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クロス・レール  作者: 月雨刹那
第一章
39/41

変わらない世界に訪れた変化 2.2

 ──あやふやで、ふわりとした感覚がします。

 温かくて、優しくて、安らげて、私を包み込んでくれる誰か。

 晴天で干された布団よりも心地良いこの感覚は、私を心の底から安心させてくれます。

 なんて気持ちが良いのでしょうか。ここが天界だと言われると、一切の疑いを持たずに信じられる程です。

 柔らかい白色の空間の印象を与えてくるこれは、一体どんな不思議な現象なのでしょうか。


「…………ん……」


 そこで、目が覚めました。どうやら私は眠ってしまっていたようです。

 神の祭壇にて禊と修練を終わらせた後の昼食。そこでもやはり腫れ物のように扱われた私は、疲れの限界が来てしまって部屋で休んでいたはずですが……いつの間に寝てしまったのでしょうか。


「ぅ……んん……」


 ……それにしても、瞼に少し違和感があります。何かがくっついて乾いたような、少しザラリとする感触。軽く擦るくらいでは簡単には落ちてくれそうにないですね……。これは一体、何があったのでしょうか。


「お目覚めになられましたか」

「ふあっ!! ハイッ!?」


 急に声を掛けられ、変な声が出てしまった私。聞き覚えのあるその声。私はバクバクと鳴る心臓を手で押さえようとしながらその声の主へ視線を移しました。

 そこに居たのはキョトンとした顔をしているクラーラさん。目をパチクリとさせて私を見ています。


「……グローリア様、やはり調子が良くないようですね」


 そして、少しの間を置いてからクラーラさんはそう仰いました。明らかに私を気遣った顔です。あんなにも良い夢を見ていた気がするのに、調子が良くないとは一体どうしてでしょうか……?

 そう疑問を覚えている事を察したのか、クラーラさんは一度だけ目を逸らしました。たったの一秒ほどですが、それだけでもクラーラさんが葛藤していた事が分かります。


「外をご覧下さい」

「外…………──え?」


 窓の向こう側を見てみると、そこには黒く塗られた空がありました。夜空です。今は曇っているのか月も星も見えませんが、ポツポツと見える街の明かりから察するに完全なる夜になっていたようです。

 そこで、血の気がサァっと引いていくのが自分でも分かりました。


「じ……時間は……」


 震える声で問い掛けると、クラーラさんは言い辛そうに現在の時刻を教えてくれました。

 21時です──。そう、告げられました。

 その言葉が頭の中で反芻します。21時。21時──。21時…………。それは、懺悔の時間や夕食を終え、湯浴みの最中である時間です。けれど、私はそのどれもしていません。懺悔を聞く事も、夕食を頂く事も、湯浴みも、全てです。


「わ、私は……大きな……とても大きな間違いを……犯してしまいました……」

「……確かにいつもの規則正しい生活とはかけ離れていますが、何もそんなに思い詰めなくても良いかと」

「いえ……それだけでは……ありません……」


 規則正しい生活は重要です。聖女という立場である私は、全ての信徒の方々の模範となるべき存在です。それを守れなかったどころか、それによって生まれるもっと別の問題が私に強烈な罪悪感を覚えさせていました。


「ごめんなさい……。迷惑を……皆さんに、多大な迷惑を掛けてしまいました……」


 私が居ないという事で多くの方々に心配をさせ、迷惑を掛けてしまったでしょう……。本当……これでは聖女失格です……。

 申し訳ない気持ちになり、クラーラさんに深く頭を下げます。そしてアミリオ大聖堂に所属している方々全員にも謝らないと、皆さんに顔向けが出来ません……。


「……グローリア様、お伺いしても良いですか?」


 両膝を床に下ろし、目線を私に合わせてきたクラーラさん。何を聞かれるのか怖くなって、少しだけ身を縮こまらせてしまいます。


「……はい。どうぞ」


 どれだけ怖くても私は答えるしかないでしょう。私は聖女であり、本来ならば隠し事なども一切無いはずの存在なのですから。……実際は隠し事がいくつかあるので、やはり私は聖女失格なのでしょうね。


