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二人はどうやら寝不足らしい

 秋田県のとある漁港での事件の翌日――


 桜宮南中学校の校庭には、サッカーボールやバレーボールを使って遊ぶ生徒の姿。テニスコートでは部活動の自主練習をしている生徒の姿。いつもの昼休みの光景である。

 一方、職員室前の廊下には珍しく緊張した表情の日笠つぐみが立っていた。

 ドアをノックして、がらりと開けると、すぐ近くにいた数人の先生達が視線を向けてきた。


「あ、あの……2年2組、日笠です。すっ、菅原先生に用があって来ました!」


 宇宙防衛軍東日本支部桜宮派出所のエージェントとしての身分を隠してこの中学校へ転校してきて以来、つぐみはずっと不良少女を演じていた。そのことに関しては彼女自身もノリノリでやってきたことなので仕方がないことではある。

 しかし『不良から更生した女の子』を演じなければならなくなった今、彼女の精神はすでに飽和状態なのである。


「あの、あのう……菅原先生は……?」

「ん? あっ? き、キミは誰!?」


 一度はつぐみと目が合ったというのに、自分に用ではないことがわかり手元のスマホをいじっていた近くの男性教諭に声をかけると、怪訝な顔をされてしまった。


「だから2年3組の日笠ですって。あの、担任の菅原せ――」

「どひゃぁああああ――っ!!」

「ふえぇぇぇ――っ!?」


 突然両手を上げてイスから転げ落ちそうになる先生。

 その反応に驚いたつぐみも両手と片足を上げた変なポーズで固まった。


「キミは本当にあの不良の子か? そ、その格好はどうした!?」


 職員室内の視線がつぐみ一人に集中するなか、助け船を出すのは担任の菅原先生その人だった。


「おー、日笠ー、こっちだこっち! 2学年の先生達の席はこっちだ!」

「すっ、菅原先生ぇぇぇー!!」


 1学年職員席の奥の、2学年職員席の端っこで定年を間近に控えたおじいさん先生がコーヒーカップを片手に呼び寄せた。

 つぐみがほっとした表情で歩いて行くと、『へー、本当にあの子改心したんだね』とか『でも相変わらず髪は金髪のままね』とかひそひそ話が聞こえては来たが、そんなことは気にしない。都合が悪いことは聞き流す。それが彼女の生き方なのだ。 


「昨日はまた学校を抜け出して、一体どこへ行ってたんだ? 病院から突然電話があって肝を冷やしたぞ!」

「はあ、それはぁー、何というかぁー……」

「日笠も来年は受験生なのだぞ? そんなことをいつまでもやっていてはいかん! 高校は行くんだろう? それとも就職のあてでもあるのか?」

「えっとー、それについてはー……」


 つい、にやけてしまう。彼女は日本国政府から給料をもらっている立場なのだから。しかし、そんな彼女の立場を知る由もない先生は……


「おい、私は真剣におまえの将来を――ごほっ、ごほほっ」

「先生大丈夫? ほら、コーヒー飲んでいいから!」


 つぐみは机に置かれた冷めかけのコーヒーカップを先生の口に当てようとしてたのだが……


「い、いや、それを今飲むと余計むせるから……ごほほっ! ああ、もう大丈夫だ、ごほほっ」

「ほんと? じゃ、遅刻の報告も済んだから私行きますね……」


 つぐみはそっとコーヒーカップを机に戻し、くるっと振り向いて立ち去ろうとする。


「いや、ちょっと待て!」

「ふえっ!?」


 先生に腕をガッとつかまれて変な声を上げた。


「ふえっ、じゃないだろ! なーんにも話は済んでいないのだが……まあ、今日のところはもういい。病院帰りということに免じて無罪放免! それとは別件で養護の先生がおまえが登校したら保健室へ寄るようにと言っていたぞ」

「神崎センセーが? 分かりました。すぐ行きます」

「ところで日笠」

「はい?」

「次回から職員室に入るときはカバンは廊下に置いてこい。それが職員室に入るときのマナーだから」

「あー、でもー、この中には大切な物が入っているんでー……」

「ん? 大切な物っておまえ……」


 つぐみは金髪の頭をかきながら、背中のカバンを隠すような姿勢をとる。

 その不自然な様子を見た周りの先生達がつぐみを取り囲むように動き出す。

 不穏な空気感が職員室に漂い始める。


「あっ、逃げた!」

「逃げたわ!」

「逃げてるんじゃありません、保健室に急いでいるんですー!」


 つぐみはカバンを抱えて職員室を走り抜けていく。彼女にとっては大切な秘密道具であるプレスト6とVRゴーグルは、一般の先生達から見るとただの遊び道具。見つかったら没収されるのは火を見るよりも明らかなことである。

