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クロス・レール  作者: 月雨刹那
第一章
32/41

歩いて来た道(レール) 2

「それじゃ、頼んだよ」


 馬宿から出て馬に跨った社長さんはそう言ってアミリオ大聖堂へと向かって行きました。昨日言っていた手紙を受け取りにいくのでしょうね。

 そして残された私達はというと、これまた昨日受けた依頼をこなす為の準備をしています。先日の金貨50の仕事──その報酬の一部を使って造って頂いた荷台を馬へ取り付けています。これを使えば今まで以上に荷物を運べるので、今回の依頼にうってつけでしょう。


「お二人は荷台の方へ乗って下さい」

「はーい!」

「へい」


 片や元気良く、もう片方はやる気なく返事をします。本当に真逆な二人なのに、どうしてここまで仲良く出来まのでしょうかね……。隔日であんなにも濃厚な交じり合いを……いえ、一方的に主任さんが絞られているだけのようにも見えますが、その時だけは少々優しいような気がしないでもありません。頭とか撫でていましたし。

 ですが真実は闇の中でしょう。あの主任さんが素直に喋るはずがありませんもの。


「乗ったわよー」

「では出発しましょう」

「おい待て俺まだ座ってない」

「今すぐ出発しましょう」

「てめぇ!!」


 そんなやりとりをしつつ、ほんの少しだけ待ってから手綱を振ります。よく調教された従順な馬はゆっくりとその足を動かし始めました。

 馬の蹄が石の道を叩く音。それと合わさって小刻みに揺れる荷台。優しく頬を撫でる風。進む道は街中ではありますが、なんとものんびりとした気持ちにさせてくれます。ついでに言うと馬車などあまり乗った事がないからか、少しばかり心も踊りますわ。

 案の定リリィさんは目をキラキラとさせながら外を見ていますし、主任さんも遠くの方をあまり興味が無さそうに眺めています。なんて予想を裏切らない二人でしょうか。

 視線を前に戻し、私は街中へと目を向けます。いつもと少しばかり違って見える風景。人々は馬車に轢かれないよう避け、暇そうにしている人は馬車の積み荷でも気になるのかボーッと眺めてきます。そんな光景が少しだけ楽しくて、自然と笑みが零れてしまいます。

 しかしながら、楽しい時間というものは早く過ぎ去ってしまうもの。もう少し楽しんでいたかったのですが、想定以上に鍛冶屋へ早く着いてしまいました。残念ですわ。

 名残惜しみながら馬車から降りていると、鍛冶屋の店の扉が開かれました。


「──おお、微笑みのロゼ。もう来たのか」


 中から出てきたのは髭を蓄え、背の低い屈強な身体を持った壮年の妖精族──所謂、小人族の鍛冶師でした。人間と比べて手先が器用で豪快な性格の持ち主が多く、鍛冶や採鉱など力仕事を生業にする者がほとんどだと言われています。

 妖精族は西の海を越えた先にある、クローナス様の名を冠した島に住んでいるのが普通です。しかし、中にはこちらの大陸に根を下ろし住まう者も居ます。小人族は妖精族の中でも地下や鉱山など土と金属に囲まれた地域に適応した姿と言われており、魔術に長けている妖精族なのに簡単な魔術しか使えなくなってしまっているそうです。不思議な事に、なぜか身長は縮んでいますし体型も男女問わず横に広く筋肉質と、華奢な印象である妖精族とは真逆になっています。……まあ、半分だけ龍の姿となったレックスのような魔族の竜人や、下半身が魚となった人間の人魚を見たという話もあるくらいですから、小人族に驚く事もないかもしれませんね。


「なんじゃ、そんなに儂の事を見て。髭の手入れを怠っておるのがバレたのか?」

「安心しろオッサン。誰も気にしてねーよ」


 主任さんの言葉に私は二回も頷きます。手入れ以前にそもそも気にすらしていませんわ。


「あー楽しかったぁ」


 そんな時、リリィさんが馬車からやっと降りてきました。……姿が見えないと思っていたら、まさか止まった馬車を堪能していただなんて思いもしませんでしたわ。流石にそれは私でも分かりません。

 と、そこで小人族が目を丸くしてリリィさんへ視線を向けました。何かあったのでしょうか?


