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クロス・レール  作者: 月雨刹那
第一章
25/41

通ずるもの 5

 あったぁらしーいーあっさがーきたー。くっそ面倒な朝だァ……。いよいよ調査の時間が来たぞォ……。最高にローって感じの気分だァ……。飯も保存食だったから底の底に落ちてるぞォ……。

 目の前にあるのはハーメラ程ではないにしろ高い城壁。それが街……いや都市かこれ? それをグルっと囲むようにして中を護る形だ。おまけに見張り塔らしき物もそう遠くない間隔で配置されていて、これだけで攻める気力を落とさせてそう。バリスタとか弓で攻撃なんぞされたら一溜まりもねーだろうなぁ……。


「わぁ……シャロン城も大きいです……」

「思ったよりもしっかりしているようだね」

「うん。話には聞いていたけど……流石は当時、城塞都市国家なんて呼ばれていただけはあると思うよ」


 王子が初耳情報を口にしやがった。マジで城塞なのかよ。


「こんな場所でよく城塞都市なんて造れたね。特別な何かでもあったの?」

「かつてはこの地域でしか採取できなかった魔茸またけをシャロンの特産物として独占していたんだ。そのおかげでお金が余るほどあったって言われているよ」

「マタケ……? なんだそれ」


 初めて聞く物体の名前だ。なんかマヌケっぽい名前だけど何ですかそれは。

 ほとんど独り言のように言ったからか、その答えは王子ではなくロゼが答えた。


「魔茸とは魔術師に必須とも言われているキノコですわ。魔力に変換しやすい素材でして、安定して涼しく湿気のある場所にしか生えません。今でこそ栽培技術が確立されてどこでも手に入るようになりましたが、昔はこの辺りの環境でしか育たないと言われていたとか」

「ああ、そう……」


 説明を聞いたら興味が無くなった。俺は魔術が扱えねーし、すこぶるどうでも良い。

 なんか面白い事とかねーかなぁって思いながら周りを見てみる。……左目を閉じて腕を組んだ社長が目に入った。一瞬で悟る。これぜってぇ面倒な事を考えてるぞ……。

 今すぐにでも逃げだしたかったが、生憎とこんな場所で逃げれるような場所なんて皆無である。……しゃあねえ。面倒事も一回や二回じゃねーんだ。やってやるよ。なんだ言ってみろ。


「想像以上に広いから三手に別れよう。私はアリシアと、王子はルイスさんとナリシャさん。主任はロゼとリリィね」

「おい待て。どうしてそんな分け方をした。言ってみろ」


 俺に心労という心労が掛かるんですけどォ?

 いやまあ、どうせ言い包められるのは知ってる。それでも僅かな希望に賭けてみたくなるのは人間の悲しい性よね。


「一つ目はユーロスの宿屋での構成で、それぞれ相性が良さそうだったという事。二つ目は各班に文字か絵を描ける者を置かなければならない事。三つ目は各班で最低一人は戦力を置きたいという事。何か反論は?」

「俺だけ死ぬほど疲れるから考え直せ。あと、お前の所だけ戦闘員が居ねーぞ」

「他に案を出していないから却下。それに、私の班は私が居るでしょ? 私が魔術師だっていうの忘れていない?」


 ああ……そういやそんな設定だったな……。お前がそれで良いのなら別に良いが、敵が出てきたらどうすんのやら。まあ、何か考えとか用意があるんだろうかねぇ。

 そうして、俺を除く……いや、俺とナリシャを除いて全員が賛成したのでそのメンバーで行く事になった。おのれ民主主義……。

 溜め息を吐きながら社長と王子の班を見送る。社長達は中央の道を進んで城の内部とその周辺の探索。王子達は左側からグルッと回って、俺達はその逆の右側から。俺達と王子達が合流したらそこで終わりだそうだ。夕暮れになったら城の前に集合しろっても言ってた。


