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クロス・レール  作者: 月雨刹那
第一章
23/41

通ずるもの 3

 組み立てる。──崩される。

 作り上げる。──壊される。

 努力をする。──否定される。


 それが常識であり、日常であり、当たり前。だって『普通』じゃないから。

 周りの子達は組み立てる事は無かった。

 他の子達は作る事は無かった。

 世間から努力の結果が評価されるのは、あの人達から見ると『普通』ではなかった。


 ──だから、全て認められる事は無かった。

 ゆっくりと進行する錆びのように憎しみが満ち溢れ、恨みが募り、羨望し、虚無に支配されていく。

 そして、俺は──


「──ぶっはッッ!!」


 身体が跳ねた。いやむしろ撥ねたと言って良い。布団から飛び上がってケツを打ったぞ……。


「あら、激しい起き方ですわね」

「びびび、びっくりしたぁ……」


 そんな声が聴こえてきた。まさかとは思いながら嫌々と首をそっちに向ける。目に入るは微笑み仮面と馬鹿淫魔。

 ああ……なんとなく予想はしていたが、マジでロゼとリリィが居やがる……。呪うぞ社長ぅ……。


「なんでまだ悪夢が続いてんですかね……。夢の延長希望なんてしてねーんですけど」

「……女性二人と相部屋ですのに、悪夢とは如何なものでしょう」

「なら天国に連れてって、あ・げ・りゅぶぅ!?」


 明らかイカガワシイ事をしようと近付いて来たリリィの顔面を鷲掴みにする。テメェその『飯』は昨日ガッツリ食わせてやった所だろうがぁ。


「地獄に連行してやろうか? オぉん?」

「い、痛くはないけど怖いから止めてぇ……」


 珍しくショボショボした声を出すリリィ。ちょっとだけニギニギしてやったら急いで離れてロゼの後ろに隠れた。なるほど、これが躾か……。


「……明日も搾り取ってあげるから覚悟しておきなさいよぉ」


 ジト目で睨んできやがった。全然躾になってねぇ。

 ロゼはそんなリリィの頭を撫でてご機嫌取り。リリィはアホ面を晒して喜んだ。……いや待てなんかこれペット感覚のような気が。あー……たぶんそうなんだろうな。ロゼが完全に愛護動物を見る目してんぞ。お前使い魔以下の扱い受けてるって気付いてりゅ?


「それよりも意外ですわね。主任さんが悪夢如きでそんなにも取り乱すだなんて」

「あ、それ私も思った。もしかして怖いのとか嫌いなの?」


 微妙に忘れかけていた事を無理矢理思い出させられた。おかげであの頃の記憶が嫌でも呼び起こされる。

 俺が歪んだ原因であり、こんな性格になってしまった理由。捻じられて折り曲げられたガキの頃の事を、なんでこっちに来てまで振り回されなきゃならねえんだ。


「俺は悪夢が嫌いなんだ」


 ただその一言だけを言う。それだけで二人はそれ以上深く訊いてくる事は無かった。きっと、俺が本気で不機嫌になっているからだろう。自分でも煮え滾るヘドロみたいなのが腹の底で蠢いているのが分かるからな。


「んで、部屋割りはどうなってんだ。あの野郎が一人部屋だったりしたらぶっ飛ばす」

「社長さんでしたらアリシアさんと一緒ですわよ。王子はルイスさんとナリシャさんが護衛の役目も兼ねて同室になっています」

「アイツ一人だけお愉しみしてやがんな……。酒飲ませて潰れさせてやろかクソが……」


 社長にとったらドストライクの見た目だろうしなぁ。金髪赤目で色白少女で真面目っぽそうなのとか、アイツが好きそうな属性の塊である。手を出すっていうのは考え難いが、傍に置いときたいとかそういう欲望の現れなんじゃないかね。

 そう考えたら腹立ってきた。俺はストレスマッハだっつーのに……。


「ねーねー、なんで社長がアリシアちゃんと同じ部屋だとお愉しみになるの?」

「アイツが好きそうな見た目してんだよ、あのアリシアってのは」


 ん? と目の前の二人が同時に悩みだした。なんだよ。息ピッタリだなお前ら。


「……社長さんは女性なのに女性を好きになるのですか?」

「だから男だって何回言えば分かるんだァ? 脳ミソ行方不明なんですゥ?」

「まだそれ言ってるのー? それって主任の願望じゃないのー?」

「うるせぇ黙れ。俺は認めねぇ」


 俺の精神衛生上の為にもアイツは男でなければならないのである。おっかねー女とアホ女とおっかねー女と一緒です、とかゾッとするわ。百万個ほど命があっても足りねえよ。


「ところで気になってんだけど、もう昼じゃん」

「そうですわね。昨日の夕方くらいから寝ていましたね」

「腹が減ってるんだけど、どうしたら良いの」

「働かざる者は食うべからず、だそうよー」

「俺の行動を把握されてる……」


 クソ……。俺は未だに社長の事が分からねーって思っているのに、アイツは俺の事を読むのかよ……。こんな不公平があって堪るか!!