「お、おい……コヤツは、魔族じゃないか……?」

「おう。俺の使い魔」

「はーい! 使い魔でーす!」


 刻印が印された腕を見せる主任さんと胸元を見せるリリィさん。ですが、小人族は何かを感心しながらリリィさんの方だけ見ております。……ああ、いえ、これは単純にいやらしい目で見ているだけですわね。視線が完全に谷間へ釘付けにされていますもの。全く……これから仕事のやり取りをするのですから、少しは自制して頂けませんかね?


「納得頂けたようですし、そろそろ仕事の話に入っても宜しいですか?」

「おお、そうじゃな」


 そう言って小人族は鍛冶屋の中へと入って行きました。酷くすんなりと聞き分けましたね。魔族かどうかはあまり気にしないのでしょうか?

 リリィさんに馬車の見張りをして貰って彼について行くと、まず感じたのが焼けた鉄の匂いでした。カラリとした空気の中、強烈な日光で熱された灼熱の砂の匂いとも似ています。そんな鼻と口の水気を全て持って行かれそうな錯覚をしつつ、あちこちに並べられた武器へ目が泳いでしまいます。見るからに質の良さそうな戦斧に長剣や短剣は勿論、鉄球を鎖で繋げた異質な武器から刃の付いた鈍器など、大小さまざまな武器が店の中のほとんどを占めています。防具はあまり造らないのか、店の隅にいくつか鎮座しているだけです。


(あら……良い短剣)


 そんな中、良さそうな短剣が目に入りました。片刃ではありますがその身は肉厚で見ただけで重い短剣だと分かります。刃に対して柄は控えめの長さとなっており、さぞかし重心が前方に寄っているでしょう。投げるだけでなく首を掻っ切るのにも適していそうですわ。ハーメラにもこんなに良い腕の鍛冶師が居たとは……これはとても良い発見です。

 しかし……お値段もそれなりにしますね。短剣一本で銀貨10枚ですか。10本ほど欲しいと思ったのですが、それで金貨1枚となるとかなり悩みます。んん……どうしましょう。


「おーい。これが注文の槍なんじゃが、ちょっと手伝ってくれんか?」


 私が短剣を買おうかどうか悩んでいると、鍛冶師さんが私達を呼びました。両腕には乱雑に平積みされた人の丈ほどある長槍が十本近く載せられており、私達に渡そうとしています。それを見て、主任さんは怪訝そうな顔をしています。


「んなに持っていけるかよ。半分だけ持ってくぞ」


 そう言って主任さんは半分だけ取ります。……十本くらいなら出来るのでは? そう思った私も残った槍を持ちましたが、まだ余裕があります。やっぱり十本くらいいけますよね。


「なんじゃ。図体の割にひ弱いのう」

「うるせえ。お前らと違って俺は普通なんですぅ」


 鍛冶師さんの倍くらいの身長の主任さんは見下ろしながらそう言います。主任さんの言葉で改めて気付きました。ああ、そう言えば、と。

 力仕事をしている鍛冶師さんは当然として、私もかなり力が強い方でしょう。これでも幼い頃は普通の女の子だったと思いますが、いつからこうなっていたのやら。……まあ、たぶん『アレ』が原因でしょうけど。親殺しなんてする人が普通な訳ありませんものね。

 昔はどんな遊びをしていましたっけ? なんて事を考えながら私は主任さんと一緒に槍を馬車へと運び込みます。ちなみにリリィさんは三本が限界のご様子。腕をプルプルと震えさせていましたわ。うーん……。女性ならそのくらいが普通なのでしょうかね? まあ、力持ちなのは便利なので良い事ですわ。

 全てを運び終え、ざっと数えてみたところ大体50本くらいあるでしょうか。かなりの量ですね。それでも銀貨20枚なのはとても美味しいと言えますでしょう。


「ところで、お前さんに聞きたい事があるんじゃが」

「え、俺?」


 さて出発しましょうか、といった所で鍛冶師さんが主任さんを呼び留めました。主任さんが何か粗相をしましたか?


