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クロス・レール  作者: 月雨刹那
第一章
21/41

通ずるもの 1

 俺こと主任は今、極めて不機嫌でおじゃる。

 別にリリィがさっきから俺の肩に両手を置いているだとかニコチンが切れかけているからって訳じゃねえ。いや確かにリリィはウゼェしニコチンは切れてんだけど、それよりもっと面倒な事が起きてやがる。


「商工会の会員等級が上がったと同時に大口の仕事が入ってきたよ」


 ちょっと前にこれを言いやがった奴が居る。俺たち三人と一匹を纏め上げている社長だ。

 なんでも商工会での俺と社長のランクが上がったとかなんとか。それだけだったら『ああそうなの……』で終わる話なんだが、大口の仕事が入ったという一文が極めて俺の機嫌を悪くさせる。

 ぜってぇ碌な仕事じゃねぇ。なんせ微笑みのロゼたまはともかくとして、俺と社長なんてちょっと前まで最低ランクだったんだぞ? そんな奴に大口の仕事とか間違いなくマトモな仕事じゃねぇ。この国からの命令とかじゃねーだろうな? もしそんなのだったら丁寧かつぶっきらぼうにお断り申し上げてやる。


「あら、どんなお仕事でしょうか?」

「教えて教えて!」


 呑気に社長特製のミルクティーを嗜んでやがるロゼが腹立たしい。なんでどいつもこいつも仕事好きなんだよ……。


「ハーメラ王国からの調査依頼だよ」

「あら……」

「王国からの依頼とかすっごいじゃない!」

「僕ちゃん達には恐れ多い限りでございますぅ。今からでも遅くはねーですから考え直しやがれ下さい」


 ざっけんなクソが!! なんでこう嫌な予感ってーのは当たんだよ!

 ロゼはちっとばかし驚いた感じだったが、リリィはなんか喜んでやがる。なんで喜べんだよ。マトモな仕事の訳ねーだろこの色ボケサキュバスが……。


「つーか受けんなよな……。マトモな仕事ですら嫌だってぇのに、どうしてそんな面倒そうでマトモですらなさそうな仕事を受けんだよ……」

「面白そうだったからだよ?」

「お前頭おかしいよ」


 ちょっと良い感じの気分を醸し出してる社長が凄まじく残念に見えるわ……。何がどう面白そうなんですかそれ……。

 そんな事を思ってたらなんか社長が説明しだした。やべぇ……聞きたくねぇ……。


「ハーメラの東の街、ユーロスがあるよね。更にその東にある大きな平原はケイアス平原って呼ばれているの。その平原の西側に小さな亡国があるらしくて、そこを拠点として確保したいんだって。その調査が今回予定している仕事だよ」

「受けたお前もだけど、それ考えた奴も頭おかしいわ」

「あら、そうでしょうか?」

「えー、主任ー。面白そうじゃないのー」

「お前らも頭おかしいぞ」


 どいつもこいつもマトモじゃねえ……。マトモなのは俺だけか?


「ただ、対エレヴォの拠点にしたとしても、ウェーク島の戦いみたいに悲惨な結果になりそうだけどね」

「そんな危ねえ予想してんのなら受けんじゃねえよ!!」


 そもそもウェーク島の戦いってお前、第一次攻略戦は日本が惨敗してんじゃねーか!!


「大体お前なんでそこまで考えてて受けんだよ!? ハーメラはあれやぞ!? エレヴォは東にあんのに西側にホイホイ拠点を作られそうになったガバガバ国家やぞ!? んなの補給線分断されてぶっ殺されるのが見えてんじゃねえか!!」

「だから面白いんでしょ?」


 俺の言葉を紅茶と一緒に飲み込んだ社長がそう言いやがった。

 嘘やろお前。やべぇよ。何が面白いのか砂の欠片ほどもわかんねえよ。


「私達ですらすぐに気付くこの問題。聞いた事は無いけれどこの国にも軍師は居るはずなのに、どうしてそんな一手を出したのか」

「単純に馬鹿なのか俺達みたいな有象無象なんぞ捨て駒程度にすりゃええって感じじゃねーの」

「それならそれで結構。考えるだけに留めていた計画を実行させるのも悪くない」


 今なんつったコイツ。考えるだけに留めていた計画? この上なく嫌な予感しかしねーんだけど、何する気だオイ。


「ところで、その『ウェーク島の戦い』というのはどういったもので?」

「私もちょっと気になるなー」


 文句の一つでも言ってやろうとした時、ロゼがウェーク島の戦いが気になったらしい。リリィはまあ、完全に暇潰しレベルの興味臭い。

 でもなー。言っても分かるのかそれ。第二次世界大戦の時の話だろ? いくら何十年以上も昔の話とはいえ、この世界と比べたら技術レベルの差が激しくてついていけねーと思うぞ。