 しかし愚痴っても仕方が無い。さっさと仕事をして飯にありつこう……。


「なら、俺はなんの仕事をすりゃ良いの」

「わたくし達と一緒にお買い物ですわ。これがその目録ですよ」


 そう言って見せられる一枚の紙。いくつかの行に分かれているのはその種類を表わしているんだろうな。

 だが、一つ問題がある。


「俺、この字は読めねえんだけど」

「実は私も読めなかったりするのよねー……数字は分かるけど」

「……なるほど。だからわたくしも一緒について行ってと言っていたのですね」


 またコイツ等と一緒か……なんて事に嘆きつつ立ち上がる。うえ……寝過ぎたから頭ふらふらする……。

 と、悪夢で気分悪い上にボーッとしている俺を見逃さない奴が居る。


「調子が悪いのですか?」


 ロゼである。コイツはなかなかに厄介だと最近になって思ってきだした。なんせ、おれのちょっとした変化にすーぐ気付きやがる。

 今だってそうだ。それなりにいつも通りの俺を見せているはずだってのに、なーぜか見抜いてくる。やっぱりアレか。暗殺者たるもの僅かな変化も逃さぬなかれとかそんなのか?


「え。主任って調子悪いの?」

「ただ寝過ぎただけなんで……」

「……ある意味で私より自由よねー」


 ほら、リリィはすぐに騙される。嘘は言ってねーが、本当の事も言わずテキトーな事を言っておけばそれを鵜呑みにする。

 だがロゼの奴はそうなってくれねぇ。社長と同じでこういう所だけ目聡く疑ってくるんだよな……。自分の事を喋らされそうになるから厄介である。


「まあ、そういう事にしておきましょう」


 ほら信じてねぇ。リリィほどアホになれとは言わんが、もうちょっと素直になってくれませんかねぇ……。


「話は変わりますが、まずはお昼にしましょうか」

「は? 仕事は?」

「あら熱心ですわね。いつもそうであればわたくしとしても嬉しいのですが」


 ニコニコと胡散臭い仮面の笑みを浮かべるロゼ。対してリリィは俺と同じく状況が理解できていない模様。……これ、社長が何か絡んでるだろ。


「なお、仕事をする前に軽食を取らせるように──。社長さんからの指示ですわ」

「やっぱりか……」


 予想的中である。アイツも甘ちゃんでおじゃるな……。仕事しねー奴には仕事をさせてから食いもんを与えるべきだろ。犬だって芸を仕込む時に先に餌をやるなんて事はしねーだろ。それと同じだ。

 が、これを言った所でアイツの事だ。頭ん中を弄られそうな理論で言い伏せられるに決まってる。社長がそうするってのならそうするしかねえなぁ。


「さあ、それでは顔を洗って外に出ましょう。わたくしがお勧めする食事処でお昼です」


 そこそこ楽しみにしていそうな笑顔でロゼは言う。リリィはリリィで頭が空っぽで、食事処って聞くと喜んで外へ足を進めてった。俺が身嗜みを整えるからか、ロゼもニッコリと微笑みの仮面を向けて外に出る。

 俺は用意されていた水とタオルっぽい物を使って顔と身体を拭く。冷たい水が心地良く、意識がバッチリと覚めてくれた。身体を伸ばしてみると筋がピンと引っ張られて少し痛みが走る。寝過ぎである。懐かしい気分だ。前の世界じゃ寝過ぎて身体が痛くなるなんて日常だったからな……。

 準備も整ってしまったので、宿屋の人に挨拶されつつ外に出る。お日さんが高い位置からコンニチワしていて鬱陶しい。一気に部屋へ戻りたくなってきた。


「……で、何屋なの」


 まあだが本当に戻ったら何をされるのか分かったもんじゃねーので大人しく思考を逸らす。飯だ飯。

 そうしたらロゼは足取り軽く歩き出したので、俺達はロゼの案内に従う。……さっきからチラチラとリリィを極めて珍しそうな顔で見てくる奴らの顔を片っ端から汚泥をぶつけてやりたい。やっぱりコイツが居ると相当目立つわ。


「お蕎麦という物ですわ。草原のような優しい風味と香りのある細く長い麺で、甘いめの醤油と呼ばれるタレなどで食べる料理です」

「すげえなお前」


 割とマジで感心した。すると、何の事を言ってるのか分からなかった二人が首を傾げる。いや普通に凄くね?


