こんなんでも二億倍はマシ
だるい。ただその一言に限る。いや、眠いもあるし暇ってのもある。何が言いたいかってーと『俺これ要らねーよな?』だ。
目の前じゃ社長が同じ顔の女二人と……なんかよく分かんねー約束をしている。やれ『元の世界の事は詳しくは話さないように』だとか『文字や日本語以外の言葉は絶対に使うな』だとか、なんでそんな事すんの? って思うような事ばっかり。
訳分かんねーでおじゃる。なんでそんな事しないといけないでおじゃる。……まあ、コイツが頭空っぽの俺じゃ到底理解できねー事を言ったりやったりするのはいつもの事なので良しとしよう。お上品でお綺麗な事をするのは気に食わねーけど、まあ社長が良いのならそれで良いか。俺に関係が無かったらな。
「この辺りの事は主任も守ってね」
「おう」
なんかさっきの約束事は守れって言ってきたから、とりあえずそう言っておいた。まあそんくらいならええでしょ。知らんけど。
「ところで、ヒューゴはいつからこの世界に?」
「え、えっと……僕は一週間くらい前に、来ました。偶然、リアと一緒になって、それからアーテル教のお世話になって、ます……」
つーか喋り方がウザい。ハッキリしろってんだ。しどろもどろになってんじゃねーぞ。インコ以下かよ。
最初は『僕っ娘かよこいつ』なんて思っていたが、こんなんで元々は男だって言ってんだから頭おかしい。魔法っぽいなんかで助かった時にそこの聖女様と同じ姿になったとか。だから聖女様みたいにビクビクオドオドするようになったのか?
……いや、違うわ。これ怯えてるだけだわ。二人揃って社長が怖いだけっぽいわ。バカめ。そんな簡単に内っ側を見せるからドン引かれるんだよ。盗賊ん時に躊躇無く手の平ぶっ刺して『ご質問』するような奴だから無理もねーかもだけど。
それから大して面白い話も無かった。気付いたら話が終わってたからマジクソに興味が無い話をしていたんだろな。
だるい時間も終わったしどうすっか、なんて思ってたら、コイツこれから仕事をするぞとか言いやがった。ふざけんな。金はまだ余裕あんだろ。
「依頼形式の都合上、いついかなる時でも仕事があるとは限らないでしょ。それを踏まえたらローゼリアはともかく、私達の資産は雀の涙ほどしかないよ」
「助けてローゼリア。社会人がイジメてくるの」
とりあえず俺から見て社長の反対側を歩いてる微笑みサンに助けを求めてみた。
言ってる事は分かるし当然だってのも分かる。だが納得したくはねえ。せっかくファンタジーな世界に来たんだからもっと楽させろ。
「諦めて下さい。わたくしも二人がどのような仕事ぶりをするのか楽しみにしておりますので」
「俺の味方が居ねぇぞ!! どうなってんだ!!」
叫び倒した後で盛大に、わざとらしく、特盛の溜め息を吐いた。はー。やっぱり俺みてーなダメ人間はどんな場所でも居場所がね-ですわ。
……なんて思っていたら来るぞ。奴がなんか言い出すぞ。
なんで分かるかって? だって真顔で俺のほう向いてるもん。
「主任はもう少し別の場所で猛威を振るうようになるよ。断言する」
「どこだよ。魔界ですか。それとも蛮族が跳梁跋扈するような未開の森林ですか」
ほら言った。コイツの根拠が在るのか無いのかワッカンネー戯言を。
ぶっちゃけ社長のこういう考えは嫌いである。何をどう考えたらそんな思考に辿り着くのか意味不明ってのもあるが、何よりも頭ん中がお花畑だからだ。
冷静に考えてみろ。俺がこっちの世界に来て何の役に立った? なんもしてねーぞ?
……いや、そう反論したらあの手この手の言葉遊びで言い包められるから言わねーけど。なんで分かるかって? だって何兆回も繰り返してきたもん。俺みたいな低速回転脳でも覚えるわ。
「そうだね……。もっと自由に出来て、好き勝手やっても問題の無い身内の居る場所かな?」
呆れた。もうね、呆れるを通り越して思考放棄っすわ……。それ大体の奴に当て嵌まる事ねーか?