「簡単に言うと、小さな島国と大きな大陸国が、見渡す限り海の真ん中に浮かぶ小さな島を拠点争いした戦いだよ」

「拠点争いですか? ……ああ、なるほど。海の真ん中と言っていましたし、戦線の確保ですね?」

「そんな感じだね。それで、小さな島国は大きな犠牲を払いながらもその島を確保したの」

「小さい方が勝ったの? 凄いじゃないの!」


 ロゼもリリィも社長の話に興味津々である。とは言う俺もこの手の話は嫌いではない。陸か海かって言われりゃ海の方が良い。軍艦って良いよな。あの唸る鉄の塊は好きよ。

 なお、社長は完全に海側である。前の世界じゃ俺とチャットしながらゲームしてる時もそんな海の上で戦うゲームで一喜一憂してたもんだ。チームワークなんてもんはゴミ箱に放り込んでたレベルだったが。


「だけど、大きな大陸国はさっさとその島を諦めた。それどころか周辺の島々を攻略していって、その重要だったはずの島を逆に孤立させたの」

「ん? どういう事ですか?」


 ロゼがなんか分からんって感じの顔してる。まあ分からんわな。その世界の人間の俺も分かんねーもん。


「小さな島国の戦線として、尖り過ぎていたっていうのもあるかな。小さな国が故の物資不足で満足に戦力も送れず、その上で補給線を断たれたの」

「え、それってどうなったの?」

「その島で食べられる物が無くて多くの人が餓死したよ。最後には小さな島国が負けちゃったね」


 まあ物量ではぜってーに勝てねー相手だったしなぁ……。戦いは数っすよ。あとなんか色々と理由があった気がするけどまあ良いや。

 そんな社長の話を御伽噺でも聞くかの如く楽しそうに聞く二人。子供か貴様ら。いやロゼはたぶん作り笑いだろうけど。


「そうなる未来が見えているから今回の仕事が面白いの。何か策があるはず。そうでなかったらお金と時間、信用、そして資源の無駄遣いだからね」

「なるほど……。言われてみれば確かにそうですね。そういった視点で見ると中々楽しめそうです」


 あ、ロゼが笑った。今のこれは作り笑いじゃねーわ。……コイツいっつもこんな風に笑ったら良いのに。勿体ねぇ。

 リリィは満足でもしたのか俺にベタベタしてきやがった。俺の事ぬいぐるみか何かと勘違いしてねーか……?


「仕事の詳しい内容は明日の朝に王城で話す事になっているから、何も予定を入れないようにね。以上だよ」

「やる気出ねえ……」


 しかも王城に行くのかよ……いや立場考えりゃ当然だろうが、やっぱだるいわ……。俺は無駄に権力争いする奴らの顔なんざ見たくねーんです……。

 ──まあでも、こういうのも悪くないか。

 紅茶が無くなったのか、リリィがポット持って台所に向かってく。意外な事にアイツ家事スキルたけーんだよな……。料理も掃除も割と普通にやれるし、服の糸がほつれたら普通に直しやがる。あんな見た目の癖に、なんか昔の日本人女性みたいな雰囲気を出す時があるから目ん玉飛び出そうになる。和服を着せたらどうなるか……。あ、ダメだ想像がつかねえ。


(……はー。それにしても、王城かぁ……)


 俺は一人、行きたくないオーラを全力で出して今日を過ごした。まあ、無駄な抵抗だったのは言うまでもねーだろ。




 …………………………………………。




 そんでやってきた仕事の日ぃ……。今日も今日とて無駄に晴れ渡った空が恨めしい。俺の気分はコールタールの雨が降ってるっつーのに……。

 それよか割とやっべえ事が起きてる。俺達は今、かの王城へと向かっています。たっくさんの人が往来しとります。社長とロゼとリリィが何食わぬ顔で話しとんます。リリィが何食わぬ顔で話してやがります。

 そうだよ。この色ボケサキュバスが白昼堂々と歩いてやがるんだよ。羽なんて隠してねーし露出狂よろしくの姿だしいつもの調子で話していやがるし。おかげで道行く老若男女が二度見しやがる。おいそこぉ!! 見世モンじゃねえぞ!!!

 はー……しかも社長だかロゼだかを認識した瞬間に『ああ、なるほど』って感じでスルーしやがる。あん時の騒ぎマジでいつまで引っ張られてんの。もう千切れてもおかしくねーくらい伸びてない? 餅でももうちょっと謙虚な伸び方するぞ?

