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  転送!上空1000メートル

今回はちょっと長いです。

最初は三部に分かれていたのですが、話のリズムを切らないように一つにまとめました。

それに伴い、内容も分かりやすくなるように工夫してみましたが、うまく伝わっていればいいのですが……


ブクマ・感想・評価お待ちしています(^^)/


 授業が再開してしばらく経ったころ、青空の耳に振動音が届いた。

 その音は、どう考えても隣の席のつぐみから鳴っていた。


「はあぁぁぁ――? また呼び出しじゃん!」


 とつぜんつぐみは立ち上がって、床に放置していたカバンをつかみ教室を出て行く。さすがは不良少女、授業半ばのボイコットは手慣れたものだ。


 呆然と見送る青空だったが、彼女の椅子の下にスマートフォンが落ちているのを見つけると、すぐにそれを拾い上げる。


「ん!? どうした青空?」

「あっ、ちょっとトイレに……」

「なんだ、おまえ()トイレか。変なものでも食ったんじゃないのか? まあしょうがない、行ってきなさい」

「はい、すみません……」


 森田先生はつぐみのボイコットもトイレに行ったとして済ませるらしい。

 しかし、青空にとってはその方が好都合だった。それ以上は追求されることはなくそのまま授業は再開されていた。


「おい、落し物だよ!」


 青空が廊下に出ると、つぐみの金髪ツインテールの後ろ姿は階段へ続く角に消えていくところだった。


(走りにくそうなスカートなのに、何であんなに足が速いんだ?)


 青空は全力で追いかけながらぼやいた。


 全速力で階段への角を曲がったその時、なぜか階段の方から戻ってきたつぐみと正面衝突してしまう。


 ガツンと青空のあごにつぐみのおでこがぶち当り、もんどりうって床に転がる青空。一方のつぐみも額に手を当てたままその場で座り込んでしまう。


「痛たた……そんなに慌ててどこへ行こうとしているんだよ!」

「あっ、それ私のスマホじゃん! 何であんたが持ってんのよ、この泥棒が!」

「ちっ、ちが……って言うか、学校にスマホ持ってきちゃ駄目だろ!」

「いーのよ!」

「駄目だろ!」

「良いのよワ・タ・シ・は! 仕事なんだから」

「仕事!?」

「あっ……」


 つぐみは口を押さえて焦りの色を見せた。


「と、とにかく、それを返しなさい!」

「日笠さんがちゃんと説明してくれれば返すよ!」

「う~、あんた生意気だわ、変人の青空のくせにぃー!」


 ものすごく悔しそうな表情で地団駄を踏んだ。


「それは日笠さんも同じようなもんだろ! 魔法少女なんだから!」

「……へ!? 私が魔法少女?」

「そうでしょうが!」


 途端につぐみの表情が急に柔らかくなってきた。


「ふーん、そっか……あんた、私を魔法少女って見てくれていたんだ……」


 照れているのか、もじもじした仕草を見せるつぐみ。

 青空は訳が分からず首を傾げる。

 

