そして彼女は新たな称号を得る
ドラゴンの翼と尻尾を生やした姿の青空は、海中へ落下する間に変身が解けていく。青空とドラゴン幼女の姿に戻ったモモは、2体がほぼ同時に水しぶきを上げて着水した。
その様子を目撃したつぐみは全身から力が抜け落ちたようにその場に崩れ落ちた。手の下にあるブルムワンの無機質な機体に酷く冷たさを感じ手を引く。そして自分の体を抱きしめるように胸の前で腕を交錯し、打ち震えた。
50メートル先に落ちた彼らはいつまで経っても浮かんでこなかった。
歯がガチガチと音を立て、手足の冷たさが加速する。
「もう……やだよ……」
つぐみの目から涙があふれ出る
「私を……一人にしないで……」
背中を丸めてうつむくと、救命用浮遊体のオレンジ色の上にポタポタと涙がこぼれ落ちる。
「もう……一人になるのは……いやだよ……」
つぐみは涙を手で払い、立ち上がる。
青空たちが沈んだ50メートル先を見る。
穏やかな海に、わずかな泡立ちを見つけた。
あそこに二人はいる。
つぐみは確信した。
次の瞬間には海中でもがく自分の体があった。
もがく。
もがく。
腕を回して、脚で水を蹴って。
もがく――
水が怖い。
泳げない。
今の彼女にはそんなことはどうでもよかった。
助けたい。
二人を助けたい。
二人を助けられるのは自分だけ。
だから、体が勝手に動いていた。
でも――
もがいても、もがいても、進まない。
上下の感覚も分からない。
息が苦しい。
――また、駄目だった――
また助けられなかった。
自分を助けてくれた仲間を……
また失ってしまった。
つぐみは力尽き、動きを止める。
金色の髪を揺らめかせ少女の体は海の底へと沈んでいく。
ふと暖かなものに包まれた気配がした。
背中をぐんぐんと押されている。
誰?
私を押しているのは誰なの?
私は……もう……
ザバッと海面に顔を出すと、目の前にブルムワンの救命用浮遊体があった。
必死にしがみつく。
誰?
私の後ろにいるのは
私を助けてくれたあなたは……
「魔王さ……ま……!?」
見えるはずもない魔王の気配を感じ、つぐみは声を上げた。
振り向くのが怖い。
何も出来ずに自分だけが助かろうとしている自分を見られてしまった。
魔王に失望しているに違いない。
激しく咳き込み、海水を吐いた。
苦しい。
死にたくない。
でも……
「魔王さま……私……また一人に……」
「させるわけがないのですよ、この人族のメスが!」
「えっ!?」
彼女のすぐ隣には、4本の角を生やしたドラゴン幼女が海中から顔を出していた。
呆気にとられたつぐみの目の前で、幼女の細い腕でぐったりとした青空の体を救命用浮遊体の上に引き上げた。
そして『んしょっと!』というかけ声と共にちょこんと上がり、青空の頭を膝枕の姿勢で迎えた。
「あんた、無事だったの? 青空は!?」
「マスターは力尽きて寝ているだけなのです」
「そ、そうなんだ~。良かった~……」
「……」
肩まで海水に浸かったまま、ホッとした顔で浮遊体に掴まるつぐみ。
その様子をじっと見下ろすモモ。
メイド服のようなドレスは海水を含み形が崩れ、ピンク色の髪がべったりと体に張り付いている。
横に垂れた長い耳をピクリと上げて、ため息を吐く。
「マスターの命は宇宙一尊い存在なのです。お前にはそれが分かっているのですか?」
「ふえっ!? えっとー……」
「まあ、いいのです。これから追々、分かっていけば良いのです!」
モモの小さな手がつぐみに差し伸べられる。
戸惑いながらもそれに応じたつぐみの体をぐいっと引っ張り寄せた。
「人族のメスよ、お前は神聖なる通過儀礼をもってしてマスターの寵愛を受けたのです!」
「はいっ?」
つぐみは小首を傾げる。
その彼女の肩に小さな手をぽんと置いて、モモが笑顔で宣告する。
「お前はマスターの栄えある愛人1号になったのですから!」
傾げた首を更に傾けるつぐみ。
状況のつかめないつぐみに、モモはアヒル唇でウインクする。
「うーん……」
ゆっくりと視線を下ろすと、モモに膝枕されていた青空が目を開けていた。
図らずも彼の顔をのぞき込む体勢になっていたことに気づいたつぐみ。
「ふえぇぇぇ~~~~!?」
両手をバンザイのように突き上げ、そのまま後ろに派手に倒れた。
何事も一番にこだわるつぐみに、新たな称号が加わった瞬間である。
コメディっぽい展開になっていますが、『愛人1号』の設定は今後の流れに必要不可欠だったので仕方がないのです。どうかご理解願います。
今話は短いですが、このコメントを入れるためここで区切りました(^_^;)