「はぁぁぁぁ……」


 今度は盛大に溜め息。調査って好きじゃないのよね。おまけにロゼとリリィ付き。溜め込まれるのは情報じゃなくて疲れである。主に俺に。

 ……しかし、少し気になる事がある。なんとなくだが、社長の様子が変だった。正確に言うと、出発する瞬間に目の光が灯った感じだった。調査とかそういうのが好きそうな奴ではあるが、あの感じはちょっと違和感がある。

 ……まあ、大丈夫だろう。


「ねーねー。調査って言ってるけど、具体的には何をするのー?」

「お前マジでなんの為に来たの?」

「しょーがないでしょぉ!? あたしこういう事した事ないし、そもそも移動と戦ってる時は邪魔にならないよう影に入ってたんだからさぁ!? 話の流れもいまいち分かってないわよ!!」

「威張れる事じゃねえよ!!」


 思わず盛大に溜め息を吐く。あー……面倒だから簡単に言うかぁ……。まあ、こいつの残念な頭じゃ複雑な事なんぞ理解できんだろ。


「それは主任さんも同じでは?」

「うるせえ話進ませろ」


 本当にド失礼になってきたなぁロゼぇ……。いやそもそもそんなに俺って顔に出てるか……? まあ良いや……。


「気になるモンがあったら紙に書く。以上」


 端的に言えばこんなもんだろ。要は普通じゃない部分を書き留めておけば良い。後は社長や王子がなんとかするだろ。たぶん。


「じゃあ、ああいうのもそうなの?」


 そう言ってリリィは城壁のとある場所に指を向ける。一見すると何でもねーように見えるが、よくよく見ると地面との境目になんか小さな穴が空いてやがった。猫とか小型犬くらいなら入れるんじゃねってくらいの大きさである。

 なんぞこれと思いつつ近寄ってみる。すると、なんか獣っぽい臭いが漂ってきた。


「何かしらの巣のようですね。という事は、この城壁はかなり頑丈に造られているのでしょう」

「え、なんで?」


 逆じゃねえの? と思って訊き返す。巣を作られてるから脆くなってんじゃねーの?


「小動物が巣を作るという事は、その場所が安全だという証明でもありますわ。もし崩れそうであるのならば、危機感の強い動物がそこに巣を作る事はありません」

「なるほどなぁ」


 早速ロゼが紙と墨を取り出して何かを書いていく。横目で眺めると、そこには……その、なんて言えば良いんだコレ……? 俺ですら何も口にしない方が良いと断言できるくらい下手糞な絵がそこに描かれていた。鉄格子……いや、絨毯爆撃をしている何か……? って感じの壁らしき物の下に、黒くグリグリと塗りたくられたでっけぇ穴を描いている。

 明らかに穴がデカすぎである。そもそも何も言われず見せられたら城壁だと気付くのに人生を三回はリトライしないと分からなそうだ……。一応、何かの説明文を書いているが……これ大丈夫なの……?


「あ、ロゼって絵が描けるんだ?」

(ヤベェ!!)


 ヒョッコリとロゼの絵を覗き込んだアホが居た。余計なこと言うんじゃねえぞ!! マジで言うなよ!!

 声には出せないので心の中で叫びつつアイコンタクトを試みる俺。当のアホは欠片も気づく様子すらなくロゼの絵を見てフリーズしてしまった。

 自分の事じゃねーのに冷や汗が滝のように流れてくる。これから訪れるであろう鮮血の結末を予想し、俺は目を逸らした。俺は気付いていません。見ていません。何も知りません。なるべくそんな風を装っておいた。リリィ、短い付き合いだったな……。


「ねー。これってシャロンのどこの城壁かって書いてるの?」

「あら、忘れていましたわ。早速描き加えておきましょう」


 ……惨劇は回避された。奇跡的にリリィが空気を読んだのか、それとも天然なのか、むしろアドバイスをした。ロゼも御機嫌に描き足していっている様子。

 心臓に悪い……。今すぐお家に帰りたい……。やっぱり国からの依頼なんぞ碌な事にならねぇ……。

 だがしかし、途中で放棄なんぞ出来る訳もなく、俺達は廃墟となっている街並みと城壁を眺めつつ練り歩いて行った。

 面白いものは無かったが、それなりに見えてくるものはある。例えば見張り塔や何かの施設だったんだろうって部分だけやけにボロボロになっている事から、局所的に集中攻撃でも受けたんだろう。それに比べて街並みは比較的に綺麗な形を保っている。電撃戦でも仕掛けられて一気に攻め落とされたのかね。もしくは早々に降伏でもしたのだろうか。あと、物陰になってジメッとしてる部分はエリンギっぽい見た目の青色のキノコがよく生えていた。たぶん、王子の言ってた魔茸とかいう物体なんだろう。

