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クロス・レール  作者: 月雨刹那
第一章
13/41

ヒトというモノ 3

「……………………」

「……………………」


 昼と夕方の中間。それはこのハーメラの街が一番騒がしくなる時間だ。このリアの部屋からは大聖堂に向かう教徒の参列が見えないけれど、きっと大変な人数が押し寄せているに違いない。……いや、ハーメラがって言うのはちょっと言い過ぎかもしれない。正確にはこのアミリオ大聖堂が一番騒がしくなる時間だろう。

 理由は割と単純な事で、この時間が大聖堂で懺悔をする時間となっているからだ。聖女の仕事の一つであり、リアだけが出来る仕事でもある。

 大聖堂の少し奥に少し大きめの三女神像がある。その前に懺悔室があり、外見は扉が二つ付いている箱のような部屋である。中に入ると部屋が板で半分に仕切られているの分かり、その板は相手の顔が見えないよう低い位置で網目状となった小さな窓が付いている。その中で信徒は跪いてリアへ自身の罪を告白するそうだ。その罪は紙に書かれ、リアが三女神の前で鋏で切り落としてから燃やす事で三女神から許しが与えられるらしい。

 ちなみに、僕は中に入れないから詳しくは分からないけど、聖女が入る方の部屋には中にもう一つ扉があるらしく、その扉の先が三女神像の足元に続いているってリアが言っていた。その足元に小さな窪みがあり、そこで罪の書かれた紙を切って燃やすとの事。紙を切るのはソポータの運命を切る行為を重ねているようで、天上へ向かって燃え上がる炎がオルトークで浄化されたという意味を持ち、灰という形で地に残るのが許しを持って降りてきたシセカルの証らしい。要は悪い部分を切り離して清めているようなものだろう。灰は全ての懺悔が終わった後で大聖堂の裏に埋められ、新たな命の芽吹きとなるよう祈るようである。


「……………………」


 部屋には僕とリアの二人だけ。本来は懺悔に対応すべく居ないはずのリアが、今ここにいる。なぜかと言うと、その懺悔の仕事で問題が起きそうになっているようだ。懺悔の内容が上手く頭に入ってこないらしい。

 この前の竜人問題は僕達の耳にも届いている。むしろその場に居合わせていたという社長さん達が相談……というか方針や対処について話しに来るのでよく知っている。

 リアは真剣に取り組んでいるし、意見を出そうと必死になってもいる。……けど、それは実を結んでいないというのが現状だ。アーテル教は魔族に対して絶対的な敵対心を抱いていると言っても良い。その理由は、僕の居た世界でも起こっていたものと同じだった。

 ──宗教戦争。一言で言い表すならばこれだろう。基本的に、人間や妖精族はアーテル教を信仰して魔族はエレヴォ教という宗教をを信仰している。問題なのはこの二つの宗教は互いに同じ三女神を信仰しているという事だろう。同じ信仰対象でも教典も考え方も違うらしく、それが原因で争っているらしい。

 世界が違っても似たような事が起きるんだなぁ、なんて思ったけど、同時にどれくらい大変な事なのかも実感した。

 魔族や魔物が現れたという話が出れば聖堂騎士団が物騒な物を持って討伐に向かうし、僕がこの世界に来た時なんて何人も死んだ上にリアまで殺される所だった。戦争を知らない僕にとって、本当に死と隣り合わせの出来事なんだと思わされた。


「……ヒューゴさん」

「! ……な、なに?」


 唐突にリアが僕の名を呼ぶ。その空色の瞳は曇っており、見るだけで思い悩んでいるというのが伝わってくる。もしかしたらリアは今、悩みに圧し潰されそうになっているのかもしれない。だからこうして誰かに話したいと思っているんじゃないのかな。


「……いえ、すみません。なんでもありません……」


 けれど、リアはもっと辛そうな顔をしてそう言った。僕の勘違いじゃなければ、僕の顔を見てから辛そうな顔をしたような……?

