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クロス・レール  作者: 月雨刹那
第一章
26/41

漠然とした違和感 1

 時刻……は分からないけど、たぶん18時頃。空が夕焼けに染まって夜が訪れようとしている時間。その時間、僕はリアの部屋で部屋の主を膝枕する。

 ほぼ毎日やっているが故に何十回と繰り返されたこれも、最近になってようやく慣れる事が出来始めた。具体的に言うと、無意味に心臓が跳ね上がったりする事は無くなった。寝ているリアが身じろいで軽く髪を乱したり、不意に脚に手を乗せられるなんて事でもない限りはそこそこ平常心を保っていられる。

 ただ、どんな事にも変化は訪れるものである。


「あんまり眠くない?」

「眠くはありますが、今はこうしていたいのです。……ダメ、でしょうか?」

「リアがそうしたいのなら……」

「──はいっ」


 リアはちょっと前まで膝枕をするとすぐに眠りに就いていた。けど、何日か前からそれを少しだけ我慢して僕の顔をジッと見てくるようになったのだ。

 流石に気になったので今日訊いてみたけど、何とも曖昧な理由だ。ただただ僕の顔を見る事に一体どんな意味があるのだろう……。

 そしてこの後はいつも僕が恥ずかしさに耐えられなくなって視線を逸らす。そうした所でリアが少し寂しそうな笑みを浮かべるのだ。それに少し心が痛みつつも目の端に映るリアは『おやすみなさい』と言って眠る。


「……………………」


 そして今回もまた僕は恥ずかしくなって目を逸らす。そうしていつものようにリアが眠る──そう思ったけど、今回は違った。



 コンコンコン──



 部屋にノックの音が響いたのだ。


「──はい。どなたでしょうか」


 その音に反応して、リアは僕の顎とぶつからないように気を付けながら身体を起こして返事をした。相手は扉の向こうに居るのだから横になりながら返事をしてもバレないと思うのだけど、リアはこうした所も礼儀正しいなぁ、とつくづく実感する。


「クラーラです。ハーメラ王国軍師のソフィアさんがお見えです。グローリア様にお会いしてお話ししたい事があると」

「軍師……?」


 思わず零れるようにその部分をリピートしてしまう。いくらなんでも意外過ぎる訪問客だ。しかもリアに用があるときた。一体全体、それはどういう事だろうか……。

 僕が首を傾げると、リアも僕と同じく首を傾げた。どうやらリアにとっても不思議な事らしい。


「珍しいですね……。むしろ、王国関係者から事前連絡すら無しに面会を求められるのも初めてです。……もしや、何か緊急の要件なのかもしれません。──今そこにいらっしゃるのでしょうか」


 前半は僕に向けて小さい声で。後半はクラーラさんに向けて普通の声量でリアは話す。僕に小さく話した理由は、そこに軍師さんが居たら面倒な事に成りかねないと判断したのだろう。僕はもう当たり前になっているけど、聖女であるリアの部屋に訪れる人なんて相当な用事があるかアーテル教に深い関係がある人くらいなものだ。その人物が外套を羽織って顔を隠していたら物凄く怪しいだろう。


「いえ、来賓室で待たせております。何かとご準備があると思いましたので」

「ありがとうございます。準備はすぐに終わりますので、ソフィアさんのご案内をお願いします」

「畏まりました」


 が、どうやらその心配はしなくても良いらしい。僕達の事情を知っているからか、気を遣ってくれたようだ。……いや、普通に考えてアーテル教の存続にも関わりかねないのだから当然なのかな。

 さて、それなら僕は自分の部屋に戻っておこう。軍師さんは僕の事を知らないはずだし、その方が絶対に良い。


「じゃあ、僕は部屋に戻っておくね」


 そう言ったら、なぜかリアは明らかに残念そうな顔をした。……えっと、なんでそんな反応なんだろ。僕、何か間違ってたかな。


「ごめんなさいヒューゴさん……。私の勝手でヒューゴさんのご好意を無為にしてしまいました……」


 好意と言われて一瞬何の事かと首を傾げそうになったが、すぐに膝枕の事だと理解する。……むしろ、している僕の方がありがたいと思ってるんだけどな、膝枕。


「良いって。軍師さんが来るなんて、しかも事前に連絡も無しだなんて只事じゃないよ。それよりも、リア」

「? はい?」

「せっかくの休憩中だけど、もう少しだけ頑張って来てね」


 ただの励ましの言葉。だけど、その言葉でリアはちょっとだけ驚いた顔になった。僕はまたもや首を傾げそうになる。別に驚く事を言ったとは思えないんだけどな……。

 しかし、今度は僕が驚きそうになってしまった。


「……やっぱり、ヒューゴさんはお優しいです。許して頂けるだけでなく、労いのお言葉まで下さるなんて」


 ……正直に言って、意表を突かれたと言っても良いくらいだった。優しいって言われるのもそうだし、許すも何も怒ってすらいないし、休憩中に仕事をするのだから労って当然だろう。

