泣き笑い
今話は主人公の青空視点での話です。
彼の一人称語りとなります。
ここは自衛隊基地の地下にある西日本支部の仮眠室。
小さな部屋に二つのベッドが置かれているだけの質素な部屋だ。
尋問が終わり次第すぐにでも家に帰れると思っていた俺の予想は見事に外れた。俺たちは今も拘束され、この仮眠室で寝ているわけだ。
壁の時計は夜中の1時を過ぎているというのに、ドアの向こう側からは靴音や話し声がよく聞こえてくる。
宇宙防衛軍の職員って働くのが好きすぎだろ!
「うーん……マスタぁー……いただきまちゅ……」
うおっ! あっぶねぇー!
危うくモモに脇腹を食われるところだった。
寸前の所で体をくの字に折り曲げ、モモの頭を引き離すことができた。
こいつ、以前は夜通しギラギラした瞳で俺にラブ注入を仕掛けてきたのだけれど、最近になってすっかり夜は眠るようになってきた。より人間の幼女化が進んできたのだと思われる。
もちろんそれは良い傾向なのだけど、その代わりに寝ぼけて俺の体に食い付こうとする癖が出てきた。だから今度はそれを回避するために起きていなければならなくなってしまった。
結局、俺は今夜も眠れそうにないのだ。
でも、かわいい奴だ。
モモの頭を撫でてやる。
こいつは途方もなく長い年月独りぼっちで……そして俺に出会ったんだ。
「うっさい……わね……むにゃむにゃ……」
カーテンの向こう側から日笠の寝言が聞こえてきた。
そう、もう一つのベッドにはあいつが寝息を立てているのだ。金髪不良少女の魔法少女だったあいつが、俺の隣で寝ている。
不思議だろ?
思春期の男女が同じ部屋で寝るなんて本来は有り得ないことだ。
でもこれはあいつが希望したことだから仕方がない。
日笠は青柳翔真というあの男が怖いらしい。
自分が寝ている間に襲いに来るのではと怯えていた。
青柳は2年前の秋、魔王を狙う異世界人と共に日笠と戦い、コテンパンにやっつけられた。その恨みを買っているに違いないと言っていた。
でもさ、俺は大丈夫なの?
違う意味で襲われちゃうとか思わないの?
まあ、モモがいるから絶対安全なんだろうけどさ。
男としては複雑な気持ちになるんだよな。
ああもう! 眠れない!
カーテンの向こうに、同級生の女子が寝ている。
出会った頃は金髪で不良少女で、どうしようもない奴だったけれど……
それは魔法の副作用のためであり、今ではただの金髪の魔法少女。
最近、良く笑うようになってきたあいつは、結構かわいい……よな?
「いただきまちゅでしゅ!」
「うわっ!」
モモが俺の腕に噛みつこうとした。
寸前の所でもう一方の手で額を押さえて難をのがれた。
こわっ!
「あ~ん……うっさい……わね……むにゃむにゃ」
日笠が寝返りをうつ布ずれの音がした。
なに、あいつも寝てないの?
寝ている振りをしているだけなの?
……そっか。
あいつも俺と同じぐらいに悩みを抱えて生きているんだよな。
そりゃそうだ。
唯一の味方の異世界魔王だって、変な動物の骨を頭に被ったオジサンだし、桜宮支部の連中も変人ばかりだしな。
俺が仲間になって……
日笠は……
どう思っているんだろうか……
▽ ▽
「タッ君! だめぇぇぇぇぇ――――!!」
突然の叫び声に俺はベッドから飛び起きた。
モモなんか半分パニックになって口から火を噴きそうだった。
まあ、それは何とか止めさせてからカーテンを引いた。
日笠は顔と首筋から酷く汗をかき、薄手の掛け布団を両手でぎゅっと握った状態でうなされていた。
「タッ君、行かないで、いっちゃ嫌だァァァー!!」
タッ君とは日笠の元同級生。小6の時に遭遇した異世界への扉に巻き込まれて消えた奴のことだ。
日笠が天井に向かって両手を上げた所で、俺は肩を叩いた。
「おい日笠、起きろ! おい!」
「――タッ君!? よかった無事だったんだね?」
日笠が俺の首に手を回して抱きついてきた。
うわ、やばいって!
後ろでモモが見ているんだからっ!
そんな俺の心配をよそに、日笠は「よかったね、よかったね」と泣いている。
昨日はシャワーも浴びていないのに、何でこんな良い匂いがするんだ?
女子って不思議だ……なんて感慨にふけっている場合じゃない!
「おい、しっかりしろ日笠! ここは西日本支部の仮眠室だ! 俺はタッ君じゃないぞ!」
「えっ……あっ……」
日笠は俺の顔を見て、顔を真っ赤にさせて――
「いやぁぁぁぁ――!」
俺の顔面をグーパンチした。
なあ、こういうときって、ビンタじゃないの? フツー……
日笠は俺に平謝りをしてきたので許してやったが、モモは許さないだろう。
……と思っていたら、
「マスターはいろいろと隙がありすぎなのです!」
とか言って俺をディスってきやがった。
いつの間にこいつら仲良しになったんだ?
その後、タッ君こと雨霧巧巳のことを詳しく話を聞くことになった。日笠は彼がまだ生きていることを心の片隅で信じたいと思っているけれど、客観的に見てそれは非現実的だ。彼はモンスターにやられて死んでいるか、次元の歪みに落ちて今頃は朽ち果てているだろう。
「うん……そうだよね。あんたもそう思うよね……」
愛想笑いのような泣き顔。
その時の日笠の顔を俺は生涯忘れることはないだろう。




