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異変の始まり

お読みいただきありがとうございます!

作者のとら猫の尻尾です。

ペンネームはふざけた感じですが小説は真面目に書いています。


面白いと感じていただけましたら、ブックマークを入れていただけるとうれしいです。

それが執筆の励みになります!


では、どうぞじっくりお楽しみください。

 桜宮市は関東北部のとある地方都市に隣接するベッドタウン。その南方に位置する桜宮南中学校は、サッカーと野球が同時に練習できる程の広い校庭が自慢の、文武両道を目指す創立10周年を迎えた公立中学校である。


 梅雨の晴れ間が広がる6月某日午前10時30分、広い校庭では2年3組と4組の合同クラスで体育の授業が行われていた。

 

 1周200メートルのトラックを決められた時間や距離を走っては休憩するというインターバルトレーニングの実習中である。

 生徒たちは体力が同レベルの仲間同士で固まって走っているが、一人だけ皆から離れたところをやる気なさげに走っている生徒がいる。

 彼の名は青空照臣(てるおみ)。クラスに友達がいない彼は、いつもひとりぼっちなのである。


 体育教師の笛の合図で休憩時間となる。

 呼吸を整えながらゆっくりと歩き出す。とはいえ生徒たちにとっては仲間との楽しいおしゃべりタイム。無機質な校庭に話の花が咲く。


 青空は足下の小石を蹴り、深いため息を吐いた。

 

(世界よ、この瞬間に消えてしまえ!)


 彼は心の中で念じる。しかし世界は何も変わらない。

 再び大きなため息を吐いた。

 

 13歳という若さでありながら彼は人生に絶望していた。 

 事の発端は3年前、彼が小学5年生の時に遡る。

 それは今日のようによく晴れた朝のことだった――


  

 ▽ ▽ 



 ベッドの上で目覚めたら目の前に不思議な物が浮かんでいた。


 ピンク色の胴体から伸びる長い尻尾。手足は短くワニのような長い口。頭には大小二対の角が生え、背中には小さな羽がある。まるでクレーンゲームの景品にありそうな、ピンク色の小さなドラゴンが浮かんでいたのである。


 両親に必死に訴えかけるも信じてはもらえなかった。それもそのはず、ピンク色の浮遊体は彼以外の人間には見えなかったのだから。


 その日を境に小学5年生の青空照臣の転落人生が幕を開けた。


 授業中に突然席を立ち上がる。何もない空間に向かって声を荒げて叫ぶ。彼の奇行は日に日にエスカレートしていった。


 そこに至ってようやく心配になった両親は脳神経科、思春期科、心のクリニックとあらゆる医療機関に通ってみたが、とうとう原因を突き止めるまでには至らなかった。


 やがて、学校ではいじめ、差別、偏見の対象となり彼は孤立していく。嘘つき少年、妄想壁のある子、かまってちゃん――様々なあだ名を付けられていく。




 ピィ――

 体育教師の笛の合図。




 青空は足下の小石を一蹴りして、ため息を吐きつつ走り始める。すると彼の頭上に浮かぶぬいぐるみのようなピンク色のドラゴンも動き出す。


 こうして3年もの間、ピンク色のドラゴンは付かず離れずの微妙な距離を保って彼を苦しめていたのだ。

 

(学校なんて、世界なんて無くなればいいのに……)


 青空は雲一つ無い青い空を見上げて天に祈った。すると視界に入り込むピンク色のドラゴン。それは彼の運命を狂わせた悪魔の化身。


 胸にこみ上げてくる怒りの感情が―― 爆発する。


「おまえのせいですべてが台無しになったんだ! いい加減、どこかへ消えて失せろ、このやろうぉぉぉ――!」


 何もない空間に向かって絶叫する青空に、生徒たちの好奇の視線が向けられる。


 我に返った彼は赤面した。


(また、やってしまった……)


 後悔の繰り返し。

 変人認定された青空に近寄るクラスメートはいない。

   

 体育教師の笛が鳴る。

 生徒たちは走る速度を緩め、ゆっくりと歩き出す。


「うっ、しまった……」


 青空はその笛が走り出しの合図と勘違いしていた。下を向いたまま駆け出し、前を歩く男子集団の背中に衝突する直前で慌てて止まった。


 男子集団は一斉に振り向き、蔑んだような視線を浴びさせる。


「こいつ、遠藤を後ろから襲おうとしていたぜ?」

「おい、近寄るんじゃねーよ、変質者!」

「やべー、変質者と関わったら俺達まで変に思われちまうぜー!」

「にげろにげろー!」


 インターバル中にも関わらず、男子集団は駆け出していく。

 青空の目からじわりと涙が浮かぶ。


(俺が……いけないのか?あるはずのない物が見えていると思ってしまう……俺が……いけないのか? 皆が気持ち悪いと思うのは当然だ。やはり俺が……いけないのだ……)


 何度も何度も心の中で問答を繰り返す。

 頬をつたって涙がこぼれ落ちていく。

 ぽたり、ぽたりと、滴が地面に落ち、土にしみこんでいく。



 足元に一陣の風。



 校庭の土が地面を這うように風で舞い上がる。

 それに続いてつむじ風。

 目が開けられないほどの土ぼこり。

 女子生徒たちの悲鳴が聞こえる。

 

 次の瞬間――


 グランドの中心に向かって空気が吸い寄せられていく。

 それは川の濁流のように生徒たちの足元をすくい、転倒させる。


 悲鳴。

 友の名を叫ぶ声。

 悲鳴交じりの助けを呼ぶ声。

 風の音。



 生徒たちは一瞬にしてパニックに陥った。



(竜巻か!?)