 つぐみは何かを思い出したように、いそいそと通学用カバンのチャックを開け、『じゃーん』と言いながらご機嫌な表情で何かを取り出した。

 それは先日の事件の時にも着用していた家庭用ゲーム機『プレスト6』専用VRゴーグルだ。


「あっ、そんなもの取り出してまた何か企んでいるな!? まさかここで変身するのか? 魔法少女に?」


「そうよ、これを装着したら私は魔法が使える。つまり、私は魔法少女に変身するのよ!」


 ゴーグルを両手で掲げ、誇らしげに語る日笠つぐみ。


 彼女こそ、異世界から来た魔王の手下1号という立場をずっと気にして三年間を過ごしてきた、魔法の使える少女なのである。



 ▽



「この世の悪を私は許さない。いじめダメ絶対! 滅べ校則! ミラクルミラクルぅーチェーンジ!」


 つぐみはくるくるとその場で3回転半してから、片足を上げたポーズでVRゴーグルを装着した。


「くっ――!」


 慌てて壁際まで後退する青空。

 つぐみが変なポーズをした瞬間に、黒マント姿の魔王が出現したからである。青空にとってはそれが敵か味方かは判別不能なのだから当然の反応だろう。


 魔王の姿は全体的にうっすらと透けているものの、身長は2メートルを優に超え、水牛のような角が四本ある動物の頭蓋骨を頭に被っている姿はしっかりと見えている。


「ねえ、どうしたの? 何に怯えているの?」

「そ、その黒マントの男は……結局……誰なの?」

「ああ、じゃあ改めて紹介するわ、この人は向こうの世界からやってきた魔王さま。すごーく強いの! 前の戦いであんたも見たよね?」

「う、うん……見たけど……、魔王って人間の敵だろ?」

「魔王さまは悪い人じゃないのよ。世界を征服するためにこっちの世界にやってきたの。そして、私はその手下1号に選ばれたの」

「は、はあ……そうなんだ……?」


 結局、怪しい黒マントの男が敵なのか味方なのか、良く分からなかった。

 少なくともつぐみの味方なのだと言うことは青空にも理解できた。 


「そんなことよりも、ねえ、どうだった?」

「……えっ?」

「魔法少女と言えば変身でしょ? 私、魔法少女っぽかった?」

「そ、そこ!?」


 青空にむかって、つぐみはにじり寄っていく。

 口元は笑っているが目が真剣過ぎるつぐみの顔。


 青空は思った――

 彼女は変身とは言ってもゴーグルをただ付けただけ。

 しかも変身の呪文が適当過ぎる!

 滅べ校則とか言っていたし……


 目を逸らしフッと息を吐いて、口の端を上げた。


「ぐは――ッ」


 つぐみは変な声を上げ、両手を万歳するように振り上げ、そのまま床に倒れこんだ。金髪の髪が砂浜に打ち上げられた昆布のようにしなだれた。


「どうせ私は魔王さまの手下1号……魔法少女なんて呼ばれる資格も無い女よ……だから何だってんのよ! 私は私の道を行くだけ……さあ、私のスマホを返して!」


 がばっと起き上がり、青空は胸ぐらをつかまれた。ゴーグルの透明なガラス越しに見える目が血走っていて危険な感じがする。

 青空は思わず頭上に浮かぶピンク色の浮遊体に助けを求めるように見上げた。


「そこにいるのね、あのピンクドラゴンは……でも無駄よ! この世界であんたとドラゴンは通じ合うことはできないの。だって、あんたにはVRゴーグル(これ)が無いんですもの! 私と魔王さまはこれでちゃんと繋がっているけど、あんたたちは繋がっていないもの! ふひゃひゃひゃびゃひゃひゃ――あうっ!?」


