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クロス・レール  作者: 月雨刹那
第一章
22/41

通ずるもの 2

 俺こと主任は今、極めて不機嫌でおじゃる。

 別にユーロスまで馬車じゃなくて馬に乗っていく事になっただとかニコチンが切れているからって訳じゃねえ。いや確かにロゼと相乗りだし身体はニコチンを欲しているんだけど、それよりももっと意味分からん事が起きてやがる。


「ひゃっ!?」

「ん、怖かった?」

「だだ、だだだ大丈夫です……!」


 なぁぁぜかアリシアとかいう社長曰く要注意人物が一緒に居る。それだけじゃねえ。そのアリシアは社長と相乗りっていう、もう完全にわけわかめな状態だ。準備してた二日の間に何があった。マジで社長の考えている事が分かんねぇ。要注意だのなんだの言っておきながら真後ろを許すんじゃねえよ。刺されたいの?

 ……まあ、王子様と一緒に行動する事になっておっかなびっくりするようなのを警戒しろって言う方が無理があるか。緊張し過ぎてちょっと揺れただけで挙動不審になってんぞ。

 その王子様は顔をローブで隠してこの集団の先頭で馬を闊歩させている。一番前とかあっぶねーなぁ……なんて思ったが、この時代ならプライドだとかで一番前になる事もあるか。

 ──あ。社長の馬がなんか身体を震わせた。アリシアが社長にしがみ付いたぞ。良かったな。ラッキースケベだ。


「ご、ごめんなさい! ビックリして、抱き締めちゃって……」

「……結構くすぐったいから、元に戻ってくれるとありがたいかな」

「は、はい!!」


 くすぐったいってお前な……。どんだけ敏感お肌してんの? くすぐってやろか? ……大根泥棒事件の時みたいに顎を打ち抜かれそうだから止めよう。


「初々しいですねぇ」


 そんな姿を見たロゼは近所の子供が無邪気に遊んでるのでも見てるかのような感想を言ってやがる。初々しいねぇ……。俺には車の上で寝てたらいきなり走り出して怯えてる猫にしか見えん。


「んな事より、どうして俺はいつもいつもいつもお前と一緒に乗らされるんだ」


 馬に乗るとなったら必ず俺はロゼの後ろに乗らされる。今まで一回たりともロゼ以外だった事が無い。なぜなのか。


「あら、まだ慣れませんか?」

「そろそろ諦めてる」


 慣れるとか慣れないとかじゃねえ。慣れろって言われてる気分。そら諦めもしますわ。


「主任に馬を操って貰うのは無理かな。色々な意味で」

「だからロデオも馬刺しもしねーっての」


 コイツ俺をなんだと思ってるんだ。──って思ったんだが、どうやら違う理由があるらしい。


「そっちよりも、リリィのご飯で疲れている方が重要かな。本当は眠いでしょ」


 ……まさかそっちを言われるとは思っていなかった。いや確かに『リリィの飯』は疲れる。あいつサキュバスだから人の精気を吸わねーと生きていけないらしい。俺らと普段口にする飯とはまた別だとかほざいてたんだが、必要な栄養素の一つって考えりゃまあ納得できない事もない。

 何が疲れるって、マジで生きる力みたいなのを吸われるって事。吐き出したら吐き出した分だけ持ってかれる。最初にされた時なんて長距離マラソンを無理して走り切った後みたいな感じで倒れ込んだぞ。今でもしばらくは起き上がれないし……。体力付けにゃならんな……。


「静かにはしてくれていたけど、疲れるものは疲れるでしょ?」

「あら、気配はとても濃厚でしたよ?」

「ぶっ飛ばすぞテメェら」


 社長は大真面目な顔をしているからまだしも、ロゼはいつもの微笑み仮面を張り付けていやがるから俺をからかってるだけだろ。犯すぞゴルァ。……殺されそうだから止めよう。


「つーか寝たら落ちる」


 寝られるのなら惰眠まで貪りたいところだが、馬の上で寝たらどうなるのかくらい俺でも分かる。落ちて踏まれてスイカ割りが起きる。流石にそんな事になりたくねーです。

 それよかリリィは良いよな……。アイツいつでもどこでも俺の影に入ったらグースカ寝られるんだし。今も移動が楽になるからって現在進行形で寝てやがる。俺と代われよチクショウ。


