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クロス・レール  作者: 月雨刹那
第一章
36/41

歩いて来た道(レール) 6

「……悪化はしていないみたいだね」


 アメリアさんを椅子に座らせ、社長は彼女の脚の怪我を診ていました。痣は昨日と同じく青黒く痛々しさを主張しており、見ているだけで心配してしまいます。

 社長はその痣をゆっくりと手の平で擦り、アメリアさんの反応を診ています。痣の中心当たりでピクリと反射のように身体を強張らせていたので、やはりまだ痛いのでしょう。


「ただ、良くもなっていない。今日は座って本でも読んでおくと良いよ」


 傍に置いていた薬草と布を手に取りながら社長がそう言った時、アメリアさんは一瞬だけ困った顔をしました。当然、顔を見て話していた社長がそれに気付かない訳がなく、気付かれた事に気付いたアメリアさんは怖がった顔をしています。

 どうしたの、と社長は優しく訊ねています。やっぱり、なんだかいつもより優しい印象があります。きっと、さっき良い夢を見られたからでしょう。


「その……文字が、読めなくて……」


 社長が優しい顔をしているのでなんとか言葉が出たのでしょうか。不安で包まれているアメリアさんは文字が読めないと絞り出すようにそう言いました。

 それを聞いて私達は納得します。確かに文字が読めないのに本を見ても仕方がありません。理解できない物を眺めるほど面白くない物も無いからです。……となると、今から社長か私が文字を教えるのでしょうか? そう思って社長へ目を向けると、社長は何かを考えているようです。それは何かを教える為に考えているというよりも、まったく違う事を考えているように見えます。


「なら、こうしよっか。そのまま待っていてね」


 それだけ言うと社長は台所へと向かって行きました。私達は目を合わせ、互いに首を傾げます。アメリアさんは困ったような顔をしていましたが、私は彼女の白い髪と琥珀色の瞳に目が奪われそうになっていました。だって、それほどまでに珍しい髪と目の色なのです。簡単に壊れてしまいそうな儚い色の組み合わせ。彼女自身が放つ繊細な雰囲気……。失礼ではありますが、孤児院の中で彼女を欲しいと言った人の気持ちが分からないでもありません。高名な人が作った調度品のような美しさがあるのです。

 私がアメリアさんを眺めている、と彼女もそれに気付いたのでしょう。不思議そうに私の顔を覗き込んでいます。それがとても子供っぽく見えて、私はニッコリと微笑んで返しました。

 本当は社長のように頭を撫でたい気持ちもありますが、それは出来ません。社長は未だにしっかりと認めてくれませんが、私は社長の奴隷です。そんな奴隷の人から頭を撫でられるだなんて、アメリアさんは嫌な気分になってしまうかもしれません。実際はどうなのか分かりませんが、あまり差し出がましい事はしない方が良いでしょう。

 アメリアさんは余計に混乱をしたのか、首を傾げて困ったような顔をしました。そんな時、私達はある事に気付きます。何やら紅茶の良い香りが漂ってきたのです。


「お待たせ」


 それとほぼ同時に社長も帰ってきました。その手には盆があり、更にその上には焼き菓子、そして急焼きびしょと杯が一つずつだけ載せられています。

 アメリアさんはさっき以上に不思議そうな顔をしていますが、私はなんとなく社長のやりたい事が分かりました。

 机の上──正確にはアメリアさんの前にそれらが置かれ、社長は杯に紅茶を注ぎます。そして、予想通りの指示を投げ掛けました。


「この紅茶を飲み切るまでゆっくりしなさい」

「えっ!?」


 そして案の定、アメリアさんは驚愕しています。目をパチパチと何回か瞬かせた後、まるで助けでも求めるかのように私へ視線を移すアメリアさん。私はその返答として、さっきのようにニッコリと微笑んでおきました。

