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クロス・レール  作者: 月雨刹那
第一章
30/41

漠然とした違和感 4

「ただいま帰りました……」

「ん? おお、グローリア様にヒューゴさん。おかえりなさいませ。……何かありましたかな」


 アミリオ大聖堂に帰ってきた僕達はオースティンさんに帰ってきた報告をする。その時の僕達は被りを下ろしているので、オースティンさんには今の表情がバレバレだ。僕達の顔が暗いので、オースティンさんは真剣な顔で訊ねてきた。

 視線を感じたのでリアの方へ顔を向けると、彼女はとても言い辛そうにしていた。……どういう意味なのかちょっと判断に困ったけど、僕が首を縦に振ると、リアはゆっくりと頷いた。


「……オースティン大司教。実は──」


 僕達は、社長さんの所で起きた事──いや、出来なかった事と言った方が正しい──を伝えた。

 社長さんの容態がどう見ても異常なのに原因不明であるという事──。治せるであろう神聖魔術が悉く効かなかったという事──。何も出来なかった事──。それらをリアだけでなく、僕自身も無力だったという事をポツリポツリと吐き出した。


「私の神聖魔術は……不完全なのでしょうか」


 リアも無力を感じている。恐らく……僕以上に。リアは項垂れ、髪が顔を隠してしまった。それでも伝わる悲壮感と哀愁に、僕はただ彼女の手を握る事しか出来なかった。

 たったそれだけの事でリアは笑おうとしてくれる。実際は辛そうな笑顔で握り返してくる手も弱々しいけど、リアの心が少しでも軽くなるのならばそれで良い。


「しっかりとグローリア様を支えているのですな、ヒューゴさん」


 そんな僕達を見てオースティンさんは我が子の事のように嬉しそうにしてくれた。

 ……正直に言って僕は、僕がリアを支えられているという感覚など無い。僕はただただリアの悲しんでいる姿を見たくないだけであり、支えになろうだなんて烏滸がましいとすら思っているからだ。

 少しヒヤリとする。僕がリアを支えていると見えているのならば、彼女の持つ不平等とくべつも勘付かれてしまうかもしれない。


(そうなった時は……)


 心の中で呟きそうになった言葉を無理矢理止める。聖女が特定の誰かを愛していると気付かれたら何が起きるか分からない。無いとは思うけど、不純を抱いたとかの理由で先代の聖女様のような末路を辿る可能性だってあるのだ。

 だから、僕はオースティンさんのその言葉に強い恐怖を覚えた。平静を装い、リアの方へもう一度視線を向けて何も気にしていない振りをした。


「グローリア様、何を仰いますか。貴女は歴代でも最高の神聖魔術を扱っていると私が保証します。何せ、全ての神聖魔術を扱えるようになっているのですから。それは過去の聖女様の誰もが成し得る事が出来なかった偉業ですぞ」


 そして、どうやらなんとかなったようである。オースティンさんの話は僕からリアへと移り、誇らしげに明るくリアの事を褒めていた。悪い言い方だけど、ついさっき言った社長さんを治せなかった事なんて聞いていなかったかのようで、ちょっとだけ嫌な気持ちになってしまう。


「ですが……」


 空色の瞳を曇らせるリア。落ち込みに落ち込み切ったその表情は、オースティンさんの称賛の言葉で傷付いてしまったようにも見えた。リアの言葉は続かない。代わりに、ほんの少しだけ僕の手を握る力が込められた。

 オースティンさんも困った様子で言葉を探しているようだ。眉間に皺を寄せ、顎に手を当てて唸っていた。


「──ああ、こちらにいらっしゃったのですねグローリア様。お助け願えませんか?」


 その暗い静寂に第三者が入ってくる。クラーラさんだ。なんとなくホッとしたような顔をしているけど、何かあったのだろうか?