「どうしてグローリア様は、そんなにもヒューゴ様が気になるのでしょうか?」

「っ……!」


 ある意味、聞かれると一番困る質問でした。正直に答えられない、正直に答える訳にはいかない内容です。

 以前の私ならば『命を助けて頂いた、というのが一番大きい』と答える事が出来たでしょう。ですが、今となっては別の理由が生まれてしまっています。当事者であるヒューゴさんにすら口にするのを止められた、愛念という感情。私が持ってはいけない、不平等な想い。命を助けてくれて、真摯に接してくれて、私の知らなかった事を教えてくれて、心をくすぐってきて、信頼できるお方。そんなヒューゴさんを好きになってしまうのだなんて、ある意味で当然だったのかもしれません。

 そして同じく当然、皆を平等に愛する聖女がその感情を持って良い訳がありません。だからこそ、ヒューゴさんはあの時に私を止めたのです。


「……………………」


 私は何も答えませんでした。もしヒューゴさんに止めて頂いていなければ、私はここで吐露していたかもしれません。一度口に出してしまうと、その後も口を固く閉ざすのなんてとても難しい事ですから。

 改めて実感します。本当、ヒューゴさんは私の事を考えていてくれたのだと。なんでもなさそうに見えて、大きな問題に発展しかねないこの状況……。それを、なんとか止められそうです。


「……すみません。お辛い事を訊いてしまいました。近しい方が魔族かもしれないのですから、答えられない事でした」


 またもや私に罪悪感が襲い掛かってきます。無回答という回答をした事で、私は私の都合の良いように解釈させてしまっています。……本当に、私は聖女として不出来です。

 気まずい空気が部屋を支配し、息をするのさえくるしくなってしまいます。そんな中、クラーラさんはそんな事を感じさせないような普段の口調で話し掛けてきました。


「グローリア様、そろそろ食事にしましょう」

「え?」


 今の雰囲気に全くもってそぐわない内容だったので、思わず頭の中が空っぽになってしまったくらいです。

 そこで私は、机の上に白い布に掛けられた何かがある事に気付きました。クラーラさんはそれへ近付き、その白い布を取ります。

 目に入ってきたのはパンと燻製にされたお肉、そして彩が豊かな生野菜でした。そのどれもが冷めても美味しく食べられる物で、料理人さんの気遣いが伺えました。


「……もしかして、この為に私が起きるのを待って下さっていたのですか?」

「一人での食事は寂しいものがあるだろう、という事をグレッグが言っていましたので」


 それを言われ、私は再び料理へ目を移します。種類にばかり目がいってしまいましたが、確かに量は二人分です。……すると、これはもしかしなくても……クラーラさんは食べずに待っていたのではないでしょうか。

 クラーラさんへ視線を投げます。すると、クラーラさんは向こう側の席へと移動していきました。椅子の隣に立ち、私を待っているようです。私は寝台から降り、クラーラさんの向かい側へと進みます。寝過ぎてしまったのか、少し足元がふわふわしていて不安定な感覚です。


「……すみませんクラーラさん。随分とお待たせしてしまいました」

「お気になさらず。グローリア様はそれだけお疲れだったのです」


 文句の一つや二つを言ってもおかしくないというのに、クラーラさんは許して下さいました。……本当、私は恵まれています。こうして誰かに気を遣われ、大切にして下さっているのです。私も、もっと頑張らなければならないですね。

 私が一礼してから座ると、クラーラさんも同じように一礼をしてから座りました。私達は両手を合わせ、目を閉じます。


「──いただきます」

「いただきます」


 そして、遅くなった夕食を二人で始めました。



…………………………………………。



「……夜の大聖堂は初めてかもしれません」


 食事も終わり、クラーラさんを見送った後、私は大聖堂の中を着替えを持って歩いていました。

 普段ならばもう寝ている時間。ですが、私はお昼下がりから夜まで眠ってしまいました。湯浴みは出来ませんが、せめて水浴びだけでもして身体を清めようと思ったのです。

 そこでクラーラさんに相談をしてみた所、夜遅くまで働いている修道士さん達が使っている水浴び場があるという事でそこをお借りする事になったのです。場所は来賓室を通り過ぎた辺り、私があまり足を運んだ事のない区画だったのでいまいちハッキリと場所は分かりませんでしたが、なんとなくならば想像がつきました。