 一人で飲み切るにはそれなりの時間が掛かりそうな量の紅茶。おまけに焼き菓子まで置かれていますので、急いで消費しきるのは少々厳しいでしょう。

 オロオロと狼狽えるアメリアさんに、社長は声を掛けます。


「時には休む方が良い事もあるの。……怪我、辛いんでしょ? 無理をしたら直るのも遅くなるし傷が残る事だってある。そんな事はアメリアも嫌でしょ? 勿論、いつもこんな風には扱わないから勘違いをしないように。まあ、アメリアは賢そうだから不要の忠告かもしれないけれどね」


 そう、子供が無理をしようとした所を諭すように言いながら頭を撫でる社長。アメリアさんは少しだけ呆けたように動きを止めた後、ジワリと目の端から涙を滲ませました。


「ありがとうございます……」


 目の端からキラリと光る涙を流しているのに、その表情は笑顔のアメリアさん。

 ……彼女は今、どういう心境なのでしょうか。少し前に私も似たような事になったので、少し気になってしまいました。

 重い重い不安の枷が一つ取り除かれたからなのか、それとも単に嬉しかったからなのか、はたまた失ったと思っていた優しさに触れたからなのか……。私が思い付くのはこれくらいですが、また別の理由があるのかもしれません。

 と、そこでアメリアさんが私の方へ顔を向けてきました。私と視線が合った瞬間ほにゃっと顔を緩ませて、まるでお父さんやお母さんのように心を許している人へ向けるような気の抜かせた笑い方をしています。……この笑い方はダメです。なんかこう、ギュッと抱き締めたくなってしまいます。

 私の中でウズウズとした欲求が沸き上がっていく最中、社長はアメリアさんの涙を優しく拭っていました。……ちょっとだけ羨ましいです。

 これはやっぱり庇護欲なのでしょうか、と少し悩んでいると、社長はスッと立ち上がりました。


「さて、それじゃあ寝台の材料を買いに行こう。アリシア、ついてきて」

「はいっ」


 ……と、元気良く返事をしたものの……私は何もする事がありませんでした。

 歩いて馬宿に行き、材料を運ぶ為の足にしようとしました。しかし主任さん達が二頭とも馬を使っているのを忘れていましたので馬を一頭借りた……のですが、馬を扶助したのは社長で、私は前に乗っているだけでした。女子供にやらせる訳にはいかん、と言って荷物を馬に積んでくれたのも職人の方々でしたし、帰りの扶助も社長が行いました。

 私が扶助しようとしましたが、社長は頑なに私へ手綱を渡しませんでした。……私をついて来させた理由が分からなくて、凄く困ります。

 それを訊ねてみると、社長はこんな風に答えました。


「傍に居て欲しかったから」


 聞いた瞬間、私の困って曇っていた心は一瞬にしてサァッと晴れ渡りました。嬉しいという気持ちと共に顔が綻んでしまいます。傍に居て欲しい──。これほど胸が温まる言葉もそうそうないでしょう。

 ちなみにですが、正確には腕の中に居て欲しかった、と社長は言いました。それは正直、私が望んでいる事でもあります。信頼できる人の腕の中に居るというのは、とても落ち着けるからです。お父さんやお母さんに甘えているようで、私はとても好きなのです。

 ただ……これも少し考えないといけないかもしれませんね。このままだと私は社長に甘えっぱなしになりますし、それだとダメになってしまいそうですから。


「社長」

「うん?」


 声を掛けると、社長の声と共に聴こえてくるサラリとした髪の流れる音。きっと社長は首を傾げたのでしょう。……ちょっとだけ未練とか生まれそうですが、自分を律する為にも、社長が必要以上に甘やかそうとしないようにする為にも、私はそれを伝える事にします。


「あんまり甘やかしちゃったら、ダメですよ?」

「ふむ……」


 そう言ったら、社長は考え込んだようです。社長は私の後ろに居るのでどういった顔で考えているのかは分かりません。ただ、声の色的に真剣な事は間違いなさそうです。

 しばらく社長の返答を待っていると、ふと馬の動きが止まりました。どうしたのかと思って後ろを向いた瞬間、頭に社長の手が置かれます。髪が目に掛かりそうになったので右目を閉じてしまいました。


