救出作戦
青空はサラという名に聞き覚えがあった。それはつぐみの幼なじみの雨霧巧巳、通称『タッ君』が仕えた炎の精霊・サラマンダーのサラである。
腰まである長くて燃えるような赤髪、インドの踊り子のような衣装も真っ赤、その衣装がはち切れんばかりのたわわな胸。その胸の膨らみが魔王に抱きつく度にぷるんぷるんと揺れていた。
つぐみの話しに出ていたサラと、いま目の前にいるサラが同一人物である確証はないが、魔王とサラの喜びようから判断するに、そういうことなんだろうと青空は思った。
「で、魔王様、その貧相な人族の男がどうして一緒に? あっ、さてはあのちんちくりんな人族の娘を見限りになられたので?」
サラは青空をちらりと見やり、ニタリと笑った。
すると魔王はサラの頭を手刀でパコーンと叩く。
「オレ様がつぐみを見限る訳がなかろうが! この戯け者めがっ!」
魔王は彼らがこの世界に飛ばされた経緯と、できるだけ早く元の世界へ戻りたい旨をサラに伝える。
サラは魔王の話をぼろぼろと涙を流しながら聞き入っている。
「魔王様も苦労なされたのですね。それに比べたら、私がタッ君を取り返そうと何度も戦いに破れていたことなど取るに足らないことです……」
ぽつりとつぶやくサラの言葉を聞いた瞬間、青空は地面に付き肩を震わせる。
タッ君は生きていた。
周りの者は皆、口をそろえて彼の死を予想していた中、つぐみだけはそれを信じて止まなかった。
そのタッ君が生きていた。
早く知らせてやりたい。青空は気持ちの高ぶりを押さえ切れなかった。
しかし魔王はサラのつぶやきを別の意味で捉えていた。
「いやちょっと待てサラ! おまえほどの戦士が幾度も負けた相手などこの世界に存在するというのか!? 一体、その相手とは何者なのだ!」
サラは魔王の腹心。当時の魔王軍で最も強い戦士だったらしい。そのサラが同じ相手に何度も負けていることに魔王は驚いている。
サラは片膝をつき、胸に手を当てて頭を下げる。
「それは……勇者でございます」
「あの禿げ爺さんの野郎かぁぁぁ――!!」
魔王は天にも届く勢いで叫んだ。
森がざわめき、鳥型魔獣の群れが慌てて空に舞い上がっていく。
魔王軍と勇者との最終決戦のとき、両者は共に次元の隙間に迷い込み、青空たちのすむ世界へ浮遊体として降り立った。魔王がつぐみに出会ったのと同じように、勇者も神奈川県横浜市のとある電子部品会社に勤める青年と出会っていた。
勇者と青年はこの世界に巨大な施設を作り、現代科学と異世界の魔法を融合させた兵器を生産しているという。
その話を聞いた青空の頭の中では、彼が西日本支部で見たバトルアーマー部隊のイメージと重なっていた。
「その巨大な施設にタッ君が捕まっているという訳ですね! 助けに行きましょう魔王さん!」
「だーかーらー、あんたは何者なのよ。人族の分際で魔王様に軽々しく声をかけるんじゃないよ、シャァァァ――!」
最初はタッ君を助けたいという青空の言葉に目を細めるサラだったが、ハッと我に返ったように牙を剥いて威嚇した。
青空は目を丸くして身体を反らす。その視線はたわわな胸の谷間に釘付けだ。
魔王はサラの後頭部を手刀でパコーンと叩いた。
「やめんか! その少年はドラゴンマスター。今のオレ様はそのドラゴンの配下なのだよ」
魔王は肩をすぼめてそう言うと、サラは悲鳴を上げながら森の中を一周して息を切らしながら戻って来た。
「はぁ、はぁ……魔王様もご冗談がうまくなりましたね、うふふふっ」
「冗談などではないぞ。オレ様はそのドラゴンマスターの少年の配下についた。だから、その少年を元の世界に戻す。おまえにも協力してもらうぞ」
サラは赤い眼光を青空に向けて不満そうな表情を浮かべたが、最後には一応納得したようだ。
サラが炎のトカゲ姿で森を突進し、その頭上を魔王と魔王に抱えられた青空が飛んでいる。およそ15分で謎の巨大施設が森の中にぽっかりと見えてきた。
隕石でも落ちたような大きなくぼみの中に、まるでSF映画に出てきそうなドーム型や正方形の建物が複雑に入り組んだチューブのような通路で繋がっている。
それらを囲むように、高さ10メートルはある鉄製のバリケードが組まれている。そこを走ってきた勢いのままよじ登ろうとする炎のトカゲだが、途中で高圧電流の流れた電線にショートして丸焦げになった。
どうやら彼女には人間の作った防護壁を突破する知恵がないらしい。勇者との戦いではなく防護壁との戦いに負けていたのだろうと青空は思った。
「魔王さん、あそこにある線がごちゃごちゃ出ている施設を破壊できますか?」
「承知した」
魔王が魔法を唱えると、周囲に存在する水分が変電施設の内部に集結し、回路をショートさせていく。
途端に異常を知らせる警報ブザーが場内に鳴り響くが、魔王と青空は施設内に降り立ち、続いて炎のトカゲが電流が切れた防護壁をよじ登って合流した。こうして三人はあっさりと施設内に侵入することはできた。
サラは踊り子のような衣装の女の姿に戻り、四つん這いになって犬のように鼻をクンクンと鳴らした。
「こっちよ!」
チューブ状の通路の中をサラが走り、その後を追う青空と魔王。
三人を挟み撃ちにするように武装した兵士が現れ、躊躇なく撃ってきた。
サラは前方の兵士を炎の目くらましにより攪乱し、間合いを詰めて剣を振るった。魔王は後方から撃たれた無数の弾丸をバリアではじき返し、後方の兵士を撃抜いた。
倒れた兵士の脇をすり抜けるとき、直視はできなかったもののその顔をちらっと確認した。マスクで半分隠されてはいたものの、やはり日本人なのだと青空は思った。
横浜市の電子部品製造会社に勤める青年を手下にした異世界の勇者といい、この近未来的な建物の雰囲気が鹿児島の基地に広がる地下空間の施設にどこか似ていることといい、この異世界はつくづく日本との関わりがあるものだ。
サラが立ち止まり、鼻をくんくん鳴らしながら周りを見回す。
「この方角からタッ君の気配がするのだけど……」
見ると、厳重に閉ざされた鉄の扉がある。
扉の脇に機械の操作盤のような物があり、赤・緑・青のLEDが忙しなく点滅している。
明らかに他の部屋とは異なる異様な雰囲気を醸し出していた。
「離れていろ!」
魔王のその言葉が青空の耳に届いた時にはすでに魔法が発動されていた。
もの凄い爆音と爆風に吹き飛ばされ、背中から壁に叩き付けられた――と思ったら、サラの豊満な肉体にすっぽりと包まれてわずかなダメージで済んでいた。
ぐにゃりと曲がった扉の隙間から中へと入り込む。
「何でしょうねこれは…… えっ、魔王様?」
魔王と青空の動きが止まり、サラは動揺した。
倉庫のような広い部屋の中に新生児の保育器のような形の機械が無数に並んでいる。それらの中には一つずつ、青い光を放つ手のひらサイズのタマゴ型のカプセルが入っている。
「これはどういうことだ、ドラゴンマスターよ……」
「どうにもこうにも……そういうことなんでしょうね……」
この部屋は西日本支部の新兵器の心臓部、魔芽玉の製造工場だったのである。