 これには僕も逆に困った。リアは今回の事で悩んでいると思ったんだけど、さっきの反応を見る限りでは違うような気がする。ならばそれは何なのか。その見当すら付かなくて困った。

 傍目から見る彼女は今にも泣いてしまいそうなほど弱々しい。……きっと、それが僕を動かしたのだろう。


「……っ──リア!」


 少しだけ声が強くなってしまう。どうにかしたい……その一心で、僕はこの沈み切った空気を破った。

 リアは一瞬だけ肩を小さく震えさせて僕へ視線を向けてくる。その目は、やっぱり曇り模様だった。それを見て僕は怖くなる。今から僕がやろうとしている事は余計な事じゃないのか、と。人を不愉快にさせてしまうんじゃないか、と。

 それでも……それでも僕は、今の彼女をどうにかしたいと思う。下手な事はしない方が良いと思う考えと、リアにしてきて貰ったようにちょっとでも助けたいと思う考え──その矛盾した二つの思考が、僕の決意を揺らがせていた。


「……初めに、謝っておくね。僕は……こういうのが苦手なんだ」

「え、ええと……?」


 ……そのせいで、おかしな事を言ってしまった。リアが別方向で困ってしまっている……。


「僕は、その……誰かを元気付けたり、前向きな気分……って言えば良いのかは分からないけど、そんな風にさせるのが苦手なんだ。……だけど、今のリアをなんとかしたいって思ってる。悲しそうにしていて、辛そうにしていて、落ち込んでいるリアを見て、何もしないって事を……したくない」


 言葉を選びつつ、リアの顔を真正面に捉えながら僕の気持ちを伝えていく。


「力になれるか分からない。だけど、力になるかもしれない。だから……頼りないかもしれないけど、僕を頼ってくれないかな」


 なんて安っぽい言葉だろう。自分ですらそう思った。漫画やアニメのようにスッと良い言葉が出たら良いのにな、なんて思ってしまうくらいだ。そうすれば、ほんの少しでも目の前の少女を元気付けさせたり出来るのに……。コミュニケーション能力が乏しい僕には、高過ぎて潜るべきハードルだったようだ。

 そう、自分では思っていた。


「……本当、ヒューゴさんはズルいですね」


 なぜか、リアは今のあのチープな言葉で微笑んでくれていた。


「自己嫌悪なさらないで下さい。ちゃんとヒューゴさんの気持ちが伝わりましたよ」


 伝わった──。その言葉で、ふっと心が軽くなる。


「不安に圧し潰されそうになっているのを耐え、私の事を気遣ってくれて、言葉も選んでくれて、頼りにしてくれないかとも仰って下さいました。私を助けたいと想う気持ちが、しっかりと感じられました」


 嬉しそうに彼女は微笑んだ。雨雲になりそうだった瞳も晴れを取り戻してきたようで、澄んだ空の色が伺えてきている。


(ああ……無駄じゃなかった……。余計な事じゃなかった……)


 心底ホッとした。正直、やってしまった、と思っていたから特に胸を撫で下ろした。

 それと同時にリアを尊敬する。あんな安っぽい言葉で、僕が怯えながらも何を伝えたかったのかをすぐに理解してくれたのだ。尊敬する以外にないだろう。

 ふと思う。こうやって相手の気持ちをしっかりと汲めるからこそ皆に崇められ、尊敬される聖女になったのだろう、と。だからこそ聖女になれたのだろう、と。


「ヒューゴさん」


 リアが僕を呼ぶ。席を立ち、彼女のすぐ後ろにあるベッドへリアが足を進めていっている。名前を呼んだのになぜ立ったのか――と思ったけど、すぐに理解する事になる。

 ベッドの傍に立ったリアがくるりと振り返り、僕を見た。


「またお願いしても、良いですか?」


 ベッドの傍――。リアのお願い――。また、という言葉――。

 ここまで情報が出揃っていれば、流石の僕でも彼女が何を言わんとしているのか分かった。この前と同じく、聖女ではなくリアとしての相談だ。

 この相談を断る理由なんて無い。リアが困っているのならなんとかしたいと思うし、それでリアの悩みが解決するのならば嬉しい。なので、僕は前と同じようにベッドに腰を下ろした。