「もう少しだけ甘えさせようかな。今は、ね」


 指先だけで小さく撫で、柔らかく笑いながら言う社長。……ズルいです。こんな風にされたら、もう少しだけ甘えたくなってしまうじゃないですか。

 心地良くて頬を摺り寄せてしまいたくなります。ですが、今は馬の上なので止めておきましょう。


「社長、ズルいです」

「知っているよ。私はズルい人間だから、アリシアが笑ってくれるのを知ってやっているんだよ」

「……えへへ」


 なんだかくすぐったい不思議な掛け合い。くすぐったいのに温かいこれは、私にとって大事で大切にしたい時間です。

 ……分かっています。私にはもう、お父さん達もお母さん達も居ない事は。社長にその代わりを求めている事を。そうやって社長を利用して、私は私の心の隙間をなんとか埋めようとしている事も──。


「……そして、私も自分が…………ズルい事、しているって……分かっているです」


 社長にズルいと言いましたが、本当にズルいのは私です。社長の為に尽くそうとすれば、社長は温もりで返してくれます。そうだと分かっているから、私は自分でもちょっとやり過ぎているかもしれないと思うくらい社長へ何かをしたいと思っているのです。

 そんな下心は確かにあります。ですが、同時に社長へただただ恩返しをしたいという気持ちがあるのも本当です。……変な気持ちです。心の奥では利用しているって分かっている癖に、心の底から社長へ何かをしたいって思っているだなんて。

 ハッキリと分かっている癖に同時に存在している事がよく分からない二つの感情。一体、この二つの感情はどっちが本物で、どっちが偽物なのでしょうか……。


「そっか。それは無理に言わなくて良いよ。アリシアがもっと言いやすいって思えるようになってから、ね?」

「……やっぱり、社長はズルいです」

「分かっていてやっているよ」


 そう言って手綱を軽く波打たせ、再び馬を歩かせる社長。私は正面を向く前に社長へ笑顔を向けました。私の顔を見た社長は微笑み返し、道の先へと視線を移します。


(ああ……なんて心地良いのでしょうか)


 揺り籠の中のように甘やかされた気分──。例えるならばそれでしょうか。

 社長は言いました。もう少しだけ、と。今は、と。それはきっと、今の私が不安定な状態だからでしょう。社長は優しくもあり厳しくもある人です。これは憶測ですが、今私に厳しくしたら心が折れると分かっているのかもしれません。だからこんな風に甘えさせて、私を支えてくれているのだと思います。

 社長は馬を進ませ、寝台用に買ってきた木材は私が下ろして運び、二人でアメリアさん用の寝台を造りました。造っている途中で当事者のアメリアさんは音が気になったのか、それともジワジワと出来上がっていく姿が新鮮だったのか、家事の合間でこちらを覗いてきています。


「わぁ……!」


 そうやって出来上がった寝台は私達が使っているのと同じで質素な物でしたが、アメリアさんは目を光らせて喜んでいました。腰掛けてみたり、布団を被せてから撫でたり、そしてまた腰掛けてみたりと、小さな子供と見間違えてしまうような反応をしています。

 ──いえ、むしろこの反応こそが普通なのでしょう。アメリアさんは家事がとても出来て言葉遣いも大人しくて丁寧なので忘れてしまいますが、私より三歳も子供なのです。そう考えると、彼女は今、歳相応の喜び方をしているのでしょう。


「嬉しそうにしているですね」

「造った甲斐があるってものだよ」


 その様子を少し離れた位置から眺める私達。妹が居たら、こんな気持ちになるのでしょうか。

 存分に堪能したのか、アメリアさんは寝台を背に私達へ顔を向けます。彼女は浮ついた軽い足取りで私達の目の前に立ち、あのほにゃっとした笑顔でこう言いました。


「社長さん、アリシアさん。ありがとうございます。私、とても嬉しいです……」


 思わず胸にキュンときて、もはや衝動的にアメリアさんを抱き締めてしまいました。出る所が出ているその身体はとても女性的で、とても抱き心地が良いです。

 そんな愛らしいアメリアさんはちょっとだけ身体を強張らせた後、力を抜いて小さく笑い声を漏らしました。私の肩に頭を預けきており、身を委ねているというのがひしひしと伝わってきます。

