金髪不良少女とモンスター出現
いよいよヒロインの登場です!
皆さんどうかかわいがってやって下さい<(_ _)>
青空が体育館へ向かう連絡通路に差し掛かったとき、集団の流れに逆行するように歩いてくる女生徒がいた。同じクラスの日笠つぐみである。
金髪に染めた長い髪をツインテールに分け、長いスカートを履く、昭和の頃の不良少女という格好だ。そして遅刻早退、授業サボりの常習犯。この日も体育の授業をボイコットして校内のどこかで時間を潰していたに違いない。
そんな彼女が体育館へ避難する生徒たちとは逆に、外に出ようとしていたのだ。
「た、体育館への避難指示が出ているよ! そ、外は危ないから……」
声が震えていた。
普段の彼ならそのような行動に出るはずはなかった。それだけ今は気が動転しているということなのだろうか。
「手、離しなさいよ……この妄想壁の変人男が!」
汚いものを見るような蔑んだ目で言い返されてしまう。
青空は彼女のリュック型通学用カバンに手をかけていた。
慌てて手を離す。
「ご、ごめん。でも放送が聞こえなかった? 校庭に危険物があるんだ!」
「知ってる!」
「じゃあどうして……」
「あんたに説明しても時間の無駄だし!」
日笠つぐみは青空を一瞥し、走り去る。
(行ってしまった…… 俺にはクラスメートを止める力もないのか……)
彼女の後ろ姿を呆然と見送る青空。
そのとき、彼の後頭部に何かがコツンと当たった。
その勢いに押されるように、彼は走り出す。
金髪不良少女の後を追って――
長いスカートが足にまとわりつき、彼女の走るスピードは遅かった。それは運動の苦手な青空でも十分に追いつく程だった。
つぐみの赤いリボンで束ねたツインテールが右左に激しく揺れている。
青空の頭上にはピンク色のドラゴンがをパタパタと動かして浮かんでいる。
外に出ると、彼女はためらう素振りも見せずに校庭へと向かった。その先には巨大な黒い立方体の壁がそびえ立っている。出現した当初は人の背丈ほどだったものが、今や3階建ての校舎を遙かに超えている。壁面からは黒煙のようなものがゆらゆらと吹き出していた。
つぐみは背中に手を伸ばし、カバンから何かを取り出した。
それを頭から被るように装着した。
その瞬間、青空の目には彼女と併走する大きい人影が見えた。
それは影ではなく正に人影。透明なアクリル板に薄い絵の具で色を付けたような、半透明の人影。背丈は2メートルぐらいの黒いマントを羽織った人影が彼女の隣に現れたのだ。
そして次の瞬間に、彼女と人影はぐんと加速した。
その先には黒い壁が。
「行くなぁぁぁ――ッ!」
青空は叫んだ。
彼の脳裏には、壁に吸い込まれて行ったクラスメート達の姿が浮かんでいた。
あの惨劇をもう見たくはない!
つぐみは足を止め、振り向いた。
「あんた馬鹿なの!? どうして付いて来ちゃったの?」
「その先に行ってはだめだ! 日笠さんも一緒に体育館へ避難しよう」
「あんた私のストーカーなの!? キモ!」
「そう思ってもいいから! 早くここから逃げよう」
「あんた1人で逃げなさいよ! どうせボッチなんだからヘーキでしょう?」
一瞬、学級委員長の小泉の顔が思い浮かんだ。
クラスで唯一、自分に関わってくれた彼女の顔を。
しかし、彼女はもういない。
これで、自分は本当にひとりぼっちになってしまったのだ。
だか――
青空は空を見上げる。
すると、それはいつものように視界に入り込んでくる。
まるで自分の姿を見て欲しがっているような、ピンク色のドラゴン。
「……俺は独りじゃないよ」
「はい!?」
「……俺には、こいつがいつも一緒にいてくれるから!」
何もない空間に向かって人差し指を向ける青空。
つぐみは呆気にとられる。
「ピンク色のドラゴン。ぬいぐるみみたいで可愛いぜ!」
「あんた、またそんな妄想を……」
つぐみは言い返そうとしたようだが、言葉を飲み込んだ。
青空の何か憑き物がとれたような晴れやかな表情を見たからだろうか。
「ん、まっ、そうね。うん。あんたは独りじゃないんだね。うん分かった」
つぐみは愛想笑いを浮かべて、一歩、二歩と後ずさって行く。
「日笠さんも独りじゃなかったんだね、隣にいる黒マントの大きな人はキミの仲間かい?」
「……えっ!?」
なぜかつぐみは顔にVRゴーグルを装着していた。グラス面が透明なアクリルガラス製なので中の表情は確認できる。彼女は大きな目を見開いて青空を見ている。
「えっと……今、何て言ったの……かな?」
VRゴーグル越しにひどく動揺した表情が見て取れる。
