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戦闘訓練

 二日間にわたる期末テストは全ての日程を無事に終えた。テスト勉強が圧倒的な足りなかった青空にとっては、過去最大級の悲惨な成績が待ち受けていることだろう。

 それはつぐみも同様であった。彼女は中学に入学早々不良少女としてデビューした経緯があり、今回が初めて真剣に取り組んだ中学の定期テストであった。しかし、現実は一夜漬けでなんとかなるほどに甘くはないのだ。


 二人にとって唯一の救いはこの二日間に出動命令が下らなかったこと。テスト中に抜け出して日本の防衛のために戦かわなければならないという事態だけは避けられたのだ。


 先日のニュースの一件も、そもそも画像が不鮮明だったこともあり人物の特定には至らず、校内では全くと言っていいほど話題に上がらなかった。その影では小泉志乃が噂の種をつぶすべく暗躍していたことなど、二人は知る由もない。


 学期末の半日授業を終え、保健室にモモを迎えに向かう道すがら、青空はふと窓の外を眺めた。住宅街の色とりどりの屋根と幹線道路を行きかうトラックや自動車、神社や公園の緑。何気ないこれら日常の景色は微妙なバランスの上に成り立っている。それを守るのが自分の仕事だと思うと、誇らしげな感情が沸き上がってきた。

 できることならば、こんな日常がずっと続けばいいのに。青空はしみじみとそう思った。


 彼の願いが天に通じたのかどうかは定かではないが、夏休みに入っても事件は起きなかった。桜木南中学校の地下にある巨大空間では連日のように二人の戦士と異世界人が技を磨き合っていた――


 体育館を四倍に広げたほどの地下空間はいま、地方都市の建物を再現した仮想空間と化している。つぐみの魔法の力と日本の科学技術の融合により、縦横無尽に動き回れる空間を作り出しているのである。


「私が(おとり)になるので、魔王さまは回り込んでターゲットを仕留めてください!」

「ふむ、いいだろう。派手に囮役を演じるのだぞ!」

「分かってますって。ナンバーワンの座は絶対に譲らないんだからー!」


 つぐみはそう言い残し、片側二車線の道路を猛然とダッシュしていく。

 魔王は小首を傾げた後、黒マントを翻しビルの谷間に消えていった。


 戦闘訓練を特殊なガラス越しに見守る神崎教諭のすぐ傍らには三人の白衣姿の研究員と小泉志乃がいた。


「センセー、つぐみちゃんはまた勘違いしているみたいですよ? センセーが彼女をナンバーワンと呼ぶのは政府が登録した順番なのに、彼女は何かの成績順だと思っているようで……」

「まあ、いいじゃないか小泉クン。それで彼女がやる気を出してくれるなら、何も問題はないよー」

「そ、そうかもしれないですけど……」


 小泉は視線を落とす。一学期の終わり頃から彼女とつぐみは良好な関係が続いていた。今や単なる監視対象と割り切るには難しくなりつつあった。それもこれも全ては青空のせいである。


 青空はコンビニのあるビルの隙間に身を潜めていた。VRゴーグルを装着したぼさぼさ頭からは4本の角が生え、ズボンを突き破って尻尾が生えている彼は、すでにモモと合体していた。


