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魔芽玉(まがたま)

 世界的規模で拡大中の宇宙防衛軍の組織は、日本国内では東日本支部と西日本支部に分かれている。無論どちらの組織も日本国政府の管理下に置かれているのだが、東日本支部が警視庁管轄の政府直属の組織であるのに対して、西日本支部は自衛隊管轄という少々複雑な事情を抱えている。

 歴史を紐解くと日本国の宇宙防衛軍の組織は九州地方の自衛隊が母体となって秘密裏に進めらていた時代があった。そこにはアメリカ合衆国の兵器会社による多額の資金援助があったと言われている。

 西日本に遅れて政府主導で誕生させたのが東日本支部である。将来的には二つの支部を統合させ、指揮系統の一本化を目指していたのである。


 そういう時期に『異世界人』騒動が発生した。


 日本国政府は国民の混乱回避を優先し、異世界人との接触者を東日本支部で管理しようとした。しかし時すでに遅く魔王側と人族側の抗争は決着し、魔王の適合者の少女ただ一人を保護するだけに留まった。それは同時に混乱の時代の始まりでもあった。


 『異世界への扉』事件ある。


 現代兵器では太刀打ちできない異世界のモンスターの出現。相次ぐ行方不明者。唯一の対抗手段が少女と異世界魔王が放つ魔法だった。


 当時小学六年生の日笠つぐみに日本の未来は託された――



  ▽



 ここは九州地方南部にある自衛隊の基地。その地下に宇宙防衛軍西日本支部の本部があった。

 コンクリート打ちっぱなしの壁の一面にカーテンで覆われた大きなガラス窓がある会議室のような部屋に青空、モモ、つぐみが座らされている。

 

 長机を挟んで壁際に紺色のスーツを着た三十代の女性が座っている。どこか神崎先生に似ているその女性と青空たちは小一時間ばかり話をしている。部屋の隅には迷彩柄のジャンパーを着た四十代の男がノートパソコンを不慣れな手つきで打ち込んでいた。


 青空とつぐみは尋問されている最中なのだ。


 しかし、彼らから東日本支部の情報を聴き出すためには、結果的に西日本支部を含めた宇宙防衛軍の情報を逆に開示することの方が多くなっていく。


 それが冒頭の内容だ。つぐみはその話の大部分をぽかんとした表情で聴いていたのだが、『日本の未来は――』の部分で口を挟んできた。


「えへへへ、私、そんなに偉かったんだ~。ねえ青空、ちゃんと聞いてる?」

「ちょっと待て……おいモモ、膝の上に乗るのは無しだ!」

「だってマスタぁー、あの年増のメスの話が長くて飽きてきたのですぅー!」


 尋問役の女性のこめかみがピクッと痙攣する。まるで緊張感のない三人を見て、ため息を吐きながら肩をすぼめる。部屋の隅にいる四十代の男が鋭い視線を送り、彼女は咳払いをして襟を正して座り直す。


「そうですよ日笠つぐみさん。あなたの肩には日本の未来が掛かっていたのです!」

「掛かっていた? 過去形ですね……」


 青空は女性の言葉に鋭く突っ込んだ。彼らを救助した迷彩柄の男達の態度といい、西日本支部は自分たちに好戦的態度をもっていることは察していた。そしてこのまるで犯罪者扱いの尋問である。


「そうね。確かにそれは過去の話。もうすぐ異世界人との適合者でなくても誰でも異世界の力を手にする時代がやってくるの。今はその第二フェーズに入っているのよ」

「適合者でなくても……? それってあの迷彩柄の男達のことですか?」

「あっ、そうだ、ねえどうして青柳君がエージェントになっているのかな? あの人、たしかに異世界人の手下をやっていたんだけど、魔王さまに倒されてもういないはずだったのよ?」

「なにそれ、初耳だな!」


 つぐみは魔王と出会ってからの一ヶ月間の出来事を青空に話した。つぐみの説明は時系列が若干あやふやな所はあるが、青空の頭の中で何とか組み立て直すことで事情は理解できた。

 話の中では『雨霧巧巳』という名前が出てきた。青空はその時初めて『タッ君』がつぐみの同級生であったことを知った。

 つぐみの話はすでに西日本支部では調査済みだったようで、尋問役の女性は資料をめくりながら確認するに留まっていた。


「その話が真実なら、青柳という奴はVRゴーグルを使って誰と繋がっていたんだ? 奴の異世界人は消えていなくなったはずですよね?」


 青空は女性に尋ねる。

 その問いを待っていたかのように女性は口の端を上げて言う。


「それこそ、私たち西日本支部の切り札。日本のバイオテクノロジーの技術と異世界の技術の融合。それがこのカプセルなの!」

 

 机の上に置かれたタマゴ型の透明なカプセル。

 それは中に青白く揺らめく炎のようなものが揺らめいていた。



「マスタァァァ――ッ、あぶないです!!」



 モモが突然叫ぶと同時に青空を後ろに押し倒し、上から庇うように被さった。

 まるで爆発物が置かれたような反応に、取調室に戦慄が走った。

 しかし、テーブルの上のカプセルは爆発することはなかった。


「どうしたモモ、お前が慌てるなんて珍しいな」

「六本ヅノの気配があの青い光からしたのですが……あれ? おかしいのです。六本ズノはこんな建物の中に入るようなサイズではない強いモンスターなのです!」


 モモの勢いに圧されて部屋の隅に張り付いていた尋問役の女性は、ふっと表情を柔らかくしてカプセルの置かれたテーブルに近づく。後ろ髪を手櫛でときながらカプセルをつまむ。


「さすが異世界のドラゴンね。話が早くて助かるわ。そう、これは異世界生物の魔力エネルギーを閉じ込めたもの。私たちはこれを魔芽玉(まがだま)と呼んでいるの」


 そう言って、目の高さまで持ち上げて女性は満面の笑みを浮かべた。

 青空はなおも警戒するモモの頭にそっと手を乗せる。


「じゃあ……その中に生きたモンスターを閉じ込めている……ということなんですか?」

「うーん、それは少し違うわ。生きていたと言うべきね。だって、魔力を抜かれたモンスターはもうただの抜け殻でしょう? 抜け殻は元には戻せないもの」


「――ッ!」

「そんなことが許されると思っているの!?」

 つぐみが声を荒げる。


「あら、東日本期待の星のあなたからそんな言葉が出るなんて不思議ね。あなたはこれまで何体のモンスターを殺してきたのかしら……」

「――うッ」

「やめろ日笠! この人達のペースに巻き込まれるな!」

「私は……私は……日本を守るために……」


 俯いて答えようとするつぐみを、肩に手を置いて青空が制した。

 その様子を満足そうに目を細める尋問役の女性。


「私たち西日本も日本を守るために魔芽玉(まがだま)を開発したのよ? 今はまだ元適合者である被験者で試している段階だけれど、第二フェーズでは一般の隊員で試すことになるわ。それが実現すれば日本国は世界を支配する程の戦力を手に入れる! ねえ、素敵なことでしょう?」


 青白く光るタマゴ型のカプセル・魔芽玉(まがだま)を両手で掲げ、光悦の笑みを浮かべる女性。

 青空とつぐみはその様子を訝しげに見上げていた。

 

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