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クロス・レール  作者: 月雨刹那
第一章
14/41

裏の顔 1

 ゴトッ──


 時刻は夜。隣の部屋……社長さんと主任さんの部屋から最近、気になる物音がするようになりました。陶器や金属のように硬い物を床へ乱雑に置いたような、そんな音です。

 確かに街へ出た時に工具や木材、金属を買っていたりしていたので何かを作っているのは知っているのですが、何を作っているのかまでは知りません。音なのですが、何と言いますか……剣や盾とは違う、魔術で動かすカラクリの部品のように複雑な形をした物が発する音と言えば良いのでしょうか? そういった音が最近鳴っています。


 コトコン──


 ……やっぱり変わった音ですね。一体、どんな形をしていればこんな音になると言うのでしょうか……?

 見に行きたい気持ちは山々なのですが、作っている途中の物を見るという事はしません。だって工程を見て予想するよりも、完成した物を見た方が満足できるではありませんか。そんな感情が優先されていて、私は見に行けないのです。


『おう社長、こんなもんで良いか?』

『ん、仕上げは私がしておくね』

『ええ……これでダメなんですか……』

『荒削りじゃなかったの、これ……?』


 ああ、ヤキモキしますわ。見に行きたい衝動がとても膨れ上がっています。お二人の事ですから、絶対に私が見た事も聞いた事も無いような物を作っているに違いありませんわ。

 あまりにももどかしくなって、部屋の中をグルグルと歩き回ってしまいます。どうにかしてこの欲求を解消したいのですが……さて、どうしましょうか。


「…………………………………………」


 紅茶でも飲んで落ち着きましょう。そうすれば眠気もやって来て眠れるはずです。

 自分の部屋を出て台所へと足を進めます。数週間前と比べて配置が多少変わった台所の様子は今でも少し違和感があります。ですが、その使い易さは変わらず。むしろ社長さんが私に気を遣って下さって配置されているのでしょう。新しく購入した調理器具などの場所も私と共に置く場所を決めましたもの。

 やかんを手に取り、その中に水を入れようとした……その時です。


 ゴトガッ──!


『やべぇ落とした!』

『このくらいなら曲がったりしないと思うよ』

『いやでも速攻で壊れたりしたらなぁ……』

『この程度で使えなくなるのなら最初から設計し直すよ?』

『お前やっぱ理系だわ……』


 あ、無理です。もう我慢できません。こんなの我慢なんてしていたら悶死してしまいます。今すぐにでも社長さん達の部屋に飛び込んで眺めたいです。

 手にしていたやかんを元の場所に戻し、足早に社長さん達の部屋の前に進みます。一応扉を叩いてみると、すぐに中から入っても良いと返事がありましたので、好奇心の塊となっている部屋へ入りました。


「あ、お邪魔してるわよー」


 …………………………………………。なんでリリィさんまで居るのですか……? まあ……きっと暇を持て余したのでしょう。寝転がって足をパタパタとさせながら社長さんと主任さんの間を眺めているのがその証拠です。


「おうなんだ? これが気になったのか?」


 開口一番にそう言う主任さん。その言葉で一瞬だけビックリしてしまいます。なぜ分かったのでしょうか……?


「お前がここに来る用事なんて他に無いですし……」

「心を読むのは止めて頂けませんか?」

「いやテキトーに言っただけなんですが……」


 テキトーにって……それにしては的確過ぎませんか?

 少しだけ、主任さんの事を見直します。この人はもしや、頭の悪い振りをしているだけなのでは? そうであれば社長さんが信頼を寄せる理由も分かります。むしろ、そうでなければ納得できません。


「ところで、一体何を作っているんですか?」


 それよりも、さっきから視界に入っているモノが気になって仕方がありません。床に散らばった木屑や金属の欠片もそうですが、社長さんが手に持っている長物が気になります。見た所どうやら初めて会った時に持っていた武器(銃、でしたっけ?)と似ていますが、細かい部分で違いがあります。何やら装飾やら操作するかのような取っ手が付いています。初めて見る物なので何をどうする物なのか見当も付きません。