 まあでも、世の中ってーのは上手くいかないように上手く出来ているんです。俺には分かるんだ。このまま大人しくお話にありつけるとは思えん。

 んで、やっぱりそういう悪い予想ってーのは当たるんだよなぁ……。


「おい、隊長呼んで来い隊長を!!」

「簡易結界の陣、完了です!」

「油断はするな! 結界を張ったとはいえ、何が起きても対処できるよう構えておけ!!」


 普通に当たり前のように王城の門前までは来れたってのはスゲェって思ったが、やっぱ中には入れまてんでした。なんか衛兵の首からぶら下げた十字架が光り出したから魔族だとかなんだとか言い出されてこの有様。まあ間違ってはいねえ。リリィは魔族だしな。

 ……で、これどうすんだよ。なんかうっすら光ってる透明の壁みたいなので囲まれたんだけど。

 触ってみたら硬い感触はあるんだが温度は感じない。なんつーか、触っているのに触っている感じがしなくて気持ち悪い。しかもちょっと押してみたけどコンクリでも押してんのかってくらいビクともしねーでやんの。


「主任」

「へい」


 こんな状態だってーのに社長もロゼも動じねえ。なんかの用事で話し掛けるかの如く軽々しく社長は俺を呼びやがった。

 俺は殺されんじゃねーのかって諦めてんのにコイツ等ときたら……。リリィは俺の後ろに隠れてガタガタ震えて命乞いをする準備はOKって感じ。普通はこうなるんじゃねーですかね。……普通じゃなかったわコイツ等は。

 ……いや待てやリリィ。そんなビビるのなら俺の影に隠れとけよ。なんで堂々とここまで仲良く歩いてきてんの? ……絶対何も考えてねーんだろうなぁ。


「腕を見せてあげて」

「うい」


 なんか知らんが契約の刻印を見せりゃ良いらしい。そんなんでどうにかなるとは思えんのだが……。

 袖を捲ってやると俺の腕にある忌々しい刻印が顔を覗かせる。それをワラワラと集まって来てる衛兵共に見えるよう高く掲げてやった。ガッツポーズみたいでカッチョ悪い……。グッとしたらなんか起きねーですか。起きねーですね。知ってた。


「おぉ……」

「あれは……契約の刻印」

「まさか、本当に淫魔と契約をしているというのか……?」

「確かに淫魔の胸元にある刻印と同じモノのようだ……」


 すっげえ気分が悪い。注目されんのは苦手なんだよ……やるんじゃなかった……。

 でも一歩引いて恐れてるようなのを見るのは悪くない。そのまま帰ってくれても良いのよ?

 しかし違和感がある。淫魔との契約をしていたらなんかあんの? まあ良いか。


「見ての通り、私達はこの子と使い魔の契約を交わしているよ。それだけは頭に入れて貰っても良いかな」

「……………………」


 社長がそう言ったんだけど反応が悪い。衛兵共は押し黙ったし、一部の偉そうな奴がなんか相談でもしているのか微妙な話声は聴こえる。

 そこに追加で社長がもう一言だけ言った。


「じゃあ、私達はこのまま大人しく依頼人を待つね」

「依頼人……? まさか、お前達が今日来る予定の客人だと言うのか?」

「さあね。そっちでどういう話になっているのか私達は知らない。私達は『依頼の詳細を王城で話すから朝に来るように』って言われているだけだよ」


 そうすっと偉そうな奴が『確認してこい』とでも言ったのか一人の衛兵が走って中に消えてった。

 まあ、結果的に言うと金髪碧眼の高身長イケメンが出てきて俺達は王城の中に通された。ライアン様って言われてたし相当偉い奴なんだろな。あと、ロゼとリリィが絶句してた。絶対偉い奴だぞコイツ。


「悪かったね。連絡が末端にまで伝わっていなかったみたいだ」

「構わないよ。こういう事は一度や二度じゃないからね」

「ハハ……随分と苦労しているようで」


 俺達を案内しながら話をして、困ったように愛想笑いするライアンサマ。あぁーイラッとするぅ……。こいつ苦笑いまでイケメンかよ。つーか社長、それってあのオルトンの事だよな。そろそろアイツ殴って良い?

 柔らかい物腰だし、さぞかし女にモテておじゃろう。笑い方にちょっと陰があるのも計算かそれ? そうやって女を堕としてきたんだろイケメン。社長も堕とそうと世間話をしているのかもしれんが、そいつ男なんで。残念でしたァ。

 ……なんて思ったが、さっきから遭遇するメイドっぽい奴らの反応を見るに違うのかね。なんだこいつら。隠してはいるが、残念そうっていうか可哀想な目でイケメン君を見てるぞ? もしかして見てくれだけで無能かなんかなの?

