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迷彩柄の男たち

「ん? どうしたんだ日笠?」


 モモの膝枕から上体を起こした青空が、派手に後ろに倒れたつぐみに向かって不思議そうに尋ねる。

 つぐみは慌ててめくれたスカートを直し膝をぺたんとつけて座った。

 

「あはは、ちょっと青空は黙っていて!」

「はっ!?」

 

 つぐみはモモの長い耳に口を寄せて小声で抗議する。


「あ、愛人1号なんてそんなこと魔王さまが許さないんだから! 私は魔王さまの手下1号なんだからねっ!」

「問題はないのです! もう魔王とは話がついているのです!」

「魔王さまが!? なんですとー!!」

「だーかーらー、何の話をしているんだお前らは!!」


 難聴主人公の青空が声を張り上げたそのとき、ゆらりと空が動いた。

 温度の異なる大気が熱交換することで発生するゆらめく空気の膜がぐんぐん上昇していく。

 いつの間にか彼らは海流に流され、異世界への扉の真下に来ていたのだ。


 仮に遠くにいる観測者から見れば立方体の空気の揺らめきが縮んでいるように見えるだろう。

 海上付近の大気が吸い込まれ、急激に吹き上げる風は大波をつくり、ブルムワンは荒波にもまれる小型ボートのようにもみくちゃにされる。


 中央に身を寄せ合い、ブルムワンに必死に掴まる彼らの背中に容赦なく荒波が降りかかる。

 でも、これを乗り切れば助かる。

 青空はそう確信していた。

 通常、真っ黒な立方体の壁は急激に縮んでいき最後には跡形もなく消滅する。

 それと同じ様に空中に浮かぶ透明の立方体の壁が消滅しようとしているのだ。


 やがて、彼のもくろみ通りに遙か上空に収束していく異世界への扉。

 しかし、それを見上げる彼の目には、その中心部に今もなお残り続ける黒い影が見えている。


 やがて黒い影は二つに分かれて、羽ばたき始めた。


「うそだろ……」


 異世界への扉は消える寸前に二体の翼竜型モンスターを置き土産として残していったのだ。

 青空の声に気づきつぐみも空を見上げる。

 夕焼けの空を大きく旋回しながら高度を下げてくる2体の翼竜型モンスター。


「心配しないでいいのです! マスターは私が守るのです!」


 茫然自失の二人に代わってモモが立ち上がり、再び背中からドラゴンの翼を出す。しかし、翼の先端から淡雪のように音もなく溶けていく。


「し、心配ないのですっ!」


 再び翼を生やそうと身を屈める小さな体。

 背中には半透明な翼が一瞬現れたがすぐに消えてしまう。

 青空が、震える小さな背中を抱え込む。


「もう、やめろ。お前も限界だ……」

「大丈夫なのです! 私はまだ……やれるの……です! だからっ……」


 モモの大きく開かれた目からは涙がぽろぽろとこぼれていた。


 

 2体のモンスターは二手に分かれて旋回し、低空飛行に移っていた。

 その視線の先に、海の上に漂流中の3体の獲物。

 もはや獲物からは生気を感じられない。

 動きを止め、自ら喰われる運命を受け入れているようだ。

 殺せ、殺せ、殺せ。

 引き裂け、引き裂け、引き裂け。

 狩猟本能の塊と化したハンターは、ただまっすぐに獲物に近づいていく。

 くちばしを最大限に開く。

 獲物をひと飲みにするつもりだ。

 対面からも仲間のモンスターが迫っている。

 早い物勝ちだ。

 獲物に早く到達した者のみが味わえる至福の瞬間。

 それを目指してモンスターは翼を小さくたたんで加速する――



 もうだめかも知れない。

 青空は死を覚悟した。

 魔法少女と出会い、ドラゴンと出会い、数々の奇跡を体験してきた彼であったが、この状況を打破することは不可能だと悟った。


「なんで…… どうしてモンスターは私たちを襲ってくるの? 私たちからは何もしていないはずなのに……」


 つぐみは力なくつぶやいた。

 それは青空も疑問に感じていた。

 モンスターは申し合わせたように彼らに反応して襲いかかってくる。

 

 まるで、誰かに命令されたかのように――

 その答えが見つからないまま、彼の命は尽きようとしている。


 迫り来る2体の翼竜型モンスターは同時に口を開けた。

 

 その瞬間、青空はモンスターの背後から白煙を上げて迫る物体を見た。

 その直後にモンスターの背中が爆発。

 2体のモンスターは彼らの頭上すれすれに交錯し、水しぶきを上げて着水する。 

 

(ミサイルか?)


 青空は直感した。

 続いて白煙を上げて2体の人影がジェットエンジンの音とともに現れ、ショットガンを海に浮かぶモンスターに向かって連続発砲した。

 

 海の底へ沈むモンスターを確認した彼らは、ホバリングしながらゆっくりと青空たちの元へと近づいてくる。


 カーキ色のパイロットスーツに身を包んだ彼らは、色違いの迷彩柄にペイントされたアーマースーツのような機械をまとっている。背中と腰の位置にはブルムワンと同じタイプの小型ジェットエンジンの噴射口がみえる。


 一人は成人男性で、もう一人は青空たちと年代の少年のようだ。

 そして、二人ともVRゴーグルを装着していた。


「あれは日笠の仲間か?」

「たぶん、九州地区担当の人たちだよ」

「そうか……何にしても助かったな……」


 ほっと胸をなで下ろす青空。

 モモの小さな手が右手に絡んできた。

 つぐみは迷彩柄の男たちに向かって両手を振っている。

 

「おいおい、冗談じゃねーぜ! 東日本のエース様っていうからどんな奴かと期待していたのによー、これまた弱そうなちんけなガキ共じゃねーかよ!」


 青空は成人男性の悪態を聞いて睨み上げた。


「やあつぐみちゃん、危ないところだったね!」


 少年の方はつぐみを知っているようだった。

 しかし、彼女は首をひねったまま固まっている。


「ひどいなー、つぐみちゃん、ボクのことを忘れちゃったのかい?」


 白い歯をきらりと光らせ、ジェト噴射でくるりと回って見せるその少年の正体は――


「あっ……青柳くん!?」

「うふふ、大正解だよー。キミのあこがれの王子様が迎えにきたよー!」


青柳翔真(あおやぎしょうま)15歳、つぐみの憧れの先輩だったが、後に魔王の敵側の異世界人と組み彼女を罠にかけようとして返り討ちにあった男である。




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