「呪いを受けてしまった冒険者が居るのですが、丁度さっき修道士グレッグが別の教会へ解呪しに行った所なんです。なので、グローリア様に解呪をお願いしたいのです」

「分かりました。すぐに解呪しましょう」


 リアの沈んだ気持ちは、呪われた人が居るという言葉で消えた。こういう所を見ると、やっぱり聖女なんだな、って思う。誰かがリアに助けを求めていて、彼女自身の手で助けられるのならば全力で助けようとする。

 ……なぜだろうか。そう思うとどうして胸の奥が苦しくなってしまう。頭の中にもモヤモヤが生まれ、それが気になって仕方が無い。……僕は、何かを忘れているのだろうか?


「いってらっしゃい」


 それはそうとして、こういう時は僕に出来る事など無い。なので、いつも通りリアを見送ろうと手を離そうとした。──が、それは出来なかった。なぜかリアは僕の手を握ったまま放さなかったのだ。

 どうしたんだろ、と思ってリアの方へ視線を向ける。彼女の表情は使命感に駆られたままではあるが、少しだけ目に曇りが残っていた。


「……今回は、ご一緒に来て頂いても良いでしょうか」


 意外な言葉に僕達は驚く。基本的に僕が不特定多数の人達の前で姿を現す事は良くない。動きの少なくなる大聖堂の中では特にそうだ。こんな被りを深くしている人なんて怪しい限りである。それに、そんな場で僕の顔を見られるなんて事態が起きたら大変だ。それはリアも充分に分かっている筈なんだけど……。


「……分かった。僕も一緒に行く」


 しっかりとグローリア様を支えているのですな──。さっきオースティンさんに言われた言葉が頭に浮かび、僕はリアの言葉に頷いた。

 リアは助けを求めている。聖女という立場だからか、今まではそれを言う機会が無かったのだろう。だからこそ直接そんな事は言えなくて、遠回しに僕へ助けを求めているのだろう。そうならば僕の答えは一つだ。リアが助けを求めるのならば、僕は全力でリアを助ける。彼女が多くの人達にそうしているように、僕もリアにそうしたい。それに、リアに何か考えがあるかもしれないしね。

 僕の言葉に、リアは顔を綻ばせる。


「ありがとうございます! これならば安心できますっ」


 少女らしく元気で明るい笑顔。たぶん、初めて僕以外の人に見せたんじゃないだろうか。だってオースティンさんもクラーラさんも、リアを見て唖然とした感じになっている。こんな笑い方とかするんだ……っていう風に見ているんだもん。

 リアもそれに気付いたのか、なんか慌てだした。


「あ、え、えっと、その! ク、クラーラさん! 冒険者さんを来賓室へお通し下さいますか!?」


 そして何を言うかと思えば、来賓室にその呪われた冒険者さんを連れてきて欲しいとの事。一瞬どうしてそんな事を言っているのか分からなかったけど、ちょっと考えてやればすぐに分かる事だった。つまり、その場所ならば最低限の人にしか僕を見られないという事だろう。……いや、僕が知らないだけでいつも来賓室に通しているのかも?

 クラーラさんは冒険者さんの所へ向かい、僕達は来賓室へと向かう。オースティンさんも念の為について来てくれるようだ。

 辿り着いた来賓室。社長さん達と話を交わした時と変わりのないその場所で、僕とリア、オースティンさんは冒険者さんを待つ。

 ちなみにリアは椅子に掛ける事をオースティンさんに勧められて素直に座った。そしてオースティンさんがその斜め後ろに立ったので、僕もオースティンさんの隣に立つ事にする。

 ……が、そこでリアがお願いをしてきた。僕は隣に座っていて欲しい、と。きっと、隣に居る方が安心できるのだろう。オースティンさんは顎に手を当てて少し考えた後、その許可を出した。

 あまり良くなさそうではあるんだけど、オースティンさんも大丈夫だろうと言っているし、僕もリアが安心できるのならばそうしたい。


「──お待たせしました。こちらの冒険者がそうです」


 それから間もなくして部屋にノックの音が響き渡り、クラーラさんは冒険者さんに肩を貸してやってきた。

 冒険者さんは女性の剣士さんで、まだ新しい感じの……ブレストプレートアーマー? っていう物だったか、身体の前面全体と肩甲骨から肩辺りのみ金属のプレートを使っている軽量重視の鎧を普通の服の上から着けている。腕と足には革系の装備をしていて、腰にはポーチを着けている状態であり、なんというか……結構防御面では頼りなさそうな感じだ。機動力を優先させているのだろう。普段は聖堂騎士団のガチガチの鎧を見ているからそう見えるだけかもしれないけど。

