表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
クロス・レール  作者: 月雨刹那
プロローグ
3/41

プロローグ2 見える狂気、見えない狂気

 ――直感。物心が付いた時から自然と共に生きてきた儂は、この直感を頼りにしてきた。

 雨降る山や、一見なんの変哲も無い場所、霧で先の見えない森……そんな場所では特にこの直感に助けられた。

 それがあるおかげで生き延びる事が出来た。この小さな村の長になる事も出来た。


「――と、言う訳だ。十日後にまた来るから、それまでにありったけの金と食料に馬、あと若い女を集めておきな。その程度じゃあ足りねえからよぉ」


 その直感が告げている。こいつはヤバイ、と。

 一見すると荒くれ盗賊団の頭だが、元は相当な腕の持ち主だった事が分かる。恐らくは何かの問題を起こして追放された国の兵士か騎士かだろう。

 刃物に反射した光のような怪しい目、正中線を崩さない立ち方、絞られた筋肉……この男だけで、この村の男衆は為す術無く殺されるやもしれない。

 少し後ろで冷や汗を垂らしている息子と娘もそれが分かるのか、有象無象の賊共を差し置いてこの男から視線を外さないでいる。


「……もし、用意できなかった場合はどうなる」


 その言葉を言い終わるや否や、男は儂の隣に立っていた。

 咄嗟に抜いた剣は弾き飛ばされ、遠くで虚しく地面を叩く金属音が耳に入る。その次に娘の悲鳴。息子の声は聴こえなかった。その代わり、何かが倒れる耳障りな音が耳から頭へ突き抜けていった。

 こういう事になる――。子供を諭すように柔らかく、且つドス黒い泥を孕んだ声で、そう言われた……。




…………………………………………。




「……………………」


 息子を手厚く葬った後、男衆を呼び集めて集会を開いた。

 その数は二十五人。だが、どの者も暗い顔をしている。

 当然だ。儂の息子はこの村で一番の剣使いだった。その息子がたった一振り、しかも反撃すら許されずに散ってしまった。あれは戦闘などではなく、狩人と獲物の関係だったとしか言えない程に……。

 その息子が敗れた今、この村であの男率いる盗賊団に対抗できる者は居ないと証明されてしまった。これで誰が明るく振舞えよう。


「……皆に集まって貰ったのは他でもない。これからの事についての話し合いだ」


 とは言っても、この村に残された選択肢は僅か三つしか残っていない。

 一つは相手の要求通りに全てを差し出す事。

 一つは蛮勇にも戦いを挑み皆殺しにされる事。

 一つは命乞いをする事。

 だが、どれにしても賊共は儂等から全てを奪っていくだろう。そもそも、相手の要求通りにした所で命が保障されるとは限らない。奴等の気分次第で殺される事だって充分に有り得る。


「……逃げちまうっていうのは出来ないんですか」

「恐らく敵わん。見張っていると釘を刺された」


 ハッキリ言うとどうしようもない。何を考えても、どう行動したとしても、結局は奪い尽くされるか殺されるかの未来しか残っていないのだ。

 村という単位で考えれば、より多くが助かる見込みのある最初の選択をすべきだろう。だが、それで全員が納得できるのかと言われれば首を縦に振る事など出来ない。

 それから二つ三つと提案は出てきたが、やはり最後は殺される未来しか残っていないという結論で固まってしまった。

 もう、女衆さえ納得するのであれば村を守る為に要求通りにしようかと考えていた時、扉を叩く音が家に響いた。


「誰だ。今は集会だと知っておろう」

「……お爺ちゃん、旅人さんが是非ともその話をしたいって」


 今年で十六となる孫娘の声だった。

 旅人? 旅人が一体何の話をすると?

 場がざわつく。中には帰って貰えと言う者も居た。


「いや、中に入れよう」

「ですが村長! 外の者が賊と繋がっているかもしれないのですよ!」

「今は藁をも掴む気持ちだ。確かに繋がっているやもしれんが、現状を変えるにはこれしかあるまい」


 最もらしく言ったが、実のところ直感が告げていた。これから来る者が、未来を変えてくれると。

 中に入って貰えと言うと、現れたのは見た事の無い服を着た二人だった。男と……恐らく女。男は目が半分死んでいるかのように濁っている。帽子を被っていても少しボサついた髪だと分かる。くたびれた、なんとも形容し難い丈長の群青色の下穿きらしき物とゴツゴツした草色の服に加えて悪くないガタイで、どことなく警戒してしまう雰囲気を持っている。女の方は男よりもほっそりとした丈長の下穿きと袖長の服を着込んでおり、そのどちらもが黒い。髪を後ろの高い位置で結わえ、紅い枠に硝子を嵌め込んだ物を眼前に掛けている。

 どちらも一言で言えば『怪しい』であった。異国の者であるというのは分かるが、ならば荷物はどうしたのかや、どうやってこの村まで辿り着いたのかや、そもそもなぜ見ず知らずの村の問題に首を突っ込もうとしているのかと不審な点しかない。


「まず、この村及び話し合いの場へ入れて下さり、ありがとうございます」


 深くはないが、頭を下げる女。……声で女ではあると分かったが、姿は本当に男か女か分かり辛い。声さえ聴かなければ女顔の男と言われても男顔の女と言われても通用してしまう。

 なお、男も一応ではあるが揺らす程度に頭を下げた。……礼儀があるのか無いのか分からん。

 女が儂に顔を向けると、話を切り出してきた。


「村長さん、話は貴方のお孫さんからお聞きしました。単刀直入に言います。息子さんの仇を討ち、盗賊から村を守りたくありませんか?」


 その言葉に、この場は驚きを隠せなかった。男の方はともかく、この女に何が出来るというのか。口に出さずとも誰もがそう思っていると分かった。


「それは……本気で言ってんのか?」


 若い衆の一人が言う。その言葉に対して、女は自信を持った笑みで頷いた。

 どうやって? と口にしようとしたが、先に女が答える。


「真っ直ぐ正面からの迎撃。それで全て事足ります」


 耳を疑った。正面からの迎撃? それで全て事足りる? 何を馬鹿な事を言っているんだこやつは。村一番だった儂の息子でさえ戦いにすらならなかったというのに、なぜそう言い切れる。


「おいおいおい! お前は知らないだろうが、あの盗賊の頭には誰一人として勝てねえんだぞ!?」

「ええ、知っています。その上で勝てると判断しました」


 声を荒げる若い衆の言葉を、この女が静かに黙らせた。

 怒声を浴びせられても興味無さげに視線を動かすだけで堂々と言い切った女に、この場は息を呑んだ。

 この女、細い見た目だが肝が据わっている。加えてどことなく人を信用させる雰囲気も持っている。その姿に、胸の内で希望が芽生え始めた。


「……どうやって、勝てると?」

「簡単に言うならば、私達の持っている技術とそちらの魔術。この二つを組み合わせて強力な武器を作れば倒せます」


 ただし、と女は続ける。


「盗賊を倒す上で契約したい事があります。その条件が呑めるのでしたら、私達は協力を惜しみません」

「その条件とは?」

「一つ目ですが、これは皆さんの協力があってこその成功です。なので、盗賊を倒すまでの間は私達に協力、及び指示に従って頂きたい」


 つまり、協力しなければ死しか残らないという訳か。


「分かった。全面的に協力しよう」

「ありがとうございます。次に二つ目。今回の迎撃作戦で使用する武器の情報は、作戦終了後に必ず破棄――いえ、全て無かった事にして下さい。言い伝えるのも、村の中で話すのも、同じ物や似た物を作る事も全てです」


 この要求には少し困った。もし本当に賊を倒せるのであれば、今後の為にもその武器は残しておきたいからだ。


「……どうしても無かった事にしなければならないのか?」

「もし呑めないのであれば、私達はこの村から去るだけです。事が済んだ後、用心棒は雇えないのですか?」

「…………分かった。武器の事は必ず漏らさないようにしよう」


 むしろ、今までなんとかなっていたから用心棒を雇うという発想が無かった。これは逆にありがたいかもしれん。


「最後に、成功した暁には報酬として多少のお金と数日分の食料や水、そして近くのギルドのある街へ連れて行って下さい」

「ギルド……? なんだそれは」

「所謂、仕事を斡旋してくれる場所です」


 どうやら商工会の事を言っているらしい。食料や水も、数日分ならばいくらでも捻出できる。


「ああ、良いだろう」

「以上です。どうですか?」


 ……以上? それっぽっちで良いと?

 女は確かに『以上』と言った。つまり、今ので条件は終わりという意味に他ならない。村一つを救うにしては少な過ぎる対価だ。

 男の方を見るもあまり感心が無いらしく、だんまりを貫いている。男衆はただただ女の話を聞いているだけで何も感じていないようだ。

 ……罠だろうか? それとも、異国との常識が違うだけだろうか?

 ともかく、村を救える上に息子の仇が取れるのであればそれに越した事はない。それならば、決まりだ。


「……儂は、この二人に村の未来を託そうと考えている。儂の直感が告げておる。この二人は、儂等の村を救う為に来たのだと」


 一呼吸だけ置き、この場に居る全員に目を配らせる。未だ信用しきっていない者がほとんどだが、儂の決定に異を唱える者は居ないようだ。


「儂等を獲物と見ており、仲間を殺した賊とその配下を、お前達は許せるか? 食い物を奪い、少ない金も根こそぎ持っていき、女房や娘を犯して売り払おうとするのを見過ごせるか? そんな事、絶対にさせん! 奴らが儂等を獲物と見ているのならば、獲物なりに噛み付いて足掻いてみせようぞ!」


 儂の言葉に、おう! と村の者達は呼応をした。さあ、反撃の開始だ!

