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クロス・レール  作者: 月雨刹那
第一章
12/41

ヒトというモノ 2

「次はもっと難しい依頼をこなしてくれよ!」

「うん、気が向いたらね」


 小さな依頼を終わらせ、オルトン商工会を後にした私達。

 隣では満足げに報酬の一部である紅茶の包みを持ったロゼが、そして二歩後ろには仕事の終わりにくる疲れを堪能して溜め息を吐く主任が歩いている。

 斯くいう私も少し疲れていた。原因は単純なもので、淫魔のリリィを助けた時の事が尾を引いているから。

 公然に『腕のある魔術師』だと思われるような発言をした事から、その話が尾ひれ羽ひれも加わった状態で噂話となってしまった。これが中々に面倒な事になっていて、オルトンさんが彼是と魔術関連の依頼を渡そうとしてくる。曰く、ルーファスと同等の魔術師の冒険者は他に居ないから、魔術関連で達成されず仕舞いの依頼を受けて欲しい、との事。当然、私に魔術の心得なんてモノは無いので理由を付けては断っている。今回だって別の依頼に良い紅茶の報酬があるという理由で魔術の依頼を断ったくらいだ。

 自業自得とはいえ、少し気疲れしてしまう。ルーファスという人さえ出てこなければもっと小さい規模で収まっていただろうけど、あの場ではああする他無かった。

 ただ、悪い事ばかりではない。少なくともあれだけ目立った事から、身分不詳であった私と主任は多少の顔が利くようになった。どうやら王国第三魔術部隊長という役職は相当のものらしく、その席に座っているルーファスが目に掛けているというだけでほんの少しの無理が通るようになっている。する事は無いだろうけど、恐らく『ルーファスと面会したい』と言えば王城ですら入れるだろう。

 ふと、目に入ったので空の雲を観察する。雲の塊の一つは太陽の日差しを多少ながら遮る厚さを持っており、陰りとはまた違う微妙な暗さを内包していた。雨とまではいかないだろうけれど、これから曇ってきそうだ。良い天気になるね。


「あ、ヤッホー三人ともー!」


 と、拠点への近道として入った路地で問題のリリィが声を掛けてきた。

 咄嗟に周囲へ目を配らせてみたが、どうやら人は居ないらしい。一瞬、ヒヤッとしてしまった。


「おう社長、乞食の売女が呼んでるぞ」

「ちょっと酷くない!? 出会い頭に罵ってくるなんて聞いた事無い挨拶なんだけど!?」


 ……主任は主任でリリィを開幕でからかっていた。口ではああ言っているけど、私から見るに主任はリリィの事を気に入っているように思える。主任は嫌いな人からは徹底的に遠ざかるはずだからね。


「じゃあこれからお前への挨拶はこれに決定な」


 けど、これは余り良くないね。そのジョークはたぶん伝わらないよ。


「主任、気に入ったからってイヂメないの」

「誰にでも股開くようなのとかお断りなんですが……」


 ……テンション上がってるなぁ。それに気付いているのかな、主任は。

 事実、主任はさっきから感情をしっかり表わしている。何日か観察して気付いた事だけど、主任は表情の変化が乏しい。自分の興味が無い物に関しては特に無反応だ。

 十年ぐらい言葉だけを交わしても、分からない事は沢山あるものだね。


「もー……せっかく面白そうな話を持ってきたのに」

「面白そうな話ですか?」


 面白そうな話、と耳にしたロゼが反応する。ロゼもロゼで楽しい事や面白い事が好きな人だからか、この手の話題には目がない。……耳にする事なのに目がないってなんだか変だね。私の言葉選びが間違ってるのかもしれない。

 ロゼが興味を持ったからか、リリィは初めに会った時のように元気良く話し始めた。


「そうそう。なんかね、竜人が出てきたんだってー!」


 その言葉に、私たち三人の空気が変わる。

 竜人──。それは、つい最近私達が会った竜人の事だろうか。


「……リリィ、その話、詳しく聞かせて」


 もしそうならば、あまり良い話ではないかもしれない。このハーメラという国において、魔族という存在は絶対悪に近い存在だ。実際にロゼも初めはリリィやレックスに対して良い印象を抱いていなかったみたいだしね。