「なら、落ちないようにしましょうか」

「は?」


 そう言ったらロゼが馬を一撫でして手綱を離した。ついでに身体の向きもこっちにしやがった。バカヤロウおめえ落ちるって言おうとしたら、ロゼがロープを取り出してササッと俺と自分の身体を繋ぐ。マジで数秒の出来事。手品でもされてんのかってくらいいつの間にかしっかりと結ばれてた。互いの腰がギリギリ当たんねーってくらいの距離になってて、ロゼの背中に寄り掛かりゃ寝ても大丈夫って感じの安定感すらある。いや、しねーけど。つーか近い。ヤメテ。


「これで落ちませんので安心ですね」

「こいつ怖え……」


 たまに忘れるけど、やっぱコイツ暗殺者ですわ……。拉致とか絶対お茶の子さいさいだろ……。犯すとか考えるべきじゃねえな……。


「……で、この状況で寝ろと?」


 前を向いて手綱を握ったロゼは流し目で俺を見る。超笑顔。心底楽しそうな顔。絶対に碌な事を言わないぞ。


「子守唄が無ければ寝られませんか?」

「聴いたら永眠しそう」


 何が子守唄じゃコイツ……。そっちじゃねーよ。人様に騎行させておいて自分は寝るとか流石に失礼過ぎるだろ。分からんのか。

 やっぱ暗殺なんて職業に就いてたから常識というものを知らないご様子。はよ寝たら? って感じの顔がすげえムカつく。


「私からも言っておくけど、今は寝てくれている方がありがたいよ。ユーロスに着いてすぐに宿が取れるとは限らないし、少し歩くかもしれない。そうなったら明日の行動にすら支障が出るよ」

「寝ません」


 ビクビクしたアリシアを後ろに乗せた社長がそう言うから速攻で否定。後ろにめっちゃ気を遣ってるのか、ロゼと同じく流し目で身体は前に向けたままだが、その目が細くなると途端に印象が変わる。何考えてんのか分からん奴だが、今この瞬間は分かる。寝ろやって思ってんだろうな。

 だけどな、無理だろ。どうやって寝ろってんだよ。寝て落ちる落ちない関係無く、そもそも夢の世界にいけないわ。


「というかどうやって寝ろと」

「わたくしに背負われるような形なら寝られるのでは?」

「ぜってー嫌です」


 なんでそんな事しないといけないんですか。嫌です。

 社長は俺の態度を見て無理と判断したのか視線を元に戻した。ロゼはロゼで『では眠りたくなったらどうぞ』って言いやがる。……やっぱりこいつ常識が欠如しているわ。普通、男に背中を覆われるってスゲー嫌がるはずやぞ。好きなヤツ相手でも大体嫌がんじゃねーの? 貞操観念とかどうなってんだよこの世界。

 一瞬リリィが頭に浮かんだが、アイツはサキュバスだしその辺りの常識は通用しねーか。社長にやったら除夜られそう。

 つーか元暗殺者だろお前。背後に人を置くなよ。殺されても知らねーぞ。


(はー……。わっけわかんねえ世界……)


 考えるのがバカらしくなる……。何がどうしてこうなるのやら……。それとも、俺は警戒にすら値しない雑魚って思われてんのかね。……まあ、コイツ熊を容易く殺してるから間違っちゃいねーけど。

 会話が無くなった途端、急に考える事が多くなってきた。というか、元の世界は頭空っぽにしていても良かったんだなって実感する。こっちの世界に来てから考え事が圧倒的に増えた。仕事になりゃ嫌でも頭を働かされるし、社長と銃を作ってる時はごちゃまぜになってる記憶をフルドライブして銃のパーツを思い出す。そろそろ知恵熱でも出るんじゃねーのかな……。

 そんなくっそどうでもいい事を揺れる馬の上でボーッと思い描いていたら、いつの間にか目を瞑っていた。同じく気付いたらロゼに足をペシペシ叩かれていた。


「少しは寝られましたか?」

「……は?」


 そう言われて周りを見渡す。俺達がさっきまで居たどこまでも続くんじゃねーのって感じの原っぱは後ろにあり、目の前はでっけー壁と門が目に入る。

 うっそだろ俺。寝てたのかよ。


「器用に寝ていたな」


 ルイスのオジサマも感心したような感じでそう言って、王子様は苦笑いしてる。社長は何か考え事をしていて、アリシアは『スゲー』って感じで俺を見てる。なお人形女はどっか別の世界を見てた。