 そんな女性剣士さんの左腕の防具には奇妙なドス黒い染みが出来ている。見ただけで分かる。初めてリアと会った時に見た呪いの痕跡……度合いは違えど、それと同じベクトルのモノがそこにあった。

 女性剣士さんの表情は優れておらず、目の焦点は合っていないし顔色も青白くなっていて明らかに不調だというのが分かる。……呪いに罹るとこんな風になるんだな。

 正直に言うと、想像以上に良くなさそうだった。ほとんど自分の力で立てていないようだし、意識を保っているのがやっとという感じだ。

 そこはリアも同じだったのか、彼女はすぐさま席を立ってクラーラさんと女性剣士さんへと駆け寄る。僕も一緒になって向かった。


「……かなり時間が経っています。きっと無理をされていたのでしょう」


 椅子に座らされた女性剣士さん。その前でリアは真剣な顔付きで女性剣士さんの左腕を診ている。

 リアは強張った顔で女性剣士さんのお腹へと手を伸ばす。そしてあの呪文……『ソーン』を唱えた。あの時の事を思い出して嫌な感覚で心がざわめく僕だが、目の前の光景は全く逆の事が起きていた。


(──光ってる?)


 リアの手の付近で、キラキラとした淡い光が煌めいている。僕の感じた血の塊らしき雰囲気は一切無く、神々しさすら感じるソレに僕は少しだけ見惚れてしまった。


「良かった……」


 小さくポツリとリアが呟く。傍に居る僕ですら聞き逃しそうなくらい小さい声。それでもなぜか僕の耳には良く聴こえて、そして妙に印象に残る言葉でもあった。

 強張っていた表情は解かれたように安堵の色を浮かばせ、聖女らしい優しさを感じる微笑みを零す。

 ──綺麗だ。心底そう思った。いつものリアは可愛らしいとか小動物みたいとかそういう感じなのに、この時ばかりは逢って間もない頃のように『綺麗』という言葉が頭に浮かんだ。


「身体、が……?」


 そして淡い光が消えた頃、女性剣士さんが垂れた首を持ち上げた。顔色も良くなっており、解呪が完了した事が分かる。


「お身体の調子はいかがですか?」

「──え? グローリア、様……? ────っ!!」


 女性剣士さんはリアを視界に捉えると、大きく目を見開いて席を立った。かと思えばすぐさま床に片膝を突いて右腕を胸の前に沿え、頭を下げた。


「ご多忙の中、私などの為に呪いを解いて下さりまして誠に感謝致します。おかげで我が身体もすっかり元気を取り戻せました」

(あ、これちょっと前に見た)


