突っ込む!
「なかなかやるわねあんた、見直したわ!」
一度はモンスターに喰われたはずの自分が、気がついたらモンスターが木っ端微塵に吹き飛んでいて無事だった。そのことが理解できずに放心状態となっている青空だったが、つぐみが上からのぞき込むように話しかけて来たことでようやく我に返った。
「どうやって倒したの? あんたの武器はなに? 魔法とは違うみたいだったけど……ねえ、教えなさいよ!」
矢継ぎ早に聞かれて戸惑う青空。
「えっと……自分でも良く分からないんだけど……」
「もしかして、隠す気なの!?」
つぐみの穏やかそうな顔が急に険しくなり、魔法のステッキを力強く地面に突き立てた。
「ほほ、ほんとうに分からないんだよ! 俺だって自分はもう死んだなって思ったんだよ! そしたら急にモンスターの頭が破裂して……」
「う~、本当かなぁ? それじゃあまるで『命の危険にさらされたとき、その者の秘められし力が発動した』って感じの中二病っぽい小説じゃん? そんなにこの世界は都合よくできていないはずだけど……」
あごに手を当てて首を傾げるつぐみを見上げる青空。するとピンク色のドラゴンがふわりふわりと旋回しながら降りてくる。
その様子をじっと見つめる青空。
「――ってあんたちゃんと聞いてる!?」
「ひっ、ひぃぃぃ~!」
軽くキレたつぐみは魔法のステッキの先端を彼に向けた。つぐみからは彼がぼーっとしているようにしか見えないのだ。
手足をじたばたさせて後ずさりする青空。彼はもう理解していた。日笠つぐみは本物の魔法少女なのだということを。そして彼女に逆らっては殺される。彼女は魔法少女の不良少女だったのだから。
「んっ、ちょっと待って。あんたさっきドラゴンがどうとか言っていたけど、それって今でも見えているの?」
「う、うん……見えているけど……というか、こいつは一度たりとも俺のそばから消えたことはないんだ」
「ふーん……」
彼の顔と視線の先の空間とを見比べるように見て、何か考え事を始めるつぐみ。
その間にもパトカーや救急車のサイレンの音が徐々に近づいてくる。騒ぎを聞きつけた近所の野次馬の人々も集まり始めていた。
つぐみは何を思ったか、突然野次馬が集まりだした正門の方を向いて、ステッキをバトンのようにぐるぐると振り回し、両手で水平の位置に握り直した。
「風の精霊よ・巻き上げろ、サンドストーム!」
呪文を唱えると、校庭のざらざらした土が舞い上がり、カーテンのように視界を遮った。
「あんたも連れて行くことにしたわ。さあ、後ろに乗りなさい!」
「……え!?」
つぐみは魔法のステッキに跨り、後ろを指差す。
「大丈夫よ、安全運転で行くから!」
つぐみはニヤリと笑った。青空は生唾を飲み込み、
「どこへ……?」
「あの壁の向こう側! 忘れ物を探しにいくのよ」
「忘れ物……?」
「そう、私の大切な忘れ物。それはあんたも同じなんじゃない? そんな顔をしているわ!」
(大切な忘れ物を探しに……)
青空は黒い壁を見て考えた。あの壁の向こうに吸い込まれていった学級委員長の小泉はまだ生きているのだろうか……
(もし、助けに行けるのだとしたら……)
自分は彼女を助けたいと思っている。そして、それが現実にできるのはステッキに跨っている魔法少女の不良少女しかいないのかもしれない。
(ならば、行くしかないだろ!)
使命感にも似た正義感が芽生えた瞬間であった。
青空はつぐみの魔法のステッキの後ろに跨がる。
しかし、長さ2メートル弱のステッキの前半分は装飾が施されているため、跨がれる部分の長さはせいぜい後ろの1メートル。
二人の体は密着する訳で……
「一応言っとくけど、ヘンな想像をしたらコロスから!」
「想像しただけで!?」
地面に溜まったモンスターの紫色の体液を吹き飛ばし、魔法のステッキは急上昇した。
「ぐわぁぁぁ――ッ」
「なっ、なにやってんのよあんた! しっかり掴まっていなさいよ!」
鉄棒に横向きでぶら下がったことを想像してみてほしい。少しバランスを崩しただけでくるっと下に回転してしまうだろう。いわゆる豚の丸焼き状態になってしまった。
「うっ……下から覗くなあァァァ――!!」
「ひっ、ひえェェェ~!」
つぐみの長いスカートの中が見える訳ないのだが、顔面をがんがんと蹴られてしまう青空。女子というのは時に理不尽な行動をとる生き物なのだ。
命からがらもとの体勢に戻る。
「ったく……私の腰に手を回していいから。ぎゅっとはダメだけどね! 準備はオッケー?」
「あ、ああ……」
バイクの二人乗りの体勢で遠慮がちに手を回す青空。
つぐみが背負う通学用カバンが顔に当たりとても邪魔である。
「カバン……何が入っているの?」
「はあーっ!? ゲーム機本体に決まってるでしょう!」
「決まっているのかよ!?」
「だって、VRゴーグルだけじゃ、ただのゴーグルじゃん!」
二人は互いに『こいつ何言ってんの?』みたいな表情で固まった。
そうこうしているうちに、恐竜型モンスターの吠える声が聞こえた。黒い壁の向こう側には沢山のモンスターの気配があった。
「魔王さまは先に行って!」
「~~~~」
「了解!」
つぐみが指で突き出し合図をすると、黒マントの男は黒い壁に向かって飛んでいく。彼は魔法のステッキを使わずとも自力で空を飛べるらしい。
「じゃ、私たちもいっくよぉ――!」
二人を乗せた魔法のステッキは、猛スピードで黒い壁へ向かって行った。
青空の顔にはつぐみの金髪がものすごい勢いで絡みついてくる。呼吸を確保するため横に顔を背けると、このスピードにも動じずにピンク色のドラゴンはピッタリと密着して付いてきていた。
「壁に突っ込むときは勢いが必要なの。そうしないと弾かれちゃうから!」
「そ、そうなんだ……で、あの黒い壁は一体何なんだよ?」
「あれは次元のゆがみ。あの先は私たちの世界とは異なる世界、異世界なの!」
「いっ、異世界!?」
青空が驚いた声を上げると、ピンク色のドラゴンが体をくるっとひねった。
「さ、突っ込むよ! しっかり掴まっていなさいよ!」
「あ、ああ……」
更に前傾姿勢をとるつぐみを後ろにいる青空は、まるで彼女を後ろから抱きしめているような姿勢になる。
(これは……不可抗力……)
心の中で念じる。コロされないように。
「頭出していると、取れちゃうからね? 要注意!」
「ええっ!?」
つぐみの背中のカバンを避け、脇の下あたりにぎゅっと顔を埋める青空は、この先無事に生き残れるのだろうか。
(不可抗力だぁぁぁ~)
二人を乗せた魔法のステッキは、ドリルのように回転をしながら黒い壁に突っ込んでいった。