「私は大真面目だよ」
ああそうだな。左目閉じて手ぇ口元に当ててるもんな。そういう時のお前は碌でもねー事考えてるって俺知ってんだ。今度は何を考えているのやら……。分かりやすいようで分からなくて、冷めてるようで熱くて、無感情のようで無感情を嘆く二律背反を体現したような奴だよ本当に。
だからこそ、俺と噛み合わないのに歯車だけは綺麗に回るのかもしれん。合わせられてるだけかもしれねーけど。
俺が無視したからか何やら深ぁーく考え出したので邪魔しないでおくか。つっても、その俺は何もせず気に食わねー青空を見上げるしか出来ねーんだけど。
そういや聖女の眼ってこの空の色とおんなじだったなー。なんて思っていたら、不意に社長が沈黙を破った。
「話は変わるんだけど、ヒューゴとグローリアって人、なんだかおかしいね」
「いきなり何言ってんの」
話が変わり過ぎてマジでついていけねぇ。
「おかしい、とは?」
ほらほらほらローゼリアも食い付いちゃったぞ。聖女たまの悪口言ったらこのお姉さんが怖いお姉さんにクラスチェンジしちゃうよ?
……って思ったら割とそうでもなさそうだな。純粋に疑問に思ってる感じだわ。これ俺が言ったら絶対冷たい目で見てくるんだろうな。これが人徳か。
「本人から聞いた話だけど、ヒューゴって人はグローリアさんに会ったのがつい数日前らしい。それにしては妙に距離が近い。特にグローリアさんの方が、かな?」
「グローリア様が? どうしてそう思ったのですか?」
「渾名で呼ばせていた。けど、ヒューゴにはそうじゃなかった。軽い感じの人じゃないから自分でそう呼び出した訳じゃないとは思う」
やべえ。思った以上にくっそどうでも良い。なんでそんな事に疑問とか持つんですか。探偵か何かかよお前。青酸カリ舐める?
あ、微笑みサンがめっちゃ驚いてる。目ん玉丸くさせてる。なんかこういう時だけ子供っぽい顔になるなこいつ。
「それともこの辺りじゃ渾名で呼ばせるのは普通なのかな」
「……親しい相手には愛称で呼ぶ事はありますが、グローリア様に限ってはまず有り得ませんね。例外の一人を除いて今まで聞いた事ありませんわ」
一人居るじゃねえか。なんて思ったが、例外だってんだしよっぽどの奴なんだろな。こんだけファンタジーファンタジーしてんだから、勇者とかがそれだったりな。勇者と聖女が冒険と一緒にとかよくある設定ですし。
「やっぱり相当な事なんだね」
「ええ、よっぽどです」
「なんのこっちゃ分かんねーんだけど、それそんな重大な事? お前にとっちゃ今後の俺たちの方が重大なんじゃねえの」
いい加減、聞いててBGMにすりゃならねーんで割って入る。俺の脳が悲鳴を上げるから、お難しいお話はお止めろやがれ。
「私にはそう感じるよ。確証は無いけど」
「さいですか……」
こいつ本当に何を考えてるのか頭の悪い俺じゃ分かんねぇわ……。しばらく無視しておこ……。
「今になって思い出したんだけど、ローゼリアが微笑みのロゼって呼ばれているのは何かあるの?」
「えぇ……」
けど流石にこれは反応しますわ。どう考えてもやっべえ話題じゃねえか。お前何考えてんの? 触らぬ神に祟り無しって言葉をご存じでないの?
足元の地雷に無遠慮でショットガンをぶっ放すが如くの行為。改めて俺はこいつ頭おかしいって思った。
「ただ周りの皆がそう呼んでいるだけですよ。社長さんもそう呼びますか?」
あ、ダメですわこれ。詰んだ。ニコニコ笑ってはいるけど内心で何かに火ぃ付いてるわ。よく見たら口元の笑い方がおかしーんだもん。
……どうやって逃げるかな。いや逃げられねーか。分かるよそんくらい。ちくしょうが。
「ローゼリアが嫌だったら使わない。けど、もし使わせてくれたら嬉しいかな」
「……嬉しい? なぜですか?」
おう? なんか流れ変わったぞ?