「ロゼぇぇぇ!!! お前まぁぁあたド失礼な事を!!」

「ええ、考えましたわ」

「素直になってんじゃねえ!!」


 もはや恒例となりつつあるこのやり取り。私とリリィさんは楽しそうに笑顔を浮かべ、主任さんは嫌そうな顔を全力で出しています。最近、このふざけたやり取りが心地良く感じてきましたわ。悪くないですわね。


「はー……。で、何ですか。俺に何が出来るんですか」

「いやのう、お前さんから鉄の匂いがするから武器か何かでも造っておるのかと思ってな」

「お前の鼻は犬か何かかよ」

「鉄の匂いくらい、すぐに気付くわい」


 本当にこの鍛冶師さんはあまり動じませんわね。あんなやり取りを見て何一つ困惑すらしないだなんて。

 それにしても、よく気付きましたね。確かに主任さんは社長さんと一緒になって武器などを造っていたりします。しかし……それが何かあるのでしょうか?


「最近、新作の武器が思い浮かばなんでなぁ……。ほれ、人間は発想が豊かと言われておるじゃろう? 何か良い案があれば造って一振り渡すから教えて貰えんかの?」

「いやいきなりそんなん言われましても……。…………あ」


 極めて面倒臭そうな顔をした主任さんでしたが、何かを思いついたのか手をポンと叩きました。


「刀って知ってるか?」

「カタナ……? なんじゃそれは」

「こう、そこの長剣と同じくらいの長さでちょっとだけ曲がっていてな、刃はこっちの片方にしかついてなくて、刃先が鋭い感じの剣」


 店の入り口に置いてある長剣を指差し、そこから手を使ってカタナとやらを説明する主任さん。一瞬、さっきの短剣を長くした物かと思い浮かべましたが違うでしょう。なぜ剣を曲げる必要があるのですか? 真っ直ぐの方が絶対に良いと思うのですが。


「……へー?」


 と、そこでリリィさんが何かしら真面目な顔をしてジッと主任さんを見ました。何かリリィさんが感心するような事でもあったのでしょうか。


「ふむ……ほうほう……刃が片側だけでちょっとだけ曲がっているとな。……ふむ、悪くなさそうじゃ。明日の朝までには一振り造っておくから見に来ると良い。では、ジェラード侯爵への納品は頼んだぞ」


 それだけ言って、鍛冶師さんは店の奥へと消えていきました。

 そこで私は一つ思い出すように気付く事がありました。サラリと流してしまいそうになりましたが、今のはあまり良くなかったのではないでしょうか。

 私は未だに社長さんや主任さんについて『話せるようになったら話すね』と社長さんに言われて話して貰っていません。今までの言動から社長さんと主任さんは間違いなく私達の知らない国から来ています。数字は同じだけど文字が違うとも仰っていましたし、何よりも初めて会った時の服装がこの辺りの物ではありません。そして、社長さんは自分達の事をなるべく秘密としています。という事は、主任さんが今みたいにこの国に無いような事を話すのは社長さんの方針とズレているのではないでしょうか?


「主任さん」

「へい」


 そう思った私は、主任さんにそれを言う事にしました。


「タダで情報を渡すというのはあまりしない方が良いですわ。何が起こるか分かりませんよ」

「重要な部分は話していないんで……」

「また社長さんに顎を打ち抜かれますよ」


 それを言ったら主任さんは溜め息を吐いてノソノソと荷台へ乗っていきました。……この人はたまにダメな人だと思ってしまいますわ。なんと言ったら良いのか……無鉄砲さがあると言えば良いのか、後先を考えないというのか、変に捻じれている感じというか、そんな人です。時にそれで社長さんから制裁されているのですが、それでもこうして繰り返している所があります。考え方が少々過激ですが、普遍的な癖に混沌としている変な人です。

 話していたら何かと考えているようにも感じるのですが、それで行き着いた答えをなぜか敢えて投げ捨てて別の答えを選択しているような気もします。本当、なぜそんな事をするのでしょうか。

 悪くなった空気のまま私は手綱を振るいます。流石にリリィさんも空気を読んでいるのか、ひっそりとしていました。

 この空気を作ったのは私ですが、なんとも居心地が良くありません。……社長さんならば、もっと上手く出来るのでしょうかね。

 今ここには居ない彼女ならばどうするのでしょう──そう思いつつそのまま馬を歩かせ、目的のジェラード侯爵のご自宅へと私達は向かいました。

 ──おおよそ三十分。王城の方へ歩かせた所で大きな屋敷の前へと辿り着きました。ルーファスの屋敷とほぼ同じ大きさでどこか雰囲気も似ているソレですが、決定的に違う箇所がいくつかあります。