 それにしても城の中は流石に見応えがある。まさしく中世ヨーロッパ系。白い壁と赤い絨毯がどこまでも伸びてやがる。扉もなんか高そうな木を使ってるし、掃除も行き届いてんのか埃一つ落ちていやがらねえ。所々に飾られたよく分からん人や風景の絵画も金縁で嵌め込まれてるし、見ただけでスゲェなって思える。まさに芸術品である。なお、社長はちょっと見るだけで何も反応しねえ。興味ねーのか見る目がねーのか……。

 そうこうしている内にちょっと立派な扉の前に着いた。そんでライアン様とやらはノックもせずにその扉を開けやがる。無作法かよ。


「お戻りになられましたかライアン様。……後ろの者が例の?」

「ああ、そうだよ宰相」


 ん? ちょっと待て。宰相から様付けされてんのコイツ? うわ、スゲェ嫌な予感がしてきた。絶対面倒な事になるぞこれ……。

 椅子に座るよう促された俺達。それを聞いてから社長がさっさと座ったから俺達もやたら凝った造りの椅子に座る。……うーん。座り心地は微妙。


「さて。自己紹介が遅れたね。僕はライアン。ライアン=ハーメラ。このハーメラ王国の王子だよ」


 ぎえええええええええ!!!! やっぱりコイツ王子だったああああああああ!!! 宰相からの扱い見てそんな気がしたんだよおおおお!!

 ああ、これは物凄いクソったれな依頼に違いねぇ……。じゃねーと王子なんて立場の奴が迎えに来るかよ……。


「しかし……淫魔を使い魔として従えていると聞いてはおったが、よもや王城に連れてくるような非常識な者だったとは……。ライアン様、彼らと共にするのは考え直した方が良さそうです」


 ウゼェ。ただでさえ皺のある顔面ってーのに眉間に皺を寄せるとかボケてるつもりかよ。ボケるのは頭だけにしろ。

 宰相とやらが俺らの事を不審者だか何かだと思っているような時、なんとなく社長の方を見てみた。……礼儀良くはしているが、随分と自然体でいらっしゃる。ロゼとリリィの方を見てみよう。……ロゼはいつもの微笑みの仮面を付けててリリィはガッチガチに緊張してやがる。なんなんだコイツらのこの差は……。


「そう言うな宰相。彼らだって考え無しに来てはいないさ」

「……では、彼らに訊いてみましょう。何を考えて淫魔を連れてここへ来たのかね?」


 宰相の視線が俺に突き刺さる。待てや。なんで俺なんだよ。俺を見るんじゃねえ。そういう頭を使うのは社長の仕事だ。

 つーか俺を見る理由が分からん。まさか俺がこの変人グループのリーダーだか何だかだって思われてんの? ふざけんな。誰が好き好んでリーダーなんてやるか。一番上に立つとか俺の柄じゃねえよ。


「端的に言うと、私達は相手が誰であろうと偏見をあまりしない集まりという証明かな。それと、私達がこの子と契約を交わしているというのは知られているから、私達の顔を知らなくても予想が付くと思った次第だよ。結果は芳しくなかったけどね」


 社長が答えたのを見て宰相がまた顔を顰める。なんだよ、今度はなんだよ。


「……お前がこの者達を纏めているのではないのか?」

「冗談じゃねえ。俺がそんなタマに見えるかよ」

「ふぅむ……女を三人も侍らせておるからそう思ったが……」


 ざっけんな!! 一人は男だろうが!!

 そうブチ撒けてやりたかったが我慢だ我慢……。これ以上面倒な事になって堪るか……。


「それは置いておいて、依頼の内容を聞いても良いかな。宰相という仕事に追われる身分の方に時間を割かさせるのは私としても少し心苦しい」


 ちょっとだけ呆れた様子の社長なんだが、お前よく宰相なんて地位の奴にそんなこと言えるな。俺も『さっさと話進めろよ』とは思ったが、口に出したら絶対に面倒事になるから俺でも言わねえぞ。俺は面倒が嫌いなんだ。

 案の定、宰相がまたまた顔を顰めた。どうやら皮肉を理解する頭はあるようだな。おめでとう。ボケはまだ初期段階だぞ。


「もう少し待つが良い。まだ調査員が集まっておらん」


 その言葉を聞いて、今度は俺が呆れた。お前な? 人を呼んでおいてまだ準備が出来てませんって何それ? 無能臭がプンプンするぞ? やっぱボケが進行してんじゃねえの?