 女性剣士さんの態度を見て脳裏に過ったのが昼下がりの午後に会ったローゼリアさん。あの人もこんな風にお堅く対応していたなぁ……。


「無事、呪いが解けたようで良かったです。あまり無茶はなされないで下さいね?」

「ご配慮まで頂けるとは……。身に余るお言葉、恐悦至極にございます」

「いえいえ。また困った事になりましたら、アーテル教へお越し下さい」

「はっ! ありがとうございます! この度は本当に助かりました!」


 何度もお礼を言う女性剣士さん。その人は最後までキチッとした礼儀正しい姿であり、僕はやっぱりちょっと呆気に取られていた。




…………………………………………




「今日は色々な事がありましたね」

「うん。いっぱいあった」


 女性剣士さんの解呪が終わった後、僕達はリアの部屋で寛いでいた。

 いつもの夕焼け。いつもの寝台。そしていつもの膝枕──。リアが子供みたいな笑顔をして、僕の胸の奥が温かくなる時間だ。

 その時間で、僕達は今日あった事を話していた。


「ナリシャさんは大丈夫そうで安心しました。あのお方には今度、お礼と同時に謝らないといけませんね」

「うん。今度はお土産を持って行こっか?」

「はいっ」


 輝かしい笑顔でリアは答える。僕はドキリとしつつ、それを誤魔化すかのように──或いはそれを行動で示すかのように彼女の頭を撫でる。

 くすぐったかったのか、リアは身を捩らせながらも幸せそうにしていた。


「……社長さんは、結局何も分からず仕舞いだったね」

「ええ……一体、何が原因だったのでしょうか……」


 僕が苦笑いしたからか、リアも曇った笑い方をする。折角の良い雰囲気ではあると思っているけど、僕はどうしても気になる違和感があったのだ。


「病気ではなく、お身体が疲れ切っている訳でもなかったようです。そして呪いですらありませんでした……」


 リアがいくつか違う神聖魔術を使ったが、そのどれも効果が現れなかった。リアは自分の魔術が不完全なのでは──と疑ったけど、そうじゃないのはさっきの女性剣士さんで証明されている。


「何か心当たりなどはありますか、ヒューゴさん?」

「うーん……」


 リアにそう言われ、僕は考える。病気、疲労、呪い以外であんな風に苦しんで寝込む原因、だよね……。そんなの、あるのだろうか? どう考えてもそのどれかにしか思えない。


「うぅーん……」


 首を捻り、何か別の理由があるかと脳内検索をしてみる。……が、僕の小さな脳味噌では検索結果など出てくる訳がない。ああ、こんな時にパソコンやケータイなんかがあれば便利なのに。僕の居た世界である現代最強の情報源、ネットの海。そこで探してみれば真贋問わずありとあらゆる情報が手に入った。それが今、とても欲しくなるなんて……。

 ……ん? 現代……?


「メンタル……あ、いや、精神が疲れてる、とか?」


 現代という言葉でそれが頭に引っ掛かる。人は落ち込むだけで体調を崩す事もあるらしい。特に心が弱い人はそれが顕著に現れて、時には原因不明の症状が出てくるとかなんとか。

 確か、現代の新しい病であり、非常にデリケートな問題でもあるそうだ。……けれど、これはどうなんだろうか?


「え、と……あの社長さんがですか……?」

「だよねぇ……」


 リアがそう言うのも無理はない。だって、社長さんはベネットさんやオースティンさんに睨まれても意にも介さないような人だ。そんな人が豆腐メンタルなんて事があるだろうか? ……いや、ない。それはない。確証は無いけど容易に想像がつく。あの人ならばハーメラ王国の王様相手だって足を組んで話したとしてもなんら不思議に思わない。


「……やっぱり、分かんないや」

「私もです……」


 その時に僕は、いつもは着替えを置いている台の上に置かれている銀色の丸い物が目に入った。

 銀貨である。それも十枚。実はローゼリアさんから謝礼として頂いた物である。初めは断ったのだが、それでも受け取って下さいと言われてしまったので不本意ながらも持って帰った。現にあの女性剣士さんも治して貰ったお礼として仲間である男の魔術師さんと一緒にいくつかの銀貨をお布施としてアーテル教に納めてくれている。

 ……だが、女性剣士さん達とローゼリアさんとでは状況が違う。女性剣士さん達は治ったお礼に渡してきたのだが、ローゼリアさんは治っていないけど渡してきている。その差は天と地ほどの間がある、と僕とリアは思っている。

 なのでその貰った銀貨十枚はオースティンさんに話してアーテル教に納めようとしたのだけれど、なんとオースティンさんは僕達にそれを五枚ずつに分けて手渡してきたのだ。なんでも『それはアーテル教と関係なく、お二人の好意で行動した結果の物です。お二人が持っておくのが良いでしょうな』とか言われてしまった。

