が動きやすくなるのなら、それはボクにとっては好都合な訳で……。いいよ、協力するよ」
青年はどこか気の抜けた感じの言い方で、頭をボリボリかきながら呟やいている。
「それで、ボクは何をすれば良いかなぁー!?」
戦闘中の勇者に向かって大声で叫んだ。
勇者は適合者を迎えたことで戦闘力が数倍に上がり、魔王を力で押し返して答える。
「グハハハハ……野部はそこにいるだけでいいのであるが、地上に這う鼠を殺してもらおうかの? グハハハハ……」
「あー、やだなーボク。自分の手は汚したくないタイプなんだよねーボク。うん、わかった、じゃあー、こうすれば良いかー」
青年の前にオペレーションボードが現れ、何かを操作し始める。
すると青年の身体が上昇していき、同時に地上のモンスターが一斉に雄叫びを上げ始めた。
青空は耳を押さえてうずくまる。
耳をつんざくほどの空気の振動は地響きとなって、工場跡の粉塵を舞い上がらせた。
危険を感じ物陰に隠れようと動き出す青空だったが、間に合わなかった。
凶暴化した恐竜型モンスターが左右から襲いかかって来たのだ。
(くそッ、ここまでか!)
瞬間的に死を悟った。
しかし、目の前にタッ君が現れ一頭のモンスターを斬り、もう一頭のモンスターの攻撃を青空の腕を引っ張り退避させる。そこへ今度はサラが現れモンスターを火だるまに変えていった。
タッ君は左手で青空を引っ張り、右手で剣を振るう。サラは電撃の剣と炎を使い進路を切り開く。
凶暴化したモンスターは尽きることなく彼らに襲いかかる。
一時の猶予は与えられたものの、命運が尽きるのは目に見えて明らかな状況の中、青空は必死に考えを巡らせていた。
そして今、一つの推論が導き出された。
「タッ君さんの『空間と空間をつなぐ力』って、今でも使えるんですか?」
「えっ、そんなこと、今しゃべっている場合じゃないだろっ!」
「今だからです! どうなんですか?」
「ぐっ――」
タッ君がわずかに視線を逸らしたことで一瞬手元が狂いモンスターの牙に二人が掛かりそうになるも、何とか体勢を持ち直す。
「実は自分でも分からないんだ。一度あの方が口を滑らしただけで詳しくは俺にも分からない。そもそも俺はそんな魔法を使ったことがないし!」
「そっ、そうなんですか!?」
タッ君の返答に焦りの色を見せ始める青空。
しかし、つぎのタッ君の一言で持ち直す。
「俺にできることといったら、武器を召喚することと……戦闘訓練用のバトルフィールドを展開することぐらいだし……」
「それだっ!」
「えっ、どっ、どれ!?」
青空の推測が正しければ、タッ君が作り出すバトルフィールドは異世界と現実世界を繋ぐ魔法である。戦闘訓練のときの様子はつぐみからも聞いていた。ようやく全てのキーワードが揃ったと青空は思った。
しかし、問題はタッ君の作り出すバトルフィールドは位置の指定が出来ずランダムに展開される。万が一にも都心のど真ん中に展開されてしまったらどうなるか火を見るよりも明らかな状況の中――
「バトルフィールドを展開して! 今すぐに!」
「えっ、今から訓練するの?」
「ちがーう!」
これは日本の、そして世界の命運を賭けた一か八かの大勝負。
それを一人の幼女に託すことにしたのだ。