 社長さんはそれを上下に回して動かしていますが、何か気に食わなかったのか分解し始めてヤスリで削り始めました。そしてある程度削った所で元の形へと組み立て直しています。


「ロゼと初めて会った時に向けた武器があったでしょ? あれの改良品だよ」


 集中しているからなのか、遅れて答えて下さりました。視線は銃へと向けられたまま、あちこち確認するかのように全体を調べています。

 と、そこで取っ手らしき物を水平から上に回しました。それを引くと何かを入れるであろう四角の穴が現れ、それを確認すると逆の手順で元に戻しました。ああ……とても興味がそそられます。


「社長社長、ロゼってそれに興味津々みたいよ」


 というかいつの間にリリィさんも私をロゼ呼びしているのですか? ……まあ良いでしょう。きっとお二人がロゼと言うのでそれを覚えただけでしょうね。


「ん? ああ、なら丁度良いかもしれないね。試してみたい事があるんだ」

「試してみたい事、ですか?」


…………………………………………。


「……私では無理ですね」

「えぇ……マジで……?」


 社長さんから要求されたのは、衝撃を与えると爆発する魔術陣を指の爪の大きさの紙に描くというもの。その大きさの紙に陣を描くだけでも大変だというのに、その中でも細かい部類である爆発に加え、衝撃を与える事で起動というのは、どんな陣にすれば良いのかすら分かりません。


「私も魔術が使えるというだけで秀でている訳ではありませんので……。ですが、それでもその条件の魔術陣を描くというのは相当な腕でなければ無理というのは確かです」


 それが出来る人は一体どれだけ居るのでしょうかね。魔術の知識に加えて手先が器用となると……王国附属魔術師くらいじゃないと出来ないのではないでしょうか?

 ちなみにリリィさんは飽きたのか何なのか、主任さんの影へと潜り込んでいきました。ホントに自由奔放ですね……。


「相当な、か……。難しい話だね。これは一旦放っておこうか」

「撃たせろ」

「なら魔術陣を描いてくれるの?」

「描けねえ。だが撃たせろ」

「火薬が存在していないみたいなんだから物理的な手段じゃ無理だよ。流石に私も火薬の作り方は知らない」

「お前なら出来るって俺は思ってるんで」

「全く……そんな事を言われたらやるしかないじゃないの」

「出来るんじゃねーか!!」

「出来ないよ。ただ、当てがあるってだけ」


 矢継ぎ早と、まるで台本でも用意していたかのように会話をするお二人。それは社長さんが折れるという形で一区切りが付いたようです。


「当てとは?」


 そんな繋がりなんてありましたっけ? そう思っていましたが、彼女は当然のようにこう言いました。


「ルーファスって、確かこの王国の魔術部隊長だったよね」

「なるほど良い考えだ」


 それからの行動は速いものでした。いつもはダラダラとしている主任さんが真っ先に支度を済ませたのです。……物凄く現金ですね。そんなにあの銃というものを撃ちたいのでしょうか。いえ、斯く言う私もかなり興味があるのですけれど。

 しかし懸念も残ります。ルーファスに頼みに行くとしても、それを快く受け取って下さるでしょうか? 魔術師という方々は大抵が等価交換で動くという話です。金銭を要求でもされたらどれだけに額になるか分かりませんし、価値のある物も持っておりません。その点はどうするのでしょうか?

 ルーファスの家を聞いた社長さんも主任さんも当然のように歩いていくものですから、私がおかしいのかと疑問に思ってしまいます。


「ところで、ルーファスが手を貸してくれるという保証はあるのですか?」

「ん? 手を貸してもらう?」


 なんで? とでも言いたそうな顔をする社長さん。……え? 違うのですか?