 扱いに困ってしまったので、一応あの場所に置いてはいるんだけど……本当にどうしてしまおうか、アレ。


「……あの銀貨、どうしよっか」

「あれは……そうですね……悩んでしまいますね。お返しする訳にもいきませんし……」

「かと言って、何に使ったものか……」


 正直に言って、僕達にとってお金という物に縁がない。お布施や謝礼の管理はオースティンさん達がやっているし、僕達はそもそも物を買うという機会がほとんど無い。今回、リアの休みでオースティンさんからお金を頂いたのも、お昼ごはんとお見舞いのお金として使ったものだ。余ったお金は返しているし、そもそも別の事に使おうにもどう使ったら良いのか僕達は全く分からないのだ。元の世界だったら漫画とかゲームに使うって手もあるんだろうけど、生憎と本に関しては僕の部屋に大量にあるので困っていない。もう一つの趣味であるゲームなんてこの世界に存在していない。本当にお金を使う機会が無いのだ。


「……とりあえず、貯金って形で持っておくのが良いのかな」

「そうしましょう。いつか必要になる時が訪れるはずです」


 なので、この形で収まった。まさか良い意味でお金と無縁な生活を送るとは、前の世界じゃ思いもしなかったなぁ……。それを実感したのも今なんだけど。


(──両親が見たら、なんて思うのかな)


 ふと、そんな事を思う。家のローンとか税金とか保険料とか色々と話していて、お金には頭を悩ませているようではあった。

 そんな両親が、お金を使う必要が無くなる生活をしたらどうなるのか。……………………想像も出来ないや。僕は僕の両親をあまりにも知らなさ過ぎる。そして、両親も僕の事をあまり知らないだろう。


「ヒューゴさん」

「うん?」


 リアが僕を呼ぶ。何か別の話題でも振ってくるのかな、なんて思った。


「膝枕、替わりましょう?」

「…………うん?」


 なぜ? それが最初に思った事。しかし、そんな不思議な事を言い出した本人は優しく笑いながら身体を起こす。そして僕と同じようにお姉さん座りをすると、どうぞ、って声を掛けてきた。

 いつもならば夕食の時間になるまで膝枕を堪能するリアなのだが、今日は一体どうしたのだろうか?


「お辛い事があっても、膝枕で飛んでいってくれますよ」

「……まあ、リアが良いのなら」


 いまいち要領を得ない事を言うなぁ……。

 そんな事を思いながら、僕はリアに言われるがまま彼女の脚へ頭を下ろした。……変な気分になりそうなくらい柔らかい感触が返ってくる。おまけに、普段は意識しないようにしている胸の控えめな膨らみだって嫌でも見えてしまう。自分だって同じ身体をしているはずなのに、どうしてこうもドキドキしてしまうのか。


「如何ですか?」


 そう言って僕の顔を覗き込むリア。彼女の空色の瞳へ視線を向けると、そこには愛おしい者を見詰める優しい目をしたリアが映った。

 言葉が詰まる。心臓が高鳴る。視線は固定でもされたかのように動かせない。

 この時、僕は思った。本当、僕はリアに勝てそうにないや、と。

 ドストライクな見た目という効果は否定できない。けれど、それ以上に彼女の優しさや温もりが僕の心を掴んで離さない。もしリアが聖女ではなく普通の町娘であったのならば、多くの男性がアプローチを掛けてきているであろう。


「……なんか、嬉しいって気持ちと恥ずかしいって気持ちが混ざり合って変な気分」

「恥ずかしい、ですか?」


 彼女が小さく首を傾げる。細くてサラサラの髪をふわりと動かせ、二度ほど瞬きをしていた。


「……膝枕、まともにして貰ったのって初めてだし」


 この世界に来て初めてリアと会った時にも膝枕をして貰っていたけど、あれはまた別だろう。意識の無い僕を地面に放っぽり出しておく訳にはいかなかったから救護的に脚を貸してくれたのであって、こんなに風に心を許して膝枕をされたのは初めてだ。

 ちょっとだけ不安になったので思い返してみたけど、やっぱり僕がちゃんとした膝枕をされるのはこれが初めてだ。うん、間違いない。


「では、ゆっくりと堪能して下さい」


 そう言ったリアは僕の頭を撫でてくる。ほわほわとした未知の感覚が全身を巡りに巡る。撫でる度に僕の髪がサラリサラリと耳をくすぐってきて、それがとてつもなく心地良い。

 なんだろう、この気持ちは……。嬉しいとは違う。楽しいとも違う。満足……に近い。空いてしまった心の隙間を満たしていくこの感覚は、なんだろうか。

 生まれて初めての感覚なのに、怖いともなんとも思わない。むしろ、身を委ねてしまっている。腕どころか全身の力が抜け、呼吸が深く遅くなっていく。言うなれば寝る前の状態と似ている。

 息を吐く度に思考は抜け落ちていき、意識はリアの空色の瞳と頭を撫でてくれている感触だけ受け取るようになっていく。



 幸せ──?