 危うくそんなヤベー事を言いそうになった時、扉をノックする音が部屋に響いた。その調査員のメンバーかなんかですかね? 遅刻だぞ。減点。

 宰相が入れって言ったら扉から歴戦の戦士っぽい髪が逆立った男と、社長と同じくらい目が死んでる茶髪女が入ってきた。

 ……ミスマッチ過ぎねぇ? オジサマの方は三十ちょっとってくらいだが、女の方はどう見ても十五か十六くらいの子供じゃねえか。いっちょ前に剣を腰からぶら下げてるから剣士だと思うが、それなら鎧くらい着ろや。どう見ても普段着じゃねえか。見た目だけで実用性を考えてないとか舐めてんの? 腹刺されたら一発であの世逝きぞ? オジサマの方は兜を取ってるが、ガチガチのプレートメイルだったので八十点くらいあげたい。惜しむべくはなんか階級の高そうな無駄な装飾がある事。重くなるだけであんまり防御に役立ちそうにないし修理大変そう。だが剣が武骨なロングソードで違和感はんぱねえ。こいつ絶対にヤベェ奴だ。


「ライアン様、宰相殿、遅ればせながら参上いたしました」


 そう言ってオジサマは頭を下げる。ガチャァって鎧の擦れる音が素晴らしい。だけど女の方はどこを見ているのか真っ直ぐ何も無い空間を見て何もしねえ。人形か何かなのコイツ……気味悪りぃ……。


「うむ。これからこの者達に任務の命令をする。団長達も聞いておくように」

「ハッ!」

「……………………」


 オジサマは惚れ惚れするような完璧な敬礼をする。だがやっぱりこの女は何も反応しない。段々怖くなってきたぞ……。

 そんで、オジサマと人形女が宰相と王子の斜め後ろに立ったら話がやっと始まった。


「ケイアス西平原には数百年前に滅んだ国がある。そこにある城は魔族が拠点として使ってきたのだが、最近の調査で放棄されていたらしい。そこで我々がその城を確保しようとしておるのだ。王子が直々に詳しく調査して下さるので、お前達はその護衛をしつつ王子の手伝いをするのが仕事だ」

「……なるほどね」


 突っ込み所が有り過ぎる。それは社長も感じたのかいつものように左目を閉じて腕を組んだ。いい加減その腕の組み方やめろ。女みてーで見ていてゾワッとするんだよ。

 さて、我らが社長はなんて答えるのやら。


「まず先に訊く事がある。報酬は?」

「王国の使命を受けし稀代の冒険者。その肩書を授けよう」

「流石にそれはねえだろ」

「主任さん!?」

「ちょっ、主任……」


 社長と人形女を除いた視線が一斉に俺に集まった。やっべぇ思わず口に出ちまった……。

 いやでも流石に頭湧いてんだろ。そんなクソの役にも立たねーような肩書一つで護衛と調査をしろと? 誰がやるかよそんなもん。


「……貴様、それはどういう意味だ」


 しかも宰相が睨み付けてきやがった。うわぁ……面倒な事になったぁ……。うっぜえなぁどうすっかなぁ……。


「私も主任と同意見だよ」


 そんな時だ。社長が口を挟んでくれた。俺を庇ったのか同調したのか、はたまたこれ以上面倒な事にさせない為なのかは分からんが、とにかく社長なら上手くやってくれるだろう……。

 こうして社長と宰相の攻防が始まった。


「まず第一に、私達は冒険者。日銭を稼いで食べていくのがやっとだっていうのに、その稼ぎを放棄するという事はこの先の生活が無くなるに等しい」

「微笑みのロゼと共に行動しておるだろう。金の問題は無いはずだ」

「それはロゼの話。私と主任はこの国へ来てまだ間も無いから、ロゼと同じ仕事はさせてくれないの。例え、その肩書を手に入れたとしてもね」

「お前達は仲間ではないのか? 仲間へ金を出す事すらしないのか?」

「偉大なるアーテル教の総本山を内包するハーメラ王国ですら出せないのに、私達のような個人が出せる額じゃないでしょう?」

「なぜそんな事が言える?」

「ライアン王子を護衛するというのは容易な事じゃない。次期ハーメラ国王となる身……傷一つ負わせる訳にはいかない。それなりの準備と装備が必要だよ。そちらの二人は相当な腕と見受けるけど、それでも不安が残るから私達へ依頼を持ち掛けたのでしょう?」