「ありがとうございます。……やっぱり、ヒューゴさんはお優しいですね」


 ニッコリと、少しだけ翳りのある笑顔を向けるリア。

 ……ここ最近、リアの事がちょっぴりだけ分かってきた気がする。なんとなくだけど、リアには三種類の笑顔がある。一つは一番良く見る聖女としての慈愛に溢れた笑顔。次に見るのは年相応の屈託の無い明るい笑顔。そして……今回のように何かを隠しているかのような笑顔だ。

 両親の顔を窺ってきた事で、ほんの少しだけ他人の細かい動きを違和感として知覚できる……と思っている。一回や二回なんかじゃ分からないけれど、何回も見れば確信に近いものを感じられる。

 そして、リアはたまに今回のように翳りのある笑顔を浮かべる事がある。その理由は分からないけれど、誰にも言えない秘密を抱えているのだろうか……。


「……ヒューゴさん、私はやっぱり……ヒックさん達の事を助けたく思います」


 真剣な顔付きでそう言うリア。その目には強い意志が宿っている。オースティンさんもベネットさんもカーラさんも誰もが諦めているこの問題を、リアはまだ諦めていない。


「確かにレックスさんは魔族です……。魔族は私たちアーテル教と相対峙しています。けれど……! 竜人は双方のどちらにも身を置かない方々です! ……確かに今回、西の魔族の陣地構築に何人かの竜人が手を貸していたというのは事実です。ただ、それはこちらも同じ事です。レックスさんは農民の方々と同じように畑を世話していたと聞いています。確かに規模は違いますが、これは食料の生産に手を貸してくれていたと言っても過言ではありません」


 なのに、と言ってリアの言葉が一瞬だけ切れる。


「どうして……多少ながらも手を貸してくれていた事実を見ようともせず、悪い事ばかり目が行くのでしょうか……」

「そ……」


 それは、と言おうとして言葉が詰まる。……正直に言って、大衆の考えもリアの考えも分かるからだ。レックスさんは無害な魔族だ。それは間違いない。だって、社長さん達がする話を聞いても何も危機感を憶えないし、何よりも何回も会いに行っている社長さんが率先して問題解決をしようとしている。それだけでレックスさんが危険じゃないって分かる。

 けど、それはあくまで僕達から見たら、だ。何も知らない人にとっては『魔族』というだけで拒絶反応が出てしまうのだろう。


「……これは僕の考えだけど……人ってさ、良い事よりも悪い事の方が印象に残っちゃうんだ」

「そう、なのですか?」

「うん。例えば占いをして貰ったとする。それで『これから幸運が訪れるけど、同時に大事な物を無くしてしまうかもしれない』って言われたら、その大事な物を無くす事を怖がるでしょ?」

「……はい」

「そして最初に言われた『幸運が訪れる』って部分は印象が薄くなったり、場合によっては忘れられちゃう事もある。きっと、それと同じなのかもしれない」


 そう。大抵の人は良い事と悪い事を同時に言われると、悪い事を怖がる。中には違う人も居るけれど、そういう人は元々がかなりのポジティブ思考の人だったりする。


「──あ」


 思いついた。ならば、その『良い部分』を強調してやればいいんじゃないのかな? そうすれば悪い部分の印象も薄れていって、最終的には『良い部分』だけが残ってくれるんじゃ。

 その事をリアに伝えてみると、彼女は良い案だと言ってくれた。パァッと笑顔になってくれたので、僕達はその事について深く意見も交わしていく。


 コンコンコン──。


 あれよこれよと話している内に結構な時間が経ったのか、部屋にノックの音が響き渡る。チラリと外を見てみるも、日の傾き的にまだ夕食の時間には早い。一体誰だろうか?