 ただ、リアのこの嬉しそうで幸せそうな顔を見ていたらそんな事はどうでも良くなった。

 リアが嬉しがっているのならそれで良い──。僕は、心の底からそう思えていた。


「えっと……そ、そろそろ行くね」


 そんななんでもない事で嬉しがられると少しムズ痒くなる。クラーラさんがこの部屋と来賓室を往復するまでの時間はもうちょっとだけ余裕があるだろうけど、僕はさっさと自分の部屋へ逃げてしまう事にした。


「あ、待って下さい!」


 僕がリアの寝台から離れた時、その持ち主である彼女は『待った』を掛けた。それも少々焦った感じで。

 ……こんな事をいうのはなんだけど、物凄ーく嫌な予感がする。いや、それしかしない。なぜなら、こうやって待ったを掛けられるのは前に一回あったからだ。

 今だけ僕は預言者になれる。リアはこれから、僕にとって極上の嬉しさと極めて困る質問をしてくるだろう。


「今夜、ご一緒いかがですか?」

「う……」


 僕の予言は当たった。リアから一緒に寝るお誘いだ。

 実は、社長さんから『人は信用するな』と言われた日から僕達は夜一緒に寝る事が無くなった。流石にそんな事が出来るような空気じゃなかったのだ。それをズルズルと引き摺り、仲直りした現在でも夜は別々に寝ていた。

 が、何日か前からリアがまた一緒に寝たいと申し出てきた。……僕はリアに自分の気持ちを知られてしまっているので、それを無言の回答で断ってきたのだ。だって滅茶苦茶恥ずかしいもん。

 ハッキリ言うと、僕だって出来るのならば一緒に寝たいと思っている。好きな人と一緒のベッドに入って寝るとか、もう男の子なら誰もが夢に思う事ではないだろうか。それを自分から言う事が出来る訳なんてなかったので、リアから言ってくれるのは凄く嬉しい。けど反面、羞恥心のあまり困ってもいる。もし実現してもまともに寝る事なんて出来ないだろうし……。

 だから嬉しくもあるけど困りもする。リアはそれを知ってか知らずか、こうやってお誘いして僕の心を揺さぶってくる。

 ……いや待てよ。そういえば前にこんな事があったのは、オースティンさんがやってきて聖女のお仕事の延長があって膝枕が無くなった時だったっけ? ……もしかして、リアは膝枕の代わりに一緒に寝たいと言ってるのかな。

 ……そう考えると、物凄く判断が難しくなってしまう。本当、どうしよう……。


「……………………」

「……………………」


 時間は刻一刻と進んでいく。それに伴い、僕の心は焦りに焦った。もうすぐ軍師さんを連れてクラーラさんが戻ってくる。それまでにハイかイイエを選ばなければならない。

 普通に考えれば『また今度』と言えば良い。けど、新たな疑惑も生まれてしまった今、断るのもお茶を濁すのも躊躇ってしまう。


「ゆ……」

「?」

「夕食が終わったら、答えるから……その時まで考えさせて……下さい」


 だから、僕はそのどっちでもない先延ばしをした。せめてもう少し考える時間が欲しい……。


「! はいっ!」


 が、リアはそれでも嬉しそうにしていた。いや、これは期待していると言っても良いのだろう。前は答えを出せずにいたのだから。

 そんなやりとりをした僕は急いでリアの部屋から出る。……一応、クラーラさんはまだ見えないようだ。そのまま僕は自室へと戻り、扉を閉めた所で大きく息を吐いた。……精神衛生上、良くないなぁこれ。

 未だにバクバクと鳴り続ける僕の心臓。手を当てたら間違いなくその鼓動の強さを実感するだろう。……いや、それは胸に触れる事になるので絶対にしないけど。

 普通に過ごすだけならばちょっと気を付けるだけで良いけど、やっぱりリアの身体と同じっていうのを考えると慎重になってしまう。こればっかりは慣れそうにないや……。

 重苦しい外套を脱いで簡単に畳み、机の隅へと置いておく。本当は着替えを置く台の所に置く方が良いのだろうけど、今はそれすらも億劫だ。


「……本でも読もう」


 色々と煩悩が渦巻きそうになったので、僕は本を読む事にした。なるべくそういう雑念を蹴散らしてくれそうな本が良い。それなら難しそうな本とかが良いかな。


「難しそうなのと言えば……魔術?」


 なんとなくだけど魔術は難しそうな印象がある。何せ僕の元居た世界では空想上にしか存在しないモノなのだ。難しいに違いない。

 それに、神聖魔術とアーテル教は密接な関係がある。これから先、アーテル教の勉強をしていくにつれ神聖魔術の内容も出てくるだろうから勉強しておいた方が良いだろう。

 そう思いながら僕は本棚へと目を移す。本棚には七割に届くかってくらい本が占められており、見るだけで中々に重圧を感じられるようになってきた。

 ……けど、魔術系の本ってどこにやったっけな。一冊か二冊しかないから置く場所に困ったというのは憶えているのだけど、どこに置いたのかまでは憶えていない。

 左上からタイトルを流し読みしていくしかないなぁ……。ハーメラ……の列は飛ばそう。ある訳がない。ここはアーテル教の歴史だから違う。そこから聖書が続いて絵本があってそれから……。


「……あれ?」


 そうやっていると、いつの間にか最後の段にまで来てしまった。そこを一つ一つ見ていったが、魔術関連の本は見当たらない。……どこに置いたんだろう、僕?

