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睨み合い

 異世界の勇者の顔には深い(しわ)が刻まれ、80過ぎの老人のようだった。背丈は魔王と同じく2メートル強、異世界人は身長が高い。その出で立ちは真っ黒な鎖帷子(くさりかたびら)に黒光りする甲冑。日本の戦国武将と西洋の鎧を合せたようなデザインである。

 そして、長身の背丈を優に超える大きく湾曲した光の剣。形は青竜刀に近いが、それがただの剣でないことは一目瞭然。両手に構えているその姿は異様なオーラを発していた。


 32歳となった無精ひげの男、タッ君はすっかり怯えている。工場の屋根が吹き飛び、廃墟のようになったこの空間で手足をついて震えているのだ。


「その男を殺さずに飼っていて良かったわい。くたばりぞこないのおぬしをこちらの世界におびき出すことができたぞ、グハハハハハ!」


 勇者は金色の歯を見せて笑った。

 その青い瞳は魔王に向けられている。

 サラが何かを言おうとしたが、魔王はそれを制した。


 その時、タッ君は拳をひび割れた床に打ち付けた。唇を震わせながらも顔を上げ、勇者を睨んだ。


「俺を飼っていた? それは違うだろ! 俺の力がなければあんたは次元の扉を作り出すことも、モンスターを送り出すことも出来なかった。俺がいなければこの魔芽玉(まがたま)だって作れなかったんだ!」


 震える手には魔芽玉が握られている。

 青い光がゆらりと揺れている。


「んん!? (わし)に歯向かうのか弱き人の子よ?」


「あっ、い、いえ……申し訳ありません……ただ、俺を飼っていたという言い方が気に入らなかっただけで……」


 タッ君は目を逸らし、下を向いた。

 勇者は再びニヤリと金色の歯を光らせて笑う。


(わし)は餌をやり、おぬしは科学技術の力とやらでモノを生み出す。それを儂は収穫する。おぬしらがいた世界でもやっていたことだろう?」


「……俺は、牛や豚と同じ扱い……ということか……」

 

「それでは不服か? グハハハハハ!」


 タッ君は四つん這いの姿勢でがっくりと首を下げた。


 魔王とサラは警戒の構えをとったまま、膠着状態を強いられていた。それほどまでに勇者のオーラは威圧感となってこの場を支配しているのである。

 

「ふざけんじゃねーぞ!!」


 青空が怒った。

 怒りの矛先は、タッ君。


「日笠は異世界への扉が出現する度にモンスターと戦ってきたんだ! それはアンタがこの異世界で生きているんだと信じていたからだ!」


 拳を握り、今にも殴りかかりそうな剣幕で言った。

 タッ君は一瞬目を丸くして驚いた表情を見せるも、すぐに下を向く。

 

「でも――日笠の希望は潰えた。この世界にタッ君はもういない。あいつが探していた雨霧巧巳(あまぎりたくみ)はもう消えていたんだ! あいつが話していたタッ君は普段は頼りないけど、いざとなったらどんなピンチも乗り越えて自分を助けてくれる正義の味方だったんだよ!」


 再び顔を上げたタッ君は、驚きの表情で固まっていた。


「日笠は2年間、毎日のようにタッ君を探しまわっていたんだ。アンタにいつか会える日を夢見て、毎日を必死に生きてきたんだ! 頭に変な骨を乗っけているオジサン魔王と一緒に、毎日戦って来たんだよ!」


 タッ君は首を振り、嗚咽を上げ始めた。


「こっちの世界でのアンタの20年間、何があったか詳しくは知らないけど……日笠が話していたタッ君は戦わずに負けを認めるなんてことは絶対にしない! だから――おまえは誰だァァァ――!!」


 青空はタッ君の白衣の襟元を持ち上げて怒鳴りつけた。

 その手を払いのけてタッ君は立ち上がる。


「俺一人で……戦える訳ないだろ……」


「アンタにはサラがいたでしょう?」


 青空の言葉を聞いてサラの耳がピクリと動く。

 しかし、勇者から視線を外すことはなかった。


「あの方に会ったときにはもうサラは森の中に消えていたし……そもそもあの方には俺たちが敵うはずがないし……」


 青空は深くため息を吐いた。

 

「日笠はね。アンタが消えたのは自分のせいだって思い詰めて、一時は魔法がまったく使えなくなったんですよ。それでもあいつは立ち上がって、今ではモンスターを倒せるまでに回復した。それなのに、アンタは戦う前から諦めているのですね……」


「俺は……」

「タッ君!!」


 タッ君が何かを言いかけたとき、サラが言葉をかぶせてきた。


「良かれと思って私が離れてしまってごめんなさい。でも、もう大丈夫よ! 昔みたいに一緒に戦いましょう!」


「サラよ、オレ様を差し置いてそのようなことを……まあ良い! 我ら魔王軍の力を老いぼれ勇者に見せつけてやろうではないか!」


 魔王が白い歯を見せた。

 青空はその時、魔王の笑顔というものを初めて見た。

 

 勇者は金色の歯を剥いて、剣を構える手に力を込めた。


「もう駄目なんだァァァ――!!」


 突然、タッ君は叫び声を上げた。

 

「お前ら、さっきの反応からすると、魔芽玉(まがたま)のことは知っているんだろう? 俺は……もう取り返しのつかないことに手を染めてしまったんだ!」


「確かにアンタは異世界の魔獣の命を(もてあ)んだ罪がある。でも、これからはその力をもっと別の使い方で罪を償えば――」


「駄目なんだ!」


 青空の言葉を遮り、タッ君は叫んだ。

 そして、何かを諦めたような表情と共に言葉を吐き出す。


「モンスターと戦っていた相手がつぐみだったなんて知っていたら俺は……いや、そうじゃない。俺の罪はもっと深いところにある。キミは出現するモンスターが強くなっていることに気付いていたかい?」


「はあ、日笠もそう言っていましたけど……」


「それはね、この魔芽玉(まがたま)と同様の仕組みで人間の生体エネルギーをカプセルに閉じ込めた人玉(ひとだま)をモンスターに埋め込んでいるからなんだ!」


「ひ、人玉(ひとだま)って……それじゃアンタ、人を殺しているということか!?」


「グハハハハハッ、その家畜にそれだけの忠誠心があれば(わし)の右腕にしてやっても良かったのだがな。そうすれば向こうの世界に返してやることもあったろうに。今、向こうの世界では儂の手下1号がその仕事をやっておるのだよ、グハハハハハ!」


 勇者の高笑いが廃墟となった工場に鳴り響く。


 その周囲を見回すと、総勢30名の迷彩服を着た兵士たちに取り囲まれていた。

 銃口は勇者以外の4人へと向けられている。


 そのとき、青空はその一見絶望的な状況から一縷の希望を見い出していた。 


  


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