 まず目に付くのが入り口の前に置かれている槍を持った人の等身大の銅像でしょう。歴代のジェラード家の当主の銅像を並べているという話で、屋敷に近付くほど古い人物だそうです。八体もの銅像があるという事は、それだけの長い年月を貴族として過ごしているという意味でもあるでしょう。初代と思われる銅像はかなり古びていながらも形をしっかりと保たれており、丁寧に世話をされているのが伺えます。

 そして次に違う点は、遠くから金属がぶつかり合う音と張り上げられた声が聴こえてきているという事でしょう。音の軽さと響き方からして槍のようですね。という事は、今まさに訓練をしている最中という事なのでしょう。

 この二点がルーファスの屋敷と違う所です。……それにしても、やはりこの音はあまり好きではありませんわ。野蛮ですもの。あまり長居したいと思いませんし、さっさと終わらせてしまいましょう。



…………………………………………



 ……なんて思っていましたが、少し面倒な事になってしまいました。

 何が、と言われると……いつもの通り、としか言いようがありません。


「……………………」


 主任さんが、とある事で非常に不機嫌になったからです。理由は……彼女と話したからでしょう。

 彼女とは……私達をジェラード侯爵の下へ案内している最中の『奴隷』の事です。頭の上に触角のように跳ねた毛のある白髪ですが、毛先だけ灰色というかなり珍しい髪の色をしており、瞳は明るい琥珀色。肩に掛かる長さの髪が揺らめくと、その瞳が一層美しく見えるので、かなり目立つ少女です。なので、その首に科せられた奴隷の証である鉄の首輪が、とても異質に見えました。

 剣戟と張り上げられる声のせいで扉を叩く音が使用人に聴こえていないのかは分かりませんが、中からの反応が無かったので庭木を剪定していたこの子へ案内をして貰おうとしたのです。……それが事の始まりでした。


「私は奴隷の身分ですので、至らない点が数多くあると思います。もしご不満だった点があったら、ジェラード侯爵様へお伝え下さい。お客様の望む全ての罰を喜んでお受け致します」


 儚く微笑みながらそう言った瞬間、隣に立っていた主任さんの雰囲気が一気に変わりました。憐れみや怒り、やるせなさなどを感じさせるその表情。主任さんの機嫌が、ちょっと前とまた別の意味で悪くなった瞬間でした。リリィさんはそれを見て珍しく疑問を浮かべるような顔をしています。

 私は奴隷に対してそこまで偏見を持っていません。虐げられて奪われる存在なのは分かっていますが、自分からそれをしようとは思えないからです。身分上はこちらの方が上ではありますからある程度の対応をしますけど、必要以上に何かをするという事もしません。私にとって奴隷とはその程度の認識なので特にジェラード侯爵へ何か言うつもりも無かったのですが……主任さんには不機嫌になるような事があったようです。

 私は主任さんの事を詳しく知っていません。なので、あの社長さんがどうして主任さんへ信頼を寄せているのかも分かりません。もし社長さんが居なければ、私は主任さんを相手にもしなかった事でしょう。

 奴隷の子はある部屋の前で立ち止まると、私達へ振り向きました。


「こちらの来賓室でお待ち下さい」


 案内された部屋は、どうやら来賓室の模様。奴隷の子は扉を開け、私達へ中に入るのを促します。私達が中へ入ると、奴隷の子は半開きとなった扉の前で深く一礼をします。その動きの全てが、とても教育された使用人のように思えてなりません。


「それではご主人様を呼んできますので、少しだけ私へお時間をお与え下さい」

「ねーねー」


 そのまま奴隷の子は扉を閉めようとした所、リリィさんが奴隷の子へ話し掛けました。リリィさんの顔は、とても感心しているかのようなものです。


「貴女、奴隷よりも使用人の方が合ってない? 完璧じゃないの」


 そう投げ掛けた言葉に、今度は私が感心してしまいました。リリィさんは普段のその奔放さで損をしているのですが、細かい事に気付いたり家事能力に優れていたりします。今回もそうでしょう。奴隷に対して『使用人の方が合っている』と言える人なんて早々居ません。言った所で奴隷という身分は変わりませんし、奴隷を評価するという事は恥ずべき事、という風潮が世間ではどこかあります。実際、私も思う事はあっても口にする事はありません。それを彼女はいつもの調子で言ってのけました。