 もう一度、今度は一つ一つ丁寧に探してみたけど見当たらない。……おかしい。どこかで見たはずなんだけど。

 そこでふと思い出す。確か、貰った日は興味が凄くあったから分かりやすい場所に、と別の場所に置いたような?

 机の上を見てみる。……無いね。じゃあ引き出しには……あった!

 引き出しを開けてみると、動物の革で綴じられ、その表紙に『神聖魔術』とだけ書かれた本が姿を現した。

 そうだった。確かあの時は別の本を勉強していたからここに入れておいたんだ。

 普段と違う事をしたからこうなるんだよな、って自分に呆れつつ本を手に取り椅子に座る。薄くてそんなに重みの無いそれを開くと、目次も何も無くいきなり長々とした文章が続いていた。


(……もしかして、これは勉強用の本じゃなくてメモとかそういうのを纏めただけの本なのでは?)


 そんな事を疑ったけど、冷静に考えてみれば最初から最後まで読むのだからどっちも大差が無いな、と思った僕は文章に集中する事にした。今じゃこの文字もスラスラと読めるようになったのだからちょっと成長を感じられる。



 ──神聖魔術とは、広義の意味では通常の魔術と変わりない。その大半が治癒を占め、過去には治癒魔術で一括されていた事もある。

 ただしその適正割合は極めて低く、ただでさえ少ない魔術師の中でも扱う事が出来るのは極一部と言われている。

 加えて神聖魔術を扱えるとしても、全ての神聖魔術に適性があるとは限らないのがこの魔術の習得が困難を極める理由の一つである。努力をすれば成長が見込める一般魔術とは違い、神聖魔術はほぼ天性の才能により使用の可不可が決まっている。

 歴代の聖女もその全員が多くの神聖魔術を扱える事から、神聖魔術の適性度合いが聖女の実力と比例していると言っても過言ではない。

 記録に残っている歴代聖女でも全ての神聖魔術を扱えた者はグローリア=ハーメラただ一人と言われており、極めて稀有なお方である。



 ここまで読んで僕は驚かされた。神聖魔術がどんなものかはまだよく分かっていないけど、リアは本にも載るほど凄い人だったらしい。

 いや、僕にとってリアは近過ぎる存在だから分からなかったのだろう。僕はリアと同じ姿になって、リアに助けられて、リアと同じくアミリオ大聖堂で一日を過ごしている。それどころかリアは普段、聖女としての威厳と慈しみを崩さないらしい。僕もたまにアーテル教の仕事を──いや、雑用と言った方が良いかな──するのだけど、その時に見るリアは僕の知っているリアとかけ離れているのだ。

 僕がいつも見ている女の子らしい姿はどこにもなく、後光でも射しているのかと思えるくらいで、敬服すらしてしまいそうだった。……そういえば、僕もリアと会った次の日に聖堂騎士団に労いの言葉を掛けるリアに対して正座していたっけな。

 それを意識すると、僕は少しだけ虚無感を覚えた。ほとんど同じ歳であるリアはこんなにも立派なのに、僕は何も無い。ただただこの大聖堂でリアの庇護の下で暮らしていると言っても良いだろう。

 僕は本から目を外し、何も無い空間を眺めた。


「……神聖魔術、か」


 僕も使えたら何か変わるかな。……何が変わるのかは分からないけど、何かが変わるかもしれない。例えば、リアや他の聖職者の人に代わって僕が神聖魔術で治療をする、とか。

 この大聖堂ではあまり聞かない話だけど、各所に点在している教会では冒険者や兵士たちの怪我の治療をしている所がある。ただ、この本にも書かれていた通り神聖魔術を扱える人は少ない。おまけに怪我の治療だけじゃなくて解毒や解呪なんかもするとなると人手が足りないようだ。毒はまだ解毒草があるから良いらしいのだが、呪いとなるとそうもいかない。呪いに罹る人はまず居ないのだけど、それでも罹る人は少し居る。解呪は特に出来る人が少ないらしく、そういう人がこの大聖堂に来る事がたまにあるってくらいだ。人が居なければリアがその解呪を担当する事だってあるってリアが教えてくれたので間違いないだろう。