 中心部に向かって這うように空気が吸い寄せられいくこの状況は、青空が想像する竜巻の原理そのものだった。


 近隣への土埃対策のために敷かれた滑りやすい校庭の土の上を、彼の身体は為す術もなく引きずられていく。

 その時、彼の足がサッカーゴールに引っかかった。それは奇跡か偶然か、兎にも角にも咄嗟にゴールポストへしがみつく。

 顔を上げて周囲の状況を確認しようとするも、目を開くと土の粒が飛び込み痛い。しかし、目をつぶることへの恐怖心の方が大きかった。


 目を開くとそこはまるで地獄絵図だった。


 生徒たちがまるで濁流に呑み込まれた丸太のように、次々と校庭の中心部へ向かって流されていく。


「ちがう! 俺が望んでいるのはこんな世界じゃない!」


 彼の叫び声は、風切り音と生徒たちの悲鳴、砂と砂が擦れ合う音にかき消されていく。


「アオくん助けてぇぇぇ――!」

「小泉さん!?」


 轟音の中から、その女生徒の声だけは切り取られたように彼の耳に届いた。

 目の前を滑っていく女生徒の姿に反応した彼は、右手を伸ばす。

 二人の手が繋がった。


「お願いアオ君、手を放さないで!」

 

 左手はゴールポスト、右手は女生徒。

 左手が離れれば二人はあっという間に風に流されていくだろう。


「……分かっている! 放すものか!」


 小泉志乃(しの)はクラスをまとめる学級委員長。奇行を理由にいじめられている青空にも優しく声をかけてくれる唯一の存在。誰か一人を助けられるとしたら、彼は迷わず彼女を選ぶだろう。


 しかし、無情にも土埃まみれの互いの手はよく滑る。手首から手のひら、そして指の先端へと二人の接点はずれていく。 

 

「あっ……ああっ……放さないで……私……アオ君に優しくしてあげたよね?」

「分かってる! 分かっているよ、小泉さん!」

「ああっ……アオ君……私……」

「言わなくても分かってるから!」


 青空はそれ以上の言葉を遮るように叫んだ。 

 しかしその気持ちは彼女には届いてはいなかった。

 唇を震わせながら彼女は続ける――


「学級委員長として……ちゃんと頑張っているから……」


 その瞬間、二人の手が離れた。


 どちらかの力が尽き手が滑ったのか、それともどちらかが故意に力を緩めたのかの真相は誰にも分からない。

 分かっているのは、おしゃれな丸縁のメガネっ子の学級委員長小泉志乃の小柄な体が、校庭に出現した黒い壁に吸い込まれていくという事実のみであった。

 

 小泉が吸い込まれてから数秒後、急に風が止む。

 校庭の中心には人の背丈ほどの大きさの真っ黒な立方体があった。

 それは全ての光を飲み込むような漆黒の闇の空間。


 助かった生徒たちは一斉に逃げ始める。


「何をしているんだ? おまえも早く逃げろよ!」

 

 サッカーゴールの側で呆然と立ち尽くす青空に、クラスメートの誰かが声をかけた。しかしその相手が青空だと分かると、


「ちっ、おまえかよ!」


 舌打ちをして走り去った。しかし、そのお陰で我に返った青空は校舎へ向かって駆け出す。


 その背後から強烈な追い風。

 振り向くと立方体の黒い壁がどんどん巨大化していく様子が目に飛び込んで来る。


 再び生徒の悲鳴が響き渡る。


 いったい何人の生徒が黒い壁に取り込まれていったのだろうか。

 多くの犠牲を出した壁の膨張がようやく止まった。


 校庭の真ん中に一辺100メートル超の黒い立方体が揺らめいている。


「あれ、ニュースでやっていたやつだろ?」

「私もそれ観たよ! 突然現れて森とか建物とか破壊されてしまう事件でしょう?」

「行方不明者になった人も多いって!」

「こんな身近なところに現れるなんて……」


 校舎の入り口で生徒たちが口々に喋り始める。恐怖でその場に泣き崩れる女子生徒も多数みられる。


『緊急放送! 緊急放送! ただ今校庭に危険物があることを確認! 生徒は至急体育館へ避難せよ! くりかえす――』


 校内放送の直後から、生徒たちが続々と階段を降りて体育館への連絡通路へ向かって避難していく姿が見られる。

 難を逃れた2年3、4組の生徒たちも昇降口へ入っていく。


「さあ、青空も体育館に避難しよう!」


 声をかけてきたのは体育教師の佐々木先生だった。


「先生、小泉さんがあの中に――」

「うん、分かっている。他にも何人もの生徒が飲み込まれてしまったな。しかし今は自分自身の身を守ることだけを考えなさい!」

「えっ、あっ、はい……」


 それは青空が望んだ返答ではなかった。戸惑う生徒たちに声をかけながら体育館のある方向へ生徒を誘導している佐々木先生の後ろ姿を見ているうちに目眩を感じた。


 しかし、自分には不気味な黒い壁に飲み込まれた生徒たちを救い出す方法も力もない。それは大人も同じなのだろう。青空は唇をかみしめ歩き出す。


(そうだ、これはゲームじゃないんだ。死んだらもう生き返れない現実の世界の出来事なんだ)


 そう自分に言い訳しながら――



第1話いかがでしたか?

少しでも面白いと感じていただけたなら、ブックマークをよろしくお願いします。

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