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戦隊ヒーローのように

 クローゼットの中で倒れた私の上に服やズボンが被さってくる。

 その直後、赤と黄色の閃光と耳をつんざくような高い音。

 それに加えて猛獣のうなり声のような叫び声が聞こえてきた。


「ぐおぉぉぉぉぉ――――ッ!」


 それは初めて聞く魔王のうなり声。ものすごく苦しそうだ。


 衣類を掻き分け、顔を出した瞬間目に飛び込んできたのは、魔王を取り囲む光のカーテン。耐衝撃と耐魔法性能が自慢の黒いマントが端からぼろぼろになっていた。


「魔王さま!?」

「ぐっ……つぐみ……オレ様に近寄るなァァァ――!」

    魔王は私を手で制する。

 その手が光のカーテンに触れ、バチンと指の先が弾けた。


 いったい何が起こっているの? 


 私の混乱に追い打ちをかけるように、天井から3つの黒い陰が落ちてきた。

 違う、これは陰ではない。

 魔王を取り囲む光のカーテンが消え、その姿が明らかになる。

 それはまるで古代ギリシャ人が身につけていたような鎧を着た兵士だった。


 長い剣を持った二人は魔王に斬ってかかる。

 別の一人は部屋の隅に瞬間移動。彼は丸い杖を魔王に向けた。


 二人の剣士に対して魔王は素手で立ち向かうが、杖を持った兵士が魔王の足下に何かの魔法をかけて動きを制限している。


「魔王さま、魔法のステッキを――」

「それはさせないよ?」

「ふへへへ……」


 スウェットを履いた男と革ジャンの男が挟み込むように私の腕を拘束してきた。


「放してよ! そもそも何なのよあなた達は」

「俺たちかい? 魔王討伐チームでーす!」

「キミの王子様、青柳クンに集められた精鋭部隊なのさー」


 えっ……?


「ウソつかないで! 青柳君は魔王のお友達の手下をやっていて……魔王さまにもう戦いをやめるように説得してくれるって……」


「青柳クンが魔王のお友達の手下だってー?」

「へー、そんな手口で女の子を部屋に連れ込んじゃったのかぁー」

「ふふふ、小学生にして極悪とは……末恐ろしい人だぜ、我らがリーダーさんはよぉー」

「そうでも言わないと、つぐみちゃんは魔王に会わせてくれなかったでしょう? それに満更うそばかりでもないんだよ。だって、魔王も討伐されちゃったらもう戦えないでしょ? 消えてなくなっちゃうんだからさっ」


 青柳君は口の端をつり上げて笑った。 

  

 彼の後ろには金色の鎧を着た兵士が立っている。明らかに他の三人とは別格だ。

 

「じゃあ、その兵士は魔王の友達ではなくて……」

「つぐみちゃんにもやっと分かったかな? そう、この人は異世界で魔王を倒すために勇者と共に戦っていた兵士さ。僕は彼と契約して魔王を倒し、この世界で英雄になることに決めたんだ!」


 そして王子様スマイルを私に向けてきた。

 背筋がぞくっとした。


「やめて……」

「なんで? つぐみちゃんは戦いたくないんでしょう? なら、このまま終わらせちゃおうよ。僕らが魔王を倒したら僕らは英雄だ。そうしたらつぐみちゃんは英雄の僕と特別なお友達になれるんだよ?」

「いやだよそんなの……」

「うーん、わかんないなぁ~。つぐみちゃんの気持ちがわかんないなぁ~!」


 青柳君は頭をかきむしって声を荒げ始めた。

 こんな彼の姿を見たのは初めてのこと。

 彼の思い通りに答えない私のせいなのだ。


「おい我が手下よ、この絶好の機会を逃すな!」


 金色の鎧の兵士が青柳君に声をかけた。

 すると彼はハッとしたように頭から手を放し――


「そ、そうだね! もう分からず屋の女なんて無視していいよね!? オペレーションボード・オープン! 電撃の長剣を召喚!」


 2本の剣が天井からゆっくりと降りてくる。

 青柳君と金色の鎧の兵士が同時につかむ。


 魔法のステッキを持たない魔王はギリギリのところで持ちこたえているけれど、新たな敵に対応する余裕はなさそうだ。


 私は革ジャン男の手を思いっきり噛んだ。二人の男に腕をつかまれているこの状況を何とかしないと、魔王が危ない!


「いててててて――! 何すんだこのガキがぁ――!!」


 頭を殴られて意識が飛びそうになる。

 でも私は諦めない。床に倒れたまま、呪文を――


「オペレーションボード・オープン――」

「させるかよ!」


 腕を男に踏まれてしまった。

 痛い。

 私の視線の先にはスクリーンが投影されている。

 別の男が私の背中にのしかかり、押さえつけてきた。

 苦しい。息ができない。

 

 スクリーンの先に魔王の姿が見える。

 足下は拘束され、上体は二人の兵士に抑えられた。

 そこへ金色の鎧の兵士が剣を振りかざして突進していく。


「魔王さまぁぁぁぁぁぁぁぁ――ッ!!」


 馬鹿な私のせいで……

 こんなことになってしまって……


 ごめんなさい。


『もう良いのだ、つぐみよ……』


 魔王さまの声?