 質問をしたのに逆に困ってしまった私を見て、社長さんは何かピンときた顔をしました。


「魔導書を見せて貰いにいくだけだよ。二人もそのつもりだったのじゃないの?」

「えっ」

「……いえ、ルーファスに作って貰うつもりかと思っていました」


 なるほどね、と社長さんが納得をすると、真逆に主任さんは不機嫌そうに目を細めました。


「なんでそんな面倒な事するんですか」

「作れないのなら作れるようにする。それだけの話でしょ?」

「作って貰ったらええやん……」

「対価なんて用意出来ないでしょ。相手は王国に属している人だよ。それに、一発や二発あれば良い代物じゃないんだからいつでも量産できるようにするの」


 それはそうですが、そんな簡単に出来るものではありません。先日教えて頂きましたが、社長さんと主任さんは魔術を扱えない特殊な体質だったはず。いくら陣が描けても肝心の魔力を込められないのであれば意味が無いのではないでしょうか。

 その事を言ってみたのですが、どうやら焦点はそこではないようです。陣を描く事ではなく、陣を新しく開発する事が一番の目的だとか。

 ……なんだか余計に難しい事を言っていますね。流石にそれは社長さんと言えとも厳しいでしょう。魔術の新たな開発とは王国附属魔術師に限らず全ての魔術師がしていると言っても過言ではありません。それでも毎年一つか二つしか新しい魔術構成が開発されないというのは、それだけ魔術の開発が難しいという事です。もしそんな事が出来れば、王国附属魔術師になるのも難しくはないでしょうね。


「失礼ですが、陣を描く知識を得たとしても魔力はどうするのですか?」

「後でも込めて良いのならばそれで良いし、ダメだとしてもロゼに描き方を教えて描いて貰うっていう手もあるかな」


 サラッと言いますね……。しかし、魔力を後で込めるというのは盲点だったかもしれません。出来るかどうかは私も試した事が無いので不明ですが、可能ならば役に立つかもしれませんね。

 ……もしかして、社長さんは本当に魔術師として名乗れるのではないでしょうか? そんな未来を、私はほんの少しだけ思い浮かべました。


「あっ! おい!! ゥオォオオオオイッッ!!!」


 突然、後ろから声を掛けられました。幾度となく聞いてきたその声に、振り向かずともオルトンさんと分かります。しかし珍しいですね。あの人がお店ではなく街中に居るだなんて。恐らく何かあったのでしょうが。

 私たち三人が足を止めるとほぼ同時にオルトンさんも走り寄り終わり、全力で走っていたのか息を切らしているご様子。……つくづく珍しいですね。この人がこんなに慌てているだなんて。


「ハァー……ハァー……さ、捜したぞ……」

「うわぁ汗臭い……」


 汗だくのオルトンさんに失礼極まりない言葉を投げ掛ける主任さん。もはやそんな言葉を聞いても『またですか』すら思わなくなってしまっているのは人として憂うべき事なのでしょうか。


「お、おいお前ら……お前ら宛てに依頼が来てんだ……」

「……解せませんね。そんな事でわたくし達を必死に走って探していたのですか?」

「依頼主はあのルーファスだぞ!? 当たり前だ!!」


 おや、と社長さんが声を零します。釣られて私も同じ調子で、あら、なんて声を出してしまいました。主任さんは何も言いませんでしたが、明らかに興味を抱いています。だって『よろしい、話を続けろ』って言い出しそうな顔をしているんですもの。


「オルトンさん、その依頼はどんな依頼?」

「おう。……依頼内容は盗賊を見付け出して希少な魔術材料を取り返す事だ。その希少な魔術材料さえ手に入るのならば別に盗賊を放っておいても良いらしい。ついでに助手に使えそうな奴が居たら紹介しろ、とよ。その時は追加報酬を支払うそうだ」


 オルトンさんは持って来ていた紙を広げながら依頼内容を読み上げました。


「その紙を貸して。詳細を聞くよりも目で見て憶えるよ」


 しかし、社長さんは気に食わなかったのかオルトンさんの持っている紙を要求しました。……まあ、分からないでもないです。彼は冒険者がなるべく依頼内容を憶えられるように噛み砕いて説明する事が多々あります。それが原因で少々遠回りする事もたまにあります。社長さんはそれを嫌がったのでしょう。