「……………………」

「沈黙は肯定と受け取るよ、宰相」

「それは間違っておらん。初めにルーファスを動かそうとしたが、奴には重要な仕事を任せている最中で護衛に務めさせる事は難しい。だからこそルーファスに一目置かれているというお前達を選んだのだ」

「では質問の仕方を変えよう。金銭を渋って王子を死ぬかもしれない危険な地へ送り出すのか、金銭を出して安全性を高めるのか……どっちを選ぶの?」

「ライアン様を殺すという脅迫か、女」

「うん……? …………おや。私は不充分な装備で王子を死地へ赴かせるつもりか、と言ったのだけど。そもそも、そんな発想が出来るだなんて……宰相は王子を亡き者にしようと考えた事でもあるのかな」

「貴様! 何を根拠に!!」

「少なくとも私は王子を殺すだなんて発想は出来なかった。無報酬の仕事を受けて護衛対象の次期国王となる人物を殺すなんて有り得ないよ。そんな危険で愚か極まりない行動は考慮に値しない。報酬が出ないのならば私達はただ断われば良いだけでしょ? なぜなら私達はその日銭を稼ぐ冒険者。割に合わない仕事は受けないまで」

「…………っ!」

「……宰相、そうなのか?」


 相変わらずコイツの言葉はおっそろしい。相手が一国の宰相だって分かってんの? ウザイ死ねの一言で俺ら全員が首チョンパされてもおかしくねえんだぞ……。

 まあそんな事は言えねーだろうけど。コイツまさかの王子をダシに使いやがった。宰相が王子を殺す事を考えたって疑惑を向けさせてやがる。ここで俺達をぶっ殺したら永久にその疑惑は晴れねーもん。王子がトドメに宰相へ質問したのもデケェ。そもそも宰相にスンゴイ形相を向けてるオジサマが怖過ぎる。


「誤解ですライアン様! 私は聞こえたまでに答えたまで! そのような事は一度たりとも考えた事などございません!」

「ならば、報酬は出してやれるか?」

「……っ勿論でございます」


 うわマジすげぇ。こいつ報酬を捻り出させやがった。……つーか、普通に考えて王子の安全の為に金を出すよな。この宰相どっかで横領でもしてんじゃねえの?


「だそうだ。社長……で良かったかな?」

「うん、良いよ。どうしたの?」

「どれくらいの報酬ならば仕事を受けてくれる?」

「遠征費用や調査報告書の製作及び図の描画、装備の調達など全て含めて金貨50なら受けるよ」

「なっ……!!」


 コイツえげつねえ。あの高純度永氷晶よりも高ぇ。毟れるだけ毟るつもりかよ。

 ……いや待て。今なんつった? 報告書とか図の描画とか言わなかったか? ……おいお前ぇ!! 仕事増やしてんじゃねえよッッ!!!


「報告書の製作に図の描画……? 君は、文字だけでなく絵も描けるのか?」

「そうだよ。場所が場所だから簡略した絵になるのは容赦して頂きたいけどね」

「それは頼もしい! 文字だけでなく絵もあれば分かりやすい調査報告書になるよ!」


 しかも王子を味方にしやがった。こりゃもう宰相は大人しく金出すしかねえな……。大人しく俺達の言い分を飲み込んでりゃもっと安くしてくれただろうに。勿体ねえ。

 結局、事は社長の思惑通りに進んだ。仕事内容は護衛と、手伝いという名の調査そのもの。報酬は全て込み込みの金貨50。ロゼは機嫌良さそうにニコニコしていて、リリィはぶったまげたのかポカーンとアホみたいに口を開けていた。ゴミ放り込んでやろうか?


「それではライアン様……私は遠征の準備をして参ります……」


 宰相が暗い顔をして出ていった。ザマァ。

 部屋に残されたのは俺たち以外に三人。王子とオジサマとお人形。なんでか知らんが王子が個人的な話をしたいとかで残した。何を話すんですかね。


「さて……話したい事は沢山あるんだけど、まずはお礼を言わせて欲しい。胸がスカッとしたよ」

「あら、それはどういう意味でしょうか?」


 王子の言葉にロゼが聞き返す。なんとなくだが、お前知ってて言ってねえか?


