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お呼ばれしちゃった!

 青柳君の家は住宅街から少し外れた、畑と雑木林に囲まれた場所に建っている。レンガのような外壁の3階建ての大きな家は、まるでおとぎ話に出てくるお城のよう。近所では青柳御殿と呼ばれているけれど、そんなダサい愛称、私は絶対に認めない。


 重そうな立派な玄関ドアには金色のライオンの頭が付いていて、輪っかをくわえている。その輪っかを指でつまむと、手がぷるぷる震えた。


 落ち着け私! あなたはもう青柳君と特別な関係になった女の子なのよ!

 深く深呼吸をして、輪っかでドアを3回叩く。


 トン、トン、トン……


 すぐにでも中から応答があって、黒い服を着た執事かメイドの人がゆっくりとドアを開けてくれると思ったのだけれど、何にも反応はなかった。


 私、何か間違っている!?


 心臓が口からあふれ出すかと思うほどに私は動揺した。

 生暖かい風が吹き、ふわりとした感触を伴って頬をかすめていく。庭の木の葉がざわついている。愚かな私をあざ笑っているように。 

 

 あれ?


 よく見るとドアの近くの壁にインターフォンがあった。私は緊張のあまり、それが目に入らなかったのね。

 

 今度はインターフォンを押す手がぷるぷる震えている。もし、青柳君のお母様が出たら何て挨拶をすれば……でも、もう後戻りはできない。ここで引き返したら、ただの不審者に思われてしまうかもしれない。


 えいっ! ――とボタンを押そうとした瞬間、玄関ドアが開いた。


「ひえぇぇぇ~!」


 私は両手を斜め上にあげたポーズで変な声を上げてしまった。


「つぐみちゃん、ずいぶん早かったね。いらっしゃい!」


 青柳君が王子様スマイルで出迎えてくれた。 

 ほっとしたような、肩すかしを食らったような複雑な心境。


「あ、青柳君、この度はお招きありがとうございます!」


 深くお辞儀をしたら、ランドセルのフタが開いてすべり台のようになってゴーグルとゲーム機が滑ってきた。慌てて両手でそれを阻止していたら、お辞儀をしたままバンザイをしているような変な体勢が出来上がった。


「その中に魔王がいるんだね……」

「えっ……?」


 急に青柳君の声のトーンが低くなって驚いて見上げると、いつもと変わらない王子様スマイルだった。

 きっと私の勘違いだよね?


「さあ、上がって。今日は両親とも仕事の日だから、気楽にしていいよ!」

「あっ、そうなの?」


 この広いお屋敷に二人っきり……気楽になんてできるわけない!

 家から全力ダッシュで来たから、全身汗でびしょ濡れな自分を呪った。


「ん? どうしたの?」

「い、いえ。何でもないです」


 汗臭くない……よね?

 私は服の袖の匂いを嗅ぎながら、靴を脱いでスリッパに履き替える。


 あっ、いけない!


 脱ぎ散らかした靴をそろえる。その時ふと雨霧のことを思い出してしまった! むかつくヤツだったけど、雨霧(アイツ)に教わったことも多かったんだな……


 しかし、それはもう過去の話。これからの私はさらなる高みを目指して突き進むのよ!