 ……全ッ然これっぽっちも寝た気がしねえ。いつ意識が飛んだのかも分からん。俺にとっちゃ時間を吹っ飛ばされたような気分だぞ……。


「では降りましょう」


 ロープを切ったロゼがさっさと馬から降りる。反応が鈍ってる俺は、そんなロゼから伸ばされた手を取って地面に足を下ろした。


「あら、寝起きは素直なんですね」

「もっかいやり直すわ……」


 そんな皮肉を言われたんで頭が覚めた。馬に乗って、今度は反対側に降りてやる。くそ……低速回転してる頭に入ってくる情報が多過ぎて油断した……。


「……ところで、俺どんな風に寝てたの」


 なんとなく気になったんで訊いてみる。ルイスオジサマから器用だと言われてアリシアからは凄いって感じで見られるってどういう寝方をしていたのやら。ブリッジでもしてた?


「普通に座っていましたよ。首は下を向いていましたが」

「なんだよ普通なんじゃねえか」

「……つまり、背筋を真っ直ぐ伸ばして普通に乗馬していたって事ですわ」

「何それ怖い」


 俺の平衡感覚どうなってんだよ。いやむしろどうして馬の上で寝られんだよ。世界だけじゃなく俺も意味不明じゃねえか。

 と、そこで俺に電流が走る。正確には社長も珍しく驚いた顔をしてる。何がって? 古代日本を彷彿させるような服を着た男が門から出てきたからだ。ウグイスな平安だの国から箱に変わった鎌倉な時代に居そうな貴族服を着てやがる。帽子は流石にしてねーし髪も普通に短いが、すげえ日本日本してやがった。


「……どうしたのですか?」

「どうしたのー?」

「いきなり出てくんじゃねえ絶倫淫魔ァ」


 アリシアが俺と社長に何事かと訊いてきた瞬間、俺の体力を根こそぎ持ってった張本人のリリィが何の前触れも無く影から出てきた。お前ずっと寝てろよもう。


「いやー、その件は主任の味が美味しくてついつい」

「つい、で済ませられるか!! こちとら馬の上で寝るくらいだったんだぞ!?」

「お二人とも、痴話喧嘩は後でして下さいますか?」


 文句を一つ二つ言った所でロゼに止められる。痴話喧嘩なんて綺麗なもんじゃねえんだけど、否定したらロゼの玩具にされるのは目に見える。それは癪なので黙っておこう。もっとでっけー問題が目の前に現れたんだ。


「今出てきた奴居るだろ。あの貴族みてーなの。あれはどういう事だ」

「どういう事と言われましても……ただのユーロスの貴族ではありませんか」

「ただの貴族って言えちゃうお前の感性がおかしいって事は分かった」


 俺はてっきり、この世界は西側の中世的なもんだと思っていたんだが、まさか日本みてーな極東の姿を見る事になるとは考えてもいなかった。

 ……ああ、そういや王子様が居たな。お前の国の事だろ。教えろ。

 そう思いながら王子様に視線を移す。どうやらこの王子様は察しが良いらしく、それだけで俺の期待している答えを貰えた。


「ユーロスを見るのが初めてみたいだね。ならさぞかし驚いただろう? 街によって特色のあるハーメラの中でもユーロスは特に色が違う。街並みは勿論、食べ物もそうだよ」

「ほー」


 ここで初めて門の向こう側を見る。板葺き屋根のよく燃えそうな家が並びに並んでいるのが見える。奥の方は流石によく分からんが、なんか屋敷っぽいのもあるな。

 しっかし……中央の方とはえらい違いだ。このユーロスはマジで簡単に破壊されそうな感じがプンプンする。火を放たれたら一瞬で燃え広がりそう。

 まあ……突っ込みたい所が一個あるけどそれは後回しだ。


「ふむ……。食べ物は期待できそうだね」


 腕を組んで口元に拳を当てる社長。だからそれも止めろ。男のやる仕草じゃねえ。


「そっちはどうだろう……。僕はやっぱり中央の方が好きだね。ハーメラ王国でも屈指の料理人が集まっているだけあって、やっぱり出来が違うよ」

(えぇ……)


 いや流石にそれはどうかと思うぞ……。あんなのインスタントラーメンの方がマシだと思えるもんばっかじゃねえか……。

 そこで社長の言葉を思い出す。やっぱ現代の化学調味料最高ですわ。旨味を寄越せ。


「へぇ……。期待しておくね」

「今の会話でどうして期待できるんだよ」


 中央の飯よりこっちの方がマズいって言ってたじゃねえか。何聞いてたのお前?