 ふと、そんな言葉が頭に浮かぶ。そして、その言葉に僕は納得した。幸せとは、こんな状態の事を指すんだな……。


「お気に召されたようで何よりです」


 リアが嬉しそうな顔でそう言う。その一言で僕は思う。──ああ、きっと僕もリアも同じなのだろう、と。

 僕がリアを膝枕している時、彼女はいつも幸せそうな顔をしていた。その顔を今、僕がしているのだろう。そして今の彼女の表情こそ、僕がリアを膝枕している時の表情なのだろう。


「……ぅん」


 甘えたような声が出てしまった。内心ちょっとだけ驚いたけど、そんな事がどうでも良くなるくらい今の状態が幸せで、もっともっと堪能していたかった。

 そして僕はクラーラさんが夕食を伝えに来るまで、たっぷりとその至福の時間を過ごした。起きた時に腕を伸ばすと、まるで朝起きた時のようなスッキリとした頭となっていたので驚きだ。膝枕って凄い。リアがあんなにも気に入る理由をこの身で知ってしまった。これは癖になる。

 夕食を終え、湯浴みもして、そしてやってくる一日の最後。僕はリアの部屋へと足を運ぶ。ノックをすればリアが出迎えてくれて、僕は彼女に招かれながら入った。

 寝台の上で僕達は座り、部屋の明かりが暗くなってくるまで何気ない話をしてから寝る。いつもの様子だけど、今日はちょっとだけ違った。


「ヒューゴさん。寝てしまう前にお話ししたい事があります!」

「話したい事?」


 リアがそんな事を言ってきたからだ。いつもは雑談って形で他愛もない話ばかりしているだけだけなので、こうやって改めて話したい事があるというのは珍しい。一体なんだろう?

 彼女は真剣な顔付きだ。……これは、何かあったのかもしれない。僕も姿勢を正し、彼女と真正面に向き合った。


「恋のお話を、したいのです!」

「……うん? え?」


 あまりにも予想外な内容に拍子抜けする。リアは言う。恋バナがしたい、と。

 意味は理解できたんだけど、どうしてそうなったのかが全く分からない……。それが伝わったのか、リアは慌てた様子で補足をしてくれた。


「お、お昼にヒューゴさんが『叶わない恋』の事を仰っていましたので、他にどのような恋があるのかと気になってしまいまして……」

「ああ、なるほど」


 なんだ。リアもやっぱり年相応の事が気になるんだ。恋愛の話に興味を持つなんて、やっぱり女の子なんだなぁ。……まあ、僕の叶わない恋の事を思い出させる形になってしまうんだけど。


「そうすれば……『叶わない恋』も『叶う恋』になるのかな、と……」

「う……」


 が、まさかこう言われるとは思っていなかった。叶わない恋が叶う恋になる……。なんてトキメキを感じる言葉だろう。それは是非とも、いくらでも話したくなってしまうじゃないか。

 ……ただし、ある一つの問題がある。


「良いけど……僕は今まで恋愛をした事が無いから詳しくないよ?」


 それは、僕自身に経験値が全く無いという事である。

 今まで誰かと恋仲になりたいって思った事なんて無かったし、逆に僕とそういう関係になりたいって思ってくれた人も居ない。いわゆる灰色の青春ってやつを僕は送ってきた。そんな僕に恋愛の話なんて出来る訳もなく、出来る話と言っても本当に恋愛なのかどうなのか分からない内容のものばかりだ。