 ただ、少し気になる事もある。この魔茸とかいうの、持って帰ったら売れるんじゃねえの? そう思ったんだが、リリィはともかくとしてロゼも触れる様子すらない。なんでだ?


「なあ、これって魔茸じゃねえの? 持って帰ったら売れねえ?」


 あっちらこっちらに生えてる魔茸らしき物体に親指を向けてロゼに言う。そんなロゼは『ああ、なるほど』とでも言いたそうな顔をした。何を察したんですかね……。


「よく見て下さいね」


 そう言って短剣と長い針っぽいの(コイツの事だからたぶん暗殺道具だろうな)を魔茸の前に座り込む。そうすると何かを確かめるように魔茸のあちこちを触り出し、何かを見付けたのかそこに針をぶっ刺した。そしてグリッと何かを切るような動作をしたかと思えば根っこ付近を短剣で切って採取した。続いてもう一本の魔茸はそのまま短剣で採取する。……何してんだ一体。

 なんて思ったが、すぐに違いが出てきた。針を刺した方は青色のままだが、無造作に採った方は白く色が抜けたのだ。


「このように、魔茸は採取に少し手間が掛かります。魔茸はそれその物に魔力が蓄えられているのではなく、どこかに魔力が蓄えられているんです。闇雲に採取すれば黒くなった方のように魔力は消えて無くなります。蓄えられた魔力の場所を特定し、魔力を送り込んでいる管を切る事で初めて価値のある魔茸となるんです」


 なんて面倒な……。


「そうです。面倒なんですよ」

「人の心を読むんじゃねえ」

「顔に出ていますわ、顔に」

「出てるわよー」


 二人はニヤニヤしながらそんな事を言う。イラっとしたがまあ良い。確かにあんな事を毎回していりゃ日が暮れるまでにこの街の調査なんぞ終わるとは到底思えん。時間が余ったらやればええってくらいだ。


「話は分かった。ついでにロゼ、書いてねーのなら調査内容に一筆入れてくれ」

「あら、何をでしょうか?」


 ニヤニヤ顔にいつもの微笑みの仮面を付けたロゼ。……さっきの顔も腹立つが、それでもやっぱり勿体ねーな。この偽りの笑顔は見ていて虚しくなる。

 まあ、それも今は考えなくて良いだろう。とりあえずここまで歩いて思った事を言っておくか。


「見張り塔とかは攻撃を受けまくってるけど街並みは綺麗だから、電撃戦でもされたんじゃねーの、たぶん。っていうの」

「……デンゲキセン?」

「……すみません。デンゲキセンとは一体何でしょう?」


 二人して『何言ってんのこの人』って顔をされた。あ、通じないのね……。


「敵の防衛線を一点突破して、連絡経路とか司令部だとか食糧庫だの敵の弱い部分をぶっ叩く戦術だよ。混乱した敵を立て直させずに電撃のように高速制圧するって考えて良いぞ。そこの倉庫っぽい施設とか明らかにボロボロだろ?」


 そう言って俺は廃墟同然となっている倉庫だったモノへ目を向ける。その瞬間に悪感みたいなのがゾワゾワっと背筋を這い回ってきやがった。あ、これ入っちゃ駄目なやつだ。スルーしなきゃ……。


「うわ、酷そう……」

「……良い作戦ですね。今度わたくしも試してみましょうか」


 なんかロゼがとんでもない事言ってりゅ……。コイツやっぱ怖えわ。リリィはまあうん。なんか予想通りの反応。

 ロゼはさっきの事を紙に書くと俺から電撃戦の事を詳しく聞いてきたが、俺も実際にそんなのやった事ねーしなんとなくでしか知らないので『後は社長に訊け』って言っておいた。アイツが知ってるかは知らんが、まあ何とかなるだろ。押し付けてしまえ。

 そんなこんなで日が傾き始め、大体半周してきたんだが、王子どもはまだ到着していないらしい。となると──これから自由時間でおじゃるな!!