「なんとなく予想がついているからね」

「予想……?」


 社長がそんな意味不明な事を言うもんだからアリシアも首傾げてんじゃねーか。

 ……………………。あれ。そういやなんでアリシアがここに居るんだっけ。気付いたら居たからマジで分かんねぇ。どんだけ眠たかったんだよ俺。

 社長が香りがなんとかって言っている傍ら、俺はロゼに近付いた。そんでなんでアリシアがここに居るのかを訊いてみる。呆れられた顔が最初に返ってきたわ。


「ヒックさん達との代理販売がいつ再開できるか分からないので、アリシアさんを人手として雇った話を聞いてないのですか?」

「たぶん寝てたわ」

「……まあ、確かに主任さんとリリィさんの行為が終わってから社長さんが伝えただけですし、話半分だったとしても無理はありませんわね」

「言われて思い出したぞ。確かなんか言ってたな……ほとんど頭に入ってこなかったが……」


 糸の切れた人形ってこんな感じかねぇ……って思いながら横たわってた時に社長がなんか言ってた気がする。あれってそういうお話だったのね……。

 にしてもやはり違和感がある。どうして社長は警戒している相手をこんな近くに置くんだ? 今回だけじゃない。代理販売のブツだって一人で運ぶのは無理があるって理由でアリシアを手伝いに出させてる。ロゼにやらせりゃ良いじゃん一人で出来るしって言ったが、社長曰くその間だけは俺とロゼとリリィで仕事をして貰いたいとか言ってた。

 そりゃ分担は大事っていうのは分かるが、そのやり方が妙におかしいんだよな。社長が俺達を纏めてんだから、纏め役が人数の多い方に居るべきじゃないのかね。

 だが、社長が考え無しにそういう事をする奴だとは思えないのもまた事実。何かしら理由があるんだろうが、俺みたいな残念脳味噌じゃ分からんし考えるのもだるい。

 マジで何を考えているのやら……。見えてる地雷は回避する奴だと思ったんだが……俺の勘違いか?

 ……………………。いや社長にその例えは通用しねえわ。見えてる地雷は回収して自分が使う奴だわアイツ。


「とりあえず、主任も起きた事だし中に入ろうか。いつまでもここに居たら迷惑だよ」


 社長がそう言ったら全員が同意した。いや人形女は何も反応してねーけど一応……。

 つーか別に俺を起こす必要無くね? なんて思ったが、どうやらこのユーロス、入ってすぐ目の前に馬宿がある模様。なんでも、馬を引き連れて良いのは商人か貴族くらいらしい。

 ……ん? 貴族は馬を連れて良いんだよな? …………おう、王子。なんで馬預けなきゃならねえんだよ。道具持つのしんどいだろが。


「なあ、こいつ居るのに馬預けろって? おい無能、どうなってん──ぴグゥっ!?」

「ちょ、ちょっ主任さんちょっと静かにして下さい!」

「主任黙って黙って!!」

「いやっえっあのっ!」


 ロゼ、リリィから揃いも揃って口を塞がれる。アリシアも含め、三人はこの世の終わりみたいな顔をしてりゅ。ちょっと愉悦。……あ、でもルイスのオジサマが凄い顔してる。これはやべぇ。


「主任」

「……ふぇい」


 だがもっとヤベー奴が居る。質問に答えなかったら容赦なく手を串刺しにしたり、顎を真下から打ち抜いてくる奴が。ヤバイ。マジヤバイ。こいつ何するのか想像もつかねえからヤバイ。愛を囁くように優しく抱き締めながら錆びて欠けた刃物をゆっくりお腹に突き入れてきてもおかしくねえ。……言っても大丈夫と思ったんだが、ちょっと後悔した。


