魔王の本懐
今話は魔王視点のお話。
種明かしというか、閑話的なストーリーとなります。
我は魔王。
この世界の下等な人族からは異世界の魔王と呼ばれている。
ふんっ、呼びたければ勝手にそう呼ぶが良い。
我は寛大なのだ。
昔はこうではなかったのだがな。
我がこうなったのも、何もかもアレのせいだ――
我が魔王軍と人族との最終決戦の日。
我の最終奥義と人族勇者の耐魔法攻撃が時空の歪みを生んだ。
我等は元の世界から消滅し、目覚めた場所がこの世界だった。
意識だけの存在。
痛みも苦しみも感じることのないこの世界。
同時にそこには快楽も喜びもなかった。
この世界にも人族はいて、文明らしきものもあった。
だが、我にはどうでもよいこと。
ヤツらには我が見えぬし、我は干渉することもできぬのだ。
気が遠くなるほどの年月が経った。
ようやく見つけた一筋の光。
不思議なことに魔力の存在しないこの世界の人族にも、魔法使いとしての素質のあるヤツらが存在したのだ。
ヤツらはおよそ戦闘には向かない漆黒の被り物を装着していた。
それでは周りが見えないではないか!
平和ぼけした種族めが!
被り物を装着したヤツらには我の姿が見えるらしい。
目を覆う漆黒の被り物とはそういうものらしいのだ。
見えるだけではない。
ヤツらに見られている間、我の体は実体をもつ存在へと変化するらしい。
本当に不思議なことだ。
我はヤツらと出会う度に魔法を使ってみた。
まず試したのはヤツらの被り物を勝手に外させないための固着魔法。
最初に試したヤツは弾けるように倒れてしまった。
次のヤツはうつ伏せに倒れた。
次のヤツも、またその次のヤツも、みな倒れていった。
そして、一度倒れた人族は二度とは我の姿を見ることはなかった。
あの漆黒の被り物はそういうものらしい。
ある日、ようやく固着魔法に耐えられるヤツに会った。
ヤツは目をまん丸にして固まっていた。
ここは水芸でも見せてリラックスさせてやろう。
そう思い、水魔法を使ってみたら、わずか数滴の水を指先から出した途端にヤツは倒れてしまった。
我は理解した。
我の魔法はヤツらのもつ何らかの力を使って発動させているのだと。
そして、ヤツらのもつ力は微々たるものなのだと。
絶望した。
このまま我は、この世界で霧散していく運命なのか。
すべてを諦めようとしていたとき――
アレに出会ったのだ。
アレは酷く小さかった。
漆黒の被り物がえらく大きい物に見えたぐらいに。
本当に小さかったのだ。
しかし、アレは固着魔法をものともせずに、ぽかんと口を開けておった。
そして我に遊んでくれとせがんできたのだ。
アレは深く物事を考えない。
ババ抜きという絵合わせの遊びは我の全勝だった。
我は魔法を使ったのだ。
何度も何度も魔法を使って絵を合せた。
それなのに、アレは最後まで気付かないし、倒れもしなかった。
我は見つけたのだ。
この世界での手下1号を!
アレはよく泣く。
そしてよく笑う。
ちっちゃな体でちょこまかと動き回る。
予測不能な行動で、周囲を戸惑わす。
我がついていてやらねば、危なっかしくていけない。
つぐみよ――
ああ、泣くなつぐみよ。
もう泣くな。
サラとあの少年が消えたのはおまえのせいではない。
我も悲しい。
サラが消えたのは悲しい。
あいつは我によく懐き、よくしてくれた。
我の一番弟子だった。
我も悲しいのだ。
でも、おまえが泣き止まぬのはもっと悲しい。
だから、もう――
忘れろ、つぐみよ。
我の願いが通じたのだろうか。
アレの前にドラゴン使いの素質をもつ少年が現れた。
それからまたアレはよく笑うようになった。
我は感謝しているのだ。
ドラゴン使いの少年よ。
アレが宇宙に暴走した。
本当に予測不能な奴だ。
宇宙でドラゴンの奴が我に話し掛けてきた。
一瞬、我の耳を疑った。
アレを少年の配下に置くだと?
頭脳明晰なる種族であるはずのドラゴンが血迷ったか?
しかし、奴の考えは理にかなったものだった。
我は賛同した。
結果として、それでよかったのかも知れない。
アレは無事に地球へ戻って来たのだからな。
しかしドラゴンよ。
我には納得できぬことがあるのだ。
先ほどからアレは、そして少年も自分の唇のことをえらく気にしている。
アレを少年の配下に置くことは我も賛同した。
しかしだ。
ドラゴンよ。
ドラゴンマスターよ。
お前たちはつぐみに何をした!?
ガッデームッッッ!!
くそ、あのドラゴンめ!
そんなこと、我は賛同したつもりはないぞ!
まあ、よい。
もう過ぎたこと。
我は寛大なのだ。
救助ヘリがやってきたようだ。
これでつぐみもゆっくり休めるだろう。
ゆっくり休んで、明日からまた訓練に励もうぞ。
なあ、つぐみよ。
ドラゴンの奴らには制裁を加えてやろう。
うむ、それがいい。
いろいろ思考の回り道をしてしまったが、アレは我の手下。
手下を大切に思うことは主として当然の義務なのだ。
そう、これは義務なのだ。
救助のヘリに向かって手を振るつぐみ。
その様子をドラゴンマスターが横から嫌らしい目で見ているぞ!
気を付けろ、つぐみ!
ヘリがつぐみに気付いたようだ。
旋回してまっすぐに向かい始める。
しかし――
次の瞬間には炎に包まれ爆発していた。