 それを僕が出来るようになったら、少しは役に立っていると言えるのではないだろうか。……いや、僕が神聖魔術を扱えるとは限らないんだけどさ。


「試してみるかな……」


 本の続きには神聖魔術のやり方が書いているようなので試してみる事にした。えーっと……………………何、これ……? これって魔術が使える事が前提なのかな……。

 僕が読んだページには、なんとも頭の痛くなるような内容が書かれてあった。


『魔力を流す前に、天上に住まう三女神の神域へ心を繋ぐ』


 一発目でこれである。もはや何を言っているのかすら理解不能だ。魔力の流し方なんて当然僕は知らないし、そもそもどこに流すのかすら書いていない。おまけに三女神様がいらっしゃる神域に心を繋ぐってどういう事なのか。一部が理解できないなんて生易しい事なんかじゃない。全てが分からない。

 気力のほとんどが消えてしまったが、一応読み進めてみるとなんとなく表面的なやり方だけは僕にも理解する事が出来た。

 簡潔に言うとまず手の平に魔力を集中させ、その時に『フェオ』や『ソーン』とか唱えたら良い。……らしい。効果も色々載っているけど、どうせ掛ける相手が居ないのだから見なくても良いだろう。

 僕は本から目を離し、河原での出来事を頭に浮かべる。リアが社長さんにやったように腕を伸ばし、手の平に魔力を集中させるようなイメージをして……。


「ソーン」


 あの時のリアの詠唱と思われる言葉を口にした。


「──ひゃぁっ!!?」


 その瞬間、僕の手から何かが抜けていくような感覚が襲ってきた。ズルリと、手の骨から血の塊でも吐き出されたかのようなゾッとする感覚で、思わず悲鳴すら上げてしまったくらいだ。

 恐る恐ると手の平を見る。だけど、そこには穴が空いているなんて事も無く何の変化も無い。ビクビクしながら触ってもみたけど、柔らかい手の肉と硬い骨の感触が返ってくるだけだ。間違いなく何かが出ていったはずなんだけど……アレは一体何だったのか……。

 よく見ると、僕の手は震えていた。息も少し荒くなっていると気付いた。……これが、得体の知れない恐怖というものなんだろうか。



 コンコンコン──



「ッ──!!」


 追い討ちを掛けられたかのように、全く予想すらしていなかった音に僕は声にならない悲鳴を上げる。恐怖心で心臓がバクバクと跳ねる。口から心臓が飛び出るかのような勢いだ。

 ……誰だろう。まさか、さっきの悲鳴を聴かれたのかな……。


「ヒューゴさん。今よろしいでしょうか?」


 そして、その訪問主はまたもや予想外であった。リアだ。今は軍師さんと話しているはずのリアだった。

 訳が分からず、僕の喉に言葉が詰まる。恐怖に震える心と現状を必死に理解しようとする思考と手をギュッと押さえている身体で、僕という存在そのものが混乱しているようだった。


「……ヒューゴさん? お休みされていらっしゃるのでしょうか……」

「──ごめん! なに、かな?」


 それでも、このタイミングでリアが訊ねてきたのには何か理由があるはずだ。だから僕は出来るだけ平静を装いつつ声を絞り出した。


「ヒューゴさん……?」


 が、その無理はリアに通用しなかった。明らかに心配したような声でリアは再度僕の名を呟いたのだ。

 このままではいけないと流石に今の僕だって分かる。なんとか落ち着かせる為、僕は何度か深呼吸を繰り返した。……………………良し。


「入っても良いよ」


 心も大体静かになってくれたのでリアに入室を促す。本来ならば僕が出迎えるべきなのだろうけど、軍師さんが訪問している今、迂闊に外へ出ない方が良いだろう。

 遠慮がちにドアが開かれ、リアが心配した顔で入ってくる。閉める際もあまり音を立てないようにしている事から、あまり僕を不安がらせないようにしているのだろうか。


「どうしたの?」

「え、と……その前にヒューゴさん、何かあったのですか?」


 何か用事があったと思うのだけど、リアは先に僕の心配をしてくれた。そこで完全に心が落ち着いてくれる。こうやって誰かに心配されるのって、案外冷静になれるようだ。僕は、今になって初めて知った。


「ちょっと驚いた事があっただけだから気にしなくて良いよ。それより、何かあったんじゃ?」

「あ……ハイ……実は、軍師さんが社長さんの事を知りたいそうなのです」

「……ん? どういう事?」


 リアの言っている意味が上手く理解できなくて首を傾げてしまう。なんでハーメラの軍師さんが社長さんを知りたがっているのかってのもそうだけど、この話を僕にしてきたという事もいまいち不明だ。

 そう思っているのが伝わったのだろうか、リアは少し詳しく説明してくれた。


「私は社長さんの事をよく知ってはいません。それはヒューゴさんも同じだとは思いますが、私だけよりもヒューゴさんとご一緒であればもう少し詳しくお話し出来ると思ったのです」

「ああ、なるほど」


 確かにそうだろう。僕達は社長さんの事を詳しくは知っていないけど、一人よりも二人の方が話せる内容は増えると思う。自分が気付いていない何かをリアが気付いていたり、その逆もあったりするだろう。──けど、それには少し問題がある。