「グローリア様、社長さん方がお見えです」

「! どうぞ、お入り下さい!」


 グレッグさんの硬く礼儀正しい声に対し、やや緊張した声リアが返答する。その緊張には少しだけ期待が混じっていて、今さっき話していた事を提案するのにとても良いタイミングだと思っているのだろう。斯くいう僕もリアと同じく期待に胸を膨らませていた。話を詰めていけば詰めていくほど良い方向に転がりそうな気になっていたからだ。


「いらっしゃいませ、社長さん、ローゼリアさん、主任さん」


 僕達がベッドから腰を上げた所で扉が開かれ、もはや馴染みつつある顔を見せる三人。挨拶をしたリアに合わせるよう僕は頭を下げる。


「ん、こんにちは二人とも」

「聖女様、ヒューゴさん、失礼します」

「相変わらずどっちがどっちか区別がつかねー……」


 三者三様の反応を見せる挨拶。社長さんはマイペースに、ローゼリアさんは礼儀良く、主任さんは……まあ、うん。常識に囚われない人だからこれが普通になっている。前に来た時は開口一番『俺帰って良い?』だったっけな……。しっかりと二人に『ダメ』と言われて悔しそうに悪態を吐いていたのを鮮明に覚えている。

 なんとなく視線を感じて横を向く。すると、リアが真剣な顔付きで僕をじっと見ている姿が目に入った。

 言いたい事は分かる。それは僕だって一緒だ。だから僕は小さく一度だけ頷いてから三人へ視線を戻した。


「どうぞ、お掛け下さい」


 リアがそう言うと、真っ先に主任さんが乱暴に椅子へ座る。それに続いて社長さんとローゼリアさんが静かに腰を下ろした。三人が座ったので僕達も席に着く。そして──


「今回も、ヒックさん達のお話ですか?」


 ──僕は、真っ先にその言葉を切り出した。


「そうだよ。……どうやらその様子だと、私達が来るのを待ち侘びていたようだね?」

「はい。今回は、私達も一つだけですが案があります」

「……へぇ? どんな案?」


 社長さんは感情の無い微笑みを向けて訊ねてくる。その様子が少しだけ怖かったけど、僕はリアと目を合わせて互いに意志を確認した。


「頭ん中がお花畑の内容だったら俺帰って良い?」


 ……その瞬間、出鼻を挫かれてしまった。


「ロゼ」

「はい、逃がしません」

「くそう……くそう……! 俺に自由は無ぇ……ッ!!」


 主任さんが茶化したからなのか、それとも帰さないという意味なのか、社長さんとローゼリアさんは少ない言葉で主任さんを牽制した。

 その主任さんはというと、いつものように大きな溜め息を吐きながら窓の外に視線を追いやっている。……本当、自分に興味の無い事には全力で話を聞かないなぁこの人。


「どうぞ。お話し下さい」


 若干、呆れていたらローゼリアさんがそう言って話の筋を戻してくれる。僕は小さく深く一呼吸して、さっきまで煮詰めていた話をする事にした。


「さっきまでリアと話していたんだけど、レックスさんには大きく分けて良い話と悪い話が付き纏っていると思うんです」

「それは、魔族でありながら人間族の利になるような事をしている事と、そもそもが魔族と言う種族の違いって話かな?」

「お話が早くて助かります。私達は、その『良い話』部分を強調してみては──と話し合っていたのです」


 そこまで言うと、社長さんは胸の下で軽く腕を組んだ。表情は変わっていない。……興味があるって意味なのかな。


「初めは少しずつでも良いと思います。例えばですけど、彼らの作る野菜は他の畑よりも質が良いとか、協力者を募って交流を深めていくとか、そういう細かい事から少しずつ認められるようにしていけばどうにかなると思ったんです」