「僕の評価は知っていると思う。王子という肩書だけな平凡で凡骨な男。そう言われているよね。宰相からは特にそう言われているから、少し気分が良くなってしまったよ」

「いやそんな評価知らんがな」


 マジで知らんがな。お前は有名人なんだろうけど、俺達の生活圏には欠片も引っ掛かってねーんだよ。有名人だからって誰もが知ってると思うな。


「私と主任はこのハーメラに来てからまだ日が浅くてね。ライアン王子の事はおろか、このハーメラの事すらよく知らないの」

「そうだったのか……。案内をしている時に話していて違和感があったけど、そういう事だったんだね。──では、改めて自己紹介をしよう。僕はライアン=ハーメラ。このハーメラ王国で唯一の跡継ぎだよ。さっきも言ったけど、僕は人として平凡な男だよ。無能の王子なんてすら言われている」


 うわぁ……マジで無能だったのかよ……。だから金も渋られてるんじゃねえの……。あの宰相も貧乏くじ引いてんなぁ……。

 んでもって俺達も簡単に自己紹介とやらをしておいた。リリィがガッチガチに緊張していたのが笑える。なお笑ってやったら思いっきり頭をぶっ叩かれた。使い魔の癖に主人を敬えないとは出来損ないめ……。初期の電気ねずみかテメェ。


「俺はルイス。王国騎士団長をやっている。ベネット程ではないが、剣の自信はあるぞ」


 オジサマが渋い声でそう言った。分かる。団長やってるのにその剣は場違いなくらいショボく見える。だけどな、俺には分かるんだよ。そういう奴が『普通の武器』を持ってるってーのは特別な武器が『必要無い』奴だって。


「そして、この子がナリシャだ。こう見えても実力はかなりある。……普段は明るく元気な子なのだが、今は事情があってこうなっている。無礼は許してやってくれ」


 ナリシャって名前の人形女は相変わらず一切反応しねえ。事情とか言ったが失恋でもしたんですかね。いくら剣の腕があっても心は乙女だとかありそう。

 あ。なんか社長がナリシャって奴をジッと見てやがる。そういやお前って不思議ちゃん系好きだっけ?

 ……で、だ。長ったるい自己紹介も終わったぞ。何を話すんですか。


「それにしてもライアン王子。ライアン王子はわたくし達ハーメラ王国民にとって次期国王ですわ。あまり自分の評価を落とそうとしないでくれませんか?」

「……悪い。どうも性格でね。ただ、王城内ではもっと厳しい事を言われている。自信も無くなってしまうよ」


 この時、俺の目は王子が諦めているように映した。さっきまで微かにあった気迫やら威厳やらが完全に消えてる。苦笑いしてはいるが、落ち込んでいるってのが分かった。

 ……あー、そうか。この王子、ダメ出しばっかされて生きてきたのか。良い評価など一度もされず、良い所は何も褒められず、ただただ悪い部分を頭ごなしに否定されてきたんだろう。

 アレは辛い。やる気なんぞ無くなる。投げやりにだってなる。それくらい、言葉の暴力というものは心に深く傷を残すもんだ。……同情してんのかな、俺。


「まあ、今回は幸運だと思え。コイツならなんとかしてくれるぞ」


 そう言って社長へ親指を向ける。だが、社長はちょっとだけ俺へ首を傾けて細めた流し目を向けてきた。あまり嬉しくなさそうだ。


「無茶振りをするね、主任」

「さっき自分から仕事を増やしただろ。そんだけ自信があるんだろ?」

「過剰な自信は持たないよ。あくまで今回の調査で私は手伝いしかしない。私が全てをやったとしても、それはライアン王子の正当な評価に繋がらないでしょ?」

「まあな」


 社長は面倒な言い回しをしてくれる。経験上、社長がこんな回りくどい事を言う時は徹底的なサポートをする。たぶん大丈夫だろ。


「僕も頑張るよ。だから、協力してくれないか?」

「頑張っている姿を見せてくれるのならば、私はいくらでも協力するよ」

「……ありがとう。感謝するよ」


 ほらな。社長はこういう奴相手に甘いんだよ。……まあ、それに俺も正当な努力をする奴は嫌いじゃない。

 ──だが、同時に嫌いだ。嫌いじゃないって感情と嫌いって感情が鬩ぎ合う。……はー。嫌だわこの感情。こんなのいらねーから、もっと素直な心をくれ。


「初めに話した時、なんだか信頼できそうだとは思っていたんだ。それは間違いじゃなかったようだよ」


 だが、そういう臭い台詞を吐くのは虫唾が走るんでダメですわ。イケメンだけが許される台詞やぞ。……イケメンだったわコイツ。


「……ところで、ずっと気になっている事があるんだ」

「何かな」


 一息の間を空けて王子が社長へなんか訊ねだした。なんだ? コイツの腹の底は俺でも読めんぞ?