 各々が立ち上がり、顔を見合わせて頷く。意思確認と絆を確かめているのだろう。それはものの数秒で終わり、次第に男と女へ視線が移っていく。

 男は目を合わせようとしなかったが、女の方は儂等と同じく頷いてきた。それと同時に、女は立ち上がる。


「では、早速始めましょう。時間は有限です。……隊列と足並み合わせ、構え方も頼んだよ。細かい所は任せた」


 未だに座っている男へ向かい、女は砕けた口調で指示を出す。すると、男は少し気だるそうにしながらも立ち上がった。


「んじゃ、まずは全員外に出よっか。訓練で手を抜いたら死ぬと思って。どうぞ」


 ぶっきらぼうにそう言う男。言葉はそれだけで、そのままさっさと外へ出て行ってしまった。

 ……本当に大丈夫なのだろうか。少し心配になってきた。


「大丈夫ですよ。私の信頼している人ですから」


 ニコリと笑顔を向ける女。……なぜか儂は、この女の笑顔に違和感があった。

 だが、それを感じたのは儂だけだったらしく、他の者は全員外へ出て男へとついて行った。

 女も外へ出ると、孫娘が女を待っていたらしく一礼をしていた。何か用事でもあるのだろうか?


「お父さんの仇、取らせてくれるんだよね」


 薄暗い表情を浮かべている孫娘が、復讐で淀んだ目を向けて女に問う。

 ……こんな暗い顔をした孫娘は初めて見た。心が痛むな……。


「うん。でも、君がその盗賊の頭を殺すとは限らないから、そこだけは憶えててね?」


 優しく諭すように答える女。……この女の言葉に、またもや違和感があった。一体、この違和感はなんだろうか。

 孫娘は素直にコクリと頷く。それを見た女は、これまた優しい笑みで孫娘の頭を撫でていた。


「ハイちゅうもおおおおおく!!」


 その時、村の中央では男が男衆へ何かを始めだしだ。

 さっきまでの気だるそうな雰囲気はどこへやら、今は気分と声を高らかにしている。


「さっきも言ったけど、訓練と思って舐めて掛かるとこの村共々チミ達は仲良くバッファローの下痢以下の存在になるんでよろしくぅ!!」


 ……………………。


「まず点呼ォ!! いや待てちげぇ。点呼の前に整列だわ。横に一列に並べぇ!! ダラダラすんな早くしろ!!」

「……なんで並ぶだけでそんな急がないといけないんだよ」

「あ? おまえ生きるか死ぬかの戦場でも同じ事言えんの? 良いか? 戦場でキッチリ素早く団体行動するんだったら訓練から本気でやんないと出来ねーの。普段から家でケツ掻いてゴロゴロしかしてない引き篭もりの奴がいきなり騎士様になれる訳ねーだろ。そこらのガキにすら喧嘩で負けて半ベソになるわ」

「いや……そうだろうけど……」

「それと同じだからさっさと動けぇぃ!! 今から三秒で横に並べ!! 良いか!? 三秒でやれ! 三秒になったら手ぇ鳴らすからソレで死ぬと思え!! はいイィイイチ!!」


 パァン――! イチを言い終わる瞬間、男は手を鳴らした。


「ニとサンはぁああああああ!!?」

「男はな、イチさえあれば生きていけるんだよ」

「ふっざけんな!! 真面目にやれ!」

「教官の交代を要求する!!」

「あっちのねーちゃんの方が良い!!」

「馬鹿共めぇぇええ!! あいつの見てくれと声にまんまと騙されたな!? あいつ男だよバーカ!! お前らと同じで生まれた時から股間にきったねぇ欲棒が付いてんだよ!!」


 一瞬、理解が出来なくて女(男?)を見る。孫娘も信じられないというような目を向けていた。


「……私はどっちで思われても気にしないので、好きな方で考えて下さい」


 苦笑いを浮かべる女(男)だが、その声はやはり女そのものである。到底、男のそれではない。二十歳にはなっているであろう見た目でこんな声を出せる男が居るものなのか……。

 『世界は広い』

 儂は五十七の歳になって改めて世界の広さを実感した。

 だが、やはりどう考えても声のせいで女にしか見えないので女と思う事にした。




…………………………………………。




 男の汚い言葉が飛び交う訓練を置いておき、女衆の集まる場所へ女と共にやってきた。

 泥臭い戦いに女は使えぬと思っているのだが、この女には何か考えでもあるのだろうか? ここへ来る際に村の警報用の鉄筒を根こそぎ持ってきたが……。

 まず、身近の一人に『鉄筒の穴にギリギリ入る、割れ難い素材の石の弾を作って下さい』と言っていた。わざわざ形も指定しており、底が平らで円柱系。ただし先端は丸くなるようにと筆で小さな木板に描いていた。あんなもの、何に使うというのだろうか……。いや、そもそも玉の形をしていないのだが。


「大き目の板と筆、あとノミを貸して下さい」


 そう言ってきたので、近くにあった家の補修用の板を女に渡す。すると、女は木板の端に鉄筒を置くと線を引き始めた。

 板に置いた鉄筒の下と後ろへ伸びるようにグニャグニャ曲がっておる線を引いたと思ったら、今度は縦にして鉄筒の下へ二回りは大きい楕円を描く。そして線を引き終わったのか板を持って何かを確認し、引いた線の所々を膨らませたりした。

 何度かそれをやると、次に不要な線らしき部分をノミで削り消している。……何をしておるのか全く分からん。


「出来ました。設計図です」


 正直に言おう。何の設計図か見当すら付かん。


「初めは私も一緒に作ります。この時点では何も難しい事はありませんのでご安心して下さい」


 つまり、後は難しいという事か。そう聞くと、女は真面目な顔で肯定した。


「この設計図を基に、ある部品を作ります。数はその鉄筒が曲がっていない真っ直ぐの数と同じ量です」


 パッと見て大体だが十本くらいだろうか。しかし……なぜ鉄筒がそこで関わってくるのだ?

 何も分からないままだったが、何か考えがあるのだろう。そういう事で飲み込み、女が別の木板を削って部品とやらを完成させていくのを見ていった。

 どことなく不器用にも見えたが単に扱い慣れていないだけだったらしく、次第に削る速さが上がっていってく。

 もうすぐ昼飯時に差し掛かった頃、それは完成した。……やはり見ただけでは何も分からない。先が細くて根元が幅広の鈍器のような物だ。上の部分は鉄筒を載せるかのような窪みがある。まさかとは思うが、これで殴るなどとは言わないだろうな……?

 女衆も見た事も聞いた事も無いらしく、ただただ首を傾げていた。

 女はそれをおもむろに水平にして幅広の方の底面を身体に対して垂直に左肩へ当てる。そして中ごろにある細く出っ張った部分を人差し指で掛けて何かを確認していた。

 その後で鉄筒の穴が開いている方を先へ向けて上に乗せる。これを細縄でキツく縛り上げると、もう一度さっきの構えで確認した。

 やはり何をしておるのか全く分からん。顔は真剣そのものなので誰もが静かに見守っているが、そろそろ何か教えて欲しいものだ。


「これで半分完成です。後は……どなたが魔術に長けていますか?」

「私です」


 女衆の中から一人が名乗り上げる。それは殺された息子の妻だった。この村で一番かどうかは分からないが、幅広く知っているのは確かだ。……それと、最愛の夫を失った事から孫娘と同じく復讐したいのかもしれん。

 ……やはり、儂は心が痛んだ。


「私がさっきから指を掛けていたココから、この鉄筒の底面へ誰でも魔力を流せるような仕掛けを施せますか? あと、その魔力の流れを感知して、鉄筒の中で誰がやっても同じ規模の小さな爆発が起きるような仕掛けも作って欲しいんです」


 聞いている限りでは相当回りくどい事をしているように聞こえた。そんな事をせずとも、直接筒の中で爆発させたら良いのではないだろうか。

 そう問うてみると、これでなければならない、と返ってきた。どうやら承知の上らしい。

 義娘は木の部品に術式を描き込んでいき、それを鉄筒の底まで伸ばす。そして、そこらに散らばった木屑から適当な物を拾い小さな爆発の起きる魔術陣を描いた。魔術陣には魔力を込めて、何かしらの魔力の流れにより起動する仕組みにしている。それを鉄筒の中に入れると、出来ましたと義娘は言った。


「中でと言ってましたので、これしか方法が思い浮かびませんでしたが……大丈夫ですか?」

「大丈夫どころか理想的です。この爆発する魔法陣を描いた木片を大量に作って貰って良いですか? 出来るだけ厚みの無い物が好ましいです」

「まほうじん……? 魔術陣の事ですか?」

「失礼。言語化にズレが出ました。魔術陣の事です」

「は、はあ……。大量……となると、どれくらいで?」

「最低で百です。二百あると充分な量でしょう」

「ひゃ……く……」


 義娘の顔が引きつった。それもそうだ。そんなに作ろうとしても先に魔力が尽きるのは火を見るより明らかだ。

 だが女はそれを見て察したのか、少し補足してきた。


「一日で作る必要はありませんし、貴女一人で作る必要もありません。ただ同じ規模で確実に爆発が起きる物を用意して欲しいんです」


 さらりと難しい事を言う。同じ規模の爆発で確実に、となると丁寧に陣を描かなければならない。そうなると当然時間も魔力も掛かる。どれくらい時間が掛かるか分からんぞ。


「確か盗賊がやってくるのは十日後でしたね。なので、その三日前くらいには全ての準備を整えておきたい。期間は七日です。やれますか?」


 七日……と義娘が口元を押さえて考える。一日でどれくらいのペースで作れるのか計算しているのだろう。


「旅人さん、出来たよ」


 と、そこで石玉を作っていた者が帰ってきた。持ってきたものは親指一本の長さも無いくらいの大きさの物。太さも鉄筒にギリギリ入るくらいであろう。だが初めにも思ったが、やはりどう見ても玉ではない。

 女は一言だけ礼を言うと、早速さっきの良く分からん武器に石を入れ、長い棒で奥まで押し込む。それを持って外へ出ると、今度は子供達が遊びで使う的場へ向かった。

 そして武器を構え、鉄筒の先に的を見据える。

 ……………………が、それだけ。特にそこから何もしない。いや、もしかしたら術式が不完全だったのか?