 都合が悪くなればその場から全力ダッシュで逃げる。それが彼女の生き方なのだ。





 保健室のドアを開けると、きゃっきゃ、きゃっきゃと両手を繋いで戯れている男子中学生と幼女がいた。


「あんた達なにやってんのぉぉぉー!?」


 つぐみが驚くのも無理はない。昨夜から正式に彼女の仲間となった青空照臣(てるおみ)が、幼女化したドラゴンと昼休みの保健室で戯れているのだから。


「よう日笠、もう体力は回復したのか?」

「マスターに近寄るな、この人類種のメスがっ!」


 脳天気な青空と憎たらしいドラゴン幼女が手を繋いだまま動きを止めた。

 つぐみの額に青筋が浮かび上がる。


「やるのですか、人類種のメスごときが私に歯向かうというのですか?」

「下がれ日笠、モモが本気になると校舎が吹き飛ぶから!」


相変わらず手を繋いだままだ。


「くっ……そんなこと言ってるあんたが(、、、、)その幼女から手を離しなさいよ! 何なの二人していちゃいちゃー、いちゃいちゃーとッ!」

「いや、これには事情があってだな……」

「ふっ、私とマスターにやきもちを焼いているのですね?」

「だっ、誰が……」


 ハッとして下がるつぐみ。

 彼女は昨日のことを思い出してしまった。突然に青空がイケメンと感じてしまった人生最大級の黒歴史の一幕を!


「うふふふふ、大丈夫だよー、ナンバーワン。あれはサーティーンがモモちゃんと合体しているときにのみ発動する副作用のようなものらしいからね」


 地下へ通じる隠し扉から現れたのは神崎礼子28才独身。グラビアアイドルばりの豊潤な肉体美を誇る、日本一美人な養護教諭である。


「ふわぁーっ、そうだったの!? おっかしいと思ったのよー、青空がイケメン男子なわけなーいもん!」

「えっ、おまえあの時、俺のことイケメンに見えていたの?」

「ぐはぁっ!」

「マスター! 鼻の下が伸びているのです! 許さないのです!」


 モモの深碧(しんぺき)の瞳がギラリと光り、小さなお口がありえない大きさに広がっていく。


「だっ、だめだモモ、ここで火を噴いたら大惨事になる! 落ち着けえーっ!」


 青空は、白目をむいて変なポーズで固まっているつぐみの背後に回り、彼女の身体を盾にして身を守ろうとする。

 その時、チャイムが昼休みの終わりを告げる。


「はいはい、キミたち茶番劇はもう終わりだよー」


 神崎先生は手をパンパン叩いて、青空とつぐみを廊下へ押し出していく。

 保健室に取り残されるモモは、ぷくーっとほっぺを膨らませて不満顔。

 つぐみはようやく我に返り、


「ふぇっ!? ちょっ……先生! 先生が私に用があるって……」

「あなたの元気な顔を見たのでもう用は済んだから、さあ中学生のキミたちは勉強も仕事のうちだ!」

「あれ? そのドラゴン幼女はどうすんの?」

「モモちゃんは下校時刻までここで預かるから心配ないのだよ」


 ドアがピシャリと閉めらた直後、『終わったらすぐに迎えにきてくださいねー、マスタぁぁぁー!』という可愛らしい幼女の声が廊下にまで響いた。


「……私は心配なんかしてないけど。へ、へえーそうなの。どうせならあんた、教室に連れて行っちゃえば良いんじゃん?」


 どういう訳かつぐみは少しうれしそうな顔をしている。しかしそんなことには無関心な青空は眉間にしわを寄せて、


「おっ、おまえな、そんなことをしたら俺が変態扱いされてしまうだろ! 俺を社会的に抹殺する気か?」

「今だって大して変わらないと思うのよね、私は!」

「……そんな言われ方をするとさすがの俺でも傷つくというか何というか……ん? 俺の顔に何か付いている?」

「あんた、目が真っ赤じゃん。どうしたの?」

「ああ、そのことか……昨夜はほとんど眠れなかったからな……そういうおまえも目が充血しているぞ?」

「……私もほとんど寝ていないからね」


 二人は同時にため息を吐いた。


第三章のスタートです。

次話は青空とモモの濃厚な絡みがありますのでご期待(?)ください。

もちろんこれは全年齢対象作品なので安心です。

その後、ようやくあらすじ通りの展開になっていくことになります。

大変長らくお待たせしました。<(_ _)>


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