「茶髪、赤色、褐色、女……。高純度永氷晶……。東、1、2……5。西、1、3。南……2。北、1、2、3……8。器用……ふむ」


 社長さんは内容を憶える為か、紙に書いてある内容を掻い摘んで読み上げています。二枚目にも紙があったそうなのですが、遠目で見る限りではハーメラの地図のようなものが描かれています。しかし、傍から聞いただけでは何の事かよく分かりませんね。後で社長さんから聞きましょう。

 紙をオルトンさんに返すと、社長さんは依頼を受けると言いました。オルトンさんは泣きそうなくらい喜んでいます。曰く、もし王国第三魔術部隊長からの依頼が受けられる事すら無かったら商工会がどうなるか分からない、だとか。失敗してもあまり変わりなさそうですが、どうやらオルトンさんは私達が依頼を遂行出来ないという事なんて一切考えていないようです。……楽天的というか、どれだけ私たちを信用しているのか。


「じゃあ依頼の成功報告を待ってるぜ。そん時はお前ら二人の等級をガッツリ上げてやるよ」


 オルトンさんはそう言い残すと、足取り軽く商工会の方へと帰って行きました。あれは完全に成功前提の動きですね。これでもし失敗したらどれだけ絶望的な顔になってしまうのでしょうか……。

 それはさておき、社長さんから依頼の詳細を聞いておきましょう。


「社長さん、詳しい依頼内容をお聞きしても良いですか?」

「ん、じゃあ共有するね」

「はよ。はよ」


 急かさないで下さい主任さん。気持ちは非常にとても共感できますが。


「目標の盗賊は単独。茶髪で赤い目の褐色の肌を持った女性。商人の護衛をしていた用心棒の話によると痺れ毒を使うみたい。奪われた荷物は主にオーリア帝国の特産品で、ルーファスが発注していた高純度永氷晶も盗まれているらしい。この盗賊と同一人物と思わしき被害は中央の東側で五件、西側三件、南が二件、そして北に八件あるよ。報酬は金貨10枚だってさ」

「最後に言ってた器用だかってのは?」

「それはルーファスの助手の条件の話だね。器用な人が良いらしいよ。こっちは銀貨20枚」

「んじゃそれはどうでも良いな」


 ……一瞬流しそうになりましたが、どうでも良いという事はないでしょう主任さん? 追加報酬があるという事、耳に入ってこなかったのですか?


「って待てや。情報ってそれだけかよ。どうやって見付けろってんだそれ?」


 言われてから思います。確かに、この情報だけでどうやって見付けるというのでしょうか? 唯一手掛かりになりそうな情報は被害のバラつき方、といった所でしょうか。恐らくこの盗賊は中央でも北の方に根城を構えているというのは予想できます。ただ、それだけです。そこからどうやって絞り込むのでしょうか?


「今のままだったら虱潰ししかないね」


 虱潰し……。いくら金貨10枚の依頼とはいえ、これだけ手掛かりが少ないと時間が掛かって永氷晶も売られてしまうでしょう。……いえ、だからこそ金貨10枚という大金を提示したのでしょうが。


「ただ、手掛かりは見付かると思うよ。──ロゼ、ルーファス級に高名な魔術師が必要とするこの高純度永氷晶って、どれくらいの価値があるものなの?」

「え? ……そうですね、恐らく一つで金貨50枚は下らないかと。普通の永氷晶ならば一つ金貨5枚ほどでしょうが、高純度となると桁が一つ増えますわ」

「なるほどね。じゃあ、普通の市場じゃ捌けないよね」


 ニヤリ、と『掴まえた』とでも言いそうな笑顔になる社長さん。……やはりこの方は頭が回ります。そういう事ですか。


「では、裏市へ向かいましょう」

「やっぱりあるんだね」

「ええ」

「……は? ウライチ? 何それ?」


 主任さんがそう言うのも無理はないでしょう。だって、お二人と生活を共にしてから関わる事なんて無かったのですから。


「簡単に説明をすると、非合法な手段で手に入れたり、極めて高額な商品を扱ったり、商品その物が表で取り扱えないようなモノを売っている場所ですよ」

「ああ、なるほどな。つまり闇市か」


 主任さんの言う闇市というのは初めて聞きましたが、まあ裏市と同じ意味でしょうね。闇って言葉も入っているくらいですし。

 中央の真ん中に位置する王城。その王城の東側の傍にある国立魔術研究施設。そこへ向かおうとしていた私達は、逆である西側へと足を進め直します。いつも使っている市場と似ているようで非なる場所。何分、王城の近くは富裕層が住んでいる為に市場も値が張る物ばかりなのです。