「この状況で場を混乱させたくはない。……だから、後で覚悟しておきなさい」

「…………ふぇぃ」


 目がマジである。ヤバイのである。光の無い目って恐怖感あるよね……。

 が、光の無い目をした社長の隣から希望の光が差し込んできた。


「くっふふ……!」


 王子様がなぜか笑ってたのである。


「いや、ごめん……! 僕に面と向かって、そう言える人が本当に居るとは思わなくて……っ!!」


 フードと手で顔を隠しながら肩を揺らして笑う王子様。……こいつドMの変態か? 暴言吐かれてもスルーするかと思いきや、なんか喜んでんぞ。流石に予想外だわ……。

 おかげで場の空気がカオスでおじゃる。社長と人形女以外はどうすりゃ良いのか混乱してフリーズ。俺自身も言葉が出ねえ。しかしロゼの表情は新鮮である。呆気に取られつつも安心しつつあるのか、僅かに口元が微笑んでいる。

 どことなく、そのホッとした笑顔を見続けてしまうくらいに──。

 ……こいつ、穏やかに笑うと絶対に様になるぞ。確信できる。ホントそうすりゃええのに。


「──まあ、そんな訳で馬は預ける事にしたんだ」

「お、おう……」


 散々笑い倒した王子様。今は俺と王子様を先頭に宿屋探し。そしてなぜか俺にフレンドリー。意味分からん。とりあえず分かったのは、王子だとバレたら騒ぎになるから隠密行動。だから馬は一般人と同じく預けたって事くらい。

 ド失礼な俺を処刑する時に愉悦を感じる為に持ち上げてから叩き落すのかと思ったりしたが、声の調子からしてそんな気は無さそうである。ちょっと前までコイツと話していたのは社長だけだったのに、今じゃ俺がその立ち位置に居る。

 対等に話せる存在が珍しいのかね。いや俺は相手が大統領だろうがなんだろうがただの人間だろって感じなだけなんだけど。


「あの、社長さん。ユーロスは初めてではないのですか?」

「いや、初めてだよ。どうしてアリシアはそう思ったの?」

「あまり物珍しそうにしていないからでは? 普通ならば中央との違いでもっと興味を持ちますもの」

「うんうん。私もそうだったしねー」

「それとも話だけは聞いておったのか?」

「聞いていたらこっちの方で仕事を展開したかもね」


 後ろで雑談している社長達が恨めしい。おう社長、そこ代われ。ここはお前のポジションだろ。こいつの相手はお前だ。

 しかし……このユーロスも微妙に変な街だァ……。何がおかしいって、まず見た目がチグハグしている所。さっき平安鎌倉的和服を着た奴が出てきたし街並みも板葺きと木の柱と土壁っぽい家だから、さぞかし日本日本してんだろうなって思ったが、歩いてる奴らがそうじゃねえ。簡潔に言えば中央で嫌というほど見た中世的なお洋服の群れである。和洋折衷ってレベルじゃねえぞ。アンパンの自然さを見習え。


「他に何か気になる事はあるかい?」

「じゃあ……さっき門から出てきた奴だけなんで服が違うの」


 そんな事を王子様が言うもんだし、折角なんで訊いてみるか。いくら目を泳がせても和服が居ねえ。どいつもこいつもお洋服ばかりで、あの和服の奴はなんだったのかと少しばかり気になる。まさか貴族なら和服を着てるとかじゃねえだろうな。


「それはユーロスの貴族だからだね」

「えぇ……」


 マジでそうなのかよ。言った俺が一番びっくりだわ。


「ん? どうしたんだい?」

「まさか本当にそうだったとか……って思っただけだ。気にすんな」


 まあ、それでも分からん事はあるんだけどな。俺達がこの世界に来てから一ヶ月……いや二ヵ月? くらい経っているが、和服なんぞ今まで見た事がねえ。ユーロスの貴族と言っても中央都市くらいは来るんじゃねえの。なら今まで一回も見た事が無いってどういう事なのやら。いやどうでも良いんだけどさ。

 なお、後で知ったがユーロスの貴族は別の街に行く時にお洋服に着替えるのだそうな。理由? 別の街で貴族とアピールするのは良くないからというユーロス貴族特有の思い遣りだそうな。意味分かんね。




…………………………………………




「あーしんどォ……」

「お疲れ様ですわ」


 王子からバンバン話し掛けられながらも辿り着いた宿屋。俺はコンマ一秒で畳に敷かれた布団にダイブした。おふとぅんきもてぃ。


「凄い懐きようでしたわね。ライアン王子がああまで純粋な笑顔をしているのなんて初めて見ましたよ」

「執拗に遊べって鳴いてくる猫か何かかアイツは……」


 飼ってた猫も割と俺の膝を寝床と勘違いしていたが、それを上回るウザさである。どうしてああなった。


「ですが、意外と優しいのですわね。ちゃんと相手をしていましたし」

「じゃねーと社長が何してくるか分かんないんで……」


 流石に除夜の鐘を一発経験したら二度とされたくねえよ。


「……ところで、なんでお前ここに居んの」

「ただ労いの言葉を掛けに来ました、と言って信じてくれますかね?」

「トドメを刺しに来たの比喩表現ですね、分かります」


 クソ……俺の安息はどこにあるんだ……。安息どこ……ここ……?