「敵は二手に分かれて日笠は囮になっているようだ。どうする、仕掛けるか?」

『あのメスが考えそうな卑怯な作戦なのです! 殲滅してやるのです!』

「いやおまえ手加減はしろよ? この間みたいに本気を出すな!」


 二人は心の中で会話することができる。言わばヘッドセットで会話をしているような状態である。

 青空の耳にはモモのため息が届いた。


『マスター……本気も何も、私は力の1パーセントも出していないのですよ?』

「……マジか?」

『マジなのです! それがマスターと私の現状なのです。それ以上の力を使うとマスターの生体エネルギーが底を尽きてしまうのです』

「くっ……それを言われると返す言葉もないぞ」


 コンビニの前をつぐみが猛ダッシュで通過する瞬間、左手で小さなファイヤーボールを投げつける。


「ウォーターシールド!」


 相手の攻撃を予想していたつぐみは、即座に水で形成した盾で火の玉の方向を逸らす。彼女の背後にあるビルが積み木が弾けるように砕け散る。


 次に右手からファイヤーボールが投げつけられる。

「あっ――」焦る青空。自分の意志に反して大きな火の玉が手から離れていく。


「ウォーターシールド!」


 再びつぐみは水の盾で逸らそうとするが、

「うひゃぁぁぁ――!」

 勢いがついた火の玉は彼女の背中をかすめていく。

 プレスト6が入った通学用カバンを焦がし、背後の景色が吹き飛んだ。


「だ、大丈夫か!?」


 青空はつぐみの身を案じ、道路へ出た。

 それを見た彼女はにやりと笑った。悪の組織の親玉のように、悪い顔で。 


 空気を切り裂く音を伴い空から光の矢が降り注ぐ。

 それらは青空を囲むように路面に突き刺さり、鳥かごのような形になっていく。


「くっ――!」


 地下空間の天井に貼りつくように黒マントの魔王がいた。ステッキを下に突き出すと、鳥かごのが雷にうたれたように電撃が走った。


「ふはははははっ、これであんたは身動きがとれない。後は大人しく私の攻撃魔法の練習台になるのよ、ふはははははっ」


 つぐみは高笑いする。魔法のステッキをぶんぶんと振り回す無駄な動きを見せつけながら、

「学校の成績では負けたけど、戦いでは私の方が上なんだから。私がナンバーワンなんだから……」

 ステッキを鳥かごの中の青空に向けて構えた。


「……日笠、異様にテンションが高いな」

『ぎゃふんと言わせてやるのです! マスターにはこんな矮小の仕掛けなど取るに足らないのです!』


 青空の右手が鳥かごに触れると、電流が尻尾の先端まで一直線につながり全身が痺れて身動きがとれなくなる。


「ぐはぁぁぁ――ッ」

『マスター、ここは踏ん張りどころなのです!』

「無理無理無理無理、ムリだぁぁぁ――!」

『そしたら、ちょっと本気を出すのです!』


 突然に全身に力がみなぎり、鳥かごを破壊する。

 水の球を噴射するつぐみの攻撃を躱して間を詰める。

 その間、わずかゼロコンマ1秒。


「ゲームセットだね、マイ・レディー」


 つぐみの背後から首に腕を回す青空は、爽やかな笑顔でウインクする。

「ふわっ、はわぁー……」

 たちまちトマトのように顔が真っ赤になるつぐみ。

 変身した青空の半径3mにいるすべての女性は彼に魅了されるのだ。

 

『マスター! すぐ離れるのです、その女はマスターを狙っているのです!』

「ん? もう決着がついたから大丈夫だろ?」

『そういう意味ではないのです! マスターは本当に無防備すぎるのです!』

「よくわからないけど、分かったよ」


 つぐみの拘束を解くと、彼女はゴーグルを外した。

 周りの景色が元の地下倉庫に戻り、魔王の姿も見えなくなった。


「あ、あんたも早く外しなさい……そうしないと私……あんたに抱き付いちゃう……と思う……」


 顔を手で覆いながら前かがみになってよろけているつぐみが、熱い吐息をもらしながら言った。


 ようやく何が起きているのかが分かった青空は、ゴーグルを外す。すると、セミが幼虫から脱皮するような感じで幼女姿のモモがするっと背中から飛び出し、くるっと回転して着地。両手を真横に開いて決めポーズをつくった。


『はい、お疲れさん。午前のトレーニングはこれで終わりだよー。ランチの後はお楽しみが待っているからねー』


 スピーカーから神崎先生の声。

 

「お楽しみ!?」


 青空とつぐみは顔を見合わせて首を傾げた。

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