 私の首に残されている鉄の輪など欠片も気に留めていないのが更に私の心を満たしてくれます。ああ……なんて良い子なのでしょうか……。


「──社長?」


 しばらく頭を撫でたりしていると、社長の気配が消えている事にふと気付きました。アメリアさんから離れ、家の中を探して回りましたが社長の影すら見当たらず。家には居ないという事が分かり、さっきまで幸せで満たされていた心は急速に焦りと不安で埋め尽くされていきます。

 アメリアさんへただ一言『社長を探します』とだけ残し、私は家を飛び出しました。

 どこへ行ったのか──なんて考えるまでもありません。だって、すぐ近くに社長が居たからです。

 全身黒くて長い衣服を身にし、長い髪を高い位置で結わえたその後ろ姿を見間違えるはずがありません。歩けば十秒でそこへ辿り着けそうなくらい近い距離ですが、それでも私は全力で地を蹴りました。


「社長!」

「ん? ……む」


 ほぼ一足で追い着き、社長へ声を投げる私。そんな姿の私を見たからか、社長は『やってしまった』といった顔をしていました。

 一瞬の間の後、社長は私へ手を差し出します。迷わずその手を取ると、焦りと不安で支配された心はゆっくりと溶けるように落ち着きを取り戻していきました。社長の体温が手を通じて感じられ、私に平常が戻ります。

 この時、私は改めて実感しました。やっぱり私は、社長に縋って心の拠り所にしているのでしょう、と。


「ごめん。……待った方が良かったね」


 社長の言葉に私は首を横に振ります。だって、私が勝手に社長の傍を離れたからこうなったのです。

 少し考えたら分かる事でした。ちょっとでも余った時間が出来たのならば、社長は資金を貯めたいはずです。傭兵団を設立すると言っていましたので、それの為の莫大なお金が必要でしょう。お金一辺倒ではありませんので遠回りをしているのは間違いありませんが、それでも時間が空けば小銭でも稼ぐというのは当然です。


「……ごめんなさい。浮かれてしまいました」

「あの笑顔はズルいから気持ちは分かるよ。もしアリシアがああしなかったら、私だって同じ事をしていたかもしれない」


 それを聞いて少し驚きました。意外です。社長ならば当たり前のように自制していそうな印象が凄く強いからです。

 同じ気持ちを感じていた事にちょっとだけ嬉しい感情が沸き上がり、私は社長から手を放します。……本当はずっとそうしていたく思いますが、誰かに見られると社長の評価がどうなるか分かりませんので我慢です。

 ちなみに社長は最後に頭を一撫でしてくれたので、やっぱり私は嬉しく思うのでした。



…………………………………………



「おう、一日遅れたけど来てやったぞ」


 鍛冶屋に入るなり、主任さんはそう言ったです。

 あの後オルトン商工会へ向かったのですが、そこで丁度仕事を終わらせたばかりの主任さん達と会ったので合流しました。その時に主任さんが言った言葉により、予定が変更されました。


『そういや鍛冶屋のオッサンに刀のこと教えたら作るって言ってたぞ』


 それを聞いた社長はすぐさま立ち上がり、この場所へと向かいました。どことなく楽しそうにしている表情をしていて、その『カタナ』という武器の事がとても気になっているご様子です。

 こんな社長は初めて見たので、私達は一瞬遅れて社長へついて行ったという形です。


「ん? おお、お前らか。待ちくたびれたぞ、まったく……」

「っ!! ま、魔族!?」

「待つんだニムエ。……微笑みのロゼと社長が居る」


 そして、鍛冶屋の店主さん(小人族さん?)らしき人と、二人の冒険者さんがそれぞれ違った反応を見せていました。

 その冒険者さんの一人──桃色の髪の女性剣士を見て、私は社長の後ろに隠れました。……同じ剣だったからです。お母さんの首を斬り、お父さんの胸を貫いたあの男の剣士の持っていた剣。それと全く同じ見た目の剣だったので、私は怖くなって社長の後ろに隠れてしまいました。