 それより馬で半日も掛けてユーロスに来たはずだろ。なんでお前はピンピンしてんだよ。


「ところで主任さん。お香に興味はありますか?」

「全然無いです」

「ではお香を焚きますね」


 質問しておいてシカトしやがったぞコイツ。


「興味ねーって言ってんだけど」

「この宿屋の奥さんが趣味でお香をしているらしく、ご自分で木片に香りを付けているそうなんです。これは空薫そらだきが良いそうですよ」

「俺の話聞いてお願い」


 なおもフルシカトのロゼ。俺の前に座り込んで用意をし始めた。なぜか正座。だが顔を見たら分かる。こいつソラダキとやらに興味があるだけだ。なんで分かるかって? 楽しそうにしちゃいるが、手付きがたどたどしいからだよ。どこか思い出しながらやっているようにも見えるし、たぶんさっき教えて貰ったばっかりなんだろ。俺を巻き込んでるだけじゃねーか……。


「まあ良いや……。やりたいのなら好きにすりゃええ……」

「ふふ、楽しみですね」


 俺は諦めて寝転がったままソラダキとやらを眺める事にした。

 ロゼが持ってきた道具は灰の入った小鉢と炭、ピンセットみてーなの、あと木の欠片。指先から魔術で小さな火を出して炭の端っこに当てておこす。そいつを中途半端に灰に埋め込んだらなんかジッと待ってる。お香のはずなのに木炭の燃える匂いが漂ってきてるんですけど……。

 五分かそれくらいもすると炭の匂いに慣れて何も感じなくなる。その辺りで茶色くて細い木の欠片を二本くらい炭の傍に置いた。何やってんのか完全に分からねー。

 頭を働かせたくねーからボーッとそれを見ていたが、しばらくすると甘い香りのようなのが鼻をくすぐってきた。甘いって言っても蜂蜜だとかの甘さじゃなく、シナモンみてーに樹木の自然的な甘いアレ。


「あら、良い香り」


 ロゼもそれを感じたのか目を輝かせて微笑む。

 ──まただ。またコイツ、こんな無防備に笑ってやがる。しかも、香りをある程度楽しんだら穏やかな笑みに変わった。その笑顔に目を奪われる。前に予想した通り、やっぱりコイツは穏やかに笑うと様になる。なんて言えば良いのか、ずっと見ていたくなるような感じだ。……不思議だな。なんでそうなるんだ?

 しばらくそのままで居続ける。すると、やっと俺に見られていると気付いたのか、ロゼはその表情のまま視線をお香から俺に移してきた。


「このお香は心を落ち着かせる効果もあると言っていましたが、確かにそうですわね」

「……そうだな」


 それを言われて納得した。そうか。鎮静作用あんのかこれ。ロゼの笑顔が様になってるのは認めるが、ずっと見ていたくなるって思ったのはお香のせいか。

 まあだが、落ち着くのは分かる。田舎にある古いじいちゃんばあちゃんの家みたいな感じだ。どことなく人を落ち着かせて子供に戻ったような錯覚のする匂い。匂いの種類は違うが、効果はソレとよく似ている。間違いなく俺は今、ガキみてーに全身を脱力させている。


「主任さん」

「なんだ?」


 ロゼが声を掛けてくる。左に纏めた赤い毛を揺らし、赤茶色の瞳で俺を真っ直ぐ見てきていた。


「ユーロスは、何か訴えかけてくるものがあるのですか?」

「……どうしてそう思ったんだ」

「なんだか懐かしそうにしていましたもの」


 懐かしい──。ロゼはその言葉を口にした。

 懐かしい、か……。間違っちゃいない。俺は何も分からない世界に訳も分からないままやってきた。その世界は中世のヨーロッパを彷彿とさせていて、慣れ親しんだ日本の姿はどこにもありやしない。そんな時、いくら古い姿だろうと『日本らしい』場所に足を踏み込めば安心もする。ああ、昔の日本はこうだったんだな、って思いすらした。


