私の大好きなヒーロー
ここは勇者側の異世界人の残党が決戦の場として指定してきた鉱山の跡地。しかし戦いの決着は黒い壁から出てきたモンスターの群れの登場であっけなく付いてしまった。
異世界人とその手下たちがいなくなり、次の狩りのターゲットとなるのは私たちである。
モンスターはその巨体に似合わず動きが速く、戦いは長時間に渡っていた。炎の戦士サラと雨霧は両手に持った長剣で次々に仕留めていくが、モンスターの数は一向に減っていく気配がない。
魔王は魔法のステッキをビームサーベルのように振り回し、レーザーのような光の力でモンスターの首を切っていく。
魔王は本当ならもっと派手な魔法で敵を蹴散らすことも出来るはず。でも、今はまだ魔力の消耗が小さな技を選んで戦っている。私の力不足が魔王の足かせとなっていたのだ。
私が魔法のステッキに乗って、上空にさしかかると魔王が上がってくる。ステッキの先端をちょこんと魔王の体に触れさせる。こうすることで魔力の補充と怪我の治療が一瞬で完了するのだ。
「魔王さま! 敵はあの黒い壁からどんどん出てきていますよ!」
「うむ……、つぐみよ、いよいよ例のあの魔法を使うときが来たかもしれんぞ?」
「ダメです! あれはまだ練習でも一度もうまくいったことがないし……」
「しかし、あの破壊力は異世界にいた頃のオレ様の魔法にも引けをとらぬ威力がある。それともこの地上の奴らを放って我らだけ退却するか!?」
「そ、それは……」
魔王は再び地上へ降りていく。上空から見ると、東京ドーム4個分の廃鉱にうじゃらうじゃらとモンスターがひしめき合い、その中で魔王とサラ、そして雨霧が戦っている。こんなに沢山のモンスターを放置したまま逃げるとどうなるか、火を見るよりも明らかだ。
私たちにとっての世界征服は、世界の破壊と対義語なのだ。
勇者側の残党がこの世界から消滅し、残された異世界人は魔王側のみとなった今、ようやく世界征服への道が開かれたはずだったのに……
バッテリー残量が5パーセントを切ったマークが表示された。
「こんな時に、何てことなの!」
私は急降下して雨霧の元へ向かう。
「タッ君! バッテリーが切れかかっているけどそっちは大丈夫?」
「いや……」
炎の剣とシルバーの長剣の二刀持ちの彼は、体を回転させながら迫り来るモンスター2体を斬る。
「俺のバッテリーもダメだ! 最後に必殺技で派手に行くからよ、つぐみは魔王と一緒に離脱していろ!」
「う、うん。分かった!」
雨霧の必殺技とは、サラとの合体攻撃のことだ。二人は身体を一体化することで雨霧のもつ生体エネルギーの99パーセントを魔力に変えて、すさまじい力を発揮することができるのだ。
「魔王さま! サラがタッ君と合体します。戦場から離脱してください!」
私の声が届き、魔王は上空へ飛び上がった。
その直後、地獄の業火のような真っ赤な炎の柱が立ち上がる。
雨霧とサラが一つになった。
続いて、廃鉱全体が真っ赤な炎で充満する。
炎の戦士サラマンダーと化した雨霧が縦横無尽にモンスターを焼き尽くす。
私と魔王はそれぞれに球体のバリアを張り、その様子を眺めていた。
やがて炎は収まり、消し炭と化したモンスターの残骸の中心にただ一人、ジーンズにポロシャツ姿の雨霧が立っている。
ランドセルの中のゲーム機のバッテリーはすでに切れて、VRグラスを頭の上にずらして上空の私をぼうっと見上げていた。
これで戦いは終わった。私はほっと胸をなで下ろし、バリアを解いた。
しかし、事態は急変する。
あの業火を浴びてもびくともしなかった黒い壁が縮み始める。
すると新たなモンスターの影を1体……いや2体を確認。
そして縮むスピードが加速していくにつれ、立方体の黒い壁に向かって空気が吸い込まれていく。
雨霧の小さな身体はモンスターの消炭と共にまるで濁流に呑み込まれる丸太のように引き寄せられていった。
「タッ君――――ッ!」
私は急降下して助けに向かう。魔王も私の後に続く。しかし、バッテリー切れのサインが激しく点滅している。あと数秒保つかどうかだ。
黒い立方体の壁は2階建ての家と同じぐらいのサイズまで縮み、雨霧の身体はあと20メートルの距離まで引き寄せられていた。それを待ち受けるモンスターが2体。
最悪の状況だ。
そんな状況にも関わらず雨霧はさっきから私に何かを伝えようとしている。
身体を引きずられながら、懸命に何かを訴えている。
「……つぐみ……爆炎……を使え!」
彼が叫んだのは私と魔王の合体技。でも、この状況で使える魔法ではない。
彼を巻き込んでしまうこの状況では――
<<<<ダメェェェェェェ――――!!>>>>
ベッドから跳ね起きた私を誰かが抱え込んだ。
誰!?
ここはどこ?
私は……
「つぐみしっかりして!」
母の声。
私は……
「また夢を見ていたのね」
「夢……」
ここは病院のベッドの上。
私はまた夢を見ていたのか……
病室の窓から朝日が差し込んでいる。
私はいつの間にか眠っていたのだ。
「ママ、和歌山のおじいちゃんの病院にお見舞いに行っていたんじゃなかった?」
「バカね、あなたが入院したと聞いて放っておく訳ないでしょう! 夜行バスで帰ってきたわよ。で、具合はどうなの?」
「うん、だいじょう……ぶ……だから……うっ――」
涙があふれて声が出なかった。
母は心配して背中に手を当ててくれているけれど、その優しさがまた私の心を締め付ける。
タッ君は……雨霧巧巳は必ず生きている。
そう確信する一方で、もう一人の私が母に甘える自分を許さないと言っている。
タッ君はもう自分のお母さんに甘えることも出来ないのだから……その原因が私にあるのだから……と。
あの日、私は政府関係者と名乗る人に保護された。廃鉱の周囲1キロに渡って山が削られ、その中心に意識を失った小学6年生の女の子が丸くなって倒れていたという。