 青空の手の中でスマホに着信があった。仕方がないのでスマホを彼女に向けて差し出した。運悪く、悪の親玉みたいに高笑いをしていたつぐみのおでこに直撃した。


 眉間にしわを寄せ、つぐみはスマホを奪い取る。

 画面には赤い電話のマークと『桜宮支部所長』の文字が表示されていた。

 それを見たつぐみは途端に慌てふためく。

 震える手で通話マークをタッチする。 


「はい、日笠です……あっ、はい……すみません……今すぐに出動しますので……はい、分かりました……」


 つぐみは深くため息を吐いて、通話を終了した。


「はあ~、叱られちゃった……」


「電話の相手、誰なの? 桜宮支部所長って――」


「それを聞いたら、あんたはもう引き返せなくなるけど……いい?」


 つぐみは表情を殺した視線を青空に送った。

 青空はごくりと生唾を飲み込む。


「内容によるけど……」


「なら、私は話さないしあんたも聞かないで!」


『~~~~』


 黒マントの男がつぐみに話しかけている。

 しかしその声は青空には聞こえない。


 つぐみは階段前のスペースに立って、肩幅に足を開く。


「エンチャント・空間転移モード・オープン!」


 呪文を唱えると、髪の毛がふわりと持ち上がり、ツインテールがゆらゆらと揺れ始める。そいて髪の先端からキラキラ光る粒子が湧き出してくる。


「魔王さまのお許しが出たけど、あんたも付いて来る?」

「ど、どこへ?」

「ここから北へ200キロ。原生林の中……」

「い、今から? また魔法のステッキに乗って行くのか?」

「……空間転移魔法でよ。あんたの耳は節穴なの?」

「そ、そうか……やはりあの呪文はそういう意味か……」

「行くの? それとも安全なこの場所に残る?」


 つぐみはにやりと笑った。

 青空は自分が馬鹿にされていると感じた。

 変身のポーズにダメ出しした仕返しなのだろうか。


「もちろん、行くよ!」


 青空がそう答えると、頭上のピンク色の浮遊体がそわそわし始めたような気がしたが、その意味を考える心の余裕はなかった。 


 つぐみがツインテールを縛っていた赤いリボンを外す。

 ふわりと金色の髪が重力から解放されたかの如く広がっていく。

 彼女の細い指先が手招きをする。

 ゆっくり歩み寄ると、不意に腕をつかまれてぐいっと引き寄せられた。


 青空の反応をからかっているつもりだったらしいが、いざ至近距離で向かい合ってみると、かぁーと顔が赤くなって二人は互いに目を逸らす。


「ち、近い……」


「しょうがないじゃん! 転移魔法の範囲は私の髪の毛の範囲しかないから! それを超えちゃったら身体のその部分だけ取り残されちゃうんだからねっ!」


「……えっ?」

 

 リボンを外したところで、つぐみの髪の毛が広がる範囲はせいぜい半径40センチメートル。この範囲外にある身体の部分は切り取られてしまうということ。


「じゃ、魔法を発動しまーす! 変な想像したらコロしまーす!」

「ええーっ!?」


 両手を万歳の形に振り上げ、つぐみは呪文を唱え始める。

 

(これは不可抗力だぁぁぁ――!)


 青空は必死に彼女の身体にしがみついた。



 ▽



「はい、到着ぅー」


 それは階段を一歩降りたかのような、ほんの一瞬の出来事だった。ついさっきまで中学校の階段前にいたはずの二人と黒マントの男は、突然に原生林の上空にいた。


「うわぁぁぁ――――!」


 慌てふためく青空。

 ここは上空1000メートル。これはスカイダイビングでパラシュートを開き始める高度である。


「ちょ……あんたそんなにくっつかないでよ! 落ち着きなさい!」

「この状況で落ち着けるかよ! うわぁぁ、助けてくれぇぇぇ――!」


 大気の空気抵抗により落下速度は時速200キロメートルでピークを迎え、それ以上の加速はない。

 しかし、眼下の原生林の山々がぐんぐんと迫ってくる恐怖。

 青空は叫び声を上げながらつぐみの体に力一杯しがみついていた。

 

「ちょ、ちょっとぉー! 今すぐ離れないとコロすから!」

「離れても俺、死ぬからぁぁぁ――!」


 しがみつくも地獄、離すも地獄。


「とーにーかーく、離れなさーいッ!」

「ぐは――ッ」  


 つぐみに腹を蹴られてずんずん離れていく青空。彼女のすぐ真上には半透明の黒マント男の姿が見えた。

 スカイダビングなどしたこともない青空は、体勢を安定させることができずに身体はくるくると回転し始める。


「ほら、私の後ろへ乗りなさい!」


 いつの間にかつぐみは魔法のステッキに跨がっていた。

 ものすごい風きり音で声は届かないが、つぐみの仕草で意図を理解した青空は空中を泳ぐように手足をばたつかせる。

 しかし、ぐるぐると世界は回り、迫り来る大地。

 悲鳴を上げ身体を硬直させる彼の腕を、つぐみの手が掴んだ。


「ほら、後ろに回って! 行くよ――ッ」


 ぐいっと魔法のステッキを引き上げると、弧を描くラインで原生林の枝をかすりながら水平飛行になっていった。




黒マントの男の正体が異世界魔王であるということを、青空はまだ信じ切っていません。

つぐみに振り回される青空の様子が伝わっていればいいのですが……

ラブコメ風の展開も少しずつ入って来ました。

作者がラブコメ好きだからです。

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