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一陣の風と共に

 日笠つぐみはスマートフォンを拾い上げた。液晶画面はくもの巣状にヒビが入り、通話は切れていた。


「もう、どうすればいいのよぅぅぅ――ッ!」


 涙目でひたすら魔法を発動しているが、一向にモンスターの襲撃は収まる気配を見せない。


 つぐみの得意な魔法は支援と守備に偏っている。自然に存在する素材を利用した壁創生魔法は得意分野ではあるが、それはあくまでも野次馬からの目隠し程度の威力に過ぎない。

 モンスターを退治するのに使用する魔法は海水を一点に集中させて切り裂く『ウォーターカッター』と、地面に亀裂を作りそこへモンスターを閉じ込める『地割れ』、そして風圧により相手の力のベクトルを捻じ曲げる『トルネードスピン』の3種の組み合わせで(しの)いでいた。


 しかし、次々に迫り来る敵に翻弄(ほんろう)され、もはや彼女の生体エネルギーが尽きるのと、魔法の発動が間に合わずにやられるのとどちらが先かという状態に陥っていた。


「つぐみよ、今こそ終焉の雷(しゅうえんのいかずち)を使うのだ!」


 魔王の声が届いた。

 しかし、つぐみは首を振る。


「ならば退却しようぞ! これ以上はオレ様にも抑えきれない! 今のおまえの状態ではオレ様の力は1割も出せていないのだ!」


 魔王は異世界から来た魔族の王。世界を掌握する程の魔力の持ち主であったのだが、それはもう過去の話。この世界では適合者であるつぐみの生体エネルギーを享受して魔法を発動する。とは言え、攻撃系魔法を使いこなすことができる彼が退却を提案したのである。


 しかし、つぐみは首を振る。


「つぐみよ、おまえが小僧を失って悲しむ気持ちは理解する。オレ様も一番弟子を失ったのだから……」

「それは言わないで!」

「しかし」

「タッ君は生きているからぁぁぁ――」


 つぐみは叫び、ステッキを振り回す。

 強烈なウォーターカッターが炸裂する。

 一体ずつ倒していたモンスターを群れごと切り裂いた。


「タッ君は……絶対に生きているよ。だから私は日本を守る。これはタッ君との約束だから! 私は……お帰りなさいって言うんだからぁぁぁ――!!」


 叫び、ステッキを地面に突き刺す。

 ステッキの先端から光が漏れ、地面に大きな亀裂ができる。

 土ぼこりが舞い、そこへモンスターが落ちていく。

 そこへ海水が流れ込み、水しぶきが勢い良く立ち上がる。


 上空には全身が海水でずぶ濡れになったつぐみがいた。

 魔法のステッキに乗り上空を旋回している。


 黒い立方体の異世界への扉は健在で、そこから続々と獣型モンスターが飛び出してきている。それらを魔王が縦横無尽に切り裂いている。


 獣型モンスターは動く物に反応する性質があるようで、次々と魔王に向かっていく。


 つぐみの張った海水を利用した目隠しの壁は未だ健在で、漁港関係者や野次馬からの視線を防いでくれている。しかし、そこを突破されたら多くの一般人が被害に遭うだろう。


「私が逃げ出す訳にはいかないよね――」 


 つぐみは呼吸を整え、再び戦場へと突っ込んでいく。

 そのとき、群れの一部が岸沿いの道路を走行している警察車両のサイレンの音に反応した。


「だ、だめぇぇぇ――!」


 つぐみは進路を変更して群れから離れた3体のモンスターを追いかける。その先には渋滞にはまった多数の車両、その中には園児たちを乗せた幼稚園のバスもあった。


 モンスターはやすやすと目隠しの壁を突き破る。

 堤防を飛び越えた先には園児を含めて多数の一般人――


「土の精霊よ・切り裂け、大地を!」


 空中で身を翻し、呪文を唱える。

 寸前のところで大地に亀裂が入り、3体のモンスターは吸い込まれた。

 そこへ海水が流れ込み、水しぶきが派手に舞い上がる。

 その様子を目撃した人々はパニックに陥っていた。


 飛行魔法と攻撃魔法を同時に発動することはできないつぐみの身体は、海水による目隠しの壁の手前側、コンクリートの路面に叩きつけられた。


「――ッ!!」

 

 全身に痛みが走った。

 もうこのまま倒れていたいと思った。

 しかし、つぐみは立ち上がる。

 魔法のステッキを拾い上げ、構える。


「私は――ここを引く訳には――いかない!」


 しかし――


 運命の女神はその小さな抵抗をあざ笑うかのように残酷だった。




「バッテリーが……切れた?」




 VRゴーグルに表示される赤い電池マーク。

 その点滅は残量ゼロを指し示していた。


 魔法のステッキは霧のように消失し、魔王という標的を見失った獣型モンスターの群れが一斉に防波堤に立ち尽くすつぐみに襲いかかる。


 ひざから崩れ落ちるつぐみ。 


 目から涙が溢れ出す。

 脳裏に浮かぶのは小学生の男子、雨霧拓巳のぼさぼさ頭。

 いつも鼻をすすっているイケメン度は0パーセントの男の子。




「タッ君……ごめん。私……もう……ダメ……」




 そのとき、空から一陣の風と共に少年の声が聞こえてきた――

挿絵(By みてみん)

作者ラクガキ『放心状態のつぐみ』

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