 僕は煮詰めていた話の内容を語っていく。社長さんは微動だにせず、真剣に僕の話を聞いてくれている。ローゼリアさんも少し興味ありげだ。


「竜族がこの争いのどっちにも加担していないって話は子供でも知っている筈です。そうであれば、良い部分の話を耳にしていけば自然と今回の問題は収束すると考えました」


 加えてリアも話を付け足してくれる。その言葉を耳にしながら、僕はヒックさん達が元の穏やかな生活に戻っている姿を想像した。

 国の端に位置しているけれど、かなり平和な場所であるのは違いない。だからこそ彼らは静かに暮らせていたんだ。今までがそうだったんだから、元に戻らないはずがない。


「他にも、竜人は危険な種族じゃなく、勇敢な部族だって御伽噺をするのも良いと思ってます。内容は……僕の頭じゃすぐに出せないですけど、皆で考えればきっと──」

「ボケてんのかお前ら」


 ──唐突。本当に唐突に主任さんが口を挟んできた。あんまりにも突然過ぎて、僕とリアだけじゃなく、ローゼリアさんも主任さんへ視線を向けていた。


「おう社長」

「良いよ」

「何も言ってねーんですけど……」

「咲き乱れた花畑を火炎放射で焼き払いたいんでしょ?」

「おう。俺じゃ上手く言えねーから任せた」

「いつもより少し我慢できるようになったね」

「慣れただけです。でも限界です。このままじゃテクノブレイクする」


 ……たまにあるんだけど、社長さんと主任さんの会話は難解な時がある。今回だってそうだ。なんだか酷く物騒な事を言っているって言うのは分かるけど、具体的にどういう話をしているのかが掴み辛い。特に最後のテクノブレイクってなんだろう……。


「主任、横文字」

「悪い」


 いちおう英語らしく、主任さんは社長さんに軽く注意されていた。これに関してはリアとローゼリアが首を傾げる事になる。……後でリアに訊かれるかもしれないから、僕も分からないって答えておかないと。


「話を逸らしちゃったね。それで……二人に訊くけど、その行動にはどれだけ大きな危険が伴っているか分かっているのかな?」


 さっきまでと同じ表情のまま、真面目な顔付きで社長さんはそう言った。


「分かっていないみたいだから言うよ。それはアーテル教に反乱分子を増長させる行為だよ」

「増長……? 待って下さい社長さん。アーテル教の反乱分子なんて、わたくしでも聞いた事が無いのですが」


 僕達が反応する前にローゼリアさんが口を開く。反乱分子……つまり、アーテル教に対するエレヴォ教みたいなものだろうか。確かにそんな話なんて聞いた事が無い。それとも、僕達が知らないだけで存在するのだろうか。


「んなもんどこにでも居るもんだろ」


 社長さんに説明を求めた所で、意外な事に主任さんが口を挟んできた。その顔は愉悦で歪んでおり、とても邪悪なものに見えて仕方が無い。


「どんな形であれ、組織ってーもんはデカくなりゃ必ず裏切り者だとか今の組織を奪おうとする奴だとかが現れるもんなんだよ。お前らの宗教なんて人間と妖精のほとんどが信仰してんだろ? 何千万人だよ。んなもん反乱分子が出ねー方がおかしいわ」

「で、ですが……私はそのようなお話を聞いた事が……」

「あ? お前はこのアーテル教の象徴サマだろが。んなクソゲスな事を教えて貰える訳ねーだろ。そういう煮詰めた鼻水以下のドロッドロのドス黒いもんは水面下でブチ転がしたりして身内にも部外者にも知られねーようにするもんだ。じゃねーとクソ煩い奴が出てくるだろ」