 クラーラさんは場所の案内と水浴び後の送りを提案して下さいましたが、流石に悪いのでお断りしました。だって、クラーラさんももう少しすれば寝る時間のはずです。私の怠惰でこのような事になっているのですから、そこまでお世話になってしまうのは心苦しくもありました。


(えっと……一階に降りてそれから来賓室の前を通り過ぎて……その一番奥……)


 クラーラさんに教えられた場所を頭の中で思い返しながら階段を下り切ります。通路は月明りで淡く青色に照らされており、普段の大聖堂とは全く違った雰囲気がしています。所々に聖堂騎士団の方々が巡回をしていらっしゃるので、その度に頭を下げながらホッとしますが……一人の時は少し怖く思ってしまいます……。いつもこの大聖堂で過ごしている筈なのに、時間が違うだけでこんなにも印象が変わるだなんて思いませんでした……。


「…………? ……………………」

「…………っ!?」


 そんな時、誰かの声がどこからか聴こえて身体がビクリと跳ねます。い、今の声はどこから……? 前方は暗くなっていく廊下があるだけで……後ろは……。

 ゆっくりと、恐る恐る振り向きます。……………………淡く照らされた翼廊が少し見えるだけで誰も居ません。

 ……どうやら気のせいだったようです。……そうです。怯える必要はありません。そもそもここはアーテル教のアミリオ大聖堂です。そんな怖い事なんて起きるはずがないのです。

 私は振り向かせた身体を戻し、一歩前に踏み出しました。


「……しに…………。ど……し……、…………され…………す……」


 すると、今度は聞き間違いなどなく声がしてきました。急速に自分の体温が低くなっていっているような気さえします。

 私は、怖くなってその場にしゃがみこんでしまいました。手にしている着替えをギュッと抱き締め、怖いモノが去ってくれるのを待つしかなかったのです。


(ヒューゴさん……ヒューゴさん……!)


 私は必死にヒューゴさんの名前を心の中で反芻していました。届くはずがない助けの叫び。──この怖さが収まったのは、意外にもこのすぐ後でした。


「ヒューゴさんは……に、…………ので……?」

(え……?)


 今、ハッキリと聴こえました。ヒューゴさん、と。不思議な事に怖さが消えました。私はただただ声の発生源を探し、辺りを見渡します。

 行き着く先はすぐでした。少し後方にある来賓室。そこから声が漏れ出ているようです。

 いけない事なのは分かっています。けれど、今は少しでもヒューゴさんの情報が知りたくて、私は盗み聞きを働きました。


「──うん?」

「どうしましたかなベネット」

「……いや、どうやら気のせいのようです」

「ふむ。珍しい事もあるものですなぁ」

「俺だって人ですぜ? 間違いなんてありますよ。……あー、何の話をしていたんでしたっけ?」

「今さっき話していた事だと思うのですが……」

「いやぁ、今のでさっぱり吹っ飛んじまったようで。ハッハハハ」

「まったく……。ヒューゴさんの事ですな」

「あー、そうだった。中庭の地下に幽閉したヒューゴの事だ。進展が何も無いんでしたっけ?」

「ええ。非常に不思議な事に、執行者の言葉が無いのです」

「つまり、酷い目にはあっていないって事ですかい?」

「そのようですな。ヒューゴさんにも話を聞いてみましたが、どうやら執行者がしばらく観察をするかのように遠巻きでヒューゴさんを見て、途中から跪いてしまったとの事です」

「それはもう白って事で良いんじゃないですかい?」

「そうしたい気持ちは山々ではありますが、疑いが晴れていない以上、結果を待つ事しか出来んのです」

「俺はグローリア様の態度を見ていれば疑う余地なんて無いと思うんですがね」

「しかし、決まりは守らねばならぬ事でもあるのです。特例で赦しを与えてしまえば、残るのは無秩序だけですからな」

「……仕方がねーんですなぁ」

「そうですな……」

「んじゃ、本日の報告はこれで終わり……の前に、一応確認しておきやすぜ?」

「ふむ? 何をですかな?」

「中庭の地下を俺が直々に警備をするのは良いんですが、何時でしたっけ?」

「15時から19時前までですな。昨日も言いましたがその時間を過ぎると執行者が現われ、大変危険です。忘れないように」

「分かりやした。15時から19時が俺ですね。その時間に関しては不審者の誰一人として通しやしませんよ」

「頼もしい限りですな」

「それじゃあ、俺はこれにて。おやすみなさいませオースティン大司教」

「うむ。ベネットもしっかりと疲れを取るように」

(…………はっ!)