「蕎麦如きにそんな御大層な比喩してるヤツ初めて見たわ」


 蕎麦の味ってどんなのって言われても『蕎麦』としか言いようがねえわ。


「いや割と的確だったと思うんだけど」

「そうかあ?」


 草原のように優しいって表現自体がもう意味不明なんですが。何が言いたいの?? ってレベルなんだけど?

 むしろ米が主流になるまでは蕎麦って安価な物だったろ。非常食だとかそんなんじゃなかったっけ?

 ……ん? あれ? 細長い麺? おいマジかお前。


「いや待てや。麺の蕎麦あんの?」

「そうですが……何か?」

「マジかよ……たまげたわ……」


 あれって麺として出てきたのって江戸時代とかじゃないっけ……? 確かしばらくの時代、粥にしたり餅みてーにしたのを煮たり焼いたりして食うのが基本じゃなかったか? 麺って中世とかもうぶっ飛びにぶっ飛んで未来に生き過ぎだろユーロス。すげえなオイ。それとも食い意地張ってるだけか? そういや麦粥って大して美味くねーらしいし、やっぱり食い意地張ってるだけなのかねぇ……。


「……………………」


 と、そこでロゼの異変に気付く。ションボリというか当てが外れたというか、なんかそんな感じの顔をしてる。お前そんな顔出来たんだな……初めて見たぞ。


「なんで残念そうな顔してんのお前」

「いえ……まさか知っていたとは思っていませんでしたので……」

「あー」


 なるほどなぁ、そういう事か。つまり俺を驚かそうとしたんだな? だが俺が知っているどころか詳しそうにもしてるから当てが外れたとかそんな所か。

 ……うーん、調子が狂う。まさかコイツがこんなにも残念だって全面に押し出すとは思わなかった。騙されてやった方が良かったのかねぇ……。いやどうせすぐバレるだろうから無理か。


「まあ、前に居た所は食いもんに関して執着してる国だったからな。大抵のもんはあったぞ」


 調べりゃ何でも答えてくれる、魔術以上の存在であるパソコンって箱もあったしな。文明の差があるんだ。勝てる訳ねえよ。

 と、そこで更にロゼの異変に気付く。疑心暗鬼にでもなってんのか疑惑の眼差しを向けてきてた。


「……本当、主任さんはどこの国から来たのですか。お蕎麦はその独特の風味故にユーロスにしか置いていないはずですよ?」


 え、マジで? この世界じゃ蕎麦ってそんなドマイナーな料理なの?

 ……言われてみれば確かに中央の方でも見た事ねーな。そもそも和食ってもんも見掛けた事が無かったし、なんか原因でもあるのかね。

 んーしかし、これなんて答えりゃ良いのかね。下手なコト言ったら社長が笑顔で刺してきそうだからなぁ……。


「……世の中にゃお前の知らない世界ってのが広がってんだよ」


 とりあえずそう言っておいた。嘘は言ってねーし、世界ってのは比喩表現だって思ってくれるだろ、たぶん。


「ホントにねー」


 そう言ってリリィはウンウンと頷いた。なぜお前が反応する。テキトーぶっこいてんじゃねえぞ。


「……ならばもう少し奇をてらったものにしましょうかね」

「ゲテモノなんざお断りなんで普通のお蕎麦でお願いするでおじゃるぅ……」

「では……今日の所はお蕎麦という事で」


 コイツやっぱおっかねーなぁ……。このままだとクサヤとか出してきそうだから蕎麦をお願いしとかなきゃ……。とりあえず蕎麦屋に行く事は決定したので安心である。

 そして歩くこと約五分、やってきた飯屋が立ち並ぶ場所。何かを焼いたり煮込んだような感じの色んな匂いが俺の腹を暴走させる。中には笹の葉みたいなのに包んだ握り飯を食べ歩いているようなのだって居る。