 主任さんの暴言に限りなく近い説明に、一切反論が出来なかった。言っている事が簡単に想像できる。僕達が居た地球でもそういう黒い話なんていくらでもあったから余計にだ。


「おいロゼェェエエ!!! お前まぁぁぁたド失礼な事考えただろォォ!!?」

「いえ、言葉遣いと同じで人の汚い部分を読むのが得意なんですねと感嘆しただけですわ」

「皮肉飛び越えて直接悪口言いやがったコイツ!!」


 ……………………。仲が、良いんですね……。

 その時、パンッと手の平を叩く音が部屋に響いた。音の発信源へ反射的に目を向けると、社長さんが手の平を合わせた状態になっていたので彼女が音を鳴らしたのは間違いない。きっと、この空気をリセットする為にやったのだろう。


「細かい部分は主任が汚く説明してくれたから省略するね」

「オイ」

「他にも問題点は主任の言葉選び並みにあるよ」

「オイ」

「私達がこのハーメラを歩き回って感じた事は、主任と綺麗な言葉くらい、アーテル教と魔族は相容れないという事」

「オイ」

「良い話をどれだけ作って広めようとしても、要注意人物として完全に認識されたヒックさん達の評価を覆すのは主任を礼儀正しくさせるような無理な話だよ」

「オイ」

「その人の評価っていうのは、今までの行動や付き纏う話によって決まるモノ。内容が強ければ強いほどね。それを再評価させたいのなら、文字通り死を覚悟するような何かが必要だよ」

「こいつ最後に俺にもピッタリ当て嵌まる事を言いやがった。誰が上手い言い方しろって言ったよ」

「花畑には火をくべられたでしょ?」

「俺の心が焦土と化すわボケぇ!」


 まるで淡々と進められた漫才みたいな社長さん(……と主任さん)の説明に、どう反応すれば良いのか分からなくなった。……僕もローゼリアさんみたいに肩を震わせて笑えるくらい豪胆な肝を持ちたかった。


「言葉遊びは終わりにして……その点をちゃんと考慮した上でさっきの提案をしたの?」

「……………………」

「……………………」


 光の無い目が僕とリアを捉える。見られているだけで委縮して、息が詰まりそうになる。それだけでも苦しいのに、僕達はもっと苦しい状態に陥っていた。

 何も考えていなかった──。そう思わされたからだ。行動にはリスク(危険)が伴う。それはさっき社長さんが言った事であり、覆しようのない真実だ。

 悪い方へ少し考えれば、すぐに問題点は浮かび上がってくる。僕達が提案した事をリアにやらせようものならば、下手をすればリアの立場が悪くなってしまう。先代の聖女は魔族に手当てをしたという事で処刑されたという事もあり、それがリアにも当て嵌まりかねない。それは絶対にさせてはいけない事だ。アーテル教がやっても同じだろう。信徒の人達が先代の聖女の事を重ねて暴徒と化したら、もう手が付けられなくなる。そしてそれは、社長さん達も同じだ。社長さん達にそんなリスクを背負わせる訳にはいかない。

 そこまで考えたら、僕達の言った提案は考えるまでもない酷い案だったというのが分かった。


「……分かってくれたみたいだから多くは言わない。そして、私達がここに来た理由を話すね」


 沈黙という失礼な回答に対して、社長さんはこの話を終わらせた。社長さんの事だ。きっと最初に考えて何も言わず却下した案なのだろう。だから多くは言わないと言ったのかもしれない。


「私達は、今回の問題を解決する事を諦める」

「……え?」


 擦れた声が出てきた。それは僕が出したようにも聴こえたけど、リアが出したようにも聴こえた。それくらい、頭の中が真っ白になったのだ。

 社長さんは目を閉じて腕を組み直す。


「あくまで諦めるのは『問題の解決』だよ。もう私達じゃどうしようも出来ないくらい話は広がってしまった。だから、後は私達が定期的に仲介人としてヒックさん達が生活できるようにするよ」


