女を虜にする魅了の力
午後の訓練は巨大なモンスターを狩るシミュレーションを行った。日本のバーチャルリアリティーの技術と異世界の魔法による物質操作の力を駆使して標的を動かし、次々に襲い来る敵を無効化していく実戦に近い訓練だ。
このように彼らが訓練に明け暮れることになったのには理由がある。それは体内にある魔力の元、生体エネルギーの量が限られているからである。生体エネルギーの貯蔵量の拡大と、その効率化が最重要課題なのだ。
訓練は彼らが背負ったプレスト6の内蔵バッテリーが切れるギリギリまで続けられた。
『はい、訓練はここまでだよー、お疲れさまー』
神崎先生の声がスピーカーから流れ、ジャングルをイメージしたバトルステージが正方形のブロック状になって消失していった。
青空が床に着地すると、つぐみが後を追うように魔法のステッキで降りてきた。更にその後ろには大きな角のある動物の頭の骨を被った黒マントの魔王が一緒についてきている。
「ねえちょっと! あんたのファイアーボールって幾つ投げられるの?」
「ん? どうした?」
「だってさー、あんたばかり活躍してさー、私の出る幕がないというかー」
唇を尖らせて、不機嫌そうなつぐみ。
後ろの魔王はこういうときには一切口を挟まない男だ。
「ちょっとは遠慮してもいいと思うのよね、私は!」
「でもさ、そもそもキミは飛行中は攻撃魔法が使えないんだろ? だったらボクと魔王が攻撃に徹して、キミは支援に回って欲しいなっ、どうかな?」
「ふっ、ふにぁぁぁーっ! 忘れてた~! あんたまだ変身解いてなかったわ~ッ」
変身中の青空は外見の変化だけでなく種族を問わずメスを魅了する力を放っている。地球上のものに例えるなら強力なフェロモンのようなものだろう。そして彼自身の口調も少しだけイケメン風に変わっているのだ。
つぐみは真っ赤な顔を両手で覆い、後ずさりする。すると魔王に背中からぶつかった。
「つぐみよ、オレ様というものがありながらお前は――」
「魔王さまは黙っていて! オジサンなんだからー!」
「なっ、なんと――」
「わっ、私だってね、本気を出せばモンスターの一つや二つは秒殺なのよ!」
片手をぶんぶん上下させて息をまくつぐみ。
しかしもう片方の手で顔を覆って青空を見ないようにしている。
「よし、じゃあボクがキミを抱きかかえて飛ぶことにしようか? そうすればキミも攻撃魔法が使えるだろ?」
「だっ、だだ、抱きかかえてって……あひぃぃぃ~!」
もの凄く残念な感じに悶えるつぐみ。
それを見た魔王は頭の動物の骨を目深に被り肩をすぼめた。
「そこまでだキミたち!」
颯爽と現れたのは白衣姿の神崎先生である。
彼女は地下研究施設の所長兼、日本一美人の養護教諭だ。
ハイヒールの音をカツカツとさせて近寄ってくる。
「さあ、いよいよキミたちに素敵なプレゼントを見せる時間が来た――あふ~ん!」
青空の半径3メートル圏内に近づくと共に表情が崩れ、抱きついた。
グラビアアイドル張りの豊かな胸が彼の頬に押しつけられている。
「センセーまでおかしくなっちゃった~! 青空、早くゴーグルを外してえ~! お願いします~っ!」
「うーん、みんなボクの魅力にぞっこんのようだね~、あははは……、しょうがないレディーたちだね。分かった、外すことにするヨ! このままだとボクが窒息してしまうからねっ!」
先生を引き離そうとして近寄ったつぐみにも抱きつかれ、豊かな胸と慎ましい胸が押しつけられている青空は降参するしかなかった。
▽ ▽ ▽ ▽
青空の変身が解け、それぞれが落ち着きを取り戻したころ、白衣の下の着崩れを直しながら神崎先生が立ち上がる。
「ふうー、皆久しぶりにいい汗かいたねー」
「ふえ~、私なんか毎回毎回こんな感じになっちゃって、そのうち頭が変になっちゃうんだから~!」
「俺は冷や汗をかいたぜ」
「それは嘘なのです。マスターは鼻の下が伸びているのです。でも仕方がないのです。マスターは年中無休で盛りのついたオスなのですから!」
「うわっ、おまえ急に俺をディスり始めたな!?」
「うふふ、それは興味深い話だねー。モモクンたちドラゴンには地球上の動物のように繁殖期間というものがあるのかい?」
「ドラゴンの愛は崇高なものなのです。人間族のメスにはたとえ説明しても理解できないのです!」
両手を胸の位置で組み、祈るような姿勢で天を見上げるモモの顔はうっとりと自分の言葉に酔いしれているようだった。
「ふむ、理解できないんじゃしょうがないね-、じゃあそろそろ本題に入らせてもらおうか――」
モモの返答にはまるで関心を寄せずに、先生は12枚並ぶ扉のうち『06』と表示された扉を開け、中へと皆を誘導する。少し遅れてモモがぷんすかと怒りながら追いついてきた。
通路の片側はガラス面になっており、オレンジ色のつなぎを着た数名のエンジニアが忙しそうに何かを作っている様子が見える。カチャリとドアノブを回すと、一斉にエンジニアたちが青空たちに注目した。
「さあ、本日の主役を連れてきたよー。いよいよお披露目だー!」
機械工場のような作業場の真ん中に、白い布で覆われた長さ3メートルほどの何かが置かれている。その周りにずらりと並ぶ6人の作業員。皆、満足そうな笑顔を青空たちへ向けている。
「さあ、ナンバーワン! この布を引っ張ってみたまえ!」
「えっ、私!?」
つぐみは慎ましい胸に手を当てて困惑する。彼女はまだ13歳。すべてが可能性に満ちている。
「一足早い誕生日プレゼントだよー!」
「うわ、マジかよ! 日笠は俺よりも先に14歳になるのかよっ!」
「うふふ、これからはあんた、私を先輩と呼びなさい!」
それはちょっと違う。
居合わせた者たちはみなそんな表情を浮かべた。
「えー、なんだろー。こんなおっきな誕生日プレゼントって初めてだよー」
つぐみはそうっと白い布を引っ張ると、白く塗装された細長いメカが横たわっていた。
全長2.5メートル、最も細い柄の部分は太さ20センチで断面が丸みを帯びた四角形の形状。前方には操作レバーや各種のボタン類がついており、後方には円筒形のジェット噴射装置らしき形状のものが付いていた。
「か……かっけぇぇぇぇぇ――――っ!!」
当の本人のつぐみが呆気にとられる中、青空は興奮して叫び声を上げた。