「さっきローゼリアが言ったでしょ。親しい相手には愛称で呼ぶって。ローゼリアがそれを許すって事は、私達を親しい相手って認めてくれるって事。それを嬉しいって思うのは当然でしょ?」
「……………………」
何かおかしい事でも言った?? って言いたそうな顔で社長が言うもんだから、コイツもコイツで拍子抜けしてんな。
いや、マジでスゲーわお前。怖いもの知らずだなオイ。それも計算ですか。……いやお前の場合は素でやってる時もあるか。やっぱお前は分かんねー奴だわ。
ただ一つ言うならば、今の社長の言い方には違和感があった。何がって言われても知らんが。
……いや待て。ローゼリアがチョロイだけじゃねーのかこれ?
「なるほど。そういう見方もあるのですね」
何に納得したんですかねぇ……。コイツも分かんねー奴だわぁ……。
「そうですね。そっちの方がわたくしとしても面白いのでそうしましょう」
「ありがとね、ロゼ」
と、ここで嫌な予感がした。背骨と心臓の辺りがキュッと絞められたみたいなアレ。これはアレだ。ぜってー面倒な事が起こるやつだ。
「ねえ主任?」
来た来た来たぞぉ!! 面倒事がやって来たァ!!
社長に呼び掛けられたが、敢えて黙ったまま視線だけを向ける。もう何言うか分かってんだよ巻き込むんじゃねえ。ヤメテこっち見ないで。
そんな俺の思いは『将来パイロットになるぅ!』って夢を掲げる少年くらい届かずに墜ちていった。メーデーメーデー。今日の昼飯はレバノン料理。
「主任もそっちの方が良いよね?」
「返答に困るから止めろ……」
「あら困るのですか?」
「おいバカ止めろなんでそんな愉悦に塗れた顔していやがんだ待て思い直せそれ以上言うんじゃねえ!!」
思わず顔が引き攣った。自分でも分かるくらい絶望的な顔をしていただろうなこれ。
「では、主任さんもロゼとお呼び下さいね?」
「嫌です……」
「拒否権は無いので諦めましょうか」
「嫌どす……」
「はい、決まりました。これからロゼ呼びを徹底して下さい」
コイツ強引に決めやがった!! めっちゃ楽しそうに手をポンて叩きながら決めやがった!! ってかゴルァ社長ォ!! 貴様笑い堪えてやがんな!? 顔逸らして口元隠してんじゃねーぞ!!
ちくしょう……ちくしょう……。ロゼな……ロゼ……。ロゼロゼロゼロ。くそが。最初と違う呼び方って慣れるのに時間が掛かんだよ……。
「さて主任、ロゼ、これからオルトン商工会に向かおうか」
「はい。そうしましょう」
気分が最高にダウンした所で話が元に戻される。崖の底に落ちたと思ったら更に縦穴にまで転がり落ちた気分だ……。つかお前はさっさとロゼ呼び慣れてやがるしよぉ!! これだから何でも出来る奴は……。
まあでもグダグダ言ってもしゃあねえ。コイツ等が行くって言ったんだ。俺に拒否権なぞ無かろうよ。
200kgの鉛の足枷でも付けられた錯覚をしつつ商工会に向かうと、そこで朗報があった。なんと俺達にとって目ぼしい依頼が無いとの事。よっしゃ帰って寝れる。
「次点としての依頼も無いの?」
コイツせっかく素晴らしき堕落の一日を送れそうだってのになんでそこまでして働きたそうにしてんだ……。社畜か何かかよ。
「次点なあ……。あんまり割に合わねえもんしかねえぞ。お前達にはもっと難しい依頼をこなして欲しいもんなんだが……」
なんだっけ。適材適所だっけ? ロゼがヤベー奴だからヤベー仕事を押し付けたいってかこれ。まあそらそうなるでしょうな……。クソ雑魚ナメクジに魔王を倒せって言っても無駄なのと一緒ですし。