「それでも、です!」


 しかしリアは引かない。グイグイと可能性を追い求めてきた。それはありがたい事ではあるんだけど……うーん。本当に僕なんかの話が参考になるのだろうか……。

 ……まあ、やるだけやってみよう。


「……分かった。じゃあ、まずはリアの知ってる恋の話ってどんなの?」


 最初にリアの知っている話を聞いてみる事にした。僕なんかがいきなり『恋バナをしよう』なんて言われても、何を切り出せば良いのか分からないってのもある。そこでリアから話を広げられないかと思った訳だ。


「ええと……そうですね……………………十歳くらいのある少年と少女のお話、でしょうか」

「どんな話?」

「以前、大聖堂の広場で皆さんと交流をしている時、とても仲の良い男の子と女の子を見掛けたのです。肩を寄り添わせ、一緒に干し肉を召し上がっていました」


 相槌を打ちながら僕はリアの話を聞く。肩を寄せて一緒にご飯を食べているだなんて、中々良い雰囲気じゃないか。


「あまりにも仲が良かったので、つい話し掛けてしまったのです。すると、男の子は肉屋の息子さんらしく、女の子は牧場の娘さんのようでした。どうやら男の子の家は肉屋としてそれなりに大きいらしく、五歳の頃からお二人は許婚となったようです。男の子は元気な女の子の姿が好きらしく、女の子もまた男の子の料理上手な所を好かれたようでした。なんと、お肉は女の子の牧場の物で、それを調理したのが男の子というお話です!」

「上手くいきそうな二人だね」

「はいっ! 将来、結婚する時は三女神様も祝福して下さるでしょう」


 リアの話を聞いた僕は、凄いなぁ、なんて事を思っていた。

 五歳の頃に許婚となったって事は、きっとなんか政略的な結婚なのだろう。牧場で育てた家畜を肉として売るという構図が身内で出来上がるし、その肉屋も話を聞く限りでは自前で調理しているようなので牧場側も食べる物に困らなくなる。お互いにメリットのある話だ。政略結婚と言えば良い印象は無いけれど、その二人はお互いを好きになれているのだから恋愛結婚にもなるだろう。ある意味で理想の結婚となるかもしれない。


「ちょっと羨ましいかも。僕の居た世界じゃ、あんまりそういう話は聞かなかったし」

「そうなのですか? 政略結婚が多かった……とかですか?」

「いや、基本的に僕の居た世界は恋愛結婚だったよ」


 たぶん。僕の知っている限りでは。


「恋愛結婚がほとんどだなんて、とても良いではありませんか!」

「ただ……恋愛結婚とは言っても、リアの想像しているものとはちょっと違うと思う」


 そう言ったらリアは首を傾げてしまった。そう、ちょっと違うんだ。


「こっちの世界で恋愛結婚って言ったら、本当に末永くやっていけるものがほとんどだと思う」

「勿論そうだとは思います。利益や支援を得る為の結婚ではなく、当人同士が愛を育んだ結果の結婚ですから」

「そこはほとんど同じだと思う。ただ……ちょっと説明しにくいんだけど、途中でその愛が無くなっちゃう事だってよく聞く話だったんだ」


 リアが困ったような顔をする。よく分からない、といった感じだ。

 それも仕方が無いだろう。これは僕だっていまいち分からない事でもある。だけど、結婚という意味合いはこっちの世界よりも希薄だとは思う。親が離婚をしている生徒っていうのは一クラスに何人かは居たし。なんて言えば良いんだろう……。結婚がどういうものなのか、というのがこっちの世界と比べてかなりいい加減な考え方になっている? とかなのかな……?