 その一軒にある目的の蕎麦屋。俺達三人は中に入って行った。


「はいいらっしゃ──ぇエッ!?」

「安心しろ。こいつ俺の使い魔だから」


 店主とその他客がリリィの姿を見て目と口と鼻の穴を全開にした。一部蕎麦を吹き出してる奴も居る。騒がれると面倒なのでさっさと下僕だと言ったら、リリィがガキみてーなドヤ顔で開いてる胸元を見せ付けた。そこにある契約の刻印を見ると店主も客も『え、ああ……そう……』ってな感じで元の作業に戻ってった。なお、頭が下半身に直結してそうな客に関してはリリィの姿を見て鼻の下を伸ばしてやがる。打ち抜きたい、ぬらりひょんみてーなその顔を。


「では店主さん、お蕎麦を三つお願いしますわ」

「お、おう、蕎麦三つな」


 席に座る前にロゼが勝手に注文する。なんでだよメニューぐらい見させろや……と思ったが、席に座って周りの奴らの食ってる物を見るとすぐに納得した。なるほど、かけ蕎麦しかねーのか。冷蔵庫なんて便利な物は無いから仕方ねーわな。


「へいお待ち!」


 座って僅か二十秒足らず。もう蕎麦が出てきやがった。スピード足りてますわこれわ。

 ぎゅるぎゅる鳴り響く腹に命令され、一緒に付いてきた箸を手に取り、さあ食うかと思った時である。


「いただきます」

「いっただっきまーす!」


 二人が『いただきます』なんぞ言い出した。いやコイツらが言ったの初めて聞いたぞマジで。これもユーロス特有か何かなのか……?


「……………………」

「……イタダキマス」


 とりあえず、その流れに乗っておく。だって店主のオヤジがジッと見てきたんだもん。言えって無言の圧力がスゲエんだもん。

 漸く飯である。蕎麦だから腹はそんなに膨れねーかもしれないが、久々の日本食だ。ちょっとくらい味わってやるのも悪くない。


「……………………」


 が、しかし。一口どころか箸で持って分かる事があった。麺が滅茶苦茶に柔らかい。ちょっと力を入れたらブツッと千切れるくらい柔らかい。思わず手が止まったくらいだ。

 ……まあ、味が良ければそれで良いか。そう思いながら蕎麦を盛大に啜ってやったが、ここでまた手が止まった。

 まあなんだ……雑い。味が非常に雑い。確かに蕎麦だしロゼが草原って言ったのも分かる。なんか微妙に草っぽいのである。


「……ふぅー」


 途中で麺を噛み千切って飲み込んで息を吐く。舌の上に苦味が走った。

 極めて不愉快でおじゃる……。汁自体は薄い出汁って感じなので論外として、肝心の蕎麦自体すら素材の段階で美味くない。

 あー……こうやって日本食を食うと分かりやすいな。現代日本ってマジで食いもんに執着してるわ。食の為なら品種改良や遺伝子組み換えなんて普通にしてるんだよなぁ……。種無し柿なんて正にそれである。食い意地の為なら生物としての当たり前すら捻じ曲げてきたんだって初めて感じたわ……。

 そんな俺の不機嫌オーラを察したのか、それとも周りの黙って食ってる空気に合わせたのかは知らんが、ロゼもリリィも黙々と蕎麦を食ってる。ロゼは仮面の笑顔でリリィは満面の笑顔。一字違いは大違いぃ……。

 結局、十分も掛けずに平らげた。いや客の回転が早いから、とっとと食って出なきゃって空気がスゲエのなんの。残すのはご法度って感じでもあったので嫌々ながら汁も飲み干した。


(……後で社長になんか作ってもらお)


 初めて社長の料理の方がマシだって思えたが、その理由もなんとなく理解する。これ、この世界の食材自体がダメなんだ、と。社長はそれを踏まえて現代日本にある料理に近付けて作ってきたんだ、と。美味いもんの宝庫である北海道育ちの俺には辛いものがあるぅ……。


「あー美味しかった」

「お、おう……」


 銅貨をいくつか叩き付けた店から出て、開口一番にリリィがそう言った。随分と幸せな味覚してんなぁお前……。


「如何でしたか?」

「雑」


 ロゼに感想を求められたので正直に言ってやった。これは腹を膨れさせる為だけのもんですわ。


「逆に聞くけどお前はどう思ったんだよ」

「後で社長さんに何かを作って頂きましょうか、とだけ」


 つまり不味かったって言ってんじゃねえか!!! つーか俺と全く同じ意見とかムカつくんでヤメて頂けますぅ??