 もう一人の淡い緑色の髪をした男性の人は魔術師ですが、どこか穏やかな雰囲気があったのでそこまで怖くはありません。……ですが、どうしても剣士と魔術師の組み合わせには強い苦手意識が生まれてしまいます。


「賢い魔術師だね。なら、これを見せたら納得してくれるかな」


 社長は左手の甲を人間さんの二人に見せます。そこにあるのは、何の意味も持っていない使い魔の刻印。それを見た二人は、警戒はしたままでしたが武器から手を離してくれました。


「そんな事よりも、鍛冶屋の御主人。刀を作ったって話を聞いて飛んできたのだけれど」

「お? なんじゃ。お前もそのカタナとやらに興味があるのか?」

「とても。非常に。この上なく」

「そ、そうか……。そんな怖い顔をせんともすぐに持ってくるわい。ちと待っておれ」


 そう言ってお店の奥へと消えていく店主さん。……社長は一体どんな顔をしていたのでしょうか。私は後ろに居たので死角となって見えていませんでしたが、そこの冒険者さん二人の顔を見るによっぽどな顔をしていたのでしょう。緩められていた警戒がさっき以上のものとなっていました。


「……お前そんな顔できたんだな」

「瞳孔が開いていましたわよ」


 主任さんとローゼリアさんがそんな事を言うものですから、ますます気になってしまいます。本当、どんな顔をしていたのですか……。

 興味が半分、怖さが半分のそれをなんとか抑え込もうとしていた時、お店の奥へ消えた店主さんが戻ってきました。

 手に持たれているのは、なぜか少し反った片刃の剣。あまり見ない……というよりも、初めて見る剣です。この剣が一体どうしたのでしょうか。


「…………はぁ……」


 と、その時です。社長から小さな溜め息が聴こえてきました。どうやらそれに気付いたのは私だけのようで、他の皆は店主さんが持ってきた奇妙な剣をマジマジと観察していました。


「なかなかの傑作じゃ。悪くない。振り回すにはやはり長剣の方が良いとは思うが、見た目も重視するならばこういうのもまた趣があろうて」

「……持っても良い?」

「おお、構わんぞ!」


 あまり興味の無さそうな声の社長。それに気付いていないのか、店主さんは自信たっぷりの顔をしています。

 社長は手渡された剣を左手で持ち、途端に顔を顰めました。


「……………………」


 呆れが半分籠ったかのように喉を鳴らしています。どうしたのでしょうか、と思ったら剣の腹に指を当て、剣を乗せようとしています。まず鍔から拳二つ分くらい進んだ所でそれをやり、傾いたので段々と持ち手側へ指をずらしています。最終的に剣から手を離して安定したのは、だいたい鍔元くらいの所でした。どうやら重心を調べていたようです。

 それを見て、社長の目は細くなりました。いつもの表情が読めない目と違い、明らかに落胆しています。……何があったのでしょうか?

 首を傾げる私。それは周りの人も同じなのか、疑問を浮かべた顔で社長を見ていました。


「……試し斬りに使える物ってある?」

「ん? ああ、あるぞ。店の裏に置いてある」


 店主さんはどうして社長がそんな表情をしているのか気になっていたようですが、試し斬りという言葉を聞いて店の裏口へと案内していました。社長はなるべく危なくないように右手は剣の中ほどを持って移動し、私達は気になってついて行きます。

 店の裏手には広くも狭くもない空間があり、そこを一部荷物置き場にしているのか隅の方に木箱などが置かれていました。そして、店主さんが何かを持ってきています。見た感じは……木で出来た台を下から杭で貫いたような物。何に使うのかよく分からないのですが、店主さんが濡らして巻かれた藁を杭に差し込んだのを見て納得しました。なるほど。こうやって固定して試し斬りをするのですね。


「あー、巻き藁かぁ……」

「んん? 何か問題でもあるのか主任?」

「別にぃ?」


 そうして用意された試し斬り対象なのですが、レックスに質問された主任さんは何か微妙そうな顔をして眺めます。よく分からないのですが、どういう問題があるのでしょうか……。