 僕はリアの目を見る。空色の彼女の瞳は少しだけ曇りがかっており、ちょっとだけ不安を覚えているように思えた。


「僕が軍師さんと会っても大丈夫なの?」


 問題とはその事である。僕の存在は秘密にしておいた方が良い。リアと全く同じ姿をしているってだけでも大問題なのに、おまけに王家の人間じゃないのにハーメラ王家の血筋にのみ現れる髪と目の色をしているのだから余計にややこしくなってしまう。ハーメラ王だって出来るだけ隠し通せって言っていたくらいだ。軍師さん相手と言えど、僕の存在を教えても良いのだろうか。

 が、そこは既にオースティンさんと相談をして大丈夫と判断したらしい。というか、どうやら軍師さんを連れて来た時にオースティンさんも一緒に同伴しに来たようだ。なんでも『軍師が突然グローリア様に会いに来るなんて何かあったに違いない』との事。やっぱり過保護である。

 そういう事ならば僕も行くべきだろう。そう思った僕は机の上に置いていた外套を羽織り、被りをいつものように深くしてリアの部屋へと向かう事にした。

 リアが僕を案内するように前を歩き、僕が彼女の後ろをついて行く。途中で巡回中の聖堂騎士団の人と会ったが、もはや僕の事など慣れた様子でリアと僕に敬礼をしていた。

 一分も掛からず到着するリアの部屋。その部屋の主であるリアは、自分の部屋だというのにノックをしてから部屋に入って行った。……本当、こういう所とか礼儀正しいよなぁ、なんて事を僕は思う。


「おかえりなさいませグローリア様」


 真っ先にそう言って一礼をするオースティンさん。そしてその対面に女の子が席に座っていたのだが、リアの姿を見ると同時に席を立ち、右腕を胸の前にやって頭を下げた。

 身長は150cmにも満たないであろう小柄で、少し跳ねている感じのミドルショートの焦げ茶髪。顔立ちもどこか幼く見えるが、それとは真逆に鋭い眼つきをしている。縁の無い丸眼鏡をしている事から、ちょっと目が悪いのだろう。長机の上には何かしらの紙が広げられており、それを見ながら何か話していたようだ。

 ……そんな感じの女の子に、僕は今睨まれている。……なんで?


「グローリア様。お言葉ですがこちらの不審者はどなたでしょうか」

(ふ、不審者……)


 物凄く冷たい声で僕を不審者と呼ぶ女の子。……傍目から見たら間違いないんだろうけど、割と傷付く。

 リアは困った顔をしつつも笑顔で女の子へ視線を向ける。……もしかして、リアもこの状態の僕は不審者と呼ばれるのしょうがないって思っているのかな。


「以前、私が魔族に襲われた際に命を顧みず助けて下さったお方です。ヒューゴさんと申します」

「む……。そう、でしたか……」


 突然バツの悪そうな顔になる女の子。……なんでそんな顔になるんだろ。あの時の事とこの子は何か関係があるのだろうか。


「お気を悪くさせる事を言ってすみません。ですが、どうしてもその事は知っていて欲しかったのです」

「……いえ。亡き兵達もグローリア様をお護り出来たと喜ばれているでしょう」


 あの時、赤黒い泥となった兵士さん達の事を知っている……? 何者なんだろう、この子は。

 リアは一瞬だけ悲しい顔を浮かべた。しかし、小さく頭を横に振ると真面目な顔付きへと変わる。


「まず初めに、こちらのお方の姿を見ても絶対に他言をしないとお約束下さい」

「それは構わないですけど、なぜですか?」

「アーテル教とハーメラ王国の重大な秘密に関わるからです」

「っ!」


 リアがそう言うと、今度は女の子の顔付きも変わった。ちょっと前までの僕に向けていた冷たい視線も、さっきまでのバツの悪そうな顔も消えて、これから重大な会議でもするかのように真剣な顔となったのだ。

 女の子は一度だけ長い瞬きをすると、約束を守ると言ってくれた。


「ヒューゴさん、被りを取って下さいますか?」

「うん」

「──なっ!?」


 リアに言われて僕は被りを外す。すると、ある意味で予想通りの反応を女の子はした。大きく目を見開き、信じられない物でも見たかのように驚愕している。

 リアへ視線を向け、続いて僕へ視線を向ける。そうやって僕達を見比べて数回、女の子は途端に難しい顔をした。


「これは……一体どういう事ですか……? 説明を求めます」


 女の子の言葉にリアは答える。僕が身を挺してリアを庇ったという事。そしてその僕の命が尽きる前に聖法を使った事。その副作用で僕の姿がリアと全く同じになったという事。

 話が進むにつれ険しい顔となる女の子は、一通り聞いて僕へと視線を移した。


「……この者は、グローリア様にとってどのようなお方なのでしょうか?」


 ちょっと予想していない言葉に、僕はリアへ顔を向けてしまう。同時にリアも僕の方へと顔を向けたのか、僕達の視線が交差する事となる。

 そしてリアが柔らかく──聖女というよりも、実に少女らしい笑みを浮かべてから言った。


「私の、掛け替えの無い大切な存在です」


 ……これもまた予想外の言葉だった。身悶えしてしまいそうなくらい嬉しい……! 掛け替えが無いとは、文字通り替えの利かない唯一の存在という意味だ。こんなの嬉しくないはずがないだろう。