「はー……。もう良いや……。飯も食ったし、買い物とやらをさっさと済ませるか……」

「はい。そうしましょう」

「おーっ!」


 無駄に元気なリリィにデザートのデコピンを食らわして買い物へと出掛ける俺達。リリィは睨みながら明日覚えてろって感じの事を言ってたが、それは本日二回目の言葉である。天丼はそこまで好きじゃないんで無視しておいた。

 ロゼに買い物リストを読んで貰いながら街を歩く。どこに何の店があるのかなんて分かんねーので、極めて嫌だったが道行く人々にそれっぽい店を聞いて回って買っていった。中には二つ前に行った店の隣がそれだったのもあったりして無駄足が多い多い。しかも荷物のほとんどは俺が持つ始末。社長が居なくても俺は荷物持ちかよぉ……。

 そうこうしながら夕方になるまで買い物を続けた。大量の荷物を持ったまま歩くとかアホの極みなので何度か宿屋に戻って荷物を下ろしたが、それでもやっぱり疲れたわ……。


「あーしんどォ……」

「お疲れ様ですわ」

「お疲れー」


 昨日に続き部屋に入ったらお布団ダイブ。やっぱおふとぅんきもてぃ。


「では、お香を焚きましょうか?」

「是非。是非にぃ」


 ロゼがまたお香を焚きたがったので二つ返事する。道具を借りてきたロゼの不慣れな手付きを目で追いつつ、お香の匂いが充満するのを待った。

 しばらくリリィがジャレてきたが全てを無視してそれを待つ。やっとこさお香の素晴らしい匂いがしてきた頃、俺の疲れがジワジワと溶けだしていくのを感じた。


「あぁー……これ良いんじゃぁ……」

「何それ主任。おじいちゃんみたい」

「今は許すぅ……」


 肺の中にお香の匂いを溜め込み、充分に堪能してから吐き出す。すげぇ気持ちが良い。お布団の何百倍も良い。

 そのままゴロゴロしつつ、労働の苦しみから解放された事に幸せを感じる俺。部屋の隅には明日の為に買ってきた荷物共が鎮座している。大量の紙に筆に墨に薬草だの非常食だの寝袋みたいなのだのと実に様々な物が一画を占領していた。ちなみに紙が一番高かった。意外である。


「あの……すみません。失礼しても良いでしょうか?」


 と、のんびりまったりだらだらしていたら部屋の外から声が聴こえてきた。


「誰でおじゃる。名を名乗れぃ」

「……え? ア、アリシア、です。社長さんからの伝言を届けに来ました」

「あ、はい。入って、どうぞ」


 だらけきってたら一気に現実に戻される名前が耳に入った。まあ大丈夫だとは思うが、念の為にちゃんと起きて対応しておこ……。流石にこんな事で社長も切れたりせんだろ……たぶん。

 障子を開けたアリシアだが、何やら緊張しているご様子。テキトーに胡坐をしている俺と正反対にカッチカチに正座して礼儀正しくしていた。そして、そのしんどそうな体勢のままアリシアは口を開いた。


「し、失礼します、です」


 なんだその口調はァ。似非外人みたいな喋り方してんじゃねえぞォ。

 ……なんて事を言いそうになったが寸での所で呑み込む。前々からコイツの口調は怪しい所があったから今更だしな。


「明日の日の出と共に出発をするから、それまでに荷物を纏めて準備をするように。夕食は宿から用意してくれるよう手配をしておいたから、明日の為に休んでて……との事です」


 恐らく喋り方も少し真似たのだろう。どことなく社長の雰囲気がする口調だった。

 だが違和感はそれだけじゃない。もう一つある。


「なんで社長じゃなくてアリシアがそれ言いに来てんの?」

「確かに不思議ですわね。社長さんは何が用事でも?」


 これである。アイツの事だ。大事な事は自分がやれば確実だとか言い出しそうな奴だってのに、なんでわざわざアリシアに伝言ゲームなんてさせてんだ?


「社長さんは……えっと、体調を崩されて寝込んでいるです」

「は?」

「え?」

「へ?」


 予想すらしていなかった理由が飛び出てきた。おいおいおいおい大丈夫かよアイツ。仕事ちゃんと出来るのか? 国からの依頼をしくじるなんて首が飛ぶようなもんだぞ?