 ちょっとだけ考えてみるも何がダメなのか分からず、その間に店主さんはしっかり固定できた事を確認し終えました。


「ほれ、斬ってみると良い」


 巻かれた藁から離れ、代わりに社長が近付きます。カタナと呼ばれたその剣を両手に、何度か素振りをする社長。ヒュッと風を切る音を何度か鳴らし、社長は右から左へとカタナを振り抜きました。

 流れるような動きでバッサリと斬られる藁。落ちた藁がバラバラになって広がり、台の上に固定された藁は左側の端を除いて綺麗な断面を見せています。……剣って、こんなに綺麗に斬れるのですか。


「うわぁ……コイツ絶対に何回か斬った事あるな……」

「……社長さんは剣術にも心得があると?」

「いやそうじゃなくて、人を。あの位置って首ですし。型はなんか違和感あるが、動き自体は妙に慣れてやがる。斬る瞬間も斬った後も瞳孔開き切って目線が固定されてるし、人の首を何回も刎ねてんのかよって思ってゾッとしたぞ」


 珍しく饒舌に語る主任さん。その内容はとても怖い事を言っています……。想像しそうになってしまうので頭を振りましたが、どうしてか怖い想像というものはこびりついたかのようになかなか離れてくれません。かと言って真剣にカタナを見据えている社長へ近付くのも邪魔をしてしまいそうで出来ません……。ここは辛いですが我慢しましょう……。


「おぉ……これはなんと素晴らしい切れ味か。儂の腕、またまた上がってしまったかの?」

「……何これ酷い」


 とても満足そうにした店主さんですが、社長は心底落胆した声で『酷い』と評価しました。

 横に首を振り、溜め息交じりにカタナをブラリと垂れさせました。


「なっ……何がじゃぁ!? そんなにスッパリと斬れておるではないか!!」


 上機嫌だった店主さんは一気に叩き落され、怒りを一切隠さず前面に出しています。それもそうでしょう。剣に詳しくない私でもここまで綺麗に斬れるだなんて思っていませんでした。何が問題なのか全く分かりません。


「途中で力任せに斬っている感覚があった。つまり切れ味が悪過ぎる。それに無駄に刀身が肉厚で重い。重心も駄目。斬り終わる瞬間に刀身が揺れたのも見えた。見た目も美しくない。何が言いたいかというと、全体的に造りが雑」

「なんじゃとぉ!!?」


 何もかも完全否定でした。流石にこれには店主さんも怒髪天を衝き、怒鳴るように社長へ詰め寄っています。

 今にも喧嘩が起きてしまいそうな雰囲気に、私の心臓はバクバクと焦りを見せていました。社長が心配とかそういう事はありません。負けるはずがありませんので、その点は一切怖くありません。ですが、店主さんがどうなるか分かりませんし、何よりも暴力をお互いに振るう姿を私は見たくありませんでした。


「良い? 刀っていうものはね、折れず、曲がらず、良く斬れる武器だよ。けれど、この武器はすぐに折れるっていうのが斬っただけで分かるし、手で簡単に曲がる。おまけに切れ味が悪い。私や主任の知っている刀とは程遠い存在だね」

「なんじゃそれは!? 伝説の幻想金属や妖精族謹製の神聖金属でも使えとでも言うのか!? 鉄でそんな事が出来るかぁ!! 何を使えばそんなもん出来るんじゃ!!」

「鉄」


 冷たく、社長は言い放ちました。


「……は?」

「鉄」


 店主さんがポカンとした所を追撃するかのように主任さんも社長と同じ事を言います。


「折れず、曲がらず、良く斬れる」


 主任さんはオマケとばかりにさっきの社長の言葉を繰り返します。ちょっとだけニヤリとしているのはなんでですか……。


「……ちょっとペレアス。アタシ、社長は魔術師って聞いていたんだけど……?」

「いや……確かに魔術師のはずなんだけど……。杖を向けただけで見えない攻撃が出来るって話だし……」

「試し斬りだからなのもあるだろうけど、あの剣筋でルーファス様と同等の魔術師だなんて頭おかしいわよ……」

「絶対に怒らせないようにしないとだね……」


 後ろの方で二人の冒険者さんが小さく会話しています。それを聞いて、改めて社長を凄いと思いました。社長は自ら言っています。自分は魔術師ではないどころか魔術さえ使えない、と。詰まる所、社長は言葉と知恵だけで魔術師と見間違えられる事をしているのです。それも、あのルーファスさんに認められる程の。