……いや待て。頭おかしいのはロゼだけで俺達は地を這うゴミムシくらいの戦闘力ゾ。無理ゾ。一緒にされるの嫌ゾ。
「せいぜい熊の駆除くらいか? 珍しい事に三匹くらい群れて行動しているんだとよ」
「充分ヤベー仕事じゃねえか」
お前これで難しくないって言うの? 馬鹿なの? 脳ミソ熊なの? 熊だぞ熊。アイツ等マジで舐めてると殺されるぞ。猟銃でもちゃんとした場所にちゃんとした角度で当てねーと殺せないんだぞ? ……割に合わねー。
「あら、その場所は?」
「お前本気で言ってんの……?」
受ける気かよオイ。ロゼ、熊はお前が思っている以上に危ねえ存在だぞ。……それともコイツは熊を簡単に屠るような化け物なのか? そういやなんか前にも化け物扱いとかされていたような……。
「場所は中央の西にある山の麓だ。まあたぶん、収穫した作物とかを食って餌場だと覚えたってとこだろう」
「ん、それって前に受けた依頼の近く?」
前に受けた……ああ、あの惨めなリザードマンが居たとこのか。
「あー、そうだな。それだ。だが報酬は銀貨20枚だぞ。それが村で出せる限界だそうだ」
なんか下を向いて手元を確認してんな。やっぱこいつ冒険者の履歴とか纏めていやがる。悪い事できねえな。
「ではその依頼を受けましょう」
「……うっそだろお前」
ロゼぇ!? コ、コイツ本当に受けやがった……。あーあ……もう知らねえぞ……。
依頼を受けた俺達は一回ロゼ自宅兼拠点に戻って昼飯の後で旅支度。肉を野菜で包んで甘辛のタレっぽいので焼いたヤツで、レバノン料理じゃなかった。
持って行くものは食料と水と、あと装備。結局軽装の革防具は買った。つーかまともな武器が無かった。ベコベコになった鉄パイプに有刺鉄線を絡み付かせた蛮の力溢るる得物みてーなのが欲しかったんだが、鈍器はどいつもこいつも振り回し辛そうなのしか置いていやがらねえ。誰が使うんだあんなのってくらいデケェのばっか。だから売れ残ってんだよ。なので最初の村で拾った剣。長さは使い慣れてる竹刀と同じくらい。重心が先の方にあるのか作りが雑なのか知らねーが妙に重い……。
ちなみに社長はダガーっぽいのを何本かと、それを仕舞う革ベルトだけ。防具は無し。意味わからん。ゲームじゃねーんだぞ。
コイツ曰く『近付かれたら死ぬ以外の道が無いから出来るだけ軽装にしつつ護身用に使える物を持っているだけ』らしい。ついでに最初の村で作ったマスケット銃を三丁だけ持っていくとか。撃てねーのになんでそんなモンを持っていくかねぇ……。まあ、どうせ馬に載せるから良いか……。
なお馬は最初の村のヤツ。借りもんだから依頼を使って返したんだが、なんか物資付きで返ってきた。依頼を受けた奴が言うには『娘達も少しずつ良い方向に歩き出そうとしている。本当に感謝しかない。旅には馬が付き物だろうから良かったら使ってくれ』とかなんとか。くれるってんだから有難く頂戴した。
そんでもって……。
「納得いかねえ」
「ご不満ですか?」
「はい」
やっぱりこうなる。馬は二頭だからどうしても二人乗りになる。そして俺がロゼの後ろに乗るって事になる。ファッキュー。
ニコニコと満面の笑みを浮かべて不満かなんて訊くコイツは絶対に性格が悪い。捻じ切れて性格の悪い俺が言うんだから間違いない。社長も社長で慣れてきたのか馬の上でどことなく楽しそうにしていて余計にファッキュー。
「わたくしは大変に満足です。いつかは所有馬を持とうと思っていましたが、まさかこのような形で手に入るとは思っていませんでしたから」
「恋路の邪魔してないのに蹴られて