 話に集中し過ぎて、この場から離れる事を忘れていました! に、逃げなければ!! ──ですが、そう思った時には既に遅すぎました。扉から離れた瞬間、ベネットさんが出てきたのです。


「────っ!!」


 ……ベネットさんの顔を見た私は覚悟をしました。正義の団長、断罪のつるぎなどの異名を持つベネットさんが盗み聞きを働いた私を見逃すとは思えなかったからです。

 そして、悪い事をしていたと私は自覚しています。このまま正直に謝り、罰を受けようと思っていました。


(……あ、れ?)


 しかし予想外な事が起きます。なんと、ベネットさんは私の方へニヤリと笑うと、その口元へ人差し指を立てたのです。内緒ですぜ、とでも言うかのようなその行動に呆然としてしまいます。


「15時から19時までなら安全ですぜ。このベネットにお任せ下さい」


 それだけ言って、ベネットさんは去っていきました。その言葉に、私は更に唖然としてしまいました。

 ……最初から気付かれていたのですね。その上でベネットさんは私にわざと情報を漏らしたのでしょう。思ってみればちょっとおかしい点もありました。少し説明的な言い回しやわざと確認するような事を言っていたのは、そういう事なのでしょう。

 私はその場を離れ、水浴び場へと向かって行きます。その足取りは今までと比べて明らかに軽くなっており、むしろ少し浮付いているようにすら感じました。


(ヒューゴさんが無事で……本当に良かったです……)


 お二人の話を思い返しながら、私は不安の一つが取り除かれた事に喜んでいます。なんせ、私はヒューゴさんがどんなに辛い目に遭っているのかと気が気ではなかったのです。それが無かったというだけでも私にとって朗報であり、同時に緊張の糸が少しだけ緩みました。

 それだけではありません。ヒューゴさんの居場所も教えて下さいました。中庭の地下……。それがどこなのかまでは流石にベネットさんも言えなかったのでしょう。ですが、調べる時間はあります。水浴びを終えた後、夜風に当たると同時に中庭を歩けばいいのです。夜なので見付けるのは難しいかもしれませんが、幸いにも今日は先に睡眠を取ったのでしばらく探す事も出来るでしょう。

 後は、15時を過ぎてからそこへ向かえば良いのです。ベネットさんがわざわざ『安全』と言ったのですから、そういう事でしょう。

 少し前にも思いましたが、私は本当に恵まれています。こんなにも優しくて温かい方々に囲まれているのですから。これ以上を望んでしまえば、三女神様から罰を受けてしまいます。


(──さあ、頑張りましょう!)


 私は両手を握って気を引き締めました。傍から見ればきっと、枯れかけた草に水を与えたかのような元気を見せている事でしょう。

 もしかすると私は単純なのかもしれませんね。だって、ヒューゴさんが危ない目に遭っていると考えたらこんなにも崩れた一日を送ってしまい、ヒューゴさんが無事だと分かった途端に元気になれるのですから。これは、他の人では起こり得ない事です。ヒューゴさんだからこそ私はこんなにも一喜一憂してしまうのです。



 ──だって、私はヒューゴさんが好きだから。



 私にとって『愛』という言葉よりも重みのある言葉。皆を愛している私の、たった一人へ抱く好きという感情──。

 私はこの先ずっと、この気持ちを大切にし続けるでしょう。

 それが、私──グローリア・ハーメラの心です。




……………………

…………

……

去年(2019年)の9月辺りから半月に一回の更新をしてきましたが、事情により少しの間だけ休載いたします。

9月30日には再度投稿を再開する予定です。もしも読者の方々がいらっしゃるのでしたら、しばしの間お待ち下さいませ。

何かしらの行動はしていると思いますので、その情報は以下のtwitterをご覧下さい。また、9月30日よりも早く再開する際もtwitterにて報告いたします。


読者の皆様、少しの間だけおやすみなさいませ。


月雨刹那 twitter

https://twitter.com/_moon_rainy

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