「君は……男、で良いんだよね?」


 何を言い出すかと思えばそんな事かよ。だが王子、俺はお前を評価するぞ。周りの連中はコイツの事を女だ女だって言いやがる目の腐った奴らだ。よく分かっていらっしゃる。


「おう。社長は男だぞ」

「いえ女の子でしょう……何を言っているのですか主任さん」

「だからどう見たら女に見えるんだよ……──ってロゼぇ!! お前俺の事を見る目が無い残念な人って思っただろォ!?」

「あら。よく分かりましたね。一言一句間違っていませんわ」

「お前も容赦なくなってきたなぁ!!?」


 だが社長が男だってーのは譲らねえぞ。というか俺は昔コイツから直接男だって聞いた事あんだよ。……あったはず、たぶん。だから男。間違いねえ。


「……ええっと、それでどっちなの?」

「ライアン王子が思った性別で良いよ。私は男でも女でもどっちでも良い。その人が思った性別で良いんじゃないかな」


 そんで社長も社長でどっちつかずの返答をするしよぉ……。いい加減ハッキリさせろや。毎回毎回聞かれて面倒なんだよ。

 ……あ。良い事考えた。リリィってサキュバスじゃん。なら男かそうじゃないかっていうの分かるんじゃね? 早速訊いてみるか。


「おうリリィ。お前淫魔だから男かどうか分かるだろ。ハッキリ言ってやれ」

「えー。言って良いの? 本人はどっちでも良いって言ってるじゃないのー」

「良いから言え」


 やっぱり分かってて黙ってやがったなコイツ。──だが、俺は耳を疑う事になる。


「女の子でしょ。男の精の匂いが全然しないもん」

「……は?」


 今なんつったお前。男の匂いがしない? オイ……オイ……。


「まあ確かにたまーにちょっと女の子っぽくない言動とかあるけど、男の人なら流石に匂いで分かるわよ。その匂いが一切しないから女の子よ」

「ほら主任さん、リリィさんもこう言っていますわよ?」

「というか、見たら汚れた欲棒の膨らみがあるかどうかくらい分かるでしょ……何を見てるの主任?」

「リリィ。流石に言葉が下品過ぎる」

「ごめんなさい……」

「…………は?」


 社長が……女……?

 思わず社長の方へ目を向ける。ついでに嫌だが股間の方も見た。

 ……ほっそい足の付け根にはリリィの言う膨らみなど一切無く、つるっとした流線型の太腿があるだけ。どう見ても『アレ』が付いているようには見えん。

 社長の顔も見てみたが、興味無さそうで次の話題を待っているようだった。

 どういう事だよオイ……。じゃあ、俺がコイツから聞いた『男だよ』って言葉は嘘だったのか……? いや、だけど何の為に? ネットの相手だから嘘付いたのか……? だとしても、いまさら男でも女でもどっちでも良いなんて言うか……? わかんねえよ……わかんねえよオイ……。


「……リリィ」

「なに? どしたの主任? ……顔怖いわよ?」

「お前実は淫魔じゃなくてテキトーな事言ってるだけじゃねえの? というかお前本当は幻とかじゃねえ?」

「あたしの存在自体を否定するぅ!!?」


 コイツの頭がバグってる可能性は充分にある。使い魔になって悦ぶような変態だ。まず間違いなく頭おかしいのは間違いなく間違いない。そんで、社長が上手い事『アレ』を隠しているだけやもしれん。

 とにかく、俺は信じねえぞ!!


「主任さん、間違いは誰にでもあるものですわ」

「うるせえ黙れ……俺は認めねえぞ……」


 絶対に認めるものか……。数年間ずっと男だと思って接してきたんだぞ……。


「……もう良いでしょ? とりあえず話を進めようか。──ライアン王子、この話し合いはどういった目的があるの?」

「あ、ああ……。これから短い時間とはいえ旅を共にするから、親睦を深めようと……」

「なるほどね。仲間意識というのは大事だと私も思うよ」


 それからたぶん一時間か二時間くらいの間、この必要なのか分かんねえお話し合いが広げられた。

 俺は正直あんまり話したくない気分になったからテキトーに相槌を打ってただけ。ルイスのオジサマも口数は多くなかったし、ナリシャなんて終始お人形やってた。

 しっかし……社長が女の可能性が出てくるとは思わなかったぞ……。下手すりゃ四人の中で男が俺だけになるじゃねえか……。

 地獄である。包容力満点のお姉さまが居るのなら話は変わるが、どいつもこいつも一癖二癖ある女ばかりだ。その上で社長が女だったとしたら……。俺……正気で居られるかな……。

 俺は、久々にナーバスな気持ちになった気がした。


…………………………………………。

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