 が、それをなんとか抑え切る。ここで気持ち悪い姿を見せる訳にはいかない。リアの尊厳にも関わってきかねないからだ。


「……分かりました。グローリア様がそこまで仰るのですから、私も信用しましょう」


 ふぅ、と女の子は小さく息を吐く。そして、僕へ冷たくはない鋭い目を向けてきた。


「私はソフィア。聞いているかもしれないが、このハーメラ王国の軍師をしている。小さいからと馬鹿にするんじゃないぞ」

「……ぇえ!? こ、この子が!?」

「おい貴様ぁ馬鹿にするなって言っただろぉ?」

「い、いやいやいや……。軍師さんって男がするものだと思ってたから、つい……」


 いや……確かにこの部屋に僕の知らない人なんてこの子以外に居ないから分かる事ではあったのだけど、容姿のせいで自動的に頭から除外してしまっていた。

 ……人は見た目によらない。しっかり覚えておこう。

 極めて不機嫌そうな感じになったソフィアさんが一つ咳払いをする。気持ちの切り替えだったのか、真面目な顔へとなった。


「まあ良い。それよりも、社長の事について話を伺いたい。……いや、初めから話した方が良いか」


 ソフィアさんがそう言って長机に向き直る。そして、そこに広げられた何かの資料に手を置いた。


「これはケイアス平原にあるシャロンの調査報告書だ。あるお方がご自身で調査をして持って来られたのだが、私はこれに妙な違和感を覚えている」


 そう言って一枚の資料を手に取って文字を眺めるソフィアさん。僕達も机へと寄り、その上に置かれている資料に目を落とした。そこには、とても綺麗で優雅な字が紙の上で踊っていた。思わず真似しようかなって思ったくらいだ。


「調査にはそのお方に加えて王国に属する兵士と数名の冒険者が補助と護衛という形で向かっている。その冒険者の一人は『社長』と名乗っているらしい。恐らく、この報告書を作ったのはその社長という人物だ」

「えっと……どうしてですか?」


 なんとなく疑問に思ったので訊いてみる。確かに社長さんはこういう物を作るのが得意そうなイメージがあるけれど、補助や護衛としてついて行った社長さんが報告書を作るって言うのはなんだかおかしい気がしたからだ。


「まず、言葉の選び方がそのお方らしくない。どうにも硬過ぎるし、文章の作りも細かい。あのお方ならばもう少し口語調になっていたり、少し漠然とした文章になるはずなんだ」


 例えばココ、と言われて文章の一部を指差す。そこを読んでみると、こんな事が書かれてあった。



 ──市街の損壊状況は非常に軽微なのに対し、軍用施設と思われる箇所への攻撃の痕跡が激しい。この事からシャロンを攻略した際に電撃戦を仕掛けたと推測する。

 また、それにより復旧作業は困難を極める事が必至である。備蓄庫、武器庫などは現状の施設を取り壊し、新規に建設する方が時間と資源の節約に繋がると思われる。

 復旧、建設後は重要施設に限り現状に加え二重三重の防御機構を備え、堅牢化する事が課題となる──



 ……なんというか、凄く社長さんらしい書き方だなって思えた。先入観もあるからだろうけど、社長さんが書いたって言われても全く疑う事なく信じられる。確かにあの人なら、こんな感じにガッチガチの報告書を作ってきそうだ。


「報告書自体は良い出来だと思っている。これのおかげでシャロンを復興させる事は様々な面から割に合わないと判断出来た。だが、それ故に私はこの社長という人物が気になるんだ。……あの方も、面白い人だったと笑顔で仰られていたしな」


 そこでソフィアさんの表情が少し変わった。……いや、変わったのはほんの僅か。目元辺りから微妙に嫉妬しているような感じ。

 ……嫉妬? なんで?

 が、それも一瞬の事。ソフィアさんは元の真面目な表情に戻った。


「念の為に訊いておきたい。グローリア様とオースティン大司祭にはもう訊いたんだが、この報告書を見てどう感じたのか教えて欲しい」

「どう、ですか……」


 そう言われると少し困った。リアとオースティンさんがなんて答えたのか知らないけど、この報告書を見て何を思えと……?