 義娘は勿論、他の者も何があったのかと小さな声で話し合っている。

 その約一分後、女は苦虫を噛み潰した顔になった。


「村長さん、私の代わりにお願いします」


 なぜ儂が……? そう思ったが、とりあえず代わる事にした。

 女から合図を出すまでは魔力を流すどころか絶対に出っ張りへ指を掛けてはいけないと言われつつ構え方を教えられる。

 利き腕とは逆の手で武器の重心より少し先を持ち、利き手は出っ張りのある付近へ握り、武器の底を肩へしっかりと当て脇を締める。片膝を地へ落とし背は前傾にして鉄筒の先に的が来るよう狙いを定める。身体の向きを真正面にしていたら斜めにするようにと言われ、その通りにするととても持ちやすくなった。ここでやっと指を出っ張りに掛ける事を許される。

 衝撃が来るので心構えだけはしておくようにと言われ、気を張っておいた。


「撃て」


 合図の言葉が女の口から放たれる。その言葉と共に指先から魔力を流すと、義娘の仕掛けが作動して、焚き火で太い薪が爆ぜた音を大きくしたような乾いた爆発音と共にとてつもない衝撃が身体を襲った。

 初めての感触と予想以上の衝撃に尻餅をついてしまう。耳も少しキンキンして、目の前が光でパシパシとしている。

 そして、極めつけは的とその向こうにあった岩である。女衆の一人が気付いて驚愕の声をあげたが、その気持ちが良く分かった。

 まず、的の端には記憶に無い穴が空いていた。ただの穴ではなく、丸い物で無理矢理ぶち抜いたような穴だ。その先にあった岩には真っ白な細い筋が一点を中心にして広がっていた。

 一体、何が起こったのか儂には理解できなかった。だが、この穴も岩の白い痕も、この武器が与えた物に違いないだろう。


「な……なんだ、これは……?」


 途端に手に持っている武器が腹を空かせた熊よりも凶悪な物に見えた。使った儂だからこそ分かる。魔術の才能の無い子供でも手軽に扱えるほど微量の魔力で発動する術式。そこから生まれるこの破壊力……。初めの準備に時間は掛かるが、あまりにも強過ぎる代物であった。


「充分ですね。これならば百発も使わないかもしれません」


 未だに尻餅をついている儂へ優しく手を伸ばす女。……やはり違和感がある。この女は何かが噛み合っていない。それが何なのかは分からないが、この女を怒らせると恐ろしい事になるという事だけは理解できた。


「いつまでアッチ向いてんだ猿ぅうッッ!! てめぇらの目ん玉には乳丸出しのお姉たまでも映ってんのか!? 最初からやり直しだ! 足並み揃えて往復十周ぅぅ!!」


 ……だが、だからと言っても向こうの男とは関わりたくない。あれは狂気の塊だ……。

 しかし女も女で大概である。あれだけ時間の掛かった石の玉も同じく百も作れと言ってきた。

 なぜそんなに作る必要があるのかと訊いてみたが、


「十人でこの武器を使うと、たった十回撃つだけで百個の弾と魔術陣が必要だからです」


 こう言われてしまった。そしてその事を考えると、すんなりと納得できてしまった。

 たった十回。確かにたった十回だ。使う者にとって一個使うのは一瞬。ならば一人当たり十個と考えると、百個でも数が少ないように感じた。

 女衆もその考えには同じらしく、たった十回か、などと声が漏れているのが聴こえてきた。

 中には悩んでいる者も居たが、儂が玉と魔術陣の作成を決めると女衆は揃って作業に取り掛かりだした。

 ──その後は叫び声と怒声と穏やかな空気と、感心する料理が入り混じるという、なんとも不思議な日々を送った。

 狂気の男による訓練は日に日に過酷となっていく。初めは点呼と村の端から端まで足並みを揃えて歩くだけだったのだが、最近では腕の振りにすら文句を付けてきておる。だが、時間が経つにつれ男衆の呼吸が揃ってきているというのは傍目から見ても実感できた。散開させても遠目で見るとしっかりと縦横直線で並んでいるのは勿論、誰がどう並んでも点呼は左前から右奥へ流れるように行われる。歩こうが走ろうが隊列が乱れる事もなく、優先的に作った銃──と、狂気の男とどこか怖い女は言っていた──を構えさせても皆同じ体勢で、一種の軍隊のようにさえ見える。

 初めは狂気の男に反発しそうだと思ったが、この男はやる気を出させるのが妙に上手い。失敗をすれば罵倒をするのは当然になっているのだが、男衆の沽券に関わりそうな事を言っているのだ。それで負けん気に火をくべられたのか、男衆は段々と帝国の兵士のように狂気の男を上官扱いしだした。

 どこか怖い女だが、この者は手が空いた時に女衆と共に料理などをしておった。その料理がまた味わい深い物だったり、アッサリとしていて口に運びやすかったりと食欲を密かにくすぐってくる物ばかりだった。特に昨日の夕食に出された猪のスジ肉など絶品だった。猪のスジは硬くて幾度も幾度も噛まなければならないものだと思っていたが、長く煮込む事で食感の良い物へと変わるのだと初めて知った。野菜が大半を占める鍋も出されたが、汁を残させ炊いた麦と一緒に煮込み、半分ほど溶いた卵でゆっくりと混ぜた雑炊は非常に美味だった。当然、狩りや採集などにも腕が鳴った。

 こんなに美味い料理を息子にも食べさせたかったと思うと涙が出そうにもなった。それをこの女は感じ取ったのか、わざと儂に話があると言って外に連れ出して一人にさせてくれた。義娘と孫娘も女と三人で毎日話をしているらしく、ドス黒い憎しみに満ちていた暗い目が徐々に和らいでいくようにも見えた。孫娘に至ってはその女の胸を借りて泣き叫び、優しく宥められておった。

 ……こういうのもなんだが、実に楽しい日々だ。儂らの全く知らない技術に料理、それに一致団結となり笑顔が増える村の者達――。本当にあの盗賊の頭を殺せるとさえ思えた。


「――さて、もしかすると今日か明日辺りに奴らが来るかもしれません」


 そして、とうとう運命の日が近付いてくる。

 今日も美味かった少し早めの昼飯の後、女は全員を集めて真剣な顔でそう言った。


「約束の日まであと三日くらいあるだろ? なんでそろそろなんだ?」


 すっかり仲間と同じ扱いをする村の者達が女の言葉に首を傾げる。初めは女の言葉に耳を傾ける事なく怒声をぶつけたコヤツも、今では理由を聞く程まで心を許していた。それだけ、この二人の旅人を信用できると思っているのだろう。


「皆さんの話によると姿を見せた盗賊団の数は三十人ほど。それが最低人数として考えて、そろそろ食料が尽きてもおかしくありません」

「……そう、なのか?」

「盗賊なんざ他所様からかっぱらうしか生きていけねー無計画の能無しか、クソ雑魚ナメクジから略奪して楽して生きようとしているクズのどっちかしかいねぇよ。そもそも盗賊が約束を反故にするなんざガキに教えるまでもない世の中の真理でそ?」


 狂気の男が尤もな事を言う。この男、言葉遣いは酷いものだが筋の通った事をよく言うから扱いに困る所がある。


「なので、皆さんにお願いがあります。敵が来た場合、何も考えず私の命令に従って下さい」

「えっ。俺じゃなくてお前?」

「お前さんは盾構えてジワジワ轢き殺すか芋スナしかしないからダメ」

「失敬な!! 安全を確保して撃ってるだけです!!」

「あと、お前さんって意外と状況変化に対して頭が追いつかない。訓練とか議論とかの決まった枠組みなら信頼して任せられるけど、実戦になるとお前さんはサポートかソロプレイのどっちかになるから指揮官向きじゃない」

「くそがあああああああああああ!!」


 ……言葉だけを聞けば正論を叩き付ける女とそれに反論できない男にしか見えないが、どことなく二人とも楽しそうである。女などこの男にだけは口調も違う事から仲が良いのは間違いないだろう。……しかし、これは異国の冗談の言い合いだろうか? やはり異国は分からん事が多い。


「つーかなんで俺達は銃使えないんだよ!? わっけわかんねぇよボケ!! 俺にも撃たせろやぁ!!」


 儂にとって一番分からんのはこの男なのだが。

 あれだけ美味かった料理でも初めに『なんだこの味ぃ!? イギリスか!? イギリスならフィッシュアンドチップスくらい出せや!!』『はー……スパム食いてぇ……』と異国の料理か何かを口にしておった。女が『化学調味料最高なのは分かるけど、どう考えてもココにはないでしょ』と、やはり分からない言葉を交えて諭していた。どうやら異国では料理の文化が進んでいるらしい。