「よし。やる事やったし休もう」

「何言ってるのよ。魔茸を集めて小銭稼ぎするわよ」

「そうですわ。言い出しっぺは主任さんですよ」


 だがしかし、このアホ女と怖いお姉たまはサービス残業する気満々である。

 ……過去の俺よ、なんて余計な事を言ってくれたんだ。いや、小銭はちょっと欲しいけどさぁ……。


「しゃあねえなぁ……。もうちょっとだけやるかぁ……」


 俺は嫌々オーラもそこそこに、魔茸が生えてそうな場所を二人と一緒に探す事にした。

 まあ結局ほとんどをリリィが見付けてロゼが採取したんだけどさ。俺やっぱ休んでて良くねえ??




…………………………………………




「うーん」


 目の前の城壁を前に、僕は唸る。必要な情報をどう書いたら良いものか、という悩みもあるんだけど、もっと大きな悩みが僕にはあった。


「どうかなされましたか王子」

「ん……いや、今回の調査だけど、どこか腑に落ちなくてね」


 ルイスに心配され、僕はその悩みを口にする。それを聞いたルイスはますます心配した顔になった。

 彼はこんな僕に忠誠を誓ってくれ、実際に行動してくれる数少ない人だ。だからこそ、僕はこうやってルイスに悩みを打ち明ける事が出来るのだろう。


「父や宰相の勧めで今の人選になったけど、初めの案じゃ僕とルイス、そしてソフィアの三人だったんだ」

「ソフィアと言いますと、あの軍師の?」


 僕は頷く。僕達の思い浮かべている軍師ソフィア──それは、ハーメラ王国にある軍隊の頭脳の人だ。

 僅か16歳という若さで今の地位に上り詰め、それから今に至る二年の間、エレヴォの奇抜な侵攻を寸での所で食い止めている優秀な人物である。

 ただし、城の中での評価は芳しくない。理由を聞けば呆れてしまうが、まず彼女が若いという事。そして身長が一般女性の頭一つ分近くも低いという事だ。

 確かにソフィアの父親は極めて優秀な軍師であった。その才能を彼女は見事に受け継いでいる。その実力で彼女は軍師にまでなったと言うのに、周りの権力者達はそれを良しとしていない。身長なんて余計に関係無い。ただ彼女の身体的特徴を揶揄しているだけに過ぎないのだ。

 僕のように無能でお飾りならばその評価も仕方が無いかもしれない。けど、ソフィアには才能も実力も実績もあるというのにこの評価だ。それを、僕は歯痒く思う。


「そのソフィア曰く『軍師たるもの、戦場や拠点の状況は自分の目で細かく見ておくべきです』と言っていた。……それは尤もだと思うんだけど、彼女にしては些か早計だったと思うんだ」

「と……言いますと?」


 ルイスは少し悩んでから聞き返す。ルイスも団長という立場から指揮をする側の人だ。ソフィアの言葉に賛同したのだろう。


「それは、今回のようにヒポグリフのような分の悪い敵を相手にする事を考えていなかったからだよ」

「ふむ、確かに。軍師ソフィアは優秀だと聞いております。しかし……であれば、なぜ?」

「それが僕の分からない所なんだ。特に、彼女は戦闘が不得手だしね」


 僕だってソフィアの言っている事は分かる。軍師にとって精密で詳細な情報は命にも等しい。喉から手が出るほど欲しいという気持ちだって分かる。けど、それは命あってこそだ。命を失ってしまえば全てを失う。少人数で向かうというのも軽快に動けるからって理由も理解できた。

 だけど、今回のように避けられない戦闘も彼女は考慮していたんじゃないだろうか? だとすれば、何が理由で僕ですら気付くこの問題を放置してまで調査作戦を決行しようとしたのだろうか。