 常用すればお金が無尽蔵に消えていきそうな市場……そこの影に、裏市があります。


「ここを曲がった所に裏市の入り口があります」


 私がそう言って案内したのは、一見すると高級な住宅街。しかし、この一画に住む人は全て裏市の関係者です。目立つような事でもすれば、無法の手によって簡単に亡き者へとなるでしょう。

 さて……お二人は悪意が渦巻くこの場所で、どう立ち回るでしょうか? 敢えて何も言わず、好きにさせてみましょう。無論、お二人に危害を加えようものならば私も黙ってはいませんが、初めは様子見です。この場所を利用するだけの実力や度胸、器量があるか……そればっかりは私ではなくこの『場所』が判断するものです。もしお二人が跳ね除けられるようでしたら、私が一人で潜入すれば良いだけですしね。


「ほーん。普通の民家に偽装してんのか」

「あら、分かりますか?」


 最近、主任さんの鋭さには目を見張るものがあります。いえ、初めからなのですが、あまりにもぶっきらぼうに言うものですから言葉の重みが無くて気にならなかったと言うべきでしょう。


「くっせーくっせー悪意の臭いがプンプンしてやがる。ここに住んでる奴ら全員グルだな」

「!」


 これには流石に驚きます。たった一目でそこまで見抜きますか。


「……なるほど、面白い。主任の勘は頼りになるよ」


 社長さんは私の方をチラリと見てからそう言います。……主任さんの時も思いましたが、私ってそんなに顔に出ますかね?

 そうしている内に、この裏の顔を持つ住宅街の入口へとやってきました。そこには屈強そうな門番が二人立っており、何も知らない人であれば近寄る事もしないでしょう。

 しかし、社長さんを先頭に私達は一切臆する事無く進んでいきました。


「止まれ。ここより先は決められた者しか入る事が許されていない」


 当然、その門番に止められました。二人は手に持った槍で道を塞ぎ、私達を睨んでいます。


「へぇ。この子が居てもダメなんだ?」


 そう言って、社長さんは私の方へ視線を送ってきます。その視線を受けてから、私は門番へニッコリと笑顔を送りました。


「! 微笑みの、ロゼ……!」


 門番の一人が明らかに動揺しました。あら、もしかしたら過去にお世話した人なのかもしれませんね。怯え方からそんな感じがします。


「……微笑みのロゼか。お前ならここへ入る事も許されるだろうが、お前たち二人はダメだ」


 状況をある程度は理解したのか、もう一人の門番は私だけ進む事を許してくれるそうです。……さて社長さん、これをどうしますか?


「おや、私達はダメなんだ? ルーファスや聖堂騎士団長のベネット、果てには聖女グローリアとも関係を持っている私達でも?」

「こ、こいつ……まさか……!」


 なるほど。その手段でいきましたか。ルーファスやベネットだけでなく、グローリア様と面識を持っている異国の者の話はこの国で知らない人は居ないでしょう。今現在その噂がどんな話になっているのかまでは把握していませんが、この焦りようから尾ひれや羽ひれが付いて回っているのでしょうね。


「おい、一旦中に戻った方が──」

「仕方が無いね。主任、リリィを呼んで」


 痺れを切らしたかのように、少し強い口調で社長さんはそう言います。


「何するんですかね……まあ良いけど……。おいリリィ! 呼んでるから出てこい!」


 主任さんが自分の影をつま先でゴツゴツ蹴ると、その影がぐにゃりと形を変えて立体的な姿へと成していきました。そしてそこに現れたのは淫魔なのに頭が残念なリリィさん。主任さんの事をお気に入りにしているという以外、何も分からない自由人です。あ、いえ。頭が悪いのは分かっています。