 俺達の反応にアリシアは焦ったのか、更に背筋をピーンと伸ばして補足してきた。


「お、女将さんから頂いたお香を少し前に焚いたのですが、それから元気を無くしてしまったのです! お香を消して換気をしたら少し良くなったみたいですが、万全を期す為に身体を休めておくそうです」

「お香ぉ? 俺なんて逆に調子良くなってんだけど、なんかやり方とか間違えたんじゃねえの?」


 むしろそれ以外考えられん。こんな最高なもんを使ってなんで調子悪くなるんだよ。


「アリシアさんの調子はどうなのですか?」

「私は良くも悪くもなってないです……。ライアン王子様たちもむしろ調子が良くなったそうです……」

「うーん? どういう事かしら?」


 ロゼとリリィは首を捻り、アリシアは困ったように俺達の顔を見ては瞬きを繰り返す。

 一応、やり方を間違えているかの確認と匂いに違いがあるかもロゼと確認していたが同じらしい。完全に原因不明である。


「不安です……」

「まあ、アイツの身体が弱いのは今に始まった事じゃないし、今まで大丈夫だったんだから大丈夫だろ」

「本当、ですか……?」

「何年もそうだったんで」


 とりあえず分からんモノを考えても分からん。社長だけが悪くなってんのなら社長に原因があるんだろうよ。


「……一先ず、看病しつつ様子を見てみます」

「……やけに慕ってんな」


 アリシアは心配した顔でそう言った。

 あの野郎、既に好感度を上げてやがる。攻略する気満々じゃねえか。今まで代理販売とかの為に社長が受け取りに行ってたのはそういう思惑でもあったのか? なんかちょっと違う気がしないでもないが、コイツの様子を見る限りじゃそうにしか見えねえ。


「私は……いえ、私達は、皆さんから助けて頂いていますから。少しでも恩を返したいのです」

「ああ、そういう……」


 社長の野望は分からんかったが、アリシアの目を見てその言葉は嘘じゃないってのが分かった。コイツはただただ純粋に恩返しをしたいようである。

 素直に寄生しときゃ良いのに、健気よねぇ……。いつか食い殺されそう。まあ、社長が言い出さなかったらアリシア達が野垂れ死んでいたのは間違いねーか。


「社長から恩返しにカラダをまさぐらせろとか言われそピぇッ!!?」


 瞬間、俺の視界が最高にブレた。


「ぎぃぇぇえええぇぇッッッ!!! 俺のォ!! 後頭部ゥ!! 衝撃のォ!! ダブルぅ!!」


 強烈な痛みが頭を襲う。視界がブレた時に、ひっくり返したバケツを渾身の力でぶっ叩いたような二重の音がした事から、ロゼとリリィに引っ叩かれたらしい。


「主任さんと違いますからそんな事はないでしょう」

「こんな純粋な子にナニ吹き込もうとしてんのよ」

「うごごごごご……!!」


 やっべぇ……これヤッベェ……! 社長のと同じくらい効いたぞ……!!


「ぇ、あ……そのっ、私の、カラ──えっ!?」

「んー……アリシアちゃん、気にしなくて良いから」

「あ……え、と……し、失礼しました!!」


 その声と共に速足の音が遠ざかっていくのが耳に入ってきた。しかし頭の中は現在ピンチである。ヤバイぐらいグラグラしゅるぅ……。


「しゅーにーんー?」

「アリシアさん、顔を真っ赤にして逃げましたよ。……これは、お仕置きが必要のようですわね」

「うごご、ご……? ──いやあああああああああああああッッッ!!!」


 その夜、俺はおっかない女とアホ女から折檻を受けた。詳しい内容は控えるが、少しの間だけ刃物が怖くなったのは事実である。

 なお、その後で社長が除夜ってきたのは言うまでもないだろう……。煩悩は一つ消えてくれなかったが。



…………………………………………



「ふむ……今日はここまでにしましょうかねぇ」


 夕暮れの刻、翼を有する異形の獣に跨る者が一人呟く。


「……案外、復旧は難しそうですねぇ。諦めた方が良いと思いますがぁ……。しかし、これも仕事の一つ……もう少しばかり頑張りましょぉ」


 頭部に対なる角を生やしたその者は、地上に降りて紙を纏める。

 描かれた城の姿に書き入れられた注釈と備考。それらを確認するように、あるいは出来栄えを堪能するように見る。


「さあ人間と妖精よぉ。お前達はまた一つ、我々から奪われる事になるでしょうねぇ」



…………………………………………

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