 実際に部屋では魔術の研究をしているのが分かりますが、魔術の才能を持っている人が何年も何十年も掛けて開発しているのに、魔術の才能が全く無い社長がそれと同じ事をしています。何か秘密があるのか、それとも単純に飛び抜けて頭が良いだけなのかは分かりませんが、そこの点は間違いなく本物でしょう。

 前の世界……という場所で使っていたのかもしれませんが、カタナを慣れた感じで振っていたのでその技術もあるでしょう。……本当になんでも出来ますね、社長。


「主任も振ったらどう?」

「俺は真剣の刀なんぞ持った事ねーぞ……」

「模造ならあるでしょ」

「まあ良いけど……」


 未だに呆気に取られている店主さんをよそに社長は主任さんにも同じ事をさせようとしています。

 その結果ですが──


「うわぁ……これはないわぁ……」


 ──社長と同じ答えだったようです。

 主任さんは社長よりも綺麗な振り方をしていましたので、社長よりもその武器のダメな部分がよく分かっているのでしょう。


「よくこんなん造ったな……。こんなんが刀とかド失礼にも程があるわ……。五体投地で謝っても足りねーですわ……。むしろ素人の俺達が造ったヤツの方がまだマシ説まであんぞこれ……」

「いくらなんでも流石に私達が造った刀モドキの方がマシっていうのは無理があるでしょ。切れ味だけならこれより遥かに自信あるけど」

「ぐふぉぉ……っ!」


 店主さんが崩れ落ちました。……主任さんの言葉もとても酷いのですが、社長の言葉もかなり傷付けていそうです。全体的に酷いのと一点のみ強烈に酷いの二面攻撃をされた店主さんの顔は、完全に自信を失った顔をしています。

 そんな店主さんに、社長は声を投げ掛けます。


「ところで、どうする? 職人の自尊心と経験を信じて意地でも自分で鉄の可能性の限界に至るか、それとも諦めて私達に造り方の教えを乞うか」


 倒れた人へトドメでも刺すかのような言葉。流石に言い過ぎかと思ったのですが、店主さんは何かをポツリと呟きました。その呟きはここからでは小さ過ぎて何を言っているのかは分かりませんでしたが、社長の顔が少し穏やかになったのを見て、私は察しました。


「やったるわああああああああ!!! 小人族の鍛冶品を舐めんなよゴルァァア!!!」


 どうやら自尊心に火が点いたようです。しかも、盛大に。……もうここまで来ると、社長の言葉に魔力か魔術でも掛かっているのではないでしょうか、と疑ってしまいます。

 きっと店主さんの性格に合わせた煽りをしているのでしょうが、こんなにもやる気を出させる必要は一体どこに……?

 と、思っていたら、どうやら社長もここまでなるのは意外だったようです。少し驚いたかのような雰囲気を見せているです。……やっぱり、言葉に魔力か魔術が掛かっているのではありませんか?


「俺これどっかで見た」


 主任さんもなんだかご機嫌なご様子です。ただ、やっぱりその笑い方は……なんというか、愉悦を感じているという風で、少し苦手な笑い方でした。


「オラァッ!! 儂はこれから鍛冶するんじゃ! 出ていけ出ていけぇ!!」


 そして火の点いた店主さんは私達を追い出すかのようにお店の表へ押し出し、蝶番が壊れるんじゃないかってくらい勢い良く扉を閉めました。

 ……そういえば聞いた事があるです。小人族は武器や防具、特に鍛冶品に関して強い拘りがあると。その昔、一部の妖精族の人達が強い武器や防具に憧れを抱いて鉱山に住み着き、その姿が変わる程まで長く鉄と関わった結果が小人族とすら言われています。そう考えると、ああいった反応をするのも分かるです。譲れない何かがあるのですね。


「……あ」


 と、そこで剣士の女の人が何かを思い出したかのような声を出しました。視線が女の人へ集まります。何があったのでしょう?