「ふむ……そればかりは分からんですな……」


 と、その時だ。クゥ~~……って音が僕達の近くで鳴った。正確に言うと、ナリシャのお腹からだ。

 陽を見ると既に天高くまで昇っており、後は降りていくだけとなっている。調査が難航しているだけあってか、時間が経つのも早い。


「とりあえず昼食にしよう。僕のお腹もつい鳴ってしまったよ」

「ははは。そうしましょう」


 小気味良く笑うルイス。城の中で今みたいな事を言ったら怒られるのだが、彼は『紳士だ』と笑い飛ばしてくれるのだから心地良い。

 僕達は周囲を見渡し、陽が当たっていて座れる場所を探す。この辺りの地域は涼しいから、木陰だと少しばかり肌寒くなってしまう。──陽当たりの良い民家の前に丁度良さそうな段差がある。ここにしよう。

 段差に腰を下ろし、持ってきた食料を取り出す。硬く焼いたパンに干し肉、そして果物と水。実は、僕はこういった物を野外で食べるのが好きだったりする。王家の人間らしくないと言われてしまうかもしれないけど、僕は冒険というものに憧れを持っている。


「ナリシャ。よく噛んで食え。命令だ」

「……………………」


 傍でルイスがナリシャに命令しながら荒々しく干し肉を噛み千切っている。勇者であるナリシャは顎の力も凄いのか、干し肉を何の障害も無く普通に噛んで食べている様子だ。僕なんてたまに噛み切れなくて何度か噛み直す事があるというのに、凄いものだ。


「それにしても、最近はナリシャも融通が利くようになったみたいだね?」

「そうですなぁ……。最初なんて食えって言ったらそのまま飲み込もうとしていたくらいだったのに、今じゃ最初に軽く言っておけば普通に食ってくれる。なんでも、毎日ナリシャを世話してくれる奴が居るって話です。そいつのおかげなのかもしれないですよ」


 その話は何回か耳にしているから知っていた。なんでも、部屋の片付けもいつの間にかその人が一人でやってくれていたとか。

 僕は何度も噛んでやっと柔らかくなった干し肉を飲み込んだ。


「感謝しかないよ。きっと、その人は素晴らしい人なんだろうね」

「まあ……恥ずかしがり屋なのか、素顔を見せないしまともに話そうともせず逃げるようです。立派な事をしているんだから堂々としていれば良いと思うんですがね」

「……僕もそう思うよ」


 僕もそれくらい立派だったら、こんな卑屈な性格にはなっていなかったのかな。

 そんな事を思いながら水を飲む。味の濃い干し肉の風味が流れていくようで少し勿体ない気持ちになるけれど、爽やかな水によって暗い気持ちが洗い流されていく感覚も悪くない。

 それから他愛もない話を交わし、僕達は調査の続きをする。僕は戦士ではない。かと言って軍師でもない。故に調査と言っても何をどう記せば良いのかいまいち分からない。それでもソフィアは僕を指名した事から、僕にしか分からない事があるのだろう。それが何なのか、当の本人である僕が理解していない。けど、それでも頑張るしかないだろう。

