ドラゴンの配下として
モモは愕然とした。
良かれと思って魔王にマスターを託して逃がしたというのに、二人は最悪のタイミングで開かれた異世界への扉の向こう側へ行ってしまったのだ。
ゆらゆらと陽炎のような四角い空間だけが広場の上空に浮かんでいた。
「マスタぁぁぁ――――ッ!!」
急いで追いかけねば!!
モモの叫び声はドラゴンの遠吠えへと変わった。青空を追いかけたい気持ちが幼女の姿から翼の生えたドラゴンの姿へと変えていく。
翼を広げ飛び立とうとしたその瞬間――
広場を取り囲む機械が黒煙を吐き、次々にその機能を停止していく。世界を支配するほどの力を誇るドラゴンから放出されるエネルギー量に、それを吸い取ろうとする機械が耐えられなかった。
『――ッ!?』
そして、機械の停止と同時に異世界への扉は跡形もなく消え去っていく。
広場には何もない空間を呆然と見上げるピンク色のドラゴン。
((背中の羽は何のために付いているのか……))
目的を失った彼女は首を垂れた。
煙を吐く機械小屋の近くで野中所長が迷彩服の兵士二人に指示を伝えた。つぐみを拘束して研究所へ送り、ピンクドラゴンは『フェアリー11』に片付けさせる。青空と魔王は放っておくという内容だ。
そして、つぐみの側から離れようとしない男に命令する。
「青柳、その魔法少女から離れなさい! 後の処理はこの二人に任せてキミはチームの仲間を待ってドラゴンを無効化するんだ!」
「ひどいなぁー所長。ボクを殺人鬼か何かと勘違いしているんですかー?」
「いいから離れるんだ! キミはあの方の意思に背くのか!」
野中所長の氷のような視線が青柳に突き刺さる。
青柳は両肩を上げて首を横に振る。
「またあの方かぁー。うん、まあ、ボクらは勇者様の意思に逆らう訳にもいかないよね。それにしてもさー……」
流し目でつぐみの意識が戻ったことを目視しつつ、これ見よがしに呟く。
「つぐみちゃんに、わざわざ乗り物をプレゼントまでしてこっちに引き寄せることなんて回りくどいことしてさー、勇者様は何を企んでいるんだろーね?」
つぐみの傷だらけの手がピクリと反応する。
腕に力を込めて上体を起こす。そして青柳の顔を見上げた。
「青柳君、それって…… ブルムワンのこと?」
青柳は顔を歪ませて歯を見せて笑っていた。
「おっと、うっかり重要機密を知られてしまったようだねー! やっぱつぐみちゃん、壊れちゃってよー!」
「止めろ青柳! その子を殺すな!!」
野中所長の命令を無視し、青柳はアーマースーツの肩に装備した銃口をつぐみに向ける。そして小型爆弾を発射する。
同時にジェット噴射で空中に飛び上がり、彼を取り押さえようと走り寄っていた野中所長と迷彩柄の隊員は咄嗟に進路を変えて地面に伏せた。
つぐみのいた場所に爆弾が着弾し、土砂が激しく舞い上がる。
誰もが少女の体が無残に飛び散る光景を思い浮かべるほどの威力――
風で白煙が流れると……
ピンクドラゴンが背中を丸めてつぐみを庇っていた。
「モモちゃん!? どうして……」
『マスターは必ずここに帰ってくるのです。その時、おまえがいないとマスターが少しばかり悲しむのです。だからおまえは生き延びるのです。いいですか? これはマスターの配下になったおまえの使命なのですよ?』
つぐみの心にモモの意識が流れ込んできた。
モモの肌はゴツゴツとしているが不思議と心安らぐ感触だ。
目をつぶりモモの心臓の鼓動を感じていると、体中の痛みが和らぎ、力がみなぎってくる感覚を覚えた。
『私がおまえにしてやれることはここまでなのです。後はおまえ自身の戦いなのです!』
「えっ!? 魔王さまがいなくなっちゃったから、私はもう魔法は……」
『戦う前から諦めるのですか!』
モモの体から水蒸気が発生し、幼女姿へと戻っていく。
「この世界ではドラゴンの姿で長くはいられないのです。だから、おまえに私のエネルギーを注入したのです。さあ、やってみるのです!」
「私に……エネルギーを……?」
つぐみは手のひらを見つめながら呟いた。
ジェットエンジンの音が四方から鳴り響き、アーマースーツの編隊が急速に接近してきた。青柳は地上にいる野中所長らに地下へ避難するように進言し、急上昇していく。
「エンチャント・魔法のステッキ召喚!」
つぐみが呪文を唱えると、魔法のステッキが目の前に現れた。
アーマースーツ隊がミサイルを発射。
「ファイヤーボール!!」
ステッキを振ると先端から火球が飛び出しミサイルを迎撃。
次に弧を描いて振る。
次々と吹き出る火球が次々にミサイルを迎撃し、空中で爆発する。
「魔法が使えた! それに何なのこの力は!? スゴイじゃないの!」
「当たり前なのです! おまえはマスターの寵愛を受けドラゴン一族の配下になったのですから!」
「なんか良く分かんないけどスゴイ!」
「ちゃんと理解しなさい!」
モモはつぐみを叱りつけた。