 例外を言うならば使い魔として使役している場合のみといった所か。ただし使い魔としてもあまり良い目では見られない。やはり魔族というだけで敵対心が生まれてしまうのだろう。


「なんか中央の西にある山で竜人と魔族が何か作ってたんだって。それの討伐をしに聖堂騎士団が出るらしいわよ」

「それの何が面白いんだよ。おかしいの間違いじゃねーの? 主にお前の頭が」

「ほんっっと酷いわね!? 面白いのはここからよ! なんと、あのベネットと聖女様がその場所に向かうんだって!」


 主任がまたリリィをイヂメる。ちょっとだけ溜め息。本当、主任は自分の好きな事を好きなだけするね。

 まあ、もしかしたら今まで抑圧されていたからなのかもしれないけれど。


「ベネットはともかく、聖女様までも……? どういう事ですか」

「……うん? 聖女が向かう事がそんなにおかしいの?」


 と、ここでロゼが疑問を浮かべたので少し気になった。確かに少し違和感があるけれど、そんなにおかしい事なのかな。


「ええ。魔族が出てきた程度で聖女様を動かすなんて事はありません。そもそも、聖女様は魔族と対抗する為に居る訳ではありませんからね」


 そう言われてから、聖女の立ち位置というものを考えてみる。オースティン大司教は確か、聖女をアーテル教の象徴と言っていた。崇められるだけの何かしら理由があると思うんだけど、それは何だろうか。……まさか聖女という肩書きだけなんて事はないだろうしね。

 ハッキリと言って、世間の聖女に対する崇拝と敬愛は異常だ。この辺りをしっかりと理解していないと細かい所で不都合が出てしまいかねないので、少し困ってる。例えば、勝てない敵を作ってしまうとかね。

 ……まあ、後で良いかな。


「よくは知らないんだけど、なんか浄化する為に聖女様じゃないと出来ないとかなんとか?」

「……おう、その話の出所はどこだよ」


 何か思う所があったのか、主任が真面目な顔付きでリリィに訊く。

 私はその主任を見て違和感を覚える。主任がこんな風に反応したら何かがあるに違いないからね。


「聖堂騎士団員からよ。寝てたらそんな事を話してたから起きちゃったのよ」


 せっかく寝てたのに、と不満げに言うリリィを視界の端に追いやり考える。

 聖堂騎士団員が街中で話すほどの規模の討伐……。それはつまり、多くの騎士を動かすという事なのかな。……いや、よく考えてみたら西の山と私達が会った竜人は場所が少し離れている。あんまり考えなくても良いかな。


「──おい聞いたかよ。今回の討伐に聖女様も同行するって噂」


 路地を歩いている途中、そんな声が聴こえてきた。咄嗟にリリィへ目を向けると、彼女はさっさと影に隠れたのか姿が消えていた。


「その噂だけど出鱈目らしいぞ。聖女様は討伐した後に安全が確保してから向かうって聞いたぞ?」

「あっれ……そうなのか……。でも、西に出てきた竜人の話は本当なんだろ?」

「ああ、それは本当なんじゃねえのか? たぶんだけど」


 路地から更に小さい路地に入る近くで、そんな事を話している二人組の男が居た。

 ……これだと竜人の部分も本当かどうか怪しいね。


「なあ社長、西の竜人ってアレじゃね?」


 けど、その考えは主任の発言で撤回する。主任はこういう時、真面目な顔をしていたら必ずと言っても良いくらい何かを察知する。確信と言っても良い。これは、何かが起きる。


「……主任、ロゼ。今すぐに出発できる?」

「わたくしはいつでも」

「何する気だお前。嫌な予感しかしねえんだけど」


 ロゼはいつもの調子で、主任は露骨に引き攣った顔になる。普通に言ったら嫌がりそうだね、これ。じゃあ言葉遊びをしながら無理やりにでも連れて行こうか。


「私も嫌な予感がするよ。あの人達に、何かあるかもしれない」

「俺の言ってる嫌な予感とちげぇ!! 面倒くせえ事に首突っ込もうとすんじゃねえよ!」

「首じゃなくて手を出すだけだから問題無いね」

「手でもダメです」

「私がダメ人間なのは知ってるでしょ?」

「あああああああああああ!!! もう好きにしろォ!!」


 よし。言質は取った。主任の気が変わらない内にさっさと出発してしまおう。

 ……さて、これからどうなるのかな。


…………………………………………。




「エマ、レックスの手当てをしてやってくれ。アリシアも下がっていなさい」


 そう言って、お父さんは今まで見た事が無い怖い顔をしました。眉間に皺を寄せ、厳しくも優しい目は鋭くなっていて、雰囲気だって肌で感じられる程の敵意と殺意を、私達を囲んでいる人達に向けています。