「この上無い格別のお言葉、誠にありがとうございます。──それでは、失礼します」


 奴隷の子は一瞬だけ驚いた顔を見せた後、さっきまでと同じ調子で深く頭を下げてきました。

 そして扉はゆっくりと静かに閉められ、部屋の中は少し重い空気を残したまま静かになります。ああ、いえ、外から聴こえてくる野蛮な音はそのままなので静かとは言えませんね。

 そんな中、意外にも主任さんが言葉を発しました。


「おいリリィ」

「なーに?」


 ドカッと椅子に座り、自身の使い魔を呼ぶ主任さん。その顔に不機嫌さはほとんど残っていません。むしろ珍しいくらい真面目な顔をしているくらいです。


「ジェラードって貴族にさっきの奴隷の事は何も言うなよ。褒める事も全部だ」


 そして、よく分からない事を言ってきました。リリィさんは私と同じく疑問を頭に浮かべています。


「えー……なんでよー」

「良いか、その貴族サマは『奴隷を持ってる』んだよ。普段から何してんのか分かりやしねーが、あの口振りだ。まともな扱いしてる訳が無え。話題に上げるだけであの奴隷は罰か何かされっぞ」


 主任さんの言葉に私達は気付かされました。間違いなくそうなるであろう、と。

 確かに主任さんの言う通りです。あの奴隷の子は『お客様の望む全ての罰を喜んでお受け致します』と言っていました。それはつまり、過去にもそのような事があったという事を意味しています。……なるほど。主任さんがあの奴隷の子と話して不機嫌になったのは、そういう理由があったからなのですか。


「もし口が滑りそうなら俺の影に入っとけ。お前の事を聞かれても寝たとかなんとか言っといてやる」

「……なんかやけに優しいわね? どうしたの一体」


 おまけにリリィさんの事も気に掛けたのか、そんな事をいう始末。……本当、どうしたのですか主任さん。


「じゃねーと俺の前で見たくもねー体罰を見る事になるだろうが。お前、良かれと思って何か言いそうだもん」

「否定できないけどさー……気を付けたら私だって言ったりしないわよ」


 ここでふと思った事があります。主任さん、貴方って実は素直じゃないだけなんて事ありますか?


「失敬な。俺は自分に正直なだけです」

「こういう時くらいは心を読まないでくれませんか?」


 まったく……見直し掛けていた所で茶々を入れるんですから……。

 しかし、今思った事は私にとって確信とも呼べる憶測です。恐らく主任さんは肯定的に受け取られる事を苦手とする人なのでしょう。リリィさんが優しいと言った時、嫌そうな顔をしてあんな事を言ったくらいです。まず間違いなく褒められる事にも慣れていないでしょうね。

 そして、主任さんも社長さんと同じく言葉遊びをする人なのだと思います。見たくもない体罰を見る事になる──というのは本音でしょうが、それでしたらその前に奴隷の子を気に掛ける発言をしたのが引っ掛かります。言うなれば……『あの奴隷の事は触れるな。何も悪い事していねーのに体罰される可能性があるだろうが』といった所でしょうか? ああ……主任さんならそう思っていたとしても絶対に口にしませんね。そして、そう思っているとは悟られたくなくて皮肉を交えているのでしょうか? もしそうだとすれば、ただ単に捻じれ狂っただけの真っ直ぐな人という事でしょうか。


(……ああ、思ってみればそうですわね)


 捻じれ狂っただけの真っ直ぐな人。言葉にしてみれば、これほど主任さんを表わす言葉も中々ありません。私の中でしっくりときましたもの。

 心の中にあったモヤモヤが少しだけ晴れた気がします。人は誰しも欠点があります。しかし、その欠点を補う程の何かを持っている人が居るというのもまた事実。今のところ主任さんは欠点が際立って目立ちますが、もしかしたら隠しているだけで素敵な人なのかもしれませんね。あくまで可能性ですけれど。