 青柳君の素敵な背中を見ながら私は彼の後を付いていく。階段を3階まで上がると、大きな窓から富士山が見えた。

 私の王子様は毎日この景色を見ながら暮らしているのね。

 これまでベールに包まれていた王子様のいろんなことを次々に知ることができてとても嬉しい。


「ここが僕の部屋だよ。さあ、入って」

「う、うん……」


 青柳君の部屋はとても広くて、私やお兄ちゃんの部屋の二倍はあると思うの。雨霧アイツの部屋とは比べるまでもないけれど、三倍は広い。

 大きなベッドが部屋の真ん中にあって、上からカーテンみたいなひらひらが垂れ下がっている。

 レンガ調の壁にはサッカー用のシューズやライフル銃が飾ってあるし、本格的な天体望遠鏡や大きな地球儀が部屋の隅に置いてある。

 机が二つもあって、一つはお勉強用。もう一つはノートパソコンやゲーム機が置かれている趣味用の机なのだろう。


「じゃあ、そこのソファーでゆっくりしていてよ。僕は温かい飲み物を用意してくるから」

「う、うん。ありがとう……」


 二人がけのふかふかのソファーに座ると、腰が埋もれるぐらいに沈み込んだ。青柳君はふふっと王子様スマイルを私に向けながら、ドアを閉めて行ってしまった。


 10分程経って、青柳君は部屋に戻ってきた。お盆に2つのカップをのせて。


「ホットミルクティーだよ。飲めるかな?」

「うん。もちろん!」


 あなたの入れてくれたものなら、たとえ泥水でもおいしくいただきます!


 ソファーの前の小さなテーブル置かれたティーカップは、花柄のおしゃれなものだった。高級な香りが漂ってくる。というか、私が普段紅茶と呼んでいるものとは全く別物の香りなの。


「で、ではいただきます……ぅあちっ!」

「あはは、慌てなくていいんだよ。時間はたっぷりあるんだら」

「う、うん。そうだよね……」


 唇と舌の先がヒリヒリする。けど、そんな私のドジにも青柳君は王子様スマイルで対応してくれる。


「フーフーしてあげようか?」

「はわぁ~!?」


 さすがにそんなことまでされたら、私のなけなしの理性が暴発してしまいそうなので、それは断った。

 自分でフーフーしながら飲んでみると、やはり私の家の紅茶とは全く違う味がした。何というか、まろやかさの中に苦みを感じる……高級な味がした。


「どうかな。僕の入れたミルクティー、口に合うかな?」

「う、うん。とても美味しいです!」

「そう、よかった。全部残さず飲んでね」

「もちろん!」


 苦い薬のような味が舌の奥で感じるけれど、それはきっと私の口が庶民の味に慣れてしまっているからだ。これからは私の口の方を彼に合わせるように努力しなくちゃ!


 私が紅茶を飲み干すまでじっと見守ってくれていた青柳君は、空になった2個のカップを後ろの机に置いて、代わりにゲーム機と電源タップをテーブルに置いた。


「さあ、つぐみちゃんも用意して。電源はここに挿してね」

「あっ、はい……」


 ランドセルからゲーム機とVRゴーグルを取り出すと、急に不安になってきた。魔王に会ったら私は何て話しかければいいんだろう……。きっと魔王は怒っている。いきなり殴られたらどうしよう。


「つぐみちゃん大丈夫?」

「はっ、はひっ!」


 青柳君は私の顔をのぞき込んできた。憧れの王子様の顔が急接近して私は慌ててプレスト6を落としそうになった。


「あれ? この機械は何?」


 それは初めて見る機械だった。青柳君のプレスト6に繋がったそれは、LANケーブルを6個つなげるソケットが付いている。


「これはHUB(ハブ)という機器だよ。プレストを6台まで接続することができるんだ」

「へえ……私、初めて見たかも。一本のケーブルでダイレクトリンクしかしたことがなかったから……」

「えっ!? ダイレクトリンクの経験はあるの?」


 青柳君は目を見開いて固まった。私、何かいけないことを言ってしまったのかな?


「……まあ、いいか。じゃあ、このケーブルを使ってHUBに繋いで」

「う、うん……」


 雨霧とやるときは『ダイレクトリンク!』と声を上げながら挿し込んでいたから何だか拍子抜けというか物足りないというか……


 えっ、何で私、そんなこと思っちゃってんのーッ?

 しっかりしなさい、私! 

 

 青柳君に貸してもらったLANケーブルをハブという機械に差し込んで、反対側を私のプレスト6に接続した。 

 

 VRゴーグルを持つ手が震えている。これは青柳君の世界と繋がることへの緊張感なのか。それとも魔王に会うことへの恐れなのだろうか。


「大丈夫だよ。僕を信じて」


 王子様スマイルで言う青柳君。

 うん、信じているよ。あなたの優しさに包まれて、私は旅立ちます!


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