「たぶん私達には魔力が無いんだと思う。魔力の使い方を聞いてやってみたけどダメだったし」

「知ってる。だから言ってんの」

「ああ、なるほどね」


 ……何がなるほどなのか。この女は時々、ほとんど何も言っていないのに全てを理解することがあって本当に恐ろしい。口では絶対に勝てないだろう。


「弾などは皆さんがとても頑張って下さったので、必要分以上も用意出来ました。なので今回から私も訓練に顔を出します。訓練の成果、期待していますよ?」

「おう、任せろ!」


 ニッコリと微笑む女に、男衆はやる気満々の返事をする。その姿はまるで、親に良い所を見せようと張り切る子供のようにも見えた。

 じゃあ、と狂気の男は切り出す。


「実弾で訓練するのかね。流石に反動には慣れといた方が良いだろ」

「うん。私もそう思う。だから、今日の訓練の最後は皆に一発ずつ試し撃ちして貰おうかな」

「一発で慣れんの?」

「衝撃の強さを知って貰えたら良いから一発で良いと思う。何発も撃って弾を消費すると盗賊が…………」


 と、そこまで言って女は閉ざした口元に手を当てて考え込んだ。何か気になる事でもあったのか、真剣な顔付きだ。

 考えた時間は僅か十数秒。その沈黙の中、女の表情は徐々に変わっていった。

 笑っていた。それもこの数日で見た事の無い、邪悪さを隠そうともしない不敵な笑み。目を僅かに細め、口の端は相応に歪んでおり、泣き叫ぶ孫娘の頭を聖女のように優しく撫でていた姿はどこにも無い。クスクスと小さく声も漏らしており、儂にとってはこの女が得体の知れないナニカにすら見えた。

 この時、儂は確信した。この女の違和感は『これ』だと。男は自身の狂気を隠そうともせず、むしろ曝け出していた。しかし、この女はその狂気を隠し通していたのだ。性質は違うが、この男と同じかそれ以上の仄暗いそれは、この場を凍り付かせて支配するのに充分だった。


「決めました。今日殺しましょう」


 いつもの笑顔に戻った女。だが、普段ならば聞かないであろう言葉のせいもあり、その笑顔はもはや別物にしか見えない。

 仮面――。顔を隠し、偽りの顔を見せる物……それをこの女は被っているのだ。

 さっきのは恐らくその一端だろう。もし仮面を完全に外したら、一体どんな顔が現れるのだろうか。

 盗み見るように男へ視線を移す。すると、男は楽しそうに鋭い笑みを浮かべていた。不気味にしか感じなかったので、気付かれない内に視界から外しておいた。


「……その前に言わないといけませんね。私は私です。普段、皆さんと話している私も、今さっきの私も、等しく私ですよ」


 空気を察したのか、苦笑いを浮かべながらそう言う女。

 ……要領を得ない答えだった。本当に、さっきの姿も普段の姿も同じくこの女なのだろうか? そうだとしたら余りにも違い過ぎる。

 だが儂はその答えを、きっと一生知る事は出来ない。


「んで、どうすんの?」

「相手を誘い出す」

「誘い出す……?」


 盗賊をか? と問うと、女は首を縦に振った。


「わざわざ期限を付けてきたのですから、相手はこちらを監視しているでしょう。もし逃げ出そうとしたり、どこかへ助けを求めようとしていたら先手を打って叩き潰しに来るはずです。そうしなければ、死ぬのは自分達なのですから」


 その考えは尤もだ。もしも自分が盗賊ならば監視する。事実、この二人には言い忘れていたが盗賊も見張っていると言っていた。狩りや植物の採集に行く時も何者かがこっそり後をつけている事から、それは間違いないだろう。


「では、事前説明を行います」


 今まで以上に真面目な表情で女は言った。いつもは聞いているのか聞いていないのか分からない狂気の男も今回ばかりは女に身体を向けている。

 女が全員の顔を見渡し、皆が真剣だというのを確認すると口を開いた。


「皆さんの訓練を見て、作戦に支障は無いと判断した上で言います。指示に背いたり勝手な行動を取ると、その瞬間にこちらの死が決定します。なので、私達の指示には必ず従って下さい」


 女のその言葉に、男衆どころか女衆も静かに頷いた。あの狂気の男でさえ小さくだが首を縦に揺らしていた。

 それを確認した女は、いつの間に作ったのか村を上から見た図といくつかの小さな駒を広げた。村の外に四角の形をした駒が何十個もあり、村の中には丸い駒と三角の駒の二種類がいくつかあった。


「まず、初めは簡単な作業に取り掛かります。幸いにもこの村は高い柵に囲まれていて、普通ならば一つしかない入り口からしか入れません。その入り口から真っ直ぐ板を並べていきます。そこまで高くなくても構いません。真っ直ぐこっちに移動させられたらそれで充分です」


 村の入り口から中心へ向かって細い棒を道になるように置いていく。それが並べた板という意味だろう。


「次に、私が実戦を想定した訓練をします。今までの復習と考えて下さい。違うのは行動範囲の狭さと、その後に実戦があるという事です。その実戦は全てこの板の手前で行います。先ほども言いましたが、今までと比べて行動範囲が狭いので注意して下さい。肝心の戦闘について話しましょう。この三角の駒が十二個あります。これは銃を持った人と思って下さい。それを村の入り口を正面に四人を一列として三列並べます。丸い駒は剣を持った人達です。万が一の為に待機させておきます。銃を持った人達ですが、一番前の列の人が私の『テーッ』という合図で撃って下さい。その後、一列目は三列目の後ろに、二列目と三列目は一列ずつ前に進んで下さい」


 一列目にある四つの三角の駒を、駒と駒の間を通して後ろにやると、二列目と三列目の駒を前に移動させる。これが銃を撃った後の動きなのだろう。


「撃って後ろに下がったら、銃を上に向けた状態で筒の中に魔術陣を入れてから弾を入れて下さい。逆は絶対に厳禁です。二列目の足元に棒を置いていますので、それを使ってしっかりと弾を押し込んで下さい。押し込み終わったら、必ず棒を元の場所へ戻して下さいね。これを繰り返します」


 三つの列を回転するように移動させていく女に、なるほど、と感心した。こうすれば絶え間無く銃を撃つ事が出来るので隙が少なくなるという事か。


「ここでの注意点ですが、敵を狙わなくて構いません。真っ直ぐ入り口の向こうへ撃つ事だけを意識して下さい。そうすれば当てようと思わなくても勝手に当たってくれます」


 細い串を四本使って撃った後の石の球の動きを何度か見せてくれる。三角の駒から真っ直ぐ枝を引いていき、無造作に散らばった四角の駒のいくつかを掠めるも、途中で必ずどこかの駒に当たっていった。当たった駒は倒したという意味か、図の外へ追いやっていく。それを十回近く繰り返すと、残った四角の駒はたったの三個となっていた。

 だが、一つだけ疑問が残る。これで本当にあの盗賊の頭が殺せるのだろうか?


「ここまでくればもはや勝利と言って良いでしょう。相手がどんなに強くても、目に見えない速さで飛んでくる物に対処など出来ません。敵を狙わなくても良いと言いましたが、それは盗賊の頭を確実に殺す為です。盗賊の手下は後ろで威圧していただけと聞いた事から、この盗賊の頭は確実に先頭に立ってきます。自分が先頭に立つ事で被害を出さず、尚且つ圧倒的な実力差を見せ付ける事で無駄な抵抗を考えさせなかったのでしょうね。例え抵抗しようとしても大体は意見が分かれて混乱するはずですので、それも狙っていたと思います。――その慢心を、私達が撃ち抜きましょう」


 なるほど。確かにあの盗賊の頭ならば間違いなくデカイ顔をして一番前に立っているだろう。そして、どうすれば相手の心が挫けるのも分かっているようだ。実際に儂らも素直に物を用意しようかと悩んだ。仮に抵抗をしようとしても、女の言うように儂を必死に説得しようとする者が出てきてもおかしくない。

 ふと、この女が更に怖くなった。なぜこの女は、そこまで分かるのだろうか。――しかし、これもまた儂が知る事は出来ないだろう。


「集団というものは、頭さえ潰せば残った手下は散り散りとなって逃げるか、立ち竦んで殺されるのを待つか、投降して命乞いをするかのどれかとなります。つまり、あの盗賊の頭たった一人を殺せば私達の勝ちです。――何か質問などはありますか?」


 そう言われると、不思議とそんなに難しい事のようには感じなかった。むしろ、勝てない未来すら考えられないくらいだ。

 だが、一人だけ違った。


「おう、もし殺しそびれたらどうすんだ?」


 この狂気の男である。

 例え気付いても気付いていない振りをするような一抹の不安を、この男はザックリと切り込んできた。


「当たれば動きが鈍るのは必至。確実に当てる為に道を作る。当てさえすれば銃に、音に対して絶大な恐怖を植え付けられる。所詮は盗賊に堕ちた人間だから、肝が据わっている事なんて無いよ」

「俺だったらそんなご丁寧に作られた道は蹴り壊すな。明らかに罠じゃねーか」

「奴らが入ってきた瞬間を狙う。状況の判断なんてさせない。何も分からせない状況で殺す」

「分からん殺しかよ。んじゃ、盗賊のリーダーが一番最初に入ってこない可能性は?」

「無い。村の人たち全員に印象と感じた事を細かく聞いたけど、盗賊のリーダーは典型的な人を信用せず恐怖で抑え付けるタイプの人間。加えて自信過剰な元兵士か元剣士かな。特に格下には強気に出ていて、この村の事を完全に見下している」