 そのまま簡単に説明してくれたので、自分の中で内容を噛み砕く。ヒックさん達が作った物を安めに買い取り、社長さん達が街に卸していく。安めに買い取るのは社長さん達に少しだけでも利があるようにする為との事。当然、ヒックさん達は今までの暮らしよりも貧しい暮らしになる。けど、それは了承済みらしい。それはもう覚悟している事だったそうだ。そして、社長さん達が頻繁に訪れるという事でヒックさん達に危害を加えようとする人達を遠ざける効果も考慮していると言っていた。

 ……確かに、これは問題の解決とは言えない。問題は残ったままだ。それでも、選択肢としてはベストではないけどベターではある。……いや、ベストが存在しない以上、この選択がベストと言っても良いかもしれない。


「全部を救うなんて、英雄でも出来ない事だよ。必ず犠牲は出てくるし新たな問題も出てくる。私達ではこれ以上の事は出来ない。烏滸がましい事だけど、人を救うにはまず自分の身を守れる状態に置かないといけないよ。そうでないと……救おうとした人共々、自分も崩れ落ちるだけだからね」


 それは覚えておいて──。そう言った社長さん言葉が胸に刺さる。それと同時に、頭にズキリとした痛みが走った。

 ……僕は何かを忘れている。直感的にそう思った。……けど、何を忘れているんだろうか。


『人を救うには、まず自分の身を守れる状態に置かないといけない』


 この言葉が頭の中で反響する。でも、どうして? 僕は、忘れてはいけない何かを忘れてしまっている……?


「……ヒューゴさん?」


 リアの言葉で現実に戻る。皆が(主任さんを除いて)僕を見ている事から、きっと僕は周りから見て変な感じでボーッとしていたのかな。

 ふむ、と社長さんが僕を観察する。ジッと、僕という存在が何で構成されているのかを見極めようとするように、人に対して向ける視線じゃない温度で社長さんは僕を視ていた。


「……まあ何はともあれ、私達の話は以上だよ」


 話の終わりを示すよう、社長さんが立ち上がる。それを待ってましたと言わんばかりの反応速度で主任さんも立ち上がり、さっさと扉の前まで歩こうとしてローゼリアさんに首根っこを掴まれている。


「ああ、そうそう。二人には忠告をしておくね。今回の事で不安になった事があるんだ」


 立つ為に引いた椅子を丁寧に戻しながら社長さんが言う。──続いた言葉は、あまりにも予想外のものだった。


「人は信用するな」


 明確な意思を持った言葉だった。今までの言葉と比じゃないくらい重く、心に残る言い方だ。胸へ物理的に言葉がぶつかった感覚がするくらい、その言葉は強かった。


「人は窮地に立った時、その本心を現す。今回の案のように楽観的に人を信用なんてし続けようものならば最終的に死に取り囲まれる。気を付けなさい」


 社長さんのいつも死んでいる目に、僅かな光が宿っていた。

 怖いのに素直に従おうと思える喋り方。それが、酷く印象的だった。


「……間違ってはいませんね。窮地に立った悪人は、自分が生き残る為ならばなんでもします」

「まあ人なんざ基本的に闇属性だ。自分に得のある事にばっかり興味がいくクソみたいな存在なのが人なんですよぉ」

「主任のこの言葉は極論ではあるけど真実だと私は思っているよ。二人は騙されやすそうだから、人の言葉にはまず最初に不安を覚えるようにしなさい。そうするだけで、自分の身を危険に晒す確率はかなり下がるよ」


 それだけ言って、社長さんは茜色に染まり掛けた扉に手を掛ける。僕は社長さんと主任さんの姿が目から離せないくらい、さっきの言葉が胸に刺さっていた。

 特に主任さんの言葉がそうだ。自分に得のある事にばかり興味がいく……それは、前にリアへ話したクラスメイトの話がそうだった。自分達の身近に居た人が死んだというのに、何事も無かったクラスメイト達……それは、自分達の得にならないからだ、と言われたら納得がいってしまう。

