契約書にサインをする
クラスメートの小泉志乃は学級委員長でありながら、その実態は青空よりも3歳年上の日本国政府のエージェント。その彼女が自分の母親とすっかり打ち解けた雰囲気でおしゃべりをしている様子に彼は気づいていたのだ。
「アオ君、まずは座りなよ。話はそれからだよ」
「はあ……えっと、何で俺の家に?」
「照臣、ちゃんと挨拶をしなさい! 志乃ちゃんにはお世話になっているんでしょう?」
「し、志乃ちゃん!? お母さんは初対面なんだろう? 二人はもうそんなに親しくなったのかよ!」
「ぷっ……、お母さんって呼んでいるんだー、アオ君カワイイ! あっ、ごめんなさい」
小泉は口を押さえた。青空はまだ13歳。多感な年頃なのである。
青空家のリビングはダイニングキッチンと間続きになっており、小さなテーブルを向かい合わせに三人掛けのソファーと一人がけのソファー2脚が並んでいる。小泉は三人掛けの左側、その斜向かいに青空の母が座っている。二人の前には日本茶と食べかけの茶菓子が置かれていた。
青空は真っ赤になった顔を誤魔化すようにうつむき加減に小泉の対面の一人がけソファーに腰を下ろした。
「で、母さんにどこからどこまで話したのですか?」
「アオ君が学校でボッチだったこととか……」
「ぐっ……そ、それから?」
「最近は同じクラスにいるつぐみちゃんに急接近中だということとかぁー」
「もの凄く誤解されそうな言い方は止めろ!」
「あと、私は学級委員長としてアオ君の面倒を見てあげていることとか……」
「そこだけ直球ど真ん中だな!」
「悪の組織と戦う私たちの仲間になってくれたという所までかな?」
「大分突っ込んだ話までしたんだな……」
「照臣がドラゴンと合体して悪の組織と戦うことになったということ、志乃ちゃんに聞いたときには耳を疑ったわ」
青空の母が困惑を隠さずに、しかし少し嬉しそうなトーンで口を挟んできた。
「……でも、これであなたが嘘つきではなかったと言うことが証明されたわ。あなたにはちゃんとドラゴンが付いていた。それが分かっただけでもお母さん嬉しくて……」
最後は言葉にならずに、ただただ涙を流す母だった。
小泉は思わずもらい泣きしそうになっていたが、本来の目的を思い出したかのような仕草で、カバンからタブレットを取り出した。
画面には白い背景に黒文字の羅列があり、その下にスクロールしていくと契約書の書式があった。
「先ほどお母様の承諾は得られたので、ここにアオ君本人のサインが必要なの」
「サインって……これって何なのですか?」
「アオ君が日本国政府のエージェントになりますって契約書よ? サインした瞬間からアオ君は正式に宇宙防衛軍東日本支部桜宮派出所の職員ということなるの」
「中学生の俺が?」
「もちろん学校には普通に通うことになるけど、アオ君は派出所が雇った臨時職員ということになるの。立場的には準公務員よ? きちんと給与も支払われるわ!」
「今の時代、公務員なんて簡単になれる職業じゃないのよ、照臣ーっ!」
母は泣きながら言った。もはや何に対して泣いているのか分からない。
契約書にはすでに身元保証人の欄に母のサインが記入されているところを見ると、金銭関係の大人の事情についてはすでに了承済みなんだろうと彼は思った。
タブレット画面に人差し指を当て丁寧に名を記す。
そうして一通りの手続きが済むと、なぜか小泉が急にそわそわし始めた。
「アオ君……その……そろそろ良いんじゃないかな? モモちゃんをお母様に紹介しても……」
「そうですね。実は俺、当面の間は親に隠れて飼……暮らそうと思っていたんですが……」
「えっと、今アオ君……『飼う』って言おうとした?」
「見た目は人間の女の子っぽい格好しているけど、元はドラゴンなので飼うでも良いかなと思ったけど、一応言い直しましたが?」
「女の子を飼うなんて口が裂けても言っては駄目よ、照臣!」
「二人とも変な所に拘りすぎだよ! でも、小泉さんのおかげでとても気が楽になりましたよ! 今連れてきますから!」
「う、うん。エージェントの生活をコーディネートするのが私の任務だがらね。気にしないで!」
にこりと笑ってVサインをする小泉の仕草は若干ぎこちなかった。
青空は廊下から声をかける。しかし彼の部屋から応答はない。昨夜途中で観るの断念したホラー映画の音声が漏れ出ている。
「おいモモ、もう出てきていいぞ! おーい、聞こえないのかー!?」
部屋のドアを押すと、点けていたはずの照明が消えていた。7月の夕方6時はまだ十分に明るい時間だが、遮光カーテンを引かれた部屋は妙に薄暗い。
机の上のノートパソコンにはチェーンソーで女性が切りつけられて悲鳴を上げるシーンが映し出されていた。それもかなりの大音量で。
青空の顔が凍り付く。その時、ベッドの下から二つの赤く光る目がぬるりと這い出してきた――
「うわぁぁぁぁぁぁーっ!」
振り向きざまにそれを目撃した青空は、椅子を押し倒し電源コードを引っかけ、パソコンが危うく机から落下するところをモモが見事にキャッチした。ドラゴン幼女の瞬発力は人間の比ではない。
「マスターどうしましたか? 私ですよ?」
「モモか!? どうして部屋が真っ暗なんだ?」
「ホラー映画は暗いところで観た方が面白いのです!」
「だが、今度からは明るいところでみような! で、何でベッドの下に隠れていたんだ?」
「マスターが10日前の夜、魔法少女人形で遊んでいたときにステッキの先端を落としたのです。それがベッドの下に転がるところを私は目撃していたのです! それを先ほど思い出して拾っていたのです!」
「うわっ、マジ? 良かったー、探しても見つからなくって半ば諦めていたんだけどさー!」
青空は小さな部品をモモから受け取り、机の棚に飾っている5体の魔法少女フィギアの中から緑色のコスチュームに身を固めた『フラワーグリーン』を手に取り、外れていた部品を取り付ける。
その時、部屋のスイッチがパチンと付き、
「あ、アオ君……かっ、かわいい! もうサイコー!」
「こっ、小泉さん!?」
突然に小泉から声がかかり、焦る青空。彼は自分が魔法少女好きでなることを彼女には知られたくなかったのだ。なぜなら、それは日笠つぐみにも知られてしまう可能性が高いからだった。
しかし、小泉が見ていたのはフラワーグリーンではなくモモだった。『うひゃぁ、どーしよー、可愛くて悶え死ねるレベルぅー』とか言って悶えている。
ほっと胸をなで下ろし、フィギアが死角になる位置にそっと移動する。
「は、初めましてモモちゃん! 私はアオ君のクラスメート兼お世話係の小泉志乃。志乃お姉ちゃんと呼んでいいのよ!?」
小泉は鼻息荒く幼女姿のモモに迫っていった。
しかし、
「近寄るな、この年増が!」
辛辣なモモの一撃で固まる小泉志乃16歳であった。
これにて「第1章 それぞれの出会い」完結。
次章はつぐみが魔法少女になるまでのエピソードが挟まります。
つぐみの一人称で物語が進行しますので、引き続きお楽しみ下さい。
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