 僕は軍師じゃないし、そもそもこういうガチガチの報告書なんて見たのは初めてだ。どう感じるも何も、何を読み取れというのだろうか。

 無茶振りするなぁ……なんて事を思いつつ、もう一度報告書に目を落とす。書いてある事は街の現状と、施設の修復が出来るか否かの内容、そして復旧方法とかそういうものがほとんどだ。


「なんだか、ここで戦ったりする予定でもあるのかなぁって感じ……?」

「え?」

「ほう……なるほど……」

「へぇ……」

「へ……? え、何……?」


 リアを除く二人から感心されてしまい困惑する。オースティンさんは報告書を改めて眺めて何かを読み取るように、ソフィアさんからは見直したような感じの視線を向けられている。


「そう。これは恐らく社長がシャロンを再利用する為に調査した結果の物と言っても良い。金貨50という大仕事でもあるから真面目に調査報告書を作ったのもあるだろうが、本質はそっちだろう。他にもシャロンで暮らせるようにする為の情報を書き入れていたりするし、何よりも城内部の地図が細か過ぎる。もし国を立ち上げる目的があるのならば、この報告書は非常に噛み合った内容だとも言えるだろう」


 場がシンと静まる。きっと、僕達は社長さんがそんな事を考えているのかどうか想像しているのだろう。

 確かに、社長さんの事だから何をしてもおかしくはない。そもそも、あの人が『冒険者』という立ち位置自体に違和感がある。なんというか、もっと頭を使う事をしていそうな印象だ。

 そこでふと思う。社長さんと主任さんは僕と同じく異世界からこっちへ来た人だ。という事は、大なり小なり拠点が必要となるだろう。僕は幸いにもアーテル教の聖女であるリアのおかげでここに居られるけど、社長さん達は冒険者という立場だからどこかしらに拠点を作らなければならない。あのローゼリアって人の家がその可能性もあるけど、あの二人がそれで満足するとはちょっと思えなかった。

 そう考えると、このシャロンという場所は非常に魅力的だろう。人も魔族も住んでいなくて、それなりに大きな規模の街や城壁があって、城まであるときた。社長さん達にとって良い物件だったに違いない。


「なるほど。グローリア様たちの反応を見て確信しました。社長という人物は、このシャロンを根城に活動を考えてもおかしくない者なのですね」

「……うん。僕はそう思うかな」

「そうですね……。私も社長さんならば実行しそうな気がします」

「私も同意見ですな」


 全員、同じ意見で固まった。……けど、それが何か問題なのだろうか? うろ覚えだけど、確かシャロンって百年以上も前に誰も使わなくなった場所だったはず。ハーメラもここを再利用するのを断念するってソフィアさんは言っていたし、そこを社長さんが使って何かあるのだろうか?


「その事に疑問でもあるのかな?」

「え……は、はい……。何がダメなんだろうかなって……」


 たぶん僕はそんな顔でもしていたのだろう。ソフィアさんからそんな事を言われたので、正直にそう答えた。


「まず一つ目。実は社長がどういった人物なのかを調査したんだが……失敗に終わった」

「どういう事ですかな?」


 調査が失敗すると言って、僕もオースティンさんと同じ事を思った。社長さんを調査して失敗に終わるって、何があったのだろう。


「調査員の存在がバレて、逆に尋問されたようだ。怪我や痛い思いはしなかったようだが、二度と調査をしたくないと怯えながら拒否されたんだ」

「うわ……」


 容易に想像できる……。社長さんってどこか怖いんだよなぁ……。実際に怖い思いをした僕だから言える。その調査員さんが可哀想だ……。


「そしてもう一つ。シャロンは場所が悪過ぎる。ここは周辺に何も無い平原のド真ん中だ。加えて東には魔族が住む魔界がある。知っての通り人と魔族は戦争をしているから、当然この場所が最前線となるんだ。だからこそ私達ハーメラはこの場所を利用したかったが……あまりにも危険過ぎて断念を決意した。このままシャロンを根城にしたとしても、すぐに魔族によって殺されるだろう。これ程の人材を失うのは勿体ない。出来るならば冒険者でなくハーメラ軍に属して欲しい」


 つまり、引き抜きたいという事らしい。けど、それはそれで大丈夫なのだろうか? 信用問題とかなんとかで軍内部で反発とか起きそうなんだけど……。

 そう思ったけど、それも既に考えている事らしい。ソフィアさんはそのまま続けた。


「勿論、信用たる人物かを判断してからになる。その為に調査をしていたんだが……まあ、さっき言った通りだ」


 残念そうに目を閉じるソフィアさん。逆に僕はスッと納得できた。ああ、だから調査したんだ。


「直接の調査がダメならば間接的な調査をせざるを得ない。そこでお三人に伺いたい。社長という人物は信用できる人物でしょうか?」


 そう言われ、僕達は互いに目を合わせる。……信用できる人か否か、か。

 正直に言って、僕の中で答えはもう出ていた。単純かもしれないけど、ヒックさん達の一件で僕は信用できる人だと思っている。他人の為にああやって行動を起こせる人は素直に信用できるからだ。

