真の姿
三方を山に囲まれた広大な敷地面積の演習場は、魔法と爆弾が飛び交う壮絶な戦場と化していた。
青柳は空からは容赦なく爆撃を投下するが、つぐみは魔法の力で防御する。
つぐみの魔法は地割れを起こし、岩石を浮上させる。無数の石つぶてが青柳に向かっていく。
青柳は背中と脚に装備したジェットエンジンにより俊敏に攻撃を避けながら、超小型ミサイルを連射する。
つぐみはトルネード・スピンの魔法で進路を強制的に変えていく。
ミサイルはオレンジ色の火炎と共に雑木林の中に着弾した。
「どうしたのつぐみちゃん? 陸生モンスターみたいに地べたで這いつくばってないで、本気を出しなよ!」
青柳は地上に降り立ち、背中に挿していた剣を抜いた。
「くそっ、ここからじゃよく見えない。日笠は作戦をちゃんと理解しているのか?」
「マスターの崇高なる計画を台無しにするメスにはお仕置きが必要なのです!」
離れた所から見守っていた青空は地団駄を踏んだ。
戦闘の隙を見つけてつぐみの転送魔法で全員が東日本支部に帰還する。それが無理でもつぐみが単独で戻れば助けも呼べる。そう考えて彼女を送り出したつもりだったのだが。
「い、いや……つぐみはつぐみで何か考えがあって……」
「魔王さん、本当にそう思っています?」
「あっ、いやその……」
しょぼんとする魔王。
こうしている間にも戦闘は続けられている。
「そもそも模擬戦に勝つ必要なんかないんだ! 今は撤退することが大切だというのに…… それに青柳の強さは本物だった……」
モンスターを一瞬で倒した洋上の場面は青空の目に焼きついている。
「日笠一人ではどう足掻いても勝てないぜ。あいつ、仮にも異世界魔王の力を借りている訳なのに、それほど強くはないし……」
その時、魔王の表情に変化が見られた。青空は気付かない。
「魔法で飛んでいる間には他の魔法が発動できないなんて、そもそも魔法使いとしての素質に欠けているんじゃないか――」
「それは違うぞ!」
魔王に肩を掴まれ、鋭い視線を向けらた。
青空はたじろいだ。
「つぐみはオレ様の力を借りてなどいないぞ。オレ様がつぐみの力を借りてここに存在しているのだ。アレの力を見くびることは許さん! おまえはアレの真の姿を知らないのだ!」
「真の姿……?」
金属の音が鳴り響いた――
魔法のステッキと剣が火花を散らし、両者は間合いをとった。
「あはは、懐かしいねー、つぐみちゃん! ボク、三年前のあの時はその棒で叩かれてやられちゃったんよね? 異世界人は魔王に斬られちゃってさぁー! あの時は参っちゃったよー、うふふふ」
「今度も私が勝つよ!」
「それはどうかなー、今のボクには魔芽玉がついているからね!」
魔芽玉が内蔵された剣で青柳は斬り込んでいく。
つぐみはトルネード・スピンで剣の軌道を変え、ステッキで青柳の胴体を突く。
しかし、アーマースーツに張られた耐衝撃バリアによって無効化される。
再び間合いをとる両者。
これはもはや模擬戦ではなく命の削り合いだ。
じり、じりと間合いを詰める。
「ボクの渾身の一撃必殺ワザ、受けてみてよ、つぐみちゃん!」
「いいよ青柳君! それであなたの気が済むなら――私は何度でもあなたを乗り越えていくからっ!」
青柳は剣を振り上げる。
柄の部分から剣先に向かって青いバチバチした電気が渦を巻いて伸びていく。
「食らえ! 雷電ソードの一撃!」
「土の精霊・切り裂け、大地!」
金属の擦れ合う音と衝撃波が大地を轟かせた――
「今……何て言いました?」
青空は目を見開き、魔王を見上げる。
動物の骨の影から眼光が赤く光っていた。
魔王は、再び同じ言葉を口にする。
「つぐみは、この世界の魔王なのだ――」
やはり聞き間違えではなかったのか。
青空は心の中でつぶやく。
夏の太陽が彼の額を照りつけ、汗がにじみ始めていた。
「魔法のないこの世界で、唯一無二、魔王として生を受けた存在、それがつぐみなのだ。ドラゴンの存在しないこの世界でおまえがドラゴンマスターであったようにな」
そうか……自分も同じ立場なのか。
ドラゴンマスターである自分自身に置き換えて説明されると納得できた。
「アレは……オレ様に出会わなければ、その力に目覚めることなく人間の女として一生を過ごしたのだろうか…… オレ様がアレを見つけてしまったばかりに……」
魔王はうな垂れた。
それは青空に見せる初めての気弱な姿。
そして、つぐみの前では絶対に見せられない姿。
「そうかも知れないですね」
青空がそう答えると、魔王は唇を噛んだ。
「俺もモモに出会ってなかったら普通の人生を過ごしていただろうし……」
「マスター……」
モモが不安げに見上げる。
「でも、俺はモモに出会ったことを後悔なんかしていないですよ! 日笠もきっと同じなんじゃないかな…… 俺はそう思います!」
モモに抱きつかれたまま、笑顔で魔王に言った。
魔王はわずかに口の端を上げたが、すぐに真顔になる。
「ならば尚更のこと、アレを元の姿に戻してやらねばな……つぐみはまだあの事件のことを引きずっているのだ……」
魔王の言う『あの事』が今朝つぐみから訊いた話であることをすぐに察した。
しかし、聞かされていないこともあった。
つぐみはタッ君を失ったショックで一時は魔法を使えない時期があった。それを乗り越え、ようやく魔法の一部を使えるまでに回復していた。
その原動力はタッ君はどこかで生きていて、異世界への扉から来るモンスターと戦ううちにまた会えると信じていることだった。
青空は愕然とした。
――俺は、その一縷の望みを否定してしまったのか――
その時、ジェット噴射の音と共に青柳の声が聞こえてきた。
「つまんないなぁー。つぐみちゃんってもっと強いかと思ったんだけどさ、この程度だったんだー。ねえ所長、もう壊しちゃっていいかな? この子、ボクらの仲間にしても大して役に立たないでしょう?」
「――ッ!?」
空には荷物のように片手でぶら下げられている、傷だらけのつぐみの姿があった。




