立ち上がる学級委員長
黒い壁事件から二週間後のお話です。
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桜宮市の中学校に突如現れた謎の立方体――
そのニュースは瞬く間に世間に広まった。
これまでにも同様の事件は日本各地で起きていたものの、学校という本来は安全である場所が脅かされたことにより、事件はセンセーショナルに報道されることとなったのである。
しかし、多数の報道陣が桜宮南中学校に押し寄せることはなかった。今回の事件を皮切りに、謎の立方体は連日のように各地に出没することになったからである。
日本はにわかに動乱の兆しが見られていた――
一方、あの事件から2週間が経ち、生徒たちは既に落ち着きを取り戻していた。
今、2年3組の教室では数学の授業が行われている最中である。
「今朝のニュース見たか?」
「見た見た。また出たらしいよな、例の黒い壁」
「今度は東北だってさ」
「また人が消えちゃったのかな?」
「こえ~」
生徒たちは表面上は平静を装いつつも、少なからず動揺していた。
数学担当の森田先生が黒板に板書している間に私語の花を咲かせている。
その時、ガラッと勢いよくドアが開いた。
皆の視線が教室の後ろに集まる。
カバンを肩にかけ、気怠そうな表情で日笠つぐみが入ってきた。
彼女はブラウスの胸のボタンを外し、学年カラーの紐リボンをだらしなく首周りにぶら下げ、ロングスカートを引きずって一番後ろの席にどかっと座る。
「あ~、疲っかれた~!」
通学カバンを床に投げるように置き、ブラウスの胸元を指でつまんでパタパタと扇いだ。
「ああ~!? 見てんじゃねーよ!」
クラスメートたちに眼を飛ばし威圧する。
皆焦ったように前を向き直した。
「日笠……せめて遅刻した時ぐらいはその……しおらしくできないか?」
板書の手を休め、森田先生が苦笑いを浮かべて言った。
まだ若い教師にとって、つぐみは扱いづらい生徒なのだろう。
しかしつぐみは頬杖をついて上の空。
結局、それ以上の注意を受けることなく授業は再開する。
青空照臣はノートをとる振りをしながら、隣の少女をチラチラと観察していた。
運が良いのか悪いのか、青空とつぐみは席が隣同士である。
くじ引きではなく班長の話し合いによって決められたこの座席は、厄介者を後ろに追いやるという意図が見え隠れしているのだが、今の彼にとっては好都合だった。
(今日こそは、いろいろなことを聴き出してやる!)
青空は拳を握り決意した。彼女の魔法のこと、ドラゴンのこと、そして日本各地で頻発している事件のこと――それらすべての鍵を握る人物が自分のすぐ隣にいる。
彼はそう確信しているのだ。
実はあの事件以来、青空は体調を崩し3日間学校を休んだ。土日を挟み5日間も学校に登校しない日が続いていた。一方のつぐみは以前にも増して遅刻と欠席日数が増え、二人が揃う時間はほとんどなかったのだ。
(でも、あの出来事はすべて現実に起こったことなんだろうか? 俺の妄想だったとしたら……俺はもう立ち直れないかもしれない)
実際、ニュースでは『集団ヒステリー』の可能性があるという報道もされている。生徒たちの証言が個々で食い違う点も多く、記憶の混濁が見られたことからの分析結果だった。
唯一、事件の中心にいた青空は、一切の証言を拒否していた。
(まさか、日笠が魔法少女で、俺は異世界でピンクのドラゴンに会って、ドラゴンが異世界のジャングルを焼き払いましたなんて言えないし……言っても信じてもらえないよな)
そうなると、頼りになるのは自分自身の記憶のみ。しかし、その記憶した内容が現実か妄想かを100パーセントの自信をもって区別できる人間など、この世に存在するのだろうか。
だからこそ、すべての答えが日笠つぐみにあると期待しているのだ。
その彼女は今、授業中とは思えないほどに堂々と、机の上に突っ伏して、寝息を立て始めている。
(そうだ、おまえはそのまま寝ていろ! 休み時間になったらたたき起きして根掘り葉掘り聴き出してやる!)