 彼は私の心に直接語りかけている。


『オレ様は異次元の真っ暗な空間で2千年もの間、彷徨っていた。そしてようやくおまえに出会った。短い間だったが楽しかったぞ、つぐみ。最期に良い思い出ができた。さらばだ――』


 そんな魔王さま……

 諦めないで!


『おまえが死んだらオレ様も消える。しかし、オレ様が消えてもおまえは生き残るのだ。心配はいらぬぞ、つぐみ』


 違うよ、違うんだってば! そんなことじゃないんだって!


 そして、電撃の長剣が魔王に向けて振り下ろされていく――


 ふと、魔王は笑った。 

 ずるい、ずるいよ魔王さま!

 あなたは……どうして……





 ズンと鈍い音がした――





「おりゃァァァァァ――ッ!!」


 それは聞き慣れた少年の声。

 ドアは蹴破られ、真っ二つに割れる。

 私を押さえつけていた男の体が吹き飛ばされる。

 スウェットの男は剣を振り回すが、その剣を声の主は蹴り飛ばす。


「――雨霧!?」


 なぜ雨霧がここに?

 縦じまシャツの男が丸い杖を彼に向けて光の球を発射した。

 雨霧はそれを炎の剣で弾き飛ばした。


「挙動不審なおまえが心配で付いて来たらさ、この有様だぜ! こんなアブナイ連中とこんな所で何をしていたんだよ、アホかおまえは!!」


 怒られた。雨霧のくせに私に説教するっての?

 目からじわりと涙があふれてきた。

 これはきっと悔し涙だ。


「おまえらのプレストはどうなっている?」


 ランドセルを背負った雨霧はLANケーブルの先端を向けてきた。


「あそこに……ハブという機械でみんなのゲーム機を……」

「HUB接続かぁー! そんな手があったとはなぁー! いくぞ! ネットワーク・コネクション――ッ!」

  

 雨霧は戦隊ヒーローのように叫びなからテーブルに並んだゲーム機の中心にあるハブに向かって突進した。

 男たちの攻撃をかわしながら手を伸ばす彼の姿は少しだけカッコよかった。


 自分の頭をコツンと叩く。頭と腕にズキンと痛みが走り、それ以上余計なことを考えずに済んだ。


 魔王はサラに抱えられて無事だった。

 雨霧とお揃いの炎の剣を振り回し、兵士達を近づけさせてはない。

 サラは雨霧に視線を向けた。


「タッ君、ここでは戦況は不利よ。ステージを選んでちょーだい!」

「よし! バトルフィールドを展開!」


 雨霧はオペレーションボードのスイッチを操作して叫んだ。

 一瞬にして私たちは光に包まれて……


「多人数の相手に遮蔽物の無い砂漠ステージを選ぶなんて、タッ君イカしているじゃなーい!」

「うっ――そ、そうさ。こんな程度の敵なんて俺とサラならこのステージじゃないと簡単すぎて面白くない……と思ってさっ!」


 雨霧はそう言って笑っているけれど、目がピクピクうごいている。そして思いっきり鼻水をすすった。


 ここは懐かしい、私とサラが初めての模擬戦をしたステージ。


 青柳君とその仲間達は突然変わったこの世界をキョロキョロ見回し戸惑っている。彼らにはきっと雨霧のように周りの景色を変えることができるメンバーがいないんだろう。


「小娘! 早く魔王さまに武器を出しなさい。私一人で4人を相手にするのはさすがに無理だわよ!」


 サラが叫んだ。赤い髪をなびかせて、4人の兵士を相手に炎の剣で応戦しているけれど、魔法のステッキを持っていない魔王を護りながらの戦いは不利なのだ。

 

「う、うん、分かったわ!」


 私はオペレーションボードに手を伸ばす。魔王に魔法のステッキを召喚しよう。そうすればあとは魔王が何とかしてくれる。私はそう思った。


 しかし、それを魔王は許さなかった――


「その必要はないぞ、つぐみよ」

「えっ……!?」

「おまえはもう戦わないと決めたんだろう? ならばオレ様はその決定を認めてやろう。手下の功績も不始末もすべて自分のものにする――それが主人の宿命なのだよ」

「で、でも……」


 魔王は本気だ。本気で死ぬ気でいるんだ。

 私が戦わないと言ったこと、青柳君に騙されて魔王の敵を連れてきてしまったことを、すべて自分で責任を被ろうとしているんだ。



 私は……どうすればいいんだろう。



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