 ……でも、それはなんだか……寂しいな。


「──ですが!」


 そこで、リアが声を張る。何かに縋り付こうとするように、必死な顔で社長さん達を見ている。


「……皆さんを信じるのは、良いのですよね? そんな風に、助言して下さっているのですから」


 ……確かに、こんな事を言われたら信じてしまう。もし僕達を騙したりしようとしているのなら、こんな忠告をするはずがないのだから。


「そうやって信用されるように行動して、寝首を狩ろうとしている事も考えなさい。……さっき言ったでしょ。人の言葉にはまず最初に不安を覚えなさいって。一切合切信用するなとは言わないけど、ほんの一瞬だけでも悪い予測をするだけでも違うよ」

「人なんざ信用するもんじゃねえ。人は過ちを繰り返すんだ」

「では、わたくし達の料理に毒が入っている可能性を考えて主任の食事は抜きにしましょうか?」

「ゴハン抜きは嫌ああああああああ!!!!」


 ……本当、主任さんは色んな意味で騒がしい人だ。


「それじゃあ、またね」

「失礼しました」

「うー……飯……飯……」


 そうして扉がゆっくりと閉められる。茜色に染まろうとしている扉と部屋は時間の経過を現していて、あと半刻もすれば夕食の時間として誰かがこの扉をノックしに来るだろう。


『人を救うには、まず自分の身を守れる状態に置かないといけない』

『人を信用するな』

『自分に得のある事にばかり興味がいくのが人』


 言われた言葉が頭にこびりついて離れない。答えそのもののように感じるのに、ここから更に何かを考えろと言われたかのような錯覚もしてくる。

 いや、実際そうなのだろう。僕は考えが足りない。自信たっぷり出した案は杜撰で、穴だらけで、後先を考えていないものだった。もう少しでリアを危険な目に合わせるかもしれない所だった。それを止めてくれた社長さん達には感謝の気持ちがあるし、信用できる人だと思えた。

 ……けど、その当の本人は信用するなと言う。信用できる人から『信用するな』と言われるのは、酷く困る言葉だった。


「……リア」

「はい……」


 リアも同じ事を思っているのか、それとも別の事で落ち込んでいるのか、その声は沈んでいた。


「人って、何なのかな……」

「……分かりません。分からなく、なりました……」


 分からなくなった──。まさにその通りだ。僕達の考えていた『人』というモノは、何だったのか。そして社長さん達が考えている『人』というモノは、何なのだろうか。……それはきっと、永久に答えは出ないのだろう。


「……信じていても、良いのですよね? ヒューゴさんは……」


 リアがそう言いながら僕を見る。不安交じりで、茜色が掛かった空色の瞳で、そう問い掛けてきた。

 いつもの調子だったら、いつもの僕だったら即答できた。僕も信じるよ、って。そう言って、リアを安心させようとしただろう。


「……そう言いたい、けど……今それを言っても、僕はリアの純粋な気持ちに付け込んでいるように聞こえると……思う」

「……………………ごめんなさい……」


 だから僕は、せめて『本音を伝える』という手段を取った。信じて良いよ、と言いたいけれど……今の状況では酷く薄っぺらいものになる。だから、こうやって濁した。


「私も、もしヒューゴさんからそう問われると……同じように困ってしまいますね……。困らせてしまって、ごめんなさい……」

「ううん……。僕も、安心させられなくてゴメン……」


 一時間にすら満たさない短い時間。その時間で、僕達は深く考えさせられる事になった。

 ヒックさん達をどうしようも出来なかった無力さよりも、人を信じて良いのかどうかに思考を割かれるのは、僕も主任さんの言う『クソみたいな人』なのかな……。


……………………

…………

……

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