「ちょっとー! 蹴るのは止めてくれない!? 寝てたんだからさー!」


 ……ホント、本っ当に自由ですね貴女は。


「おう、お前の出番だそうだ」

「えっ? 出番!?」


 出番、と言われただけで不機嫌そうな顔が一瞬でワクワク顔になりました。ああ……やっぱり頭が残念ですね……。子供ですか……。

 そんな彼女とは対照的に、門番の二人は顔が真っ青になっています。噂の一つでは『陣を敷かずに高位召喚をする魔術師』という話がありますので、きっと噂が本当だったと思っているのでしょう。


「あ、悪魔の召喚!? な、何をする気だ貴様……!?」

「力ずくか……!? そんな事をしてみろ! 後でどうなるか分からんぞ……!」


 必死に虚勢を張っていますね。恐怖で手が震えていますよ。

 そんな二人を見た社長さんは、次の事を言いました。


「私としても穏便に済ませたいと思っているよ。敢えて訊くけど、もし許可も無しに私達を通したら君達はどうなるの?」

「知るか!! だがどうせ碌な目には合わねえよ!!」


 でしょうね。誰でも通すようであれば門番は必要ありませんし、簡単に通されるようであれば力不足として門番から外されるでしょう。……どういう結末になるかは知りませんが、ね。


「なら、仕方が無い状況を作ったらどうかな? 例えば、必死に抵抗をしたけど『社長の召喚した淫魔に操られた』……とかね」

「う……」

「淫魔の魅了魔術がとても強いのは知っているよね。相当な高位魔術師でもなければ完全に防ぐ事は難しいとまで言われていて、酷い時は長い間を精神支配されてしまう魅了魔術……。それを受けていたら、君達が通してしまったのも無理はないでしょ?」

「それは……」


 口篭もる門番の二人。恐らく、二人にとっては魅惑的な提案でしょうね。


「良いの? やっちゃう? 魅了やって良い?」

「ちょっと大人しくしろや」


 ウキウキとするリリィさんと、それを止める主任さん。……非常に希少な光景ですね。主任さんがまともな事を言っているだなん──。


「ロゼえぇぇぇ?」

「……いえいえ、なんでもありませんよ」


 主任さんに睨まれてしまいました。いつものように叫ばないのは、一応目立たないように抑えているのでしょうか?

 ……ホント、勘が鋭いんですから。


「さて、どうする? 選択肢は二つ。後遺症が出ないような軽い魅了魔術を受けるか……それとも?」

「う……」

「ぐ、ぅう……」


 ああ、これは落ちましたね。彼らは間違いなく前者を受けるでしょう。そうするのが一番、身の安全が保たれますものね。


「コイツ本当にえっぐいなぁ……」


 そう思っていた所、主任さんがそう呟きます。

 …………? えぐい、ですか? 最低限の出費で最高の結果を得る手際の良さに感嘆としていたのですが、何か違ったのでしょうか。


「……どういう意味ですか?」


 なんとなく気になったので小声で訊いてみます。もしかして私の予想を上回る行動だったのか、と好奇心が擽られたからです。

 ──その考えは、間違ってはいませんでした。


「アイツの得意技だよ。相手に選択肢を与えているようで与えねーっていう、えぐい話術」

「……すみません。もう少し分かりやすくお願いできますか?」

「考えてみろ。魅了魔術を受けるって言ったらその通りにされるだけだが、拒否したらどうなるよ」

「どうなる、と言われましても……。戦う事になるのですかね?」

「ちげーよ。先にリリィの魅了魔術が先に入るわ。あのバカはもう準備万端だろ? どっちにしろ魅了魔術を受けて通る事に変わりはねーんだよ」


 言われてから気付きます。正しくその通り、リリィさんは今にでも魅了魔術を掛けそうな雰囲気を出しています。確かにこれでは槍を突き出す前に魅了魔術が掛かるでしょう。

 しかし、それでもまだ『えぐい』とまでは思いません。どれも結果が同じ『選択肢』を与える事で『自分で選んだ事』だと納得させる事ではありますが、そんなにえぐいものでしょうか?