心の中でつぶやく。心の中では彼はいつも強気なのだ。
つぐみの金色の髪をじっと見つめていると、魔法のステッキの後ろに乗っていた時のことが思い出された。あのときはキラキラ光り輝いていた。しかし、今はただの金髪。
「う~ん――むゃむゃ……」
不意に彼女が青空のいる方に顔の向きを変えた。
青空は慌てて視線を下に向けたが、すぐに彼女はまた寝入ってしまった。
そっと視線を戻すと、そこにはまだ幼さの残る中学生女子の顔があった。
金髪に染めることなく普通の格好をしていたなら、十中八九男子から告白されたであろう程のかわいらしい顔。
赤いリボンで髪を二つに分けたツインテールの髪型も、およそ不良とは言い難いヘアスタイル。
つまりは、すべてに於いて中途半端。不自然なのだ。
青空はゴクリとつばを飲み込む。
リップクリームを塗っているのだろうか。ピンク色のふっくらとした唇が妙に艶めかしく、半開きになっている様子から目が離せないでいた。
そのとき、ピンク色の浮遊体が彼の頭を小突いた。
「うわっ、何だよ!? びっくりするじゃんか!」
青空は額に手を当てて、ドラゴンに文句を言った。
しかし、ドラゴンは何一つ表情を変えずにただそこに浮いている。そもそも、クレーンゲームの景品の縫いぐるみのようなドラゴンに表情は無い。
あの事件以降も、二人の関係性は何も変化していない。
ただ、こうしてちょっかいを出されることが増えているのは確かなのだが。
「ん? どうした青空。先生の方こそびっくりしたじゃんか!」
先生が青空の口まねをし、生徒たちからは失笑が漏れる。
「えっと、すみません。何でもありません……」
しょぼんとする青空に、容赦なく生徒たちの冷たい視線が浴びせられる。
これもいつもと変わらない日常。
「ねえみんな、ちょっといい? 先生もいいですか?」
学級委員長の小泉志乃は、おしゃれな丸縁のメガネをかけた、爽やかな感じの女の子。
その小柄な彼女が皆に訴えかけるように強い口調で発言する。
「私たち、あんな事件に巻き込まれても全員が無事だったよね。それって、奇跡的なことだと思うの。皆はそう思わない?」
生徒たちはざわめく。実際、同様の事件によって行方不明者が出たというニュースが連日のように報道されていることは周知の事実だ。
「私たちが全員生き残ったのはきっと意味があるんだよ。だから皆で仲良くできないかな? アオ君だって私たちの仲間でしょう?」
「良いことを言ったな小泉! 先生もその通りだと思うぞ」
両手を広げて森田先生が笑顔を作った。
「でも、先生はさっき、アオ君のことを馬鹿にしませんでしたか?」
「ええっ!? オレが?」
先生は驚いた表情で後ろによろける。
それを受けて生徒たちは嘲笑する。
「皆も真剣に考えてよ! アオ君だって私たちの仲間なんだよ? だからアオ君を馬鹿にする権利なんて誰にも無いんだよ!」
真剣な表情で訴えかける小泉を見て、当の本人の青空は呆気にとられていた。
彼女は自分を守りたいと思っている訳では無く、学級委員長としての責任感で発言している。彼にはそのことが分かっているからだ。
「でもさー、やっぱ青空は変じゃん? さっきだって突然何も無い空間に向かってしゃべっていたしさー」
「そーそー、授業中にそんなことされると気が散るしさー」
「志乃は点数稼ぎのために言っているだけじゃん!」
「そうだよ。志乃だってウチらといるときはさあ――」
教室中が大騒ぎになっていく。
その時、机をバーンと叩く音が鳴り響く。
「あー、うっさいわね!」
重いまぶたを上げ、目が半開きのつぐみの声。
金髪の不良少女が声を荒げたことにより、途端に静まりかえる教室。
「あんたたちそんなどーでも良いことで騒いでんじゃないわよ。それよりもさ、青空にちょっとは感謝した方がいいと思うよ? 青空はさぁー……むにゃむにゃ……」
シーンと静まりかえった教室に、つぐみの寝息が聞こえ始める。
その様子を間近で見ていた青空は顔を引き攣らせていた。
いつもと変わらないように見える日常も、少しずつ、確実に変化しようとしていた。