「手下を駒扱いして様子を見させる事とかするんじゃねえの?」

「そうするんだったら最初にこの村を襲う時に手下を先に行かせるよ。いきなり本人が一番に入ってきたらしいし、加えてここ最近、村の外から来た人間は一ヶ月近く居ないって話だからこの村内部の情報収集もしていない。思いついたら即行動に移しているんだろうね」

「何それ頭悪いんじゃねえのそいつ」

「頭が悪くなかったら盗賊なんてしないよ」

「それもそうか。んで、取り逃した手下はどうすんの。逃がしたら数を増やして帰ってくるぞ」

「……確かに。じゃあ、さっきの説明で村に残していた剣を扱える人達をある程度と弓を扱える人達を外に回り込ませよう。そっちの指揮は任せる」

「おいおい残党狩りさせんのかよ」

「得意でしょ?」

「おう。分かってんじゃん」

「じゃ、頼んだ。誤射されたくなかったら突撃する時は必ず号令として叫んでね」

「うい」


 男が矢継ぎ早と不安点や問題点を出し、女がほとんど間を置かずに答える。余りにもトントンと話が進んでいくので、二人の話を聞くだけで精一杯だった。

 とりあえず、残党退治の為に剣士と弓士を何人か村の外へ回り込ませるという事は分かった。改めてその部分の説明を受け、作戦は実行された。

 まず手始めに、急いで村の入り口に板を立てて通路を作る。念の為、簡単に蹴り壊せないよう少し頑丈に作っておいた。

 続いての訓練。これは狂気の男とは大きく違った。

 起爆魔術陣と玉を入れる訓練はしたが、最終的には全て出した上で実際に敵が居ると想定した訓練を行ったのだ。三段構えの銃兵隊の列を作り、実際に撃ったと仮定した上で次々と列を回転させていく。倒し損ねた敵の事も考えて即座に近接戦闘へ移行できるよう、迎撃隊を含めて抜剣の訓練までやった。

 男が基礎を徹底的に教え込んだからだろう。それらはとても速やかに行われていった。

 その間に、入り口からは見えない場所の柵に穴を空けた。入り口で銃の音が聴こえたら即座にその穴から出て入り口へ向かって、逃げる盗賊を追撃隊が狩る算段らしい。移動しているのが柵の隙間から見えるのではないかと懸念したが、女曰く精神的な死角になるから安心して良いと言っていた。よく分からなかったが、この女の言う事だ。きっとそうなのだろう。


「銃声が聴こえたら声を出して突撃するだけだからいけるよね?」

「おう確認する振りしてナチュラルに馬鹿にするのやめぇーや」


 軽く冗談を言う女。男は引きつった笑みを浮かべながらもどこか楽しそうだった。

 女は男衆全員に武器を持たせ、整列させる。女衆は『どうしても』と言う義娘と孫娘を残して家の中に退避。手には息子が狩りの時に使っていた形見の短剣を持っていた。

 だが、男はともかくなぜか儂も二人と同じように男衆の前に立たされた。


「村長、決意の言葉を」


 女のその一言で、なぜ儂がここに立たされたのか理解する。

 決起だ。この問題は村に住む儂らの問題。ならば、例え外の者に力を借りようと儂らが決めなければならない。その決定権を持つのは村長である儂――。だからこそこの場に立たされたのだろう。

 一つだけ深く息を吸い、ゆっくりと時間を掛けて息を吐く。心は決まった。言葉も一言で良い。ただ、全員を見渡して力強く――


「村を護るぞ!!」


 ――そう言った。

 返ってきた言葉は腹の底にビリビリと響くほど大きく、そして決心した事が分かるものであった。


「銃兵隊、迎撃隊、各自持ち場へ移動!」

「追撃隊、急いで裏の穴に一番近い家ん中に行くぞぉ!!」


 そして、男と女が指揮を執りだした。

 男を含む追撃隊は全員が同じ速さで走り、ものの十秒で姿を消す。

 女が指揮する銃兵隊と迎撃隊は、いつぞやの説明で見た布陣を敷いていた。


「第一列を優先に弾込め、射撃用意! 第二第三列、第一列の弾込めが終わり次第順次弾込め開始!」


 今日の訓練で幾度と無く繰り返された玉込め。その動きに迷いは無い。

 すぐさま第三列まで事前説明で言われていた手順を終えた。


「第一列左側より一名ずつ射撃する! 目標、前方門の向こう側! 合図を聞き逃すな!! ――テェーッ!!」


 パァンッ!!

 女の合図と共にあの時の炸裂音が村中に響いた。それと同様に、やはり儂と同じく撃った者は尻餅をついた。その様子に驚いたのか、初めて間近で見た者全員が目を見開いていた。


「余所見をするな!! 次二番目、テェーッッ!!」


 女は叱咤しつつ、次の者に射撃命令を出す。今度の者は相当警戒していたのか、しっかりと衝撃を受け止めていた。

 順次行われる恐ろしい攻撃の予習。四人が撃ち終わると訓練通りに後ろへ回り、玉と魔術陣を入れる。それなりの時間を掛けて第二列、第三列と全員が射撃し終わった。

 そして――


「一体何をしていやがる貴様らぁッ!! 何の音だぁ!?」


 ――女の目論見通り、あの憎き盗賊の頭が手下を連れて様子を見に村に入ってきた。

 照準は既に定めてある。目標は、盗賊共を挟んだ門の向こう側。


「第一列、テェーッ!!」


 その瞬間、女は問答無用で射撃命令を出した。四人の一斉射撃による攻撃により、先程よりも何倍もの大きな音が耳を、そして玉が盗賊共を襲った。

 分厚い木の板をブチ抜き、更には岩にすら痕を残したアレにより、何人かが悲鳴を上げて倒れ込んだ。当然、先頭に立っていた盗賊の頭なぞ一番最初に倒れた。

 男衆で尻餅をついている者は、誰一人として居ない。


「第二列、テェーッッ!!」


 列が移動し、次の列の全員が構え終わると、女は無慈悲に射撃命令を出す。盗賊共は何が起きているのか分からず混乱し切っていた。ただ、分かった事はあるだろう。

 あの耳を劈く音が聴こえたら、誰かが倒れると――。

 ようやく盗賊が動いたのは、第一列が先頭に戻ってきてからだった。


「にっ逃げろぉおッ!?」


 叫び声を出して背中を向けた盗賊は、炸裂音と共に身体を撃ち抜かれた。


「野郎共ぉ!! 残りのクソ雑魚ナメクジをぶっ殺せぇえッッッ!!」


 残りが半分以下になった盗賊共。そいつらが逃げようとした時、男の声が聴こえてきた。全く気付かない内に村の両端から追撃隊がやってきていたらしく、怒号と足音が鳴り響く。


「撃ち方、止め!! 迎撃隊、向かってくる敵を倒せ!! 銃兵隊は抜剣後、立ち上がろうとする敵を確実に殺せ!! 相手は手負いだが気を抜くな!! 我々の勝利を確実なものにしろぉ!!」


 男の声を聞いた女は、銃兵隊の攻撃を止めさせてトドメを命令した。

 後はもはや戦いなどではなかった。――いや、初めから戦いなど起こっていなかった。獲物と狩人の立場が逆転し、こちらが一方的に狩り殺したと言った方が正しい。

 僅か一分後……盗賊で立っている者など最早一人も居ない。致命傷を負って呻きながら動く事の出来ない者が何人か居るだけだ。

 儂は、その姿を見てどこか心が晴れ渡っていった。


「なんなんだ……なんなんだ……てめぇら……っ」


 死体と死に損ないが入り混じる中、恐らく生涯忘れられない声が聴こえてきた。あの盗賊の頭だ。あの攻撃の中、運良く生き延びる事が出来たようだ。だが、四肢を撃ち抜かれて動けないらしく倒れたままだ。

 晴れ渡ったと思った心にドス黒い感情が滲み出してくるのが自分でも感じられた。

 そんな時、狂気の男はどうしてかニヤリと笑みを浮かべた。


「あ? なんだよ生きてんじゃねえか」

「都合が良いね。じゃあ、詰めをしよっか。村長、短剣を貸して下さい」


 女は笑顔でそう言ってくる。まるで、小さな子供がこれから工作でもするかのような笑顔だ。

 その笑顔に違和感を覚えつつも、儂は女に短剣を渡した。

 それを逆手で持った女は、盗賊の頭の前で膝を下ろす。


「最初で最後の警告だけど、素直に質問に答えてくれる?」

「ぁあ……? なんで俺がお前なんかに答えなきゃならねえんだ……?」

「……残念だね」


 質問に答えなかった盗賊の頭。それに対し女は無表情で短剣を振り上げ、奴の手に何の躊躇も無く――恐らく渾身の力を込めて突き刺した。

 当然、盗賊の頭は絶叫した。痛々しい悲鳴が村中に響く。


「武器を持った人間が動けない人に『最初で最後の警告』って言ったのに、なんで刺されるって分からなかったのかな。……まあ、これで分かったと思うけど、次は左手だからね」


 強引に短剣を引き抜く女。その表情は短剣を振り上げる前と変わらず無表情だった。

 儂は、ようやくこの女の狂気を分かった気がする。この女はただ狂っているのではない。まともなように見えるだけで壊れているのだ。

 普通の人が、敵といえども何の躊躇も憂いも無く人を刺せるだろうか? 少なくとも、儂の知っている人はそんな事なぞ出来ない。出来る訳がない。良心、嫌悪、慈悲――他にも理由はあるだろうが、いずれかの感情によって初めて会った人を刺すなんて事なぞやろうとも思わないだろう。