 とにかく目についたものを書き記していき、後で社長さんと相談だ。彼女ならば良い知恵を貸してくれるかもしれない。

 ……ただ、やっぱり社長さんは女性ではなく男性のように思えるのは、僕が未熟だからなのだろうか。




…………………………………………




「社長さん、この部分はどう書けば良いと思う? 僕はこうやって纏めようと思っているんだけど」

「……ふむ。ここはアリシアが清書してくれた絵を添えるつもりだから、全体を視点とした文章じゃなくて一点に集中した詳細な文章にしよう」

「うん。分かった」


 ──夜になりました。お夕飯も食べ終え、私は社長さん、王子様と一緒に報告書の纏めをしている最中です。

 筆を執っているのは王子様と私。社長さんは報告書の内容を考えつつ私たち二人に指示を出して下さっています。


「社長さん、これで良いですか?」

「見せて? ……良いね。これなら分かりやすいと思うよ。絵はこれが最後だったよね?」


 社長さんに軽く褒められ、少しばかり気分が良くなる私は単純なのかもしれないです。


「はい。今ので終わりました」

「ん、ありがとう。お疲れ様。休んで良いよ」


 ……ただ、社長さんは素っ気無い所があります。その原因は主に目にあるのですが、どうして社長さんはいつも光の無い目をしているのでしょうか。ちょっとだけ気になるです。

 どうやら報告書の文章作成に手が掛かっているらしく、社長さんは王子様に付きっ切りです。私の方は描く枚数も少なかったですし、見たままの風景をそのまま描くだけなので仕方が無いですが、なんだか王子様と社長さんの考えはズレている所があるそうです。

 王子様の作る文章はどこか抽象的で全体を見た形っぽい印象なのですが、社長さんは全体は一行か二行で書き終わらせ、要点となる部分を細かく書いていく感じです。

 この報告書は軍で使う物らしいので社長さんのやり方の方が良いのですかね……? とは思いますが、私は戦いというものがよく分からないのでどっちが良いのかは分かりません。ただ、王子様が社長さんの指示に従って書いている事から、きっと社長さんのやり方が良いんだと思います。


「……………………」


 そして、困った事になりました。私は、何をしたら良いのでしょうか……。

 ルイスさんとナリシャさんは食後の訓練という事で外に出ています。主任さんはリリィさんに何かをしないといけないらしくご自身の天幕に向かわれました。ロゼさんはコッソリついて行ったようです。

 …………うーん……。ここに居ても気を遣わせてしまうだけですね……。私は自分の天幕に戻ってしまいましょう。

 社長さんと王子様に一言だけ断わってから王子様たちの天幕から出ます。空にはいくつもの星々が煌めき、僅かにある雲を照らしていました。

 思わず見惚れてしまいます。私は星占いなんて出来ませんが、この美しさは占い師さんのようにじっと見てしまいます。

 そんな星空の下で私は歩き出しました。すぐ傍ではありますが、大声でも出さない限り話し声が聴こえない距離にある天幕。私と社長さんの寝る場所です。大型の天幕を作るのならば小型にして数を作る方が楽という事でこうしたのですが、やっぱり宿屋の時と同じ構成になりました。

 主任さんは予想通り文句を言っていましたが、私としても今の分け方が一番ホッとします。王子様たちとなんて恐れ多いですし、主任さんやロゼさんは……その、怖いです……。リリィさんは主任さんの使い魔らしいので離れさせる訳にもいきません。社長さんも怖い時はあるですが、それは何か特別な事があった時だけですから怖くないです。


「……むしろ、社長さんは安心させてくれるです」


 レックスの騒動の時もしっかり解決してくれて、私達が生活の危機になった時もなんとかしてくれました。それどころか、昨日の魔獣使いと戦っていた時だって庇って下さったです。ああいう人が私のお姉さんだったら、どれだけ頼もしいでしょうか。

 ちょっとだけ想像してしまいます。怒ると怖くて普段から不愛想で、でも優しくて行動力があって料理も上手な人がお姉さんだったら……。


「……お姉さん子になっちゃうですね」


 そんな想像をして、少しだけ笑ってしまいます。きっと、私は限りなく甘えてしまうかもしれないです。


「そんな事……絶対に出来ないですけれど、ね……」


 羨ましいとも思える妄想。いえ、羨ましいと思えるからこそ妄想するのでしょう。

 もう一度、私は星空を見上げました。光っている星を社長さんとすると、私はきっと……星の光を隠す雲なのでしょうかね……。


「──アリシア?」


 ボーッと空を眺めていたら、社長さんから声を掛けられました。

 社長さんは少しだけ疲れた顔をしていましたが、何かを達成したような顔もしています。きっと、報告書の作成が終わったのでしょう。


「もう戻っていると思ったけど、何かあったの?」

「いえ。この空を眺めていたです」

「ふむ……」


 そう言った私の言葉に釣られたのか、社長さんも空へ視線を移しました。

 何気なく見たその瞳には星の光が反射していて、なんだかとても綺麗に見えます。


「……月が出ていないから私はそこまで感慨深く思えないね」

「月、ですか?」


 意外な言葉でした。社長さんは月が好きなのですか?

