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作戦

 ジェットエンジンの音と共に現れたアーマースーツを装着した隊員が上空を旋回している。しかし今回は編隊ではなく単独飛行だった。


 野中所長が手で合図をすると、隊員は頭を下にして急降下する。地上すれすれで体の向きを変えて地上で見上げる青空たちのすぐ近くに着地した。


 吹き上げる土埃で青空とつぐみは()せるが、野中所長と迷彩服の隊員はハンカチを口に当てて難を逃れていた。


「他の隊員はどうした?」


 野中所長が隊員を問い詰める。その隊員は足と腕、そして胴体にエンジンや武器を装着したままVRゴーグルを外して頭を下げた。



「ごめんなさい所長。ボクがワガママを言って先輩方には別の訓練に行っていただきました! ここはボク一人です!」


 いわゆるイケメン顔だがまだ幼さの残るその隊員は、つぐみが小学五年生の当時に彼女を欺き魔王を殲滅しようと企んだ男、青柳翔真(あおやぎしょうま)だ。


 野中所長は額に手を当てて困った顔をしている。


「あのねキミ、これは歴とした命令違反だよ?」

「はい、分かっています。罰なら後でちゃんと受けますので。ボク、つぐみちゃんが先輩達にコテンパンにやられちゃうところを見たくなくて……ボク一人なら手加減できるかなって……」

「なっ!?」

「はっ!?」

「はー、しょうがないなーお坊ちゃん上がりはこれだから」


 青柳の過去を知るつぐみと、彼女から直接話を聞いている青空は驚きの声を上げるが、野中所長はその言葉通りに受け取ったようだ。 


 野中所長にとって、青柳は魔芽玉の被験者第一号という特別な存在である。彼が小学六年生のときに仕えた異世界人が異世界魔王に消された過去を突き止め、西日本支部に勧誘したのだ。その研究の成果が実り、人工的適合者の量産への足がかりとなっていた。


「と言う訳だから、集団戦ではなく一対一の模擬戦をしようよ、つぐみちゃん」

「いや、勝手に話を進めるなよ! 一対一の模擬戦なら俺が相手するぜ」

「はあ? 何オマエ……」

「日笠と同じチームの青空だ。って、昨日も会っただろ!」

「あーっ、いたねー。つぐみちゃんを守れずモンスターにやられる直前だった男が。あれがキミだったのかー!」


「――くっ!」

 噂に違わず嫌なヤツだった。


「マスターを下に見る者は殲滅あるのみなのです! さあマスター、いつものアレをやってくださいなのです!」

「よし、いくぞモモ!」

「はい、なのです!」


 VRゴーグルを装着する青空。

 モモが合体しようと彼から離れて飛びつこうとしたその瞬間に、野中所長の『待った』がかかる。


「何なのですか、この年増のメスは!?」

「いやいや、異世界生物に年増呼ばわりされるほど年はとっていないつもりだけどね。そう早まらないでくれるかな。じつは日笠さんの専用機は修理が終わっているのだよ。どう? 実地テストも兼ねて試してみない?」


 所長が目配せすると、迷彩服の若い方の隊員は持っていたアルミケースを開けて地面に広げた。

 中にはプレスト6とVRゴーグルが入っていた。


「えっ、うそー。もう直してくれたんですかー!?」

「東日本支部なら一週間はかかる修理も、我が西日本支部はわずか一時間で終わっちゃうのよ。凄いでしょう?」

「本当にスゴいです! わぁー、ありがとうございますー!」


 つぐみの表情がぱあっと明るくなる。


 反対に青空は怪訝な表情に変わった。一週間かかる修理がわずか一時間で完了するなどということが本当にあるのだろうか? 何かとてつもないカラクリがあるにちがいない。彼はそう疑っているのだ。

  