 この女は、その部分が壊れているのだ。敵と定めたならば、どんな事でも出来てしまう壊れた人間なのだろう。

 そう思うと、儂の背筋に嫌な汗が流れていった。きっとこれは、恐怖と呼ばれるものだ。


「質問するよ。貴方の仲間はこれで全員?」

「そ、そうだ!! 全員を連れてここに来た!!」


 奴もこの女の狂気が分かったのか、素直に答えだした。その顔には恐怖と焦りが混じっている。


「拠点はどこ? 物資はどれくらいある?」

「ここのすぐ近くに天然の縦穴がある! 普段は草を被せて隠している! 半分に割れた岩が目印だ!! 武器と食料が少しだけある!!」

「奴隷とかは居ないの?」

「とっくに売った!!」

「そっか。じゃあなるべく苦しまないように殺してあげる」

「ヒッ……!?」


 このやり取りに肝が冷えた。今の女にはこの村で料理を振る舞い、優しく微笑んでいた姿などどこにも無い。人形のように表情を変えず、人形のように淡々と行動をする様に更なる恐怖を感じた。

 一体、この女の底には何があるのだろうか――。


「おいおい、それはねえだろ」


 と、そこで若干引いた顔をしている狂気の男が女を止めた。普段から狂った言動をしている男でも、流石に今の女の姿には思う所があったのだろう。


「なんで? まさかとは思うけど、逃がすとか言うの?」

「んな訳あるか。お前がそんなぶっ飛んだ事してドン引きしたが、そいつを殺すのはお前じゃねえよ。そいつを殺すのは、後ろのこいつらだろ」


 狂気の男は儂らに目を向ける。まさかの言葉に、儂らは何も言えずにいた。


「――ああ、確かに」


 女も納得したのか、いつもの笑みを浮かべて盗賊から離れる。ご丁寧に血に塗れたままの短剣も儂へ返してきた。

 男は言う。


「怨んでいるんだろ? 殺された仲間が居るんだろ? ならばそいつの無念を晴らさなくっちゃね? ほら、武器とか全員が持ってんだからお好きにどうぞ」


 未だに死ねず、呻き、助けを請う盗賊達に顎を向ける男。……だが、儂らは誰一人として動かなかった。

 いや、動けなかったと言った方が正しい。女の常軌を逸した行動に、男の予想外の言葉に、全員が金縛りにでもあったかのように動く事が出来なかったのだ。

 それを見た男は、不機嫌そうな顔になって言った。


「良いか? このクズ共はお前らを皆殺しにしようとした。それどころか村でいっちばん偉い村長の息子を問答無用で殺した。そんな奴らが許されると思う?? ねーな。許されるとか砂一粒すらも無いわ。俺達が来たからお前らは生き残る事が出来た訳だけど、そうじゃなかったらこいつらはお前らを殺したぞ。一人殺したら二人も三人も変わんねーってな。人を殺してんだ。殺される覚悟が無いなんて甘ったれたこと言わせねー。で、お前らはいつ復讐すんの? こいつらこのまま放っておいたら勝手に死んでいくぞ? 死なれたらもう復讐できないよ?? ……まあ死体に鞭を打つ高尚な趣味があるんなら別ですけど。お前らはそれで良いの? 復讐の相手、居なくなるぞ? お前らにとって殺された奴は仲間であり家族だったんだろ? そこの三人なんて妻と娘と親なんだろ? 殺された坊ちゃん浮かばれないよ?? もう一回言うぞ。──お前ら、本当にそれで良いの?」


 ――この一週間、つくづく思った事がある。この男は、人をその気にさせるのが上手い。

 誰かが剣に力を込める音が聴こえた。落ちていた武器を拾う姿を見た。返された血塗れの短剣を握る力が強くなった。


「……どこを刺せば殺せますか」


 形見の短剣を持った孫娘が、一歩前に出たのを見てしまった。


「死ぬまで刺せば殺せるよ」


 狂気の男が、そう言った。

 義娘もふらふらと仇敵に近付く。それに釣られるように儂も、この場に居た村人全員が生き残った盗賊共へと足を動かした。


「や、やめ――!!」


 その後は、凄惨な光景であった。孫娘が両手で握った短剣を奴の背中に振り下ろしたのを皮切りに、儂らは一心不乱に刃を突き立てた。

 肉を断ち、骨に阻まれればもう一度刺し穿ち、悲鳴を聴けば血を分けた息子の未来を奪われた憎悪が、愛する夫を亡くした義娘の無念が、片親を殺された孫娘の殺意が留処なく溢れ出た。 ……全てが終わったのは、盗賊の誰もが死んでしばらく経ってからだった。孫娘は、涙を流しながら最後まで息絶えた仇敵を短剣で刺していた。

 胸を支配していた憎悪も、無念も、殺意も消え失せた。心を支配していたそれらが消えた事により、空虚だけが残った。

 復讐――それは何も残らない。復讐をした所で息子が帰ってくる訳ではない。あの日常が戻ってくる訳でもない。

 だが、復讐をしなかったら儂らには何が残っただろうか? 憎悪も、無念も、殺意も、流れ落ちる事なく留まり続けていたのではないだろうか?

 それなりに長く生きてきたと思っていた儂だが、何が正しかったのか分からない……。ただ一つ言える事は、これからは空いてしまった穴を少しずつ別の感情で埋めていかなければならないという事だろう。

 その穴が埋まり切るまで、一体どれほどの年月が掛かるだろうか……。


「――お見事です」


 突如、静かになった村に拍手が響いた。

 その音を聴いた瞬間、狂気の男は落ちていた武器を手に取り、壊れている女は銃を拾って相手へ向けた。


「誰?」


 冷え切った声を出す壊れている女と、警戒心を剥き出しにする狂気の男。

 その二人を見た相手の女は、敵意は無いと表現するかのように両手を上げた。


「申し遅れました。わたくしはローゼリア。商工会より派遣された者です。この度はわたくしの手間を省かせて頂き、とても感謝しております」


 ローゼリアと名乗った女は、ニコニコと満足そうな顔で自身の身分を明かした。

 壊れている女より僅かに短い赤毛の髪を横で結わえ、張り付いているようにも本心のようにも見える笑顔が不安を掻き立たせる。

 狂気の男や壊れている女のように間接的に危険な存在とは違う。この赤毛の女は、直接的に危険な存在だと直感が告げた。


「ところで、貴方達のお名前もお伺いして宜しいでしょうか? 社交辞令としても、わたくし個人としても、貴方達のお名前を知りたく思います」


 言われてから、この二人の名前を未だ知っていないなと思った。

 しかし、考えてみれば不自然なくらいこの二人はお互いを名前で呼ばない。あれだけ仲が良いのだから互いの名前を知っていて当然だろうに。それとも何か理由でもあるのだろうか?


「じゃあ主任で」


 狂気の男が『しゅにん』と名乗った。全くもって聴き慣れない名前だ。


「だったら、私は社長だね」


 壊れている女は『しゃちょう』と名乗る。こっちも完全に聴いた事の無い名前だった。


「主任に社長、ですか。良い響きですね」

「社交辞令はそこそこにしておこう。ローゼリア……だったっけ。私達に何か用があるみたいだけど、それは何?」


 社長は氷のように冷たく、踏みしめた泥よりも濁った目で銃を向けてそう言う。まな板の上の魚に刃を入れるように、いつでも殺せるという雰囲気を出しながら。

 ローゼリアは主任の持っている長剣よりも社長が向けている銃を相当警戒しているようだ。それは無理もない。このローゼリアという女も銃の恐ろしさを目の当たりにしていただろう。あの音が鳴れば目に見えない攻撃により誰かが死んだのだ。そんな物を向けられて警戒しない者など居はしない。

 だが……社長は大した女である。社長はどうしてか銃を撃つ事が出来ない。だというのにも関わらず、脅しとして銃を向ける選択を即座に取った。玉を撃ち出せないのであれば、あれはただの使い辛く惰弱な鈍器でしかない。それを一切感じさせず、こんな鈍らで出来損ないの武器で、この直接的に危険な女の優位に立っているのだ。

 やはりこの女には、一生を掛けても敵いそうにない。


「そうですね……。単刀直入に言いましょう。――主任と社長、貴方たち二人とお仕事がしたいのです」


 予想外の言葉だった。仕事……? この武器にでも目を付けたのだろうか? 確かにこの武器を使えば敵は居なくなるだろうが……。


「……こいつマジで言ってやがんな。頭おかしいんじゃねえの?」

「自己紹介はもう終わったんじゃないの、主任?」

「お前のケツをファックしてやろうか? オぉん?」


 この状況だというのに、こやつらときたら……また異国の言葉を交えた冗談の言い合いか……。しかも今回はなんとなく言っている意味が分かってしまった……。

 思わず溜め息が出てしまう。死体が散乱して緊張の糸が張り詰めている時の会話とは到底思えん……。


「ふふ……ふふふふふ……。本当に楽しいです。まさかこんな人がこの世の中に居るだなんて」


 ローゼリアという女もなぜか愉快そうに笑っておる……。こやつも相当におかしな人間なのだろう……。


「取引をしましょう。今回わたくしが頂ける予定の報酬は全てお二人にお渡しします。そして、わたくしと仕事をして下さるのでしたら、商工会に口添えして良い仕事を譲って貰えるようにします」

「……だ、そうだ。どうするよ社長」


 視線が社長に集まる。ここから先は儂らに関係の無い事だと分かっていても、儂らは視線を向けざるを得なかった。

 なにせ、盗賊共は希望通り皆殺しに出来た。その感謝は勿論ある。だが同時に言いようの無い虚無感を全員が味わっていた。

 だからこそ、この二人には村に残って欲しいのだ。たった一週間でこの二人は村にとても良い影響を与えてくれた。馬鹿を言って場を笑わせ、美味い料理で話に花を咲かせ、心の闇だって和らげてくれた。