「う~ん、やっぱあんたは妄想男で変人でおまけに嘘つきだ! だって、VRゴーグルを付けていないあんたに見えるはずがないじゃん!」
つぐみは唇を尖らせて不満げに言った。
「えっと……何でVRゴーグル? これからゲームでもやるつもりだったの?」
「ほーら、そんなことも知らないあんたに、私の魔王さまが見えるはずがないじゃん! バーカバーカ!」
つぐみは舌を出して青空を罵った。普段は誰も寄せ付けない程のオーラを出している彼女とのギャップに彼は戸惑う。
「えっと、日笠さんの隣に立っている黒いマントを羽織っているその人が『マオーサマ』という名前ということで……いいのかな?」
「ぐはっ――!」
黒マントの人影を指さすと、つぐみは両手を上げた奇妙なポーズで変な声を上げた。
「なななな、何で見えてるの? あんたは特異体質か何かなの? あっ、本当は宇宙人なの? そうでしょう!」
づくみは青空の両肩を握り、矢継ぎ早に問い詰める。
しかし、事態は急変する。
猛獣が吠えるような低音と高音が複雑に交じり合った音が鳴り響く。
ずんずんと地響きが近づいてくる。
「あっ、またやっちゃったぁぁぁー! 変体男なんかを相手にしてるうちに、モンスターが外に出てきちゃうじゃないのぉぉぉー!」
突然つぐみが頭を抱えて叫んだ。
猛獣のうなり声とつぐみの叫び声が混じり合い、青空の脚がすくんで固まった。
真っ黒な立方体の壁の一部が盛り上がり、恐竜のような顔が現れた。
それはティラノザウルスのような獰猛な肉食恐竜の顔に似ているが、頭からは3本の鋭い角が生えているモンスター。
やがて胴体、その胴体から突き出す短い前足、そして太い後ろ足の順で黒い壁から出現する。
ズシンと脚のかぎ爪が地面に突き刺さる。
一体目のすぐ隣から別の一体が出現する。
ボーリングの玉ほどもある大きな眼球。その瞳孔がじわりと開かれ、青空たちに向けられた。
「マズいわ! このままではあんたはモンスターに食べられちゃう!」
「へっ!?」
「でもね……これから見るものを、あんたが黙っていると言うなら助けてあげるんだけど?」
「うっ、うんうん! 黙ってる!」
「……迷うことなく即答したわね。まぁ、私はあんたのことなんか信用していないけれど、まあこの際どうでもいいわ!」
青空の目の前で彼女は背を向けて足を肩幅に開いた。
それに合せるように黒マントの人影も仁王立ちになる。
そして――
「エンチャント・魔法のステッキ召喚!」
魔法の呪文のような言葉を唱えた。
すると、つぐみと黒マントの人影の周囲からキラキラした光が放出される。
あまりの眩しさに青空は手で顔を覆った。
彼が次に目を開けたときには、目の前の二人の手には棒のような物が握られていた。根元にハート型のキラキラした赤い石がはめ込まれている棒――
青空は目を疑った。
それはどう見ても……
魔法少女が持つ、魔法のステッキだったのだから。
恐竜型モンスターは天にも届く勢いで吠えた。
耳をつんざくような強烈な空気の振動。
青空は恐怖し、耳を塞いだ。
二体のモンスターはつぐみと黒マントに狙いを定めて走り出す。
つぐみと黒マントも迎撃に走り出す。
両者の距離はわずか100メートル。
黒マントが構える魔法のステッキがビームサーベルのように赤く光り、モンスターの首を切り裂く。巨大な首が宙を舞った。
「土の精霊・切り裂け、大地!」
つぐみはステッキを地面に向けて呪文を唱える。
直後に大地に地割れができ、別のモンスターが足から沈んでいく。
土ぼこりが舞った。
放心状態の青空のすぐ足下に、黒マントが斬ったモンスターの頭が落下する。
悲鳴を上げながら腰を抜かし四つんばいのままの姿勢で後ずさりする。
モンスターの生首は彼の方を向いて横たわる。
そして、ギロリと開かれたモンスターの目が彼を捉えた。
首だけになってもなお、モンスターは生きていたのだ。
モンスターの生首は青空を丸呑みした。
彼は悲鳴を上げる余裕すらなかった。
「あわわーっ、あの人、食べられちゃったじゃん!」
つぐみは慌てた。
まさかモンスターの生首にクラスメートが食べられるなんて予測不可能だったのだ。
「魔王さま、ちゃんとトドメをさしてくださいよーっ!」
「~~~~」
「だってだって、あの人、変人だけど悪い人じゃなかったかもしれませんよ?」
「~~~~」
「えっ!? 彼はまだ生きてるですって?」
魔王の声は聞こえないが、つぐみの声は聞こえていた。
青空の耳に。
パンッと乾いた破裂音。
その直後、青空の視界が明転し、彼の全身にどろっとした紫色の液体が降り注ぐ。それがモンスターの体液であることに気付くにはもう少し時間が必要だった。