 つぐみはゲーム機本体の電源を入れる。青色LEDが点灯するのを確認し、それをカバンに仕舞い込む。

 続いてVRゴーグルのスイッチを入れて装着する。


 オペレーションボードが立ち上がった。


「青空、私戦えるよ!」

「マジかよ!? 本当に直っているのか? 偽物とかじゃなくて?」

「うん。魔王さまもちゃんと出てきたし」

「つぐみよ、オレ様を幽霊が出たみたいな言い方をするではないぞ!」


 魔王は不思議な動物の骨を被っているが、表情はよく分かる。

 彼は唇を尖らせて不満顔だ。


「しかし日笠、この基地の奴らはどうにも信用できないぞ。俺たちを拘束し続けるつもりらしい」

「えっ!? 本当?」

「マスターの言うことに疑問を持つことは反逆とみなすのですよ?」

「悪いけどモモは黙っていてくれ」

「ぶうー、なのですッ!」


 青空、つぐみ、モモそして魔王が小声で作戦会議をしている間に、野中所長は青柳を倉庫のような小屋に呼び寄せて、何かの指示を出している。迷彩服の隊員二人は既にどこかへ姿を消していた。


「最後に確認だが、日笠は本当に大丈夫なのか? あの男と戦うということは、昔のことを思い出してしまうだろ? 『タッ君』のことを思い出して辛くなるかも知れないぞ?」


 それは夢にうなされるほどの辛い思い出。

 しかし、つぐみはこくりと頷く。


「心配してくれてありがとう。でも私は大丈夫。もう、乗り越えたから――」

「……」


 つぐみはにこりと笑いかけてきた。

 その視線は自分に向けられてはいないと青空は感じた。

 しかし、今の彼女にそれ以上の言葉をかけることは出来なかった。


「話はついたかい? さあ、戦おうよつぐみちゃん」

「お待たせ青柳君……またあなたと戦うことになるとは思わなかったよ」

「うふふ、本当に奇遇だよね。でもボクをあの頃のボクと一緒だと思わない方が身のためだよ? 二年前はさー、つぐみちゃんの魔王よりも格下の異世界人に仕えていたけど、今はこいつといっしょだからね」


 青柳は肩に担いでいた長剣を抜いて右手で掲げた。

 柄頭の部分に中が青く光る透明なカプセルがはめ込まれている。

 異世界生物の生体エネルギーを集めた魔芽玉(まがたま)だ。

 

「こいつはボクの意のままに魔法を発動するんだ。異世界人や異世界魔獣とは違ってね。しかも力を使い果たして消滅することを恐れない、最強の兵器なのさ、うふふふ、あははははは」

「私……なんかそれ嫌い!」

「いいよ嫌いでも。ボクが好きに変えてあげるからさっ! さあ、戦おうよ、つぐみちゃん!」


 青柳はジェット噴射で一瞬にして空中に飛び立った。


「魔王さまはここで見ていて! 青柳君は私が一人で倒してみせるから!」

「どうしたつぐみよ、いつにも増して冷静さを失っておるぞ!?」

「魔王の言うとおりだぞ日笠! アイツは魔法と現代兵器のハイブリッドだ。一個ずつしか魔法を使えないお前では――」

「青空も黙って見ていてよ!」


 つぐみに睨まれる。

 それは怒りと悲しみを併せもつ表情だった。


「これは私のけじめなの。きっと、タッ君なら笑顔で送り出してくれるわ」


 そう言われると青空には何も言い返す言葉が見つからない。

 

「そ、そうか…… なら、見ているだけにする。だが……」

「オマエはドラゴンの傘下に入ったのです。だから負けることは許されないのですよ? それが分かっているのですか?」

「大丈夫だよモモちゃん。私は負けないから!」


 つぐみは魔法のステッキを召喚し、大地を蹴り飛び立った。


「大丈夫かな日笠……俺たちの作戦のことちゃんと理解してるかな?」

「心配するなドラゴンマスターよ。いざとなったらオレ様が加勢してやる!」


 魔王はつぐみとお揃いの魔法のステッキを両手でぎゅっと握った。

 

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