 そう思っていたのを見透かされたのか、社長さんがその理由を答えてくれました。


「そう、月。特に私は半分の月が好きだね」

「半分の……? どうしてですか?」


 またまた意外な言葉です。月と言えば真ん丸の満月を思い浮かべますし、一番綺麗だと私は思います。むしろ月の本来の姿は満月だと思ってしまうくらいです。逆に、欠けた月はあまり印象に残らないですね。なんというか……見えていない部分が少し寂しいです。

 ただ、社長さんは驚くような事を言いました。


「半分の月は完全じゃないからだよ。……不完全で、欠けていて、その姿の半分が見えていない。それって、まるで人間みたいじゃない?」

「人間みたい……ですか」


 それを聞いて、私は社長さんが詩人なのだと思いました。月を人間に例えているのもそうですが、ただの月ではなく『半分の月』が人間みたいだと言っている所が詩人っぽいです。


「そう。だから私は半分の月が好きなの。アリシアはどんな月が好き?」

「私ですか?」


 予想外の質問に、何回か目を瞬いてしまいます。ただ、その答えは決まっていました。


「私は満月が好きです。見ていて綺麗だと思いますし、元気も出ます! あと……満月以外だと、隠れている部分が少し可哀想って思ってしまったりもするです」

「へぇ。可哀想?」

「はい。……だって、本当の姿を見てくれないって、ちょっとだけ寂しいです」


 なるほどね、と社長さんは何かに納得しました。


「それは、アリシアが『半分の月』じゃないから?」


 ドクン、と心臓が跳ね上がります。最初は何を言っているのか分かりませんでしたが、すぐに理解しました。

 社長さんはさっき『半分の月』を人間に例えました。そして、私が『半分の月』ではないと──。

 サァ──っと身体中から血の気が引いたのが分かります。なぜ、社長さんがその事を……?


「……えっと、それはどういう意味ですか?」


 なるべく、意味が分からなかったという感じで返します。……ですが、そんな私のとぼけ方は通用しませんでした。


「以前、仕事の途中で私が馬車から降りて橋の下に行った事があったよね。あの時から気付いているよ」

「…………っ」


 嫌な汗が流れて、口が震えました。どうして、どこで気付かれたのですか……!? そもそも、どうして今になってそれを……!

 訳が分かりません。変な事は何もしていないのに気付かれた事もですが、それを話してきた理由も分からないです。

 怖い。社長さんが、とても怖いです。以前から頭の切れる方だとは思っていました。けど、まさか私が人間ではないとまで分かるだなんて……。


「予め言っておくよ」


 そんな時、社長さんは補足するように言葉を続けてきました。


「例えアリシアが『半分の月』じゃなくても、私は何も変わらないよ。今までと同じように仕事を続けるし、誰かに言うつもりも無い」

「それ、では……どうして……?」


 余計に社長さんが怖くなりました。一体、何が理由でその事を……?


「隠れている部分が可哀想。本当の姿を見てくれないのは、少し寂しい。──アリシアはそう思っているのかな、ってね」

「え……?」


 やっぱり意味が分からなくて、怖くて、私の身体は震えたままでした。

 ──確かに、私はそう思った事があります。今ではもう余り考える事は無くなりましたが、たまに考えてしまいます。

 お父さんとお母さんは人間で、私が魔族と知った上で引き取ってくれました。魔族だとか人間だとか関係なく、本当の子供のように愛してくれています。ですが、それにはちゃんとした理由があるからです。社長さんはお父さんやお母さんみたいな理由はおろか、そんな事をしても何の得にもならないはずです。

 分かりません……。社長さんが何を考えているのか、全然分からないです……。分からなくて、怖いです……。


「……ああ、これは伝わっていないのかな。私はアリシアの素性を知ろうと、アリシアの扱いを変えないよって言っているの。もし私が『半分の月』じゃない人とは仕事をしないならば、あの時も、そして今も仕事をしている訳ないでしょう?」