 ……まあ、それを言ったら社長さんに叱られそうだけど。


「ふぅむ……。判断が難しいですな。私は彼女達の事を詳しく知りません故、どちらとも言えないとだけ言っておきましょう」

「分かりました。──グローリア様とヒューゴさんは?」


 オースティンさんがそう言ったので少し不安になったのでリアをチラリと見る。するとリアは僕の視線を感じたのか、僕へ顔を向けてきた。

 その表情は真剣そのものだったが、同時にとても落ち着いた感じでもあった。それを見て僕は思う。きっと、リアは僕と同じ事を考えているのだろう、と。


「私は、社長さんを信用できるお方だと思っています」

「だって、他人に為に行動を起こせる人だもんね」


 リアがソフィアさんにそう言ったので、僕はそれに続く形で自分の考えを言った。


「はいっ。……こんな事をご本人の前で言ってしまうと、叱られてしまいそうです」

「あはは……本当にね」


 リアの言葉を聞いてちょっとだけ安心すると同時に、ほんの少しだけ嬉しいと思った。こんななんでもないような事で嬉しく思ってしまうのは、やっぱり僕がリアに惚れているからなんだろう。

 ただちょっと意外だったのが、ソフィアさんが驚いたような顔をしていたという事。何か想定外の事でもあったのだろうかと思ったけど、あまり聞かない方が良いのかな……? 深く訊きにいくのも良くない気がする。


「……なるほど。お二人の反応を見て確信しました。社長という人物は信用できる人なのですね」


 と、そこでまたソフィアさんが良く分からない表情をする。初めに朗報を聞いて、次の瞬間に悲報を耳にしたかのような感じだった。良かったけど都合が悪い。そんな感じだ。

 なんでそんな風に思っているんだろう、と不思議に思っていると、ソフィアさんは広げた報告書を一つに纏め、足元に置いていた革の鞄に詰め込みだした。


「貴重な情報、ありがとうございます。お時間を取らせてしまってすみません」


 それだけ言うと、ソフィアさんは右手を胸の前にやって頭を下げる。そして、もう用は無い言わんばかりに部屋から出ようとした。

 そこで、彼女の足を止める出来事が発生する。


「──もしかして、社長さんとお会いするおつもりですか?」


 リアが唐突にそう言ったのを耳にしたソフィアさんは、ドアに掛けていた手を下ろして振り向いた。


「ええ。直接話したい事もありますので」

「ならば、社長さんをここへお呼びしましょうか?」

「──え?」


 予想外の言葉だったのか、ソフィアさんは一瞬だけ呆然とした。オースティンさんも頭の上にクエスチョンマークでも浮かべたかのような表情をしている。


「実は、私も社長さんとお話ししたい事があるのです。それに、私とヒューゴさんならば社長さんと面識がありますので話もしやすいかと思います」


 聖女としての微笑みを浮かべてソフィアさんに提案をした。それに対し僕は『ああそういう事か』なんて呑気な事を思う。

 きっとリアはヒックさん達があの後どうなったのかが知りたいのだろう。それは僕も気になる事ではあるし、出来る限りの事をしようとしたリアはもっと気になる事でもあるはずだ。

 けど、ヒックさん達は魔族である竜人と共に生活している。竜人は魔族であっても敵ではない。それは分かっているが、あのような騒ぎが起きてしまった以上、アーテル教はヒックさん達に接触をする事なんて出来っこない。だから僕達はヒックさん達の情報が入ってきていなかったのだ。それを知るチャンスが訪れたのなら、僕だってリアと同じ事を言っただろう。


「如何でしょうか?」


 ニッコリと笑顔を向けるリア。人を安心させる、あの柔らかい笑顔だ。

 そんな聖女の微笑みを向けられたソフィアさんは、その笑顔に釣られるように口端を綻ばせた。


「嬉しい提案ですね。では、日時が決まり次第ご連絡頂けますか?」

「はい。お任せ下さい」


 そして、ソフィアさんは今度こそ部屋から退室した。その時の顔はなんとなく、女の子らしい優しいものであった。

 その後は間もなくして夕食の時間となる。僕達はいつものように食事をし、そしていつものように食べ終わる。……まあそこからが僕にとって試練だったのだけど。

 リアからの一緒に寝るお誘いの返事は夕食が終わった後である。とうとうその時間がやってきてしまったのだ。

 湯浴みの準備をする短い間、僕はリアに言った。


「……一緒に、寝る?」

「!! はいっ! 是非!!」


 今僕が持っている勇気の全てを振り絞って出した言葉。その言葉に、リアは子供みたいな満面の笑みで喜んだ。

 それを見て僕は思う。──やっぱり、リアには敵わないなぁ、って。

 ただ、前とはちょっと違う事もあった。前までは布団に入ったら、リアは僕と少しの間だけお喋りをしていたのだけど、今回はそれがほとんど無かった。横になって僕の手を握ったら、リアはすぐに眠ってしまったのだ。どうやら膝枕で寝る時間が無かったのが響いているらしい。

 その事に微笑みながら僕もゆっくりと意識を落としていく。ちょっぴり子供っぽい所があるリアが可愛らしくて、僕もリア程ではないにしろ、すんなりと夢の国へと旅立つ事が出来た。



──これは予想していた事だけど、朝になって起きたリアは少し残念がっていた。早々に眠気に負けてしまった事を悔いているらしい。

 けど──


「ですが、とても穏やかで良い夢が見られました」


 ──そう言ったリアの顔は、とても幸せそうにしていた。




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