「なんかすげえ鳥肌が立つような事考えてねーかお前……」

「当たっているかもしれませんし当たっていないかもしれませんわ。少なくとも、わたくしとしては楽しみですけどね?」

「やめて。そんな怖い事言わないで」

「まあまあ。夜になったら怖いのも忘れちゃうくらいの事シテあげるから」

「ああ……また俺搾り取られるのね……」

「むー……。本当に嫌そうな顔するわねー……」

「おいだからくっつくなァ……!」


 いつの間にかいつもの調子となった主任さん。リリィさんもそれを感じ取ったのか、ピトリと主任さんの肩に身体を当てています。

 そんな日常の事をしていると、部屋の外から足音が聴こえてきました。二つの足音の内、一つは大きく重い音である事からジェラード侯爵がやって来たのでしょう。しかし二人は気付いていないご様子です。


「来ましたわ」


 それだけ言うと、リリィさんは主任さんから離れて私達の後方へ、主任さんは機嫌悪そうに肘杖を突きました。……本当、不機嫌さを欠片たりとも隠そうとしませんわね。相手は侯爵ですよ? 少しは使い魔を見習ったらどうですか。

 この部屋の前で一瞬だけ足音が止まると、扉を叩かずにいきなり開かれました。姿を現したのは屈強そうな壮年の大男、ジェラード侯爵です。古くから貴族でありながら数々の戦場を駆けてきたジェラード家。歴代でも必ず王国騎士副団長以上を務めてきており、中には団長を務めた者も居るだとか。赤い髪は敵の返り血で染まった、闘争心の炎が髪を赤く燃え上がらせている、などと言われているくらい戦いを好む貴族でもあります。


「おお、よく来てくれた! 盛大に歓迎する!」


 そしてその噂に準じた暑苦しい人でした。主任さんと同じくらいの身長ですが、その体躯はまさしく鍛え上げられた鋼のような印象を与えてきて、主任さんよりも大柄な男と感じます。

 気になった点が一つあるとして、どうしてか奴隷の子と一緒に来ています。扉を開け閉めしているのも彼女のようでしたし、今なんて部屋の隅でひっそりと佇んでいます。リリィさんの言ったように奴隷よりも使用人と言った方が正しい気がしますわ。

 ……あら? 気のせいでしょうか。主任さんを纏う空気が一気に悪くなったような気がします。


「……ん?」


 と、そこでジェラード侯爵は顔を顰めました。どうやら私達の顔を確認するように見ているご様子。……何かありましたか?


「社長という女は誰だ?」

「別の仕事でここには居ねーです」


 肘杖を突いたまま答える、ド失礼な主任さん。本当……貴方って人は怖いもの知らずですわね……。相手はベネットやルーファスより劣るとはいえ、槍の扱いに関してはハーメラ随一とまで言われている王国騎士団副団長ですよ? もはやここまで来ると怖いもの知らずではなく命知らずと言うべきでしょうか……。


「なんだ……。吾輩は社長に用があったんだが……」


 ジェラード侯爵は明らかに落胆していました。腕を組み、どうしたものか、と考えているのが目に見えて分かります。

 それにしても、そういう事だったのですか。誰にでも出来る仕事を私達へ依頼したのは建前で、本当は社長さんに何か用があり、それを話したかったと。


「どうにかならんか?」

「無理だろ。今頃、聖女様とご機嫌に仕事の話をしているだろうよ」

「む……。聖女グローリア様と……。ううむ……」


 侯爵は主任さんの乱暴な言葉すら気にならない心の広いお方なのか、それともグローリア様の話が出てきてそっちに気が取られているのかは分かりませんが、主任さんのド失礼な言動に目を瞑ってくれているようです。しかし、そろそろ改めさせるべきでしょう。

 私は机の下でツイツイと主任さんの脚を突つきます。それだけで私が何を言わんとしているのか伝わったのでしょう。主任さんは肘杖を止めました。……代わりに腕を組みましたけど、まあまだマシですわね。


「……まあ、それは追々考えるとしよう。吾輩が注文した槍はどこにある?」

「門の前。ここの教育がしっかりしてんのなら衛兵共が見張ってくれてんじゃねーの」


 さっきから気になっていたのですが、なんだか今日の主任さんは言葉にトゲがあります。なんとなく察しは付きますが、面倒事だけは起こさないで下さいよ?