「……武器の手入れ、して貰えなかった」

「ああ、そう言えば……」

「今からでもやって貰ったら良いんじゃねーんで──」


 カンッカンッカンッカンッガァンッ!!


「──……いや無理だなこれ。諦メロン」


 一体、中でどんな激しい武器の造り方をしているのか、執念すら感じられそうな力の籠もった鉄を叩く音が聴こえてきています。……ええ、無理ですねこれは。

 それは冒険者さんの二人も感じたのか、溜め息を吐きながら首を横に振っていました。


「ハーメラで一番の鍛冶屋って言ったらここなのに……」

「ふむ……悪い事をしたね。手入れと言っていたけれど、どんな状態なの?」

「ん……こんな状態よ」


 剣士さんは剣を抜き、腕は水平に、剣先は空へ向けて社長の目の前へ突き出しました。

 使い古された剣です。きっととても良い物なのでしょう。パッと見ただけでは特に何かおかしい所は見当たりませんので、もしかしたら刃が潰れかけているのかもしれません。

 社長は爪を立てて刃をなぞります。傍から見るとちょっと怖いその姿に、私はその手を取って離そうとしたくなりました。危ないので絶対に出来ませんが、それくらい長剣に不安を感じてしまいます……。


「……これならなんとかなるかな。お詫びに私が研ごう」

「な……!」

「え、本当……?」


 予想外の返事だったのか、冒険者さん達は驚いた顔をしています。……まあ、ついさっき社長を異常な人として見ていたような節がありましたのでそうなるのも無理はないかもしれませんね。

 その後、社長はローゼリアさんに許可を貰ってから冒険者さん達を家に招き、置いてある砥石で剣を研いでいきました。何種類もの砥石を使い何時間も掛けて研がれる長剣。それが終わる頃には、もう辺りが暗くなった頃でした。

 出来栄えは剣士さんだけでなく魔術師さんも感嘆とするほどだったらしく、とても満足をしていました。

 二人は頭を下げてお礼を言い、自己紹介をします。


「助かったわ。私はニムエ。ただの冒険者だけど、何か協力できる事があったら声を掛けてね。普段は貴方達と同じくオルトン商工会に顔を出しているわよ」

「ペレアスだよ。……とても多芸なんだな。僕も見習わないといけないね」


 ペレアスと名乗る魔術師さんはチラリと私を見ます。私が首を傾げると、彼は困ったような顔をしながら顔を逸らしました。……この方も私の首輪が気になるのでしょうか?

 お二人が帰る時にニムエさんはもう一度だけお礼を言い、ペレアスさんは小さく頭を下げました。……ニムエさんは良い人そうなのですが、ペレアスさんはなんだか妙なお方です。……いえ、実際は逆なのかもしれません。奴隷を奴隷として扱っていない事に疑問を抱くのは当然なのですから。

 その後の私達は社長とアメリアさんが主に作って私がお手伝いした夕食を取り、お風呂に入り、その日の一日を終えました。

 アメリアさんは喜びながら布団へ潜り込み、すぐに寝息を立てます。主任さんとレックスは今日も肉体労働だったのか、アメリアさん以上に早く眠っていました。

 そして私は……お昼の社長の言葉通り、社長と一緒の寝台で寝られる事になりました。

 言葉は何も発しませんでしたが私は社長へ擦り寄り、社長もまた私を抱き締めてくれました。

 辛い事や悲しい事も起きる世界ですが、こんなにも幸せな事も起きてくれます。




 そんなハーメラ王国で、聖女様を巻き込む事件が起きるだなんて……この時の私は思いもしませんでした──。




……………………

…………

……

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