「お前たぶん勘違いしてるわ」


 と、そこで主任さんが付け加えてきます。……あの、やっぱり本当は心が読めるのではないですか?


「そもそもそれ以前の問題だ。あいつの選択肢、おかしいと思わねーか?」

「おかしい……?」


 私は首を傾げます。何がおかしいのでしょうか?


「お前も引っ掛かってんのか……。なんで俺達を『通すか通さないか』じゃなくて『どう通すか』前提の話になってんだよ。二人居るんだから一人が残って一人が応援を呼べば良いだろ。何の為の二人体制だよ。つーか最初は中に戻ろうとしたのを無理矢理止めたの気付かなかったのか?」

「あ……」


 ホントです。初めは『通す通さない』の話をしていたのに、いつの間にか『どう通すか』の話になっています。いつの間にそんな話になったのでしょうか? 間違いなく言える事は、強引に通ろうとする発言は最後の最後にしかありませんでした。それまではあくまで『提案』として社長さんは話しており、いわば交渉と言った方が近いでしょう。

 中に戻ろうとしたのを止めたとも言いましたが、社長さんは『仕方が無いからリリィを呼んで』と主任さんに言っただけで門番には何も言っていません。

 ……え? 待って下さい。分かりません。いつから話が変わったのですか?


「アイツの話をまともに聞いてるとそうなるんだよ。話してるだけなのに、いつの間にか頭ん中を良いように弄くられるぞ」

「っ……」


 少し、ゾッとしました。話をしているだけ。魔術も何もせずたったそれだけ。それだけで『他人が誘導して決めた』事を『自分が選んで決めた』と思い込ませるだなんて……。

 ……恐怖を覚えたのは久し振りです。もし敵として相対していたら、どうなっていたでしょうか。……これは、ホントに良い出会いをしましたね。


「……ホント、私ですら怖いと思いました。恐ろしいですね……社長さん……」

「あん?」


 唐突に主任さんが怪訝そうな顔で私を見てきました。……何か気に障るような事でも言ったでしょうか?


「……わたくし、何か変な事でも言いましたか?」

「ふーん?」

「なんですか、本当に……」

「へぇー?」


 何か納得したような態度をする主任さんにイラッときます。なんですか。何が言いたいんですか。


「いや、気付いてないのなら良いわ」


 気付いていないって……この人も社長さんとは違う方向でよく分からない事を言いますね……。何の話をしているのですか。


「怒りますわよ?」

「ならその仮面を剥いでから怒れば?」

「っ……!?」


 言葉が詰まります。仮面を剥いで、って……。なんで主任さんがそんな事を……。


「……お前、ちゃんと表情をコロコロ変えてりゃ年相応に見えるのな」

「え……?」

「まあ良いや。終わったみたいだから行くぞ」


 言うが早いか、主任さんは大人しくなった門番の間へと進み始めました。リリィさんがその腕に抱き付いて、思いっきり嫌がられています。


「仮面、ですか……」


 微笑みのロゼ。それは私の異名。それは目標を殺す時にだけ微笑むから付いた異名。それは、私が『微笑む仮面』を被る切っ掛けとなった昔の話。

 ──仮面。それは素顔を隠し、偽りの顔を見せる為の物。


「……私の素顔って、どんな顔なのでしょうかね」


 思わず、私はいつもの『微笑み』のまま笑いました。


「おい何チンタラしてんだ! さっさと行くぞ!」


 私の気を知ってか知らずか、主任さんがいつもの調子で声を掛けてきます。そんな主任さんへ、私はいつものように微笑んだまま足を進めていきました。

 ……心の中で、一瞬だけ思って引っ込めた言葉があります。

 それは私の本音──。それは私の期待──。それは私の、諦念──。


「ならば、主任さん……」


 聴こえないよう小さな声で、私はその言葉を吐き出しました。


「……貴方は私の仮面を、取れますか?」


…………………………………………。

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