 残って欲しい。しかしそれは傲慢だというのは分かっている。だから何も言えない。この矛盾した気持ちが、何も言わずただ淡い期待をして視線を向けるだけしか出来なかった。


「その前に聞かなければならない事がいくつかある。私達を信用させる手段や証拠を提示できる?」

「当然ありません。指標としてお金や物などの提供──いわゆる前金もありますが、それは仮初めの信用です。むしろ心である信用をお金と言うモノで繋ごうとする行為は、お金があるという前提でしか機能しません」

「金の切れ目が縁の切れ目ってか。いや待て。金も信用に値する一つの指標だろ。金もねーのに仕事をするなんて有り得ねえ」

「主任、今は話を掘り下げないで。それの一歩手前の話をしているから」


 主任は『回りくどいなぁ……』とボヤく。その気持ちは分からないでもない。


「逆にお訊ねしますが、どうすれば社長さんは信用できますか?」

「残念だけど完全には出来ない。私に信用されるには時間が必要だから」

「なるほど。それではこれからのわたくしの行動次第、という訳ですね」

「そういう事だよ。そして、それは私にも当て嵌まる」


 質問をして、それに答え、そして理解する。

 酷く簡単なやり取りだが実直すぎて煩わしさを感じる。先ほど主任が言ったように回りくどいのだ。そんな事まで口にして言わなくても分かるような気がするのだが……。

 それとも儂が分からないだけで何か意味があるのだろうか?


「では、わたくしは何を担保にしましょう?」

「……………………」


 珍しく社長が黙り込んだ。

 会ってまだ一週間ほどしか経っていないが、それでも話している最中にこの女が黙り込んでいるのは狂気の姿を見せた時の一回しかない。逆に言うと、それだけ真剣に深く考えているという事だろう。

 そして、あの時よりもたっぷりと時間を掛けて社長は答えた。


「なら、持ち金の半分を私に預ける事とこれからの作業を手伝って貰うよ」

「……どのような作業でしょう?」


 一瞬だけローゼリアの表情が曇り、ほんの僅かだけ口篭った。


「これを含んだ荷物の準備」


 そう言って社長は構えていた銃を下ろし、前に突き出す。それを見て、ローゼリアは目を見開く。それはまるで『ありえない』とでも言いたそうな表情である。


「……正気ですか?」

「これが今の私に出来る最大の信用の形だよ」


 ……分からない事だらけの女だったが、これは今までで一番よく分からないやりとりだ。

 いや、よく分からないではない。全くもって分からないと言える。ローゼリアの表情が曇ったのは恐らく持ち金の半分を要求されたから……だと思う。だが、その後に言った『正気か』という言葉と『今できる最大の信用の形』が意味不明であった。

 確かに向けていた銃を下ろしたのは些か無用心だとは思ったが、それがなぜ正気を疑うのか。ローゼリアの実力は未知数だが、主任は剣を構えているのだ。銃を構えるだけならば一秒と掛からないのだから、奴にとっては迂闊な行動が出来ない。『今できる最大の信用の形』はもはや何も分からん。

 妙に鋭い主任に顔を向けてみるも、この男も何がどういう意味なのか分かっていないような顔をしていた。お手上げだ。この二人から説明されなければ理解できんだろう。


「……分かりませんね。どうして急にわたくしを信用したのですか?」

「さっきも言ったように、完全にはしていないよ」

「ならば、なぜ意味の無い担保の要求を?」

「念の為……というのは建前で、形式上でもこういうやり取りは必要だから。私がどういう人物か、少しは分かったと思う。それに主任が言ったからね。貴女が本気で私達と仕事をしたいって」

「えっ」


 一瞬、この女が何を言っているのか分からなかった。――いや、言葉そのものは分かったが、その理由が理解できなかったというのが正しい。

 あの主任でさえ『ここでそれを言うかお前?』とでも言いたそうに顔を顰めている。この男の事は何から何まで分からんが、これだけは分かる。主任は今『嘘だろお前』と思っていると。

 しかし、それは当然だ。社長がどれほど主任に信頼を寄せているのかは知らないが、いくらなんでも『主任が言ったから』という理由で相手を信用しようなど有り得ない。仮に主任が読み違えていれば、何が起こるのか分からないのだから。

 それも社長ならば分かっている筈だ。むしろ、頭の回るこの女ならば分かっていない筈がない。


「……………………」


 余りに予想外だったのか、ローゼリアは目を見開いて呆けていた。……そうなるのも無理はないだろう。一週間とはいえ、共に暮らした儂でさえ正気を疑ったのだから。


「……貴女は一体、何者なのですか?」

「ただの一般人だよ。ちょっとだけ……ほんのちょっとだけ、他人と考え方が違うだけ」


 まあ、それは主任も同じだけれど――と、流し目で主任を見やる社長。が、いつもならば軽口が飛んでくるはずの声が聞こえてこない。どうしたのかと主任の方へ顔を向けると、この男はローゼリアを睨みつけていた。その目は完全に敵を見る目であり、欠片ほども相手を信用していないというのが分かる。


「どうやらわたくしは主任さんに嫌われているようですね」

「主任はほんの僅かにでも不安要素があればそれを疑うからね。むしろ『今の私達』はそれくらいが丁度良いとは思うよ」

「そうですね。会っていきなり信用なんて、それこそ罠か何かかと疑いますもの」

「なら、決まりだね」


 ポン、と軽く手で音を鳴らす社長。それで話は終わりという意味だろう。


「私達はローゼリアの知らない知識と情報を駆使して共に仕事を。ローゼリアは貴女自身の戦力と商工会との取次ぎを。一先ずはこれで契約しようか」

「ええ、よろしくお願いしますね」


 ニッコリと笑みを浮かべるローゼリアと優しく微笑む社長。その傍らでは難しい顔をした主任が二人を視界に収めていた。


「主任さんも、よろしくお願いしますね」

「……………………」


 やはりというか、主任は難しい顔のまま何か考えているようだ。

 そんな姿を見た社長は、主任の近くまで寄って彼を見上げた。


「主任」

「……おう、本当に良いんだな?」

「勿論。何も考えずに答えて欲しいんだけど、主任はローゼリアをどう思う?」

「とりあえず様子見」

「最大級の信頼できる言葉をありがとう」


 ハッキリ言おう。会話がチグハグしているようにしか聞こえん。

 二人だから通じる言葉なのか、それとも儂の頭が回っていないだけなのか……。どちらにせよ、儂では分からない事なのだろう。


「…………はぁ」


 ひっそりと、誰にも気付かれないように溜め息を吐く。

 儂は少しだけ期待していた。この二人が残ってくれるのではないかと。

 だが、それは叶わなかったようだ。……だがそれは無理もない話だろう。儂らにとっては救世主かもしれんが、二人にとってはたまたま立ち寄った村の問題事を解決しただけに過ぎぬのだから。

 ……さあ、儂は二人が去った後……どうしようか。


……………………

…………

……


「すんげえ納得いかねえ」

「いきなりどうしたの、主任?」


 村から頂いた物資を馬に載せ、町へと移動している時に主任さんはそう言います。何が納得いかないのでしょうか。


「どうもこうもねえ!! なんで俺がこいつと相乗りせにゃならんのじゃ!」

「わたくしではご不満ですか?」

「はい」


 どうやら主任さんは私と相乗りになっている事が不満のご様子。……あまりにも正直過ぎる失礼さには呆れてしまいますが。

 借りられた馬は二頭。片方には物資を載せつつ社長さんが不慣れな手付きで馬を操り、もう片方には手綱を握った私が主任さんを乗せているという状況。初めは主任さんが荷物と一緒に一人で馬に乗るという方向でしたが、社長さんがそれを止めさせたのが原因だったりします。

 曰く、主任さんは世紀末ヒャッハー伝説──どういう意味なのかよく分かりませんでした──しかねなくて危ないからだそうです。


「こうなるのは主任の性格の問題、かな?」

「だから誰も本場ロデオなんてしねぇっつの! 手綱握って引っ張ったりほっといたりすりゃ良いんだろ? 俺でも出来るわ」


 この言葉で分かります。主任さんに手綱を握らせてはいけないと。

 繊細な事が苦手な方なのでしょうかね?