「そうか。では後で取りに行かせよう。──しかし、噂に違わず豪胆だな。あのベネットを相手に啖呵を切ったというのは本当のようだ」

「俺は今機嫌が悪いんだ」


 どうやら心の広いお方だったようです。いやはや悪運が強いですわね……。普通の貴族ならば首を飛ばされていてもおかしくないですよ?

 ──ですが、主任さんの機嫌がここから更に悪くなってしまいました。


「ふむ。ならば、その捌け口を用意しよう。──アメリア、こっちに来て座れ」

「はい。ご主人様」


 奴隷の子を呼ぶ侯爵に嫌な予感しかしませんでした。

 機嫌が悪い。捌け口。奴隷。これらの言葉から導き出される未来など、一つしかありません。


「え、ちょっと……?」

「おい……何の真似だ」


 リリィさんは困惑し、主任さんは怒りすら表わしています。それもそうでしょう。奴隷の子であるアメリアさん。その少女が、私達の傍に来て正座をしたのです。諦め切った目で、濁りの無い澄んだ琥珀色の瞳で、笑顔で。

 これには私も気分がよろしくありません。ジェラード侯爵への信用が一気に堕ちた瞬間でした。


「コレは吾輩の奴隷だ。指や腕を切り落としたり殺したりしなかったら何をしても構わん。そのハラワタに溜め込んでいる鬱憤をコレにぶつけると良い」


 ……なるほど。今分かりました。なぜ主任さんがあそこまで言葉にトゲを含ませていたのか。それは、ジェラード侯爵のこの汚い面を見抜いていたからでしょう。

 主任さんは勘が鋭い人です。人相手となると、それはもう満点なほど瞬時に察知します。その点に関して私はあまり人を見る目が無いと自覚しています。表面上は良いように悪いように見えても、本質は悪かったり良かったりする事があるとつくづく思ってきたからです。

 ジェラード侯爵は信用できる人だと私は今まで思っていました。ハーメラ王国の兵士を育て上げ、王国からも侯爵という地位を貰い、何代も続く貴族でありながら戦いに馳せ参じる家だったからです。しかし、それは今ここで堕ちてしまいました。

 世間的にはジェラード侯爵のやっている事は正しいのでしょう。世の中において『奴隷は物であり人ではない』『所有物をどう扱うも持ち主の勝手』という風潮は当たり前です。

 ただ、それを嫌う人が居るというのもまた事実。特に私は今回で奴隷を虐げる人は嫌いになりました。奴隷とは奴隷になるだけの理由があるのでしょうが、少なくともアメリアさんはそれに当て嵌まるとは思いにくいです。従順で礼儀正しく美しい少女のどこに奴隷になる理由があるというのでしょう?

 そもそもの話、奴隷は持ち主の所有物だというのならば、その所有物を大切にしないのはどうかと思います。物を大切にしない人は、人を大切に出来ない人であるからです。やはり、貴族は貴族という事ですわね。


「あ、そう……」


 主任さんは我慢の限界が来たのか、話を流すようにして立ち上がりました。

 急に立ち上がった主任さんへ視線を移したアメリアさんですが、主任さんは彼女へ一瞥もせず扉へと足を進めていきます。


「む? どこへ行く?」


 首を傾げるジェラード侯爵を尻目に、私達も主任さんに倣って扉の方へ向かいました。


「話はこれで終わりだ。俺達は帰る」


 それを聞いてすぐさま扉を開けに来るアメリアさん。……本当、なぜ奴隷なんかしているのかが分からないくらい使用人の鑑です。

 そのアメリアさんの横顔は、少し困っているように見えます。きっと、なぜ暴力を振るわれないのか戸惑っているのでしょう。

 ──結局、社長さんに用があったと言っていたジェラード侯爵は私達に何も言う事はありませんでした。感情を堪えたのか、それとも黙っていた方が良いと考えたのか、はたまた私達へ何かを企てようとしているのか。まあ、危害を加えようものならば死体を転がすだけですわ。