 困った風に腕を組みながら社長さんは言いました。……言っている意味は分かりました。社長さんがあまりそういう事を気にしないというのも分かりました。──ただ、それ故に分からない事も生まれます。


「どうして、今それを……?」


 一体、どうしてなのでしょうか。どうして、今この場でそれを言ったのでしょうか。

 最悪の結果にはならないと分かったので身体の震えは小さくなりましたが、それでも社長さんへの恐怖が拭い切れません。

 そして、社長さんは言いました。


「さっきも言ったように、アリシアはその隠している部分を寂しく思っているのかな、と私は思ったの。……たまに儚い顔をする時があるしね。その寂しさを少しでも紛らわす事が出来たら……って考えだったんだけど、まあ……失敗だね、これは」


 左目を閉じ、少しばかり後悔している様子の社長さん。その姿は怖そうで頼れそうで不愛想なものではなく、どこか弱々しくて小さく見えるものでした。

 その時ふと、私は思いました。社長さんは剣士でも戦士でもなく、身体は丈夫ではありません。普段の強い姿では想像もつきませんが、押せば倒れてしまいそうなくらい弱いこの姿こそ、社長さんの──人間という弱さを持った人なのでしょう。

 そんな人が、私を魔族と知った上であんなにも大きな氷の塊の盾になってくれました。あまつさえ、自分よりも私の心配をしてくれました。


(……ああ、なんて馬鹿だったのですか、私)


 やっと気付けました。社長さんの言っている事は、全部本音だったのだと。

 社長さんは言っていました。私が人間であろうとなかろうと何も変わらないと。なのに私は何か裏があると勝手に思い込んで、勝手に怖がって、社長さんを傷付けてしまっていました。本当は、優しくしてくれていたというのに。

 一度だけ、大きな深呼吸。…………はいっ! 気持ちは切り替えられました!


「……ごめんなさい、社長さん」

「うん……?」


 私の様子が変わったからなのか、それとも私が謝ったからなのか、社長さんは弱々しい姿のまま首を傾げました。


「勝手に怖がっていました……。社長さんは私に何をするのだろうって、何を考えているのだろうって、怖くて震えてしまいました。──実際は、私に気を遣ってくれていたというのに。だから、ごめんなさい」


 今度はしっかりと頭を下げて謝りました。……謝って終わりの話ではないかもしれませんが、今の私が出来る行動と言ったらこれくらいしかないです。

 そしてその数秒後、社長さんはいつもの声の調子で『なるほどね』と言いました。


「誤解が解けたのなら良かったよ。それに……私も言葉足らずだったね。ごめんよ」

「……えへ。仲直りですね」

「仲直りだね」


 ホッとしていると、社長さんが笑っている事に気付きました。聖女様とはまた違った優しさの笑顔。どちらかというと、お母さんやお父さんの笑顔に近い気がします。

 そんな社長さんを見て、私も釣られて笑ってしまいました。なんだか変ですけど、なぜか嫌いじゃないです。


「ところで、実際アリシアはなんて種族なの?」

「私ですか? 私は──」


 周囲に人が居ない事を確認しつつ、私はお父さんとお母さんしか知らない私の本当の種族を口にしました。


「──吸血鬼、です」

「……………………なるほどね」


 社長さんはそれを聞いて驚いた顔をしましたが、すぐに寂しそうな笑みを浮かべて納得しました。

 どうしてなのか訊こうと思いましたが、社長さんが小さくくしゃみをしてしまって訊きそびれます。……寒いのが苦手なのですかね?


「さて、そろそろ天幕に戻ろう。少し寒くなってきた」

「はいっ」


 私の正体を知られたというのに、何も無かったかのようにいつもと変わらず接してくれる社長さん。そんな社長さんのくしゃみは、クシュン、といった感じの可愛らしいものでした。

 ただ、少しだけ変わった事はあります。それは、私の中の出来事。



 心を許せる人が一人、増えたという事──。




……………………

…………

……

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