「──っと、結婚の話じゃなかった。恋愛の話だったよね」

「はっ……! 確かにそうでした……」


 危ない危ない。危うく脱線してしまう所だった。話を戻さなきゃ。


「小さい頃から付き合いのある人と恋愛をするって、夢のある話だと思う。お互いの良い所も悪い所も分かってるし、もし恋愛が出来たら長く続きそう」


 問題は、距離が近過ぎて恋愛にならなくなってしまうって所だけど。


「良い所と悪い所……ですか?」

「うん。やっぱり、恋愛って長く続ける為には相手を理解する所が必要だと思うし」


 それを言って自分が思う。あ、だから結婚をする前にデートを繰り返して相手との相性を確かめるんだ──って。

 ……すっごい普通の事のはずなのに、なんで新発見って感じになったんだろう、僕。やっぱり恋愛経験値が不足しているようだ。


「相手を理解……理解……」


 何やらリアが考え出した。軽く握った手を胸に当てて、何かを見出そうとしている。

 その様子を僕は見守る。そんな状態を、たぶん二分くらいしていたと思う。ふとリアが顔を上げてこう言った。


「……理解をしていなかったら、長くは続かないのでしょうか」

「たぶん。相手の言動を理解できなかったら愛情が冷めたりする事もあるだろうし、何よりも喧嘩になっちゃうしね」


 そこでまたリアは考え込む。しかも、今度は悩みながら。

 どうしたの? と声を掛けてみるも、リアは言葉を探しているようだった。


「……私達も、お互いの理解を深めた方が良いのでしょうか?」

「僕はしたいなって思ってるけど……」


 むしろ僕は他人を理解するのならば好きな人が良いし。

 が、ここでリアは突拍子も無い事を言ってきた。


「でしたら、今度ご一緒に湯浴みをしませんか?」

「待って。どうしてそうなったの?」


 ちょっと食い気味に僕は話を切る。流石にどうしてその考えに至ったのかが僕には分からないよ、リア……。


「以前、信徒の方が『湯浴みで裸の付き合いをすれば普段は言い辛い事も自然と口に出る』と仰っていましたので、そうすれば理解を深めやすいかと思ったのですが……」

「確かにそうだとは思うけど……流石にそれは……」


 ダメでした? と聞かれたので、ダメです、と答えた。リアは困ったような顔をしていたが、困っているのは僕である。好きな人から『一緒にお風呂に入ろう』って言われて喜ばない人は居ないと思う。だけど……単純に僕には刺激が強過ぎる。ヘタレって自分でも思うけど、やっぱり僕にとっては高過ぎて潜れってレベルのハードルなのだ……。


「では、ヒューゴさんが良いと思って下さいましたらお誘い下さい」

「……善処します」


 前にもこんな風にリアの天然な要求を断った事があるけど、彼女は一歩成長したようだ。僕はそんな風に言われても頑なに断れるような硬い人間ではないというのが分かってきているのかな……?


「はいっ。いつでもお待ちしています」


 リアはとても満面の笑顔でそう言う。凄く期待されてしまっている……。やっぱりしっかりと断っておくべきだっただろうか……。

 と、そこで僕達は部屋の明かりが薄暗くなっている事に気付く。もう寝なければいけない時間だ。お話しの時間は終わりを迎え、僕達は布団の中へと潜り込む。


「ヒューゴさん」


 その布団の中、すぐ近くに居るリアが僕を呼ぶ。そして彼女はゆっくりと、まるで怖がらせないように僕の手の指に彼女は指を絡ませてきた。

 久し振りにされたこれに、僕の心臓は高鳴る。……やっぱりズルいや、リアは。

 そんな天然な誘惑をしてくるリアは、薄暗い中でもハッキリと分かるくらい幸せそうな顔をしていた。


「おやすみなさいませ……」

「……おやすみ、リア」


 おやすみの挨拶を交わし、僕達は目を閉じる。

 ──今日は本当に色々な事があった。リアと外で買い物をしたり、ナリシャさんの家で褐色のお兄さんと一悶着があったり、社長さんの所では役に立てなかったのに銀貨を頂いたり……リアと一層、仲を深められたりした。

 充実した日というのはこういう事を指すのだろう。本当、以前の僕では考えられもしなかった生活だ。


(ありがとうございます……)


 そんな生活を与えてくれるリアに、皆に、僕は感謝をする。本当に幸せな日々が続いていた。



 ──しかし、幸せというものは長く続いてくれない。特別だからこそ幸せなのだ。

 それを思い知らされる事が起きるのは、あまりにも唐突だった──




……………………

…………

……

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