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世界征服と秋の空

 カチャリ――――


 部屋のドアに隙間が空いて、誰かが覗いている。

 廊下の光がまぶしくて、人影は真っ暗だからとても妖しい雰囲気だ。


「誰なの!?」 


 VRゴーグルを装着していない私はただのか弱い女の子。

 暴漢に襲われたらひとたまりもないのだ。


「あ、起こしちゃった? ごめんね日笠さん。定期的にあなたの様子を見るように院長先生に指示されているのよ」


 妖しい人影は全然怪しくない看護師のお姉さんだった。

 お姉さんは、私の仕事のことを知っているようで、体温や脈拍を測りながらいっぱい褒めてくれた。


「こんな小さな体で日本を守っているのね。本当にえらい!」

「いえいえ、それ程でも~、えっ、そうですか~?」


 褒められるとつい、にやけてしまう。私は褒められて育つタイプなんだと思う。神崎先生はそれが分かっていないのだ。雨霧拓巳(あいつ)だってそうだった……。私の周りにいる人たちは私のことを分かっていないのだ。


「でも、もっと自分を大切にしなきゃダメよ。あなたはまだ13歳の女の子なんだから!」

「ううっ……ありがどうございまず~」


 目から涙があふれて止まらない。きっと私は今日の戦いの後遺症で情緒不安定になっているんだと思う。そんな私をお姉さんはぽんぽんしてくれて、部屋の明かりを消して去っていく。

 お姉さん……たとえ地球最後の日が来ようとも私はあなたを全力で助けますから!


 気付けば時刻は0時を過ぎていた。

 病院は小高い丘の上に建つ大学病院なので、車が通る音なども聞こえてくることはなく、とても静かだ。

 どこかの部屋でアラームが鳴って、廊下をあわただしく走り抜ける足音が聞こえたりしたけれど、その後はまた静かになった。


 

 ――――

 ――

 ―


 

 サラとの模擬戦から2週間。

 私と雨霧は毎日ダイレクトリンクをする関係になっていた。

 あの……一応言っておくけど、二台のゲーム機本体をケーブルで繋ぐことだからね? 変な誤解はしないで欲しいの。私と彼は付き合っているわけではないのだ。


 ダイレクトリンクで何をしていたかと言うと、様々なステージで仮想の敵を殲滅する訓練だ。ステージは砂漠の他、森林の中だったり、草原だったり。仮想の敵は猛獣型のモンスターだったり、恐竜型や小動物型のモンスターだったり。それらの敵を時には協力し、時には競い合ったりもした。

 魔王は私の、サラは雨霧の力が向上するにつれて、どんどん力が戻ってくると狂喜乱舞しながらステージを動き回っていた。


 そんなある日のこと――


 この日はランドセルにゲーム機を入れて、公園で野外訓練をしようとしていたのだけれど……


「今日のステージは大都市。逃げ回る人間を殺戮するのだ! オレ様とサラのどちらが多くの人間どもを駆逐できるか、タイムトライアルをしようではないか」


 魔王はさらりと言い放った。


 逃げ回る人間を殺戮? 殺すということ? はあー!?


 動揺する私に気づきもせず、雨霧はコントロールパネルを操作している。仮想のバトルステージを作り出す機能は、彼のコントロールパネルにしか付いていないので、それは流れ作業のように進んでいく。