 最近では珍しく少し物騒な事を考えつつ、依頼品を受け取った署名を頂いた私達は軽くなった馬車で帰路に就きます。……ただ少しだけ、思い残す事もあります。あのアメリアさんの事です。

 リリィさんは言い付け通りアメリアさんの事について何も言いませんでしたが、ジェラード家の方をジッと見ている事から今でも気にしているのでしょう。斯くいう私も同じ気持ちです。……今頃、彼女はどんな理不尽を受けているのでしょうか。


「……ねー、主任。あの子、どうにかならない?」


 子供のように訊ねるリリィさんですが、本当はもう分かっているのでしょうね。声の色で分かります。希望など無く、ただただ儚く言葉を零しただけの声でした。


「俺達じゃどうしようもねえよ。何かしようとしてみろ。うるせえクズが死ねって思われて殺されるのが関の山だ」

「……そうよね」


 私ならば返り討ちに出来ますが、それを言う場面ではないでしょう。確かに私一人であれば返り討ちにするのは容易い事です。ですが、今は状況が良くありません。私だけでなく、社長さんに主任さん、リリィさんと護る人が多過ぎます。流石に護り切れる自信などありません。


「それに、アメリアさんにも危害が及ぶ可能性があります。最悪、殺されてしまう事だってあるでしょう」


 ……奴隷とは、そんな扱いをされていますから。

 それを聞いたリリィさんは落ち込んでしまったのか、主任さんの影に入ってしまいました。私達も流れ作業のようにオルトンさんから報酬を貰い、自宅へと戻ります。本当ならば余らせた時間に小さな仕事を入れた方が良いのでしょうが、どうしてもその気になれず帰ってしまいました。

 私は自室で一人、短剣を並べて磨きます。隣の部屋に引き籠った主任さんは一切の音を立てていないので寝てしまったのでしょう。金属と布が擦れる音だけが虚しく部屋を木霊します。


「……はぁ」


 いつ振りかの溜め息。まさか、ただ荷物を運ぶだけの仕事でこんな気持ちになるとは思いませんでした。

 私は窓の外へ視線を移し、ほぼ真上から入ってきている陽の光を何気なく眺めます。暖かそうなそれとは違う、冷たく寒い現実。それは、昔の私の日常だったもの。その片鱗をまさかまた感じる事になるだなんて、思ってもいませんでした。


「社長さん……どうか、早く帰ってきて下さい」


 こんな空気を変えてくれるのは社長さんしか居ません。そう思った私は、いつもなら夕方前に帰ってくる社長さんの早い帰宅を切実に願いました。

 社長さんに報告をして、ご飯を作って頂いて、そのとても良い香りでお腹を空かせ、満たされた食欲を堪能しつつお風呂に入りたいです。

 次からは指定の依頼が入ってきたら社長さんも同行して頂きましょう。彼女ならば、今回の事だって何かしら対処をしてくれたはずです。


「! ……いつの間に欠けたのでしょうか」


 外をボーッと眺めつつ磨いていた短剣。その途中で布が刃に引っ掛かった感覚がしたので短剣を見てみると、中央付近で僅かに刃が欠けていました。

 並べていた時に欠けてしまったのかと思いましたが、その並べていた時の短剣の状態が思い出せません。もしかしたら前々から欠けていたのに今気付いただけなのかもしれません。

 直そうかと思いましたが、思ってみれば欠けた短剣を直してくれるのも社長さんでした。私がやると刃が変にたわんでしまう事が多いので、こういうのは社長さんに任せてしまう事にしたのです。

 仕方が無いのでソレだけ机の上にどけておき、他の短剣から磨いていく事にしました。


「……なんでしょうか。少し、変な感じがしますね」


 もう一度、私は窓の外を眺めます。空は雲一つない快晴で、とても良い天気です。けれど、社長さんは快晴を嫌っていましたっけ。曇っているくらいが一番過ごしやすいとかなんとか。ならば、この天気は社長さんにとって悪天候といった所でしょうか。

 一度感じた胸騒ぎは中々晴れてくれず、私の中のモヤモヤは余計に強くなってしまいました。



 ──それを証明するかのように、今日は社長さんの帰りが遅かったです。彼女が帰ってきたのは、夜が昼を覆い尽くした時でした。

 帰ってきた姿が、とても酷い状態で──

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