「そう見えたか」

「ええ。私の目にはそう映りましたわ」


 ロゼがそう言ったのを聞いて、やっぱりこのお香は鎮静作用があるんだなと確信する。だから俺がこんなにだらけているのも当たり前の事だし、ロゼが自然としているのも当然だ。


「当たっているが、ハズレでもあるぞ」

「……どういう意味でしょう?」

「詳しい事は言えねえぞ?」


 それでも良いか? という意味を含めて聞き返す。子供みたいに純粋な疑問を浮かべていたロゼは目を閉じ、ただ一言だけ『ハイ』と答えた。ああ、本当に様になっているなぁ。


「雰囲気は似ていた。姿その物は違っていても、纏っている空気ってモノが似ていたんだよ」


 ロゼにはまだ俺達が別の世界から来た事を言っていない。だからこんな風に暈かした言い方になってしまう。伝われば良いが、果たして俺みたいな奴の言葉がしっかりと伝わるのだろうか。


「雰囲気、ですか。それは、社長さんとルーファスのようにですか?」

「研究者って意味の雰囲気ならそうだな」


 実体は全く違うが、あの二人は理系という点なら似ていると言える。頭の中が理論で組み立てられていて、人としての感情よりも先に理由や理屈が入ってくるタイプのそれだ。俺とは真逆の性質であり、時々だが羨ましいと思える性質でもある。

 俺は深く考えるのが苦手だ。考えた所で大した事なんて出来やしねーし、そもそも碌な事にならない経験をしてきた。だからこそ、それが出来て上手くいく社長みたいなのがたまに羨ましいと思う。

 社長は社長で俺の考え方が羨ましいと何度も言っていたが、俺は後先考えていないだけなんだよ。何も考えていないからこそ理屈が通じないだけなんだ。それを社長は理解できないから羨ましく見えるんだろう。

 ああ……深く考えてしまいそうになる。この話は止めてしまおう。

 俺は別の話に切り替える事にした。


「それよりも、どうしてお前はここに居るんだ」

「先ほど言ったように、労いに来ただけですわ」

「嘘付け。なんか目的があったんだろ」


 なんとなく分かるんだよ。労いに来たってのは半分本当だろうが、別の理由があってここに来たんだろ。差し詰め、社長が俺の護衛にとかそんな所か?

 即答で俺がそう言ったからか、ロゼが少し驚いた。だがすぐに落ち着きを取り戻す。お香の効果、凄いな。


「そうですね……。社長さんがお願いをしてきたから、というのもありますわ」

「やっぱりか」


 アイツ、変な気を遣うもんな。


「ただ、労いに来たというのも本当ですよ。主任さんは、どこか放っておけない所がありますからね」

「こんな宿屋で何をすると思ってんだか」

「私の予想しない何か、でしょうか」

「テキトー言ってんなぁ……」


 まあ……今は許す。そんな気分だ。凄い効果だなぁ、お香。

 そして、話はそこで止まった。話す事も特に無いし話の種も無い。それよりもこの空気が気持ち良くて話す理由が無かった。

 甘くて落ち着く香りが広がった部屋。決して濃厚ではなく、意識をしていなければ『なんか落ち着く』というくらいの存在感だ。良い腕してんな、宿屋の嫁さん。


「……ロゼ」

「はい、なんでしょう?」


 話が止まり、心が穏やかになった俺。身体は芯を抜かれたかのように気怠い。そんな奴に訪れるの現象なんて一つだけだろう。


「……寝る。おやすみ」

「……ふふっ、おやすみなさい」


 ロゼが小さく笑った。穏やかにニコニコの笑顔。その映像を瞼の裏に残しながら俺の意識は微睡みながら沈んでいった。

 ああ……明日から調査の仕事か……。それはだるいなぁ……。

 心の中でボヤく俺。だが微睡みの中で思った事は、ロゼは作り笑い以外ならどんな笑い方も合うんだな、なんて事だった。

 それにしても……『おやすみ』か。これ、前の世界で言ったのはどんくらい前だったかな……。

 そんな下らない事を考えてしまうのは眠気のせいだろう。そういう事にした俺は、夢の世界への招待に身を委ねる。


(久々に良い夢とか見られるかね……)


 悪夢にならない事を少しだけ祈りつつ、俺は眠りに就いた──。


…………………………………………

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