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青空は今夜も眠れない

 賑やかな夕食タイムが終わり、各自が空になった食器をキッチンまで運んでいると、母の鼻歌が聞こえてくる。青空の母にとってモモの存在は娘が出来たような感覚なのかもしれない。


「これから俺は風呂に入るが、昨夜のような騒動を起こすんじゃないぞ!」

「はい、分かっているのです! ドラゴンは同じ失敗を繰り返さない種族なのです!」


 モモが額に右手を当てて敬礼のポーズをとると、尻尾がぴんと伸びる。


 なお昨夜の騒動とは、全裸になったモモが尻尾をふりふり風呂場に乱入してきたことを指す。

 本人曰くマスターと裸で密着することでエネルギー交換がより効率的に行われるということらしいのだが、さすがにそれは色々な意味でアウトである。

 結果、寸前のところで青空の母親に止められ、更には一度帰ったはずの小泉まで加わっててんやわんやの大騒ぎとなったのである。




 風呂上がりにそっと部屋を覗いてみると、モモはベッドに寝そべり大人しくDVDの鑑賞中だった。


 ほっと安堵の表情をうかべ、青空はキッチンへ向かう。

 二間続きのリビングでは母親がテレビのニュースを観ていた。

 冷蔵庫から麦茶を取り出しコップに注く。

 ぐいっと一飲みしたところで母親が振り向いた。


「ねえ照臣、さっきからあなたの仲間みたいな人が何度もテレビに映っているわよ。また出てくると思うから見てご覧なさいよ」


「えっ!?」


 テレビでは漁港での事件のことが報道されていた。漁港内の建物が半壊し、停泊中の漁船が被害にあったということを現地レポーターが繰り返し説明している。周りが暗いので現場からの中継レポートであろうか。

 ここまではこれまでにも幾度となく報道されている内容だ。日本国政府による報道規制と、政府関係者による隠蔽工作により、原因不明な事件としてそれほど大きくは取り上げられることはない。


 映像がスタジオに切り替わると、女性ニュースキャスターが視聴者からの投稿ビデオだと前置きして、映像が縦長の動画に切り替わる。

 それはひどくぶれていてしかも不鮮明。素人がスマートフォンのカメラ機能を使って撮影したことが一目で分かる動画である。

 動画はスローモーションになり静止画に切り替わる。

 ズームアップされた画面の中央にはツインテールの人物が写っていた。


「ひ、日笠――!?」


 髪の色も服装も分からないぐらいに、まるでドット絵を見せられているような荒い拡大画面ではあるが、青空はそう確信した。細長の人影画が地上に降りて、棒状の物を振りかざすその姿は、つぐみに違いなかった。


 静止画から再び動画に切り替わると、その人影に向かって大きな影がいくつも近寄ってきては地面に吸い込まれていく。獣型のモンスターがつぐみの魔法により地面に吸い込まれていく場面だ。


「やっぱりあなたの仲間の人なのね? ああ、どうしましょう……お母さん心配だわ。照臣もこんな事件に巻き込まれるんじゃないかしら……」


 母の心配は見事に的中。すでに彼は渦中の人である。


 人の口には戸は立てられない。それでも日本国政府が放送局や雑誌社に圧力をかけて頑なに守ってきた事件関連の情報が漏れ始めている。

 それは日本の国に何か大きな変化が起ころうとしている暗示なのかもしれない。青空は胸騒ぎを覚えた。





 夜中の12時を過ぎた頃、数学の問題集を解いていた青空の首筋に細くて白い腕が伸びてきた。


「マスター、エネルギー補充の時間なのです」

「あっ、そうか。……でも俺はまだぴんぴんしてるけど、本当にエネルギー切れなの?」


 振り向くと、ピンク色の水玉模様のパジャマ姿のドラゴン幼女がとろんとした目で彼を見つめていた。深碧(しんぺき)の瞳の奥に銀河の星々が煌めいている。思わず吸い込まれそうな錯覚を起こす。


「マスターは日中、私と離れていた時間が長かったので、夜の間に充分なエネルギーの補給が必要なのです。そろそろ頭がぼうっとしてきて、体の自由がなくなってくるのです。そうでは……ないですか?」


 首を少し傾けて、口の端を上げて問いかけるモモ。

 頭に生える四本の角から分かれたピンク色の髪がゆらりと揺れると、ふんわりと甘い香りが漂い、青空の鼻孔を支配する。


「そ、そう言われてみると、なんだか頭がぼうっとしてきたかも……」

「そうです。それがエネルギー切れの兆候。まもなくマスターの心臓は止まるのです」

「心臓が……?」

「ですが、私のラブ注入を受ければ大丈夫なのです。さあマスター、こちらへ……」


 幼女とは思えないほどに濃艶な笑みを浮かべ、パジャマ姿の幼女がベッドへと(いざな)う。彼女は人間とは比較にならない程の寿命を誇るドラゴンの娘。青空は完全に精神を支配されていた。


 ベッドの上に仰向けに寝かされ、そこへドラゴン幼女が四つんばいになって被さってくる。長い髪が彼のほほに触れ、柔らかそうな小さな唇が近づいてくる。


 ブィィィィン、ブイィィィン、ブイィィィン――


 机からけたたましい振動音。

 はっとして視線を移すと、ツインテールの魔法少女のフィギアの前に置いた、政府支給のスマートフォンが着信を知らせていた。

 

「マスター、ラブ注入の続きを……」

「待て待て待て! なんでこんなことになっている? そもそもおまえからのエネルギー補充って、直接体に触れていればオッケーなんだろう?」

「ラブ注入の方が早く補充できるのです! さあマスター、大人しく横になるのです!」

「電話だ! 電話がかかっているから!」

「そんな物は破壊すればいいのです! 私とマスターのラブ注入の邪魔をする物はすべて殲滅するのです――ああっ、マスタぁぁぁー……」


 青空はモモの肩をつかみ、くるっとベッドに押しつけてからスマートフォンを取りに行く。


「ん!? ひ、日笠?」

「またあの人間族の女かぁ――、きいぃぃぃ――ッ!!」


 ベッドに取り残されたドラゴン幼女が薄手の掛け布団を引き裂き、火を噴く勢いで叫んでいる。背筋がぞっとする青空だが、スマホの通話ボタンを押す指が震えているのは別の事情がある。

 これは彼にとっては生まれて初めての女子との通話なのだ。


「えっと、あ、青空ですけど?」

 完全に声が裏返った。

『あー、わたしわたし。まだ起きていたよね? ……まさか寝ていた?』

「い、いや。起きていたけど……どうしたこんな夜中に? 緊急の用事か?」

『あー、ちがうちがう。そうじゃなくって、明日のテストって何の教科だっけ? 私今からどの教科を勉強すれば良いと思う?』

「はあっ? どういうこと?」


 青空初めての女子との通話は、テスト勉強のアドバイスで終わった。これまで不良少女を演じてきたつぐみにとって、中学のテストを真面目に受けるのは初体験。勉強の仕方が分からず悶々とした時間を過ごしていた彼女が藁にもすがる思いで電話をかけてきたのだった。


 通話が終わると、ベッドに潜り込む。すると茹でたタコのようになっていたモモの機嫌が直り、背中にピタッと密着してきた。


(これは、生きるために仕方がないことなのだ)


 心の中でそう念じ、目をつむる。

 しかし、今夜も眠れそうにないのである。

 

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