「そもそも馬は食い物だろ。なんで乗るんですか」


 ……絶対に手綱を握らせないようにしなければ。


「そういう事だから主任は後ろに乗せるようにしたんだよ」

「じゃあお前の乗らせろ」

「……んん? 私に乗りたい?」

「胃液ぶち撒けたろか」


 ……一目見た瞬間から思っていましたが、本当に不思議な方々ですね。主任さんは言葉遣いが荒いですし、その言葉自体も些か攻撃的……なのに、どうしてこう普通に楽しく会話をしているかのような表情をするのでしょうか。少々黒い笑顔に見えるのは否定しませんが。


「ごめん。普通に聞き間違えた。──それと、主任がロデオするんじゃなくて、ロデオさせちゃう可能性がすっごい高いから荷物と同じようになって貰ったんだよ」

「荷物扱いかよ」

「二人乗りっていうのは荷物と同じになって貰わないと不安定だし、前に居る人にとっては勝手に動かれたりしたら怖いんだよ? 勝手に動いたら馬も驚いて暴れる事もあるし」


 社長さんは少し驚くくらいに博識ですね。馬に乗るのは初めてだと言っていたはずですが、どうしてそのような事を知っているのでしょうか。

 それだけでなく、なんとなくですが『馬に乗っている』のではなく『馬に乗せて貰っている』という風にも見える事から、馬を上手に乗る心構えは少し分かっているようです。ですがその手付きは本当に素人で、知識はあっても実践した事の無い人のようにも見えます。

 社長さんは尖った主任さんと違って見れば見るほど形も輪郭さえもあやふやな存在に見えるのは、どうしてでしょうか。やっぱり、不思議です。


「じゃあここで俺が身体揺らしたらどうなんの?」

「恋路を邪魔していないのに蹴られるだけだと思うよ」

「間違いありませんね」

「……しゃーねぇ。大人しくするか」


 それからしばらくの間を主任さんと社長さんの会話に混ざりつつ商工会のある都市へ向かい、途中で私の使っている拠点に荷物を降ろす事にしました。


「ここがわたくしの家です。拠点も兼ねております」


 ふと、そこまで言って違和感を覚えます。

 疲れたと仰って私の寝台へ勝手に腰を下ろす主任さん──。涼しい顔をしてはいますが、僅かながら呆けているように見える社長さん──。なぜ、私はお二人を易々と招きいれたのでしょうか。

 私も社長と同じくお二人を信用し切っている訳ではありません。なのにも関わらず、私は個人的に利用している家へ案内をしてしまいました。余りに自然に、私自ら。

 少し考えればこれは愚策だとハッキリ言えます。私物はおろか、仕事道具だって置いているこの一軒家。信用し切っていない相手に手の内を見せびらかすだなんて、どうかしています。

 今後注意しなければ──そう思った時、主任が私を見ている事に気付きます。

 疑い深く、黒く濁った目で、私の表面から奥底を見るかのように。


「──お飲み物ですか?」

「んー? まあ、貰えるのならありがたく。苦味以外の全てを捨てたコーヒー頼む」

(……コーヒー?)


 初めて聞く単語だったので思考を巡らせます。

 とりあえず分かるのは、苦味のある飲み物という事。それ以外の全てを捨てるようにと仰っている事から、苦味以外にも何かがある飲み物なのでしょうか?

 ……後でどういう物なのか聞いておきましょう。


「今は紅茶しかございませんので、そちらを淹れますね」

「手伝おうか?」

「いえ、お気遣い無く。お好きな場所で掛けてお待ち下さい」


 社長の申し出を断り、台所へ。

 紅茶を仕舞っている戸棚を開けると、そこからノトやゼフュロー産の紅茶、焦豆茶、香草茶の良い香りが漂ってきました。……コーヒーというものは、この中にあるのでしょうかね?

 水瓶から掬った水を沸かし、沸騰させたら紅茶用の茶瓶の網に入れた茶葉へ注ぐ。ゼフュロー茶の柔らかく心地良い香りが鼻腔をくすぐってくれました。じっくりと蒸らしたそれをお盆に載せ、人数分の杯と一緒に持って帰ると──。


「あ、良い香り……」


 真っ先に反応を示したのは意外にも社長さんでした。勝手な想像ですが、彼女ならば事務作業のように紅茶を受け取ると思っていましたので。感心するように、はたまた興味のある物を見つけたかのような反応は少しばかり予想外でした。

 失礼ですが、人間味はあるのですね。


「午後ティーですか」

「ゼフュロー茶です」


 主任さんはまたもや私の知らない飲み物(?)の名前をあげてきます。お茶ならばそれなりに嗜んできたつもりですが、まだまだ知らない物があるようなので今後の楽しみが増えますね。

 本来の使い方をするとは思っていなかった一人では少し大きい丸机にお茶を置き、主任さんへ笑顔を送ります。冷める前にこちらへ来て下さい、という意味を込めて。

 その意味を汲み取ってくれたのか、主任さんが椅子に腰掛けました。……なんとなくの予想ですが、これからこの人に手を焼きそうですね。

 まず社長さんが口をつけ、私もほぼ同時にゼフュロー茶の香りを楽しみます。甘く芳醇な香りは私の心を穏やかにしてくれ、本日の失敗を慰めてくれるかのようです。口にすれば深みのある濃厚な味わいが口内全域に広がり、思わず深く呼吸をしてしまう程。紅茶の中では安価ですが、私にとってはこの紅茶が一番です。


「なるほど。これはミルクティーが一番だね」

「……ミルクティー?」

「ごめん。牛乳を入れて飲むのが一番だね」


 聞き慣れない言葉が出てきましたが、すぐに言い直して下さったので意味を理解しました。が、納得はできません。


「牛乳は牛酪や乾酪の原料ですよ? いくら紅茶に入れるとはいえ、牛乳を口にするだなんて考えられません」

「はぁ!?」


 そう言うと、主任さんは信じられないとでも言いたそうな顔で私を見てきました。それも身を乗り出して声を上げる程に。社長さんは静かに佇んでいます。


「は? 嘘やろお前。牛乳だぞ? バターとかチーズは食うのになんで飲まねえんだよ?」


 バター……チーズ……話の流れからして牛酪と乾酪の事でしょうね、きっと。


「なぜと言われてましても……牛乳をそのまま飲むなんて弱い毒を飲むのと変わらないではないですか」


 塩をそのまま食べないように、牛乳もそのまま飲むなんて有り得ません──そう言っても、お二人は納得してくれませんでした。

 ですが社長さんは、ふと思いついたかのように言いました。


「乳を搾ったらどうしてるの?」

「瓶に詰めているのではないでしょうか。私は農業をした事がありませんので詳しくありませんが……」

「加熱とかは?」

「……なぜ、そのような事を?」

「なるほどね。理解したよ」


 社長さんが理解すると同時に、主任さんも『そりゃ飲まれねーですわ』と納得されました。……一体どういう事でしょうか。


「牛乳は確かにそのまま飲めば良くないよ。けど、加熱する事で栄養価の高い健康的な飲み物になるの。沸騰までさせると時間効率が良くなる代わりに臭みが残っちゃうけど、ある一定の温度を三十分くらい維持すればまろやかで飲みやすく、身体にも良い物になるんだよ」


 正直に言って信じられない内容です。牛乳はそのまま飲めば体調を悪化させ、加工しなければ食べる事の出来ない物というのが私の中の常識……いえ、世間の常識だったからです。……けれど、社長さんの言葉を聞くと本当にそうなのだろうか? という疑問に変わってきました。

 確かに、肉なども焼いたり干したりする事で食べられるようになる物です。生のまま食べるだなんて乞食でもそうそうしないでしょう。それと同じで、牛乳も温める事で飲めるようになるのでは?

 ……今度、試してみましょうか──いえ、試しましょう。この紅茶には牛乳を入れるのが一番と言っていた事から、更にこの紅茶が美味しくなるという事。そんなの、聞き流せるはずがありません。


「社長さん。一つ取引があるのですが」

「うん?」

「わたくし、そのミルクティーとやらが非常に気になります。もし安全で美味しい物を作って下さるのでしたら、この先一週間は困らない水と食料分の銀貨を差し上げましょう。如何ですか?」


 ふむ、と考え込む社長さん。その視線は紅茶に注がれているようにも見えますが、まるでどこか別の世界を見ているかのように虚ろです。今日会ったばかりの他人だというのに少し心配してしまいそうなくらいに。

 ゆっくりと顔をこちらへ向けると、社長さんから意外な言葉が出てきました。


「取引じゃなくてお願いだったら聞こうかな」


 あまりにも意外過ぎて言っている意味が理解できませんでした。

 ……ゆっくりと考えましょう。取引は拒否されたも同然でしょう。ですが、その代わりが『お願い』ですって? それでは社長さんに利が無くなってしまいます。こうなると逆に怪しさも出てきますが……この方がそれを考えないでしょうか? あの抵抗する手段の無い村で盗賊団一つを完全に叩き潰し、私と契約する時も予想外の一手を指してきて信頼を得ようとしたこの方が?


「……………………」


 ……どうにも分かりません。こんなにも考えている事が分からない人は初めてです。煙を掴まされているような……陽炎を追いかけているような……そんな感じです。

 それが顔に出てしまったのか、社長さんが補足として言葉を続けました。


「利益損益だけの関係にしたくないっていうのが本音かな。ローゼリアと長くやっていけそうって思ったからだよ」

「なるほど。確かに長く関係を続けるのならば無償の奉仕というのも大事です」

「そんなに堅く考えなくて良いよ。単純に『しても良いな』って思った。そう捉えた方が難しく考えなくて済むからね」


 理由を曖昧なままにしておく、ですか。カッチリとし過ぎず、だからといって理由無しという訳でもない……と。


「柔軟なのですね。では、お願い致します」

「うん、分かった。──それじゃあ、これを飲み終えたら牛乳とか色々買い揃えていこうか。ついでに商工会の事もお願いね?」

「ふふ。お願いならば仕方がありませんね」


 さっそく一本やられた気分になります。無意味ではないけれど意味を成さない『お願い』のやりとり……少しだけ心地良いものです。

 ええ。確かに社長さんとならば長くやっていけそうですね。


「おかわり」


 そう言って、空になった杯を机に置く主任さん。……この方はこの方で自由奔放ですね。

 そのふてぶてしさに呆れていた所、なぜか社長さんがくすくすと小さく楽しそうに笑っていました。


「主任はローゼリアの紅茶を気に入ったみたいだよ」

「違います。喉が渇いているんです」


 社長さんの言葉を否定する主任さん。……本人は違うと言っていますが、どうなのでしょうかね?


(本当、よく分からない人達です)


 半分良い意味で、残りは悪い意味で、そう思う私でした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