「エンチャント・ステージオープン!」


 雨霧は戦隊ヒーローのように大げさに叫び、ボタンを押す。すると見る見るうちに公園の景色が変化していくのだ。


 ここは荒廃した超高層ビルが立ち並ぶ大都市。信号機は根元から曲がり、道路の道案内の標識が交差点の真ん中に落ちている。

 超高層ビルの窓にはヒビが入り、その上の方には白い霧がかかり、どれくらいの高さがあるのか想像すらできない。

 大きな道路の所々に壊れた車が放置され、黒い煙を吐いている。


「さあ、始めるわよタッ君! 魔王様、今日こそは勝ってみせますよ!」

「ふふっ、それはどうかな。つぐみの支援魔法もそこそこには役に立つようになってきたからな。今日のオレ様は負ける気がしないわい!」


 サラと魔王は肩をぐるぐる回して、これから始まる模擬戦を心待ちにしている様子だ。


「エンチャント・ロングソード!」


 雨霧はコントロールパネルを操作すると同時に叫ぶ。

 すると、サラと雨霧の手に銀色の両刃の剣が出現した。


「……どうした、つぐみよ。早く魔法のステッキを出せ!」

「魔王さま……」

「ん? なんだ?」

「今日は止めませんか?」


 私は勇気を出して魔王に言った。


「はあー!? 小娘の分際で何を言っちゃってんのー?」 

「どうしたと言うのだ、つぐみよ……」


 魔王はサラを手で制して歩み寄ってきた。


「んー、もう! 私たちは先に始めていますからね! タッ君、戦闘開始よ!」


 待ちきれないとばかりに、サラと雨霧が動いた。


 荒廃した都市ステージ上に、半透明の青い光の標的が無数に現れる。その一つ一つは人間の形をしていて、やがて道路上を歩き始める。まるで意思を持った人間のように……


「じゃ、派手に行くわよぉ――!!」


 サラが歩く人々に斬りかかっていく。一振りで4体を切断。標的の残骸は空中に光の霧となって消えていく。


 うわぁぁぁぁぁ――……


 叫び声が上がり、一斉に逃げ始める標的たち。


 子供の形をした標的が路面に転び、その子のお母さんらしき標的が駆け寄っていく。その二体をサラがまとめて斜めに切り裂いた。


「いやぁぁぁー!」


 私は目を覆いその場に泣き崩れてしまう。


「一体どうしたというのだ? これはただの模擬戦だ。今までも何度もやってきた事だろう?」


 魔王は私がなぜ泣いているのかが分からないみたい。


「魔王さま、今すぐやめさせてください! 酷すぎますよ、こんなの!」


 私は魔王のマントにすがりつき訴えた。しかし、魔王はきょとんとした顔をしている。


「何が酷いのだ?」

「相手は人間じゃないですか!」

「確かに人間の形はしておるが……つぐみよ、おまえは標的が動物やモンスターの時には喜んで戦闘に参加していたではないか?」

「だから、それは人間じゃなかったから……」


 私は魔王の顔を見上げた。

 魔王はすこし困ったような表情をしていた。


「オレ様は……どうだ? つぐみにはどう見えている?」


 それは、どこか寂しそうな表情にも見えた。


「魔王さまは……人間……ですよね?」

「そうか、つぐみにはオレ様が人間に見えるか……」

「はい」

「サラはどうだ?」

「サラも人間ですよね?」


 髪も目も真っ赤な彼女だけれど、私は人として彼女を見ている。サラはいつの間にか両手に剣をもち、飛び回るように標的を切り刻んでいる。私は怖くなって目をつぶった。


「そうか、つぐみにはサラも人間に見えるか……」

「魔王さま……?」


 魔王は頭に被っていた動物の頭蓋骨を外した。私はその姿を初めて見た。頭の上には小さな牛のような角が2本生えていた。


「この骨は、オレ様の父の物だ」

「えっ……」


 長くて立派な角が生えた動物の頭蓋骨。それが魔王のお父さんの骨だという。私は驚いて魔王を見上げる。


 魔王はひょいっと頭にそれを再び乗せて、言葉をつなげる――


「魔族には人間の姿に似た者もいる。オレ様やサラのようにな。しかし大多数がおまえたち人間とは似ても似つかない姿をしているのだ。おまえがモンスターと呼んでいたあの標的は、オレ様の仲間たちを模したものなのだよ」


 苦しい。息がしにくい。

 私は胸が苦しくなり、うずくまる。


 魔王さま……あなたは私に何を伝えようとしているのですか?

 私には……よく分かりません……


「つぐみ、早く参戦しろよ! バッテリー残量が半分を切ったぞ。このままでは俺とサラの圧勝で終わっちまうぞ! いいのか?」


 雨霧がのんきに声をかけてきた。

 

「うるさいうるさいうるさい、雨霧なんか私の気持ちも知らないで勝手に遊んでいるだけじゃん! もう私に関わらないで――!!」


 私は立ち上がり、勢いよく体をひねった。私と彼のランドセルの間をピンと張っていたLANケーブルがちぎれた。 

 

 周りの景色が元の公園に戻る。


 サラの姿は視界から消え、ビル群も標的ももう見えない。ランドセルを背負った雨霧が、両手に剣を持ったまま呆然とこちらを見ている。


「つぐみ……?」


 魔王が困った表情で私を見下ろしている。


「もう戦うのをやめませんか? 魔王さまはもう戦わなくてもいい世界に来たんです。もう……誰とも戦う必要はないんです!」


 すると、魔王は私の頭に手を置いて言った。


「オレ様は魔王。世界を征服するためだけに存在している魔族の王だ。たとえ世界が変わろうとも、そのことは変えられないのだ。そしておまえはオレ様の手下。だから――」


「嫌です!」


 私は魔王の手を払った。


「魔王さま……私は……もう……戦えません……許してください」


 私は魔王に頭を下げた。

 魔王は何も答えてくれない。 


 そっと目を開けると、真っ暗な空間に変わっていた。プレスト本体のバッテリー切れだった。


 VRゴーグルを外すと、さわやかな秋の風が頬を伝って流れていった。


 雨霧のプレステ6のバッテリーはまだ切れていないようで、VRゴーグルをかけてひとりで話している。あっ、そこにサラがいるのか。こうして外から見ているとまるで不審者だ。


 不意に何かが私の顔に触れたような気がして空を見上げた。

 公園の木の枝が風に擦れ、あかね雲が空に浮かんでいた。


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