 ちょっとだけ嫌な感じがする白銀の鎧を身に纏い、もっと嫌な感じのする槍を持った集団。確かあの人達は聖堂騎士団と呼ばれている人達です。

 怖くて、怖くて怖くて、身体が震えます……。私は詳しく知らないけれど、それでも彼らは人間の味方であるというのは知っています。逆に言うと、それは人間以外は敵という意味でもあります。どこで知ったのかは分かりませんが、ここに人間以外の存在が居るというのを聞きつけてやってきたのかもしれません。

 レックスは左肩から胸元にかけて大きな切り傷を負っています。お母さんはレックスに『治る傷だから踏ん張りなさい』と言って治癒魔術を掛けているから、きっと大丈夫のはず。それでも大きな傷という事には変わりがないです。


(……私も治癒魔術が使えたら、お母さんもレックスも楽だったのに)


 そう思いつつ、私はレックスの手を握る事くらいしか出来なかったです。竜人特有……なのでしょうか。普通の武器なんかじゃ傷すら付きそうにもない鱗を、その手に感じながら。


「随分と乱暴だな、正義の団長殿?」


 その傷を付けた、身丈程もある大剣を持った人へお父さんが睨みつきます。

 正義の団長──そう言ったのを聞いて、ゾクリと背筋に悪感が走ります。


「お前達、竜人なぞ匿って何をする気だ?」


 団長が言葉を発すると、その悪感は強い恐怖を生み出しました。明らかに私達を敵と思っています。


「匿う? 何を馬鹿な。俺達はただ静かに暮らしているだけだ」

「……なんだそりゃ。その竜人が家族だとでも言うのか?」

「その通りだ」


 即答するお父さんに、団長は目を細めて鋭くしました。

 今にも手にしている大剣を横に薙ぎそうで、酷く怖いです……。


「……洗脳でもされたのか、それとも気が触れたのか? いずれにしても正気ではないか」

「視野が狭いな、正義の団長殿」

「……何?」


 お父さんの言葉に背筋が凍りそうになりました。確かにあまり気分の良い言葉じゃなかったですが、挑発とも取れるような言葉で返したらどうなるのかなんて私でも分かるです……。

 実際、団長は酷く攻撃的な顔付きになっています。手に持っている大剣を強く握ったのを見るに、きっと苛立ちすら感じているのでしょう。


「確かにこやつは魔族だ。だが、同時に竜人でもある。彼らがこの戦争のどちらにも加担していないというのを知らんのか?」

「ああ勿論、知っている」


 団長が即答したので少し驚きます。何せ、私はレックスさんから話を聞いた時に初めて知ったのですから。


「──だが、それはついこの間までの話だ」


 けど、そう言われてしまいました。今は違う、とハッキリ言い切ったのです。

 今度はお父さんが目を鋭くしました。何を言っているんだ、とでも言わんばかりの表情をしてるです。


「数刻前、俺たち聖堂騎士団はこの近くで陣地を作ろうとしていた魔族を討伐した。……共に行動していた竜人もな」

「なんだって!?」


 その言葉に真っ先に反応したのがレックスでした。

 もうほとんど治ったのか、あんな大きな傷だったのに痕がうっすらと見える程度になっています。……お父さんが畑仕事で手を怪我をした時と同じくらい速く治っている事から、やっぱり竜人という種族の人は身体が頑丈みたいです。

 けど、そうやって驚くのも無理はないです。今まで戦争に加担せず中立を保っていた竜人が、なぜ今になって? ……レックスが農作業している事も人間へ味方をしている事に繋がるですかね? どうなのでしょうか……。


「つまりはそういう事だ。竜人だからと言っても、竜人は魔族だった。人へ危害を加える為に爪を研いでいたという事だ」

「……………………」


 お父さんは黙り込んでしまいました。それもそうです。私だって反応に困っているです。お父さんはもっと困っているに違いないのでしょう。

 その証拠に、どこか難しい表情になっています。……どうするですか、お父さん。


「……もしかしたら、アレかもし――イッテぇ!」

「傷口が塞がっただけなんだから無理するんじゃないよ」


 そこでレックスが何かを呟きました……けど、どうやらまだ傷は完全には直っていなかったようで、立ち上がろうとして痛がっています。


「あの、レックス。何か知っているのですか?」


 私は、もしかしたらこの状況を何とか出来るかも――そう思って聞いてみました。


「なんとなく思った事なんだが……その協力をしていたって同族は飯に釣られたんじゃねえのかなってな」


 ……一瞬、何を言っているのでしょうか……と思いましたが、確かにそうかもしれないです。思い出してみればレックスたち竜人は飢餓の状態だったという話です。それならばごはんの代償に陣地の構築を手伝えと言われ、そうなったとしてもおかしくないかもです。

 ただ……この殺気立っている団長達がその話を信じてくれるかどうかと言われたら……たぶん、無理です。だって、この人達は最初から話すら聞かずにレックスへ攻撃をしてきたのですから。例えどんな事を言おうとも、聞く耳を持たずに断罪と称して叩き斬ってもおかしくないです。


「なるほど。聖堂騎士団の事情は分かった。──だが、俺達の意志は変わらんよ。さっきも言ったぞ。視野が狭い、とな」


 それはお父さんも感じているのでしょう。手にした剣をゆっくりと団長へ向けて啖呵を切りました。その言葉に嬉しく思ったと同時に……団長の目が変わったのを見て、肩が震えました。


「……やはり気が触れているのか。こうなると会話は無意味だな」

「そのようだな」


 団長が剣を構えました。……無理です。お父さんも昔は冒険者をやっていたと言っていましたが、それでも団長に敵うとはとても思えません。お父さんを軽くいなしてしまうレックスでさえ勝負にならなかったのですから……。そもそも、この数を相手にして無事で済むはずがないです。


(……いえ、待って下さい)


 ふと思います。もしかしたら三人は助けられるかもしれない、と。私は本来、それだけの事が出来る力を持っているはずなのですから。

 やった事はありませんし、どうすれば良いのかもよく分かっていません……。けど、出来ない事もないはずです。



 かつて、私もそうして助けられたように──。



「……お父さん」


 一度だけ深呼吸した後、私はレックスから手を放して立ち上がります。その動きが気になったのか団長は──いえ、周りに居る聖堂騎士団の何人もが私へ視線を移したのが分かりました。

 ほんの一瞬、それに気圧されそうになりましたが、なんとか耐えます。心臓は委縮しているのに鼓動が速くなっているのも感じるです。……大丈夫です。なんとかしなければならないのです。私が、それをしなければならないのですから。

 もう一回、深く息を吸って吐きます。……ハイ。覚悟を決めました。


「私は──」



 ビキャァ──ッ!!



 ──突然、この場に強烈が音が響きました。硬い物を無理矢理にでも砕こうとしたような、そんな音。

 あまりにも異質過ぎて、つい言葉が途切れてしまいました。


「なっなんの音だ?」

「おい、岩が……!」

「なんだあれ!? 短剣!?」

「短剣が岩に刺さってるぞ!!」


 それは聖堂騎士団の団員も思ったのでしょう。ザワついて音の発生源を探していました。そして、その音が鳴った場所には、岩から生えたかのように短剣が深く刺さっていました。

 ……えっと、短剣って岩に刺さる物でしたでしょうか? いえ、刺さるとはとても思えないのですが……。


「──失礼しました。こうでもしないと、わたくし達に気付いてくれないと思いまして」


 そして、何度か聞いた事のある声がします。この声は確か……。


「道を開けて貰えるかな。今すぐに」


 ……はい。また聞き覚えのある別の声です。間違いありません、あの三人です!


「なんだお前ら! 今は取り込み中だぞ!」

「おいバカ! こいつはお前なんかじゃどうしようも出来ない奴だぞ!?」

「いや、だが……」


 今度は別の意味でザワつき始めました。……知らなかったのですが、凄い方々だったのですか?


「その声は……。…………分かった。道を開けてやれ」

「ハッ!」


 団長の一声で、あれだけ絶望的だった兵士の壁に穴が空きました。そしてその先から姿を見せたのは、やっぱりあの三人でした。赤い眼鏡のような物を掛けた社長さんと、いつも不機嫌そうで何を考えているのか分からない主任さんと、赤い髪のローゼリアさんです。

 社長さんを先頭に、三人は私達の間に入るように歩いてきています。


「何をしに来た?」


 その途中で団長は社長さんへ声を掛けました。その声色は警戒一色で、何だか三人に油断をしてはいけないかのような雰囲気を纏っています。


「当然、この場を治めに」


 少し意外な事に、社長さんはあまり感情を感じられない口調でそう言いました。……なんだか、私の知っている社長さんと違います。……いえ、こんな状況なのですし、それに合わせているだけなのでしょうか。


「……ハッキリと言え。お前はどっちの味方だ?」

「味方? 何を言っているのかな。言ったはずだよ。私達はこの場を治めに来たって」


 その言葉で少し疑問が生まれました。社長さん達は、なぜここに来たのでしょうか? 何かお仕事があったのかもしれませんが、それは違うと思うです。だって、お仕事があるのならばあんな風に割って入るなんて事をするはずがありません。


「……要領を得んな。どういう意味だ」


 それは団長も同じのようで、社長さんに説明を求めています。


「単純に無駄な血を流すなって言っているんだよ。ベネット、貴方は最近の竜人の事情を知ってる?」

「事情?」

「竜人が住んでいる山は今、異変が発生しているんだ。作物が枯れ、野生の動物が死に絶えている。詰まるところ飢餓の状態だね。そして、竜人は散り散りとなってそれぞれがそれぞれの生き方をしている」


 胸の前で軽く腕を組み、ちょっと怖い表情で団長へ説明をする社長さん。見ていてハラハラしてくるです……。


「つまり、なんだ?」

「そこの竜人が一体何をしたのかな、って事だよ。どうなの?」


 レックスへ一瞥をした社長さんが、今度は団長へ説明を求めました。


「こいつには疑いが掛かっている。この近くの山で魔族が竜人と共に陣地を築いていた。それの関与している可能性は充分にあるだろう?」

「それは随分とおかしい話だね」

「何?」


 おかしい──。社長さんはそう言いました。けど……私自身、それがどうしてなのか良く分かりません。確かに団長の言う事は尤もです。何も知らない人からすれば、魔族と竜人が結託をして人間たちに害をなそうとしていると考えられてもおかしくないです。

 けれど、社長さんはそうではないと言いました。


「こんな場所でのんびりするくらいなら陣地設営の為に手足を動かす方がずっと良い。斥候の類いで考えても噛み合わない。斥候ならば人と暮らす理由が無いよね。殺すか気付かれないようにするかのどっちかにするはずでしょ?」


 あ、確かに。素直にそう思いました。東の果てにあると言われている魔族の国……そこからハーメラを挟んだ向こうであるこの場所では、魔族達にとって僻地なので人手が足りないはずです。それに、斥候もあり得ないです。人間と魔族は戦争状態……本当ならば私達がこうやって一緒に暮らしているのはおかしいのです。社長さんはそう言っているのでしょう。


「……そこの人間の気が狂った可能性もあるだろう」

「ますます有り得ないね。私達は以前、彼らから依頼を受けて問題を解決している。オルトン商工会で確認すると良いよ。たぶん、ここに竜人が居るって聞いたのも商工会で噂話とかがあったからじゃないの? ついでに言うと、先日この近くに寄ったついでにここへ足を運んだけど、とても気の狂ったような言動は無かったね。もし狂っていたのなら、私達か彼らのどちらかが死んでいるはずだよ」


 淡々と、まるで推理でもするかのように語る社長さんと、それを聞いて黙り込んだ団長。その黙り込んだ団長の顔は、とても苦い顔をしています。


「まだ何か言わないといけないかな? そろそろ物騒な物を収めた状態で対話するべきだと私は思うよ」

「……………………良いだろう。話を聞こう。だが! それでも疑わしいと判断したら俺は容赦なく斬るぞ!」

「……良し。一先ずは冷静になってくれたみたいだね。──ここからは私達と聖堂騎士団の何人かも交えて話すよ。その方がそちらとしても信用できるでしょ?」


 団長は最後にそう宣言をすると、剣を背中に戻してその場に座り込みました。

 ……凄いです。あんなに敵意を剥き出しにしていた団長を黙らせました。もしかしたら社長さん達は団長と同じか、それ以上の力を持っているのでしょうか。……それはそれで怖い気もするです。

 ──こうして、社長さんが進行をしながら対話が始まりました。暗くなるまで話し込むかもしれないからと焚火を用意して、私達と社長さん達、そして団長と二人の聖堂騎士団員が囲む形です。そこから五歩くらい離れて聖堂騎士団員達がまばらに腰を下ろしています。

 最初に団長さんが聞いてきたのは竜人達の今の状態です。社長さんが異変というのを団長は気になったようでした。

 まずはレックスたち竜人の住んでいた山の場所から始まりました。ハーメラの東、エレヴォの西に位置するケイオス平原……その僻地にある火山の近くにある山に竜人の村があるそうです。


「ん? あの山の近くは最近、原因不明の怪奇現象が起きていたよな……?」


 その山を聞いた聖堂騎士団員の一人がそう呟きます。それに釣られるように次々と他の団員達も同調します。話を聞くに、そこに近付くと何の前触れも無く倒れるように死んでしまうようで、神聖魔術による浄化すら無意味だそうです。……私達は知らなかったのですが、ハーメラでは近付く事すら禁止している場所になっているそうです。

 えっと……そんな場所なのに、どうしてレックス達は平気だったのでしょうか。


「ふん。俺達は大昔に邪竜を討ち取った勇敢なる部族の末裔。そこいらの奴らとは違って身体が頑丈なんだよ」


 と、なんだか誇らしげに言ってます……。ですけど、本当にそうだと思うです。レックスは団長から受けた傷がもう完全に回復したらしく、お母さんも完治した事に少しビックリしている様子でした。本来だったら三日は掛けて治すらしいです。


「いくら頑丈でも食う物全部が死滅したら無意味だろ。飢えるまで同じ場所に執着するなよ」

「ちくしょう反論できねええぇ!!」


 主任さんはやっぱり皮肉を言っているです……。レックスもやっぱり気にしていたのか、床を悔しそうに叩いています……。

 ただ、そういう姿を見せたからかどうなのか、食べる物が無くなったから山を下りて各々が各々の暮らしをし始めた事を団長は納得してくれました。


「それで、さっき魔族が陣地を築いていたって言っていたけど、もう壊したんだよね?」

「ああ、そうだ」

「じゃあ調査も一緒にしたと思うんだけど、何か気になった事はあった?」


 気になった事、と言われて思い出そうとする団長と聖堂騎士団の人達。けれど何も気になる事は無かったのか、みんな首を傾げています。


「レックス、竜人が好んで食べる物ってある?」

「ん? そりゃあ肉だな!! 熊とか猪とか特に大好きだぞ! あの歯応えがたまんねえんだよ! 野菜はまあ、人間の作った野菜はうめえと思ったけどよ。それでも肉の方が好きだな俺達は」


 そう言われて、ふとこの間の事を思い出します。熊のお肉を持ってきた社長さん達に対するあの狂喜とも言えるような喜び方は、大好物だったからなのですね。


「肉……そういえば、異様に肉が多かったな」

「言われてみれば……。しかも生の状態のがほとんどで、見た時は腐る前に食い切れるのかよって俺は思いました」


 団長が『肉が多かった』と言った事で、他の聖堂騎士団員達も頷きます。

 それを見た社長さんは、こう言いました。


「もし私達が『山盛りの肉をあげるから魔族に対抗する為の陣地構築の手伝いをしろ』って言ったら、やる?」

「当然だろ。山盛りの肉とか断る理由がねえよ。……まあ、それは飢えている時の話だな。普段だったらどっちにも加担しねえって言ってぶん殴ってる」


 即答するレックスを見て……その、何と言えば良いですかね。あの時は本当にお腹が減っていたんだなって思いました。


「そもそもの話だが、竜人はどうして人間にも魔族にも手を貸さないんだ?」

「……まあ、人間も魔族も俺らの姿を見たら気味悪がるからな。化け物だ、ってよ」

「魔族も人間とほとんど見た目が一緒だしな。まあそう言うのも、分かるわ──イッテェ!?」

「こういう場で敵を作るような事を言うんじゃねえ。話し合いが殺し合いになるぞ」


 分かるわ、と軽く言った聖堂騎士団員の人に、団長が鉄拳を頭に落としました。……驚いたです。なんというか、そんな事を言う人とは思えなかったから意外です。


「主任も口を閉じていてね」

「……へい」


 あ、主任さんも何か言おうとしたのですね……。社長さんから先に注意されているです。


「……まあ、だから俺達はどっちにも味方しねえ。それに、俺達は俺達だけで狩りをして生きていけるからな」

「……そうか」


 それから少しだけ魔族と竜人の繋がりを聞いた団長でしたが、人間と同様にほぼ何も無いという事を聞くと……なんと頭を下げてきたです。本当にビックリして、自分でも目がパチパチと何回か瞬いたのを感じたくらいです。

 斯くして、私達は社長さん達のおかげで何とか生き延びる事が出来たのです。



 ──そう、この時は思っていました。



「え……? 取引できない、ですか……?」

「ああそうだ。じゃあな。俺は忙しいんだ」

「え、ちょ、ちょっと!」


 たまに道を歩いてくる行商人。いつも取引をしているその人から、そんな事を言われました。……いえ、その人だけではありません。他の人達どころか、ハーメラに近付いただけで石を投げられたので逃げ帰っています。

 後になって知った事なのですが、どうやら聖堂騎士団との一悶着の一部を見ていた人が居たそうです。その人はハーメラでそれを話し、いつしか尾ひれや羽ひれが付いてしまったようでした……。今となっては『魔族と共にハーメラを陥落させようとしたが、聖堂騎士団長のベネットに諭されて大人しくしている』となっている、と社長さんが教えてくれました。


「……ごめんね。私達じゃどうしようの出来ない所まで話が捻じ曲がっていってるみたいだった」


 社長さん達は度々ここへ訪れてくれます。いつもなら自分達で売りに行っている作物とかを、社長さん達が代わりに売ってくれているのです。その時にハーメラでの出来事ややってみた対策を話してくれるのですが……どれも失敗に終わってしまっているようです。

 一番驚いたのが、聖女様とこの問題について話したと言っていた事です。凄い人だとは思っていましたが、まさか聖女様と交流があるだなんて思ってもいませんでした。

 ……ですが、聖女様でもこの問題は解決する事を止められてしまったそうです。それは、前聖女様が関わっているそうでした。

 三年前、ハーメラでは大事件が起こっています。それは、当時の聖女様だった方がアミリオ大聖堂に魔族を招き入れて秘密裏に傷の手当てを行った事があるというものでした。それだけではなく、手当てをして貰った魔族は恩を仇で返す形でハーメラへ乗り込んだという話もあります。その記憶が呼び起こされそうになっているのか、アーテル教はこの問題に対して『何もしない』という事しか出来ないそうです。聖女様から『助けられなくて、ごめんなさい』というお手紙も社長さんを通じて頂きました。


「……わたくしもアーテル教の教徒です。確かに魔族は好きではありません。ですが……いくらなんでもこれは……」

「胸糞悪い……。結局どこでも同じかよ。世界が変わっても人間ってのは同じ過ちしか繰り返さねえ……。面白くねぇ……面白くねぇぞ」


 ローゼリアさんと主任さんは、やるせなさを感じているようでした。社長さんはまだ諦めていないのか、色々と考えては却下を繰り返しているように見えます。


「……これ……ら私は……が嫌いなんだ」

「え……?」

「なんでもないよ。……少し、頭を冷やしてくるね」


 社長さんが何かを言ったようですが、上手く聞き取れなかったです。

 少し苛立った感じで外に出ていく社長さん。その背中を見ながら、私は思いました。


(魔族というだけで、本当に人間と仲良くは出来ないのですか……? 私も、本当はお父さんやお母さんと仲良くしてはいけないのですか……?)


 心の中でだけ呟いたその言葉は、女神様に届いているのでしょうか……。

 それは、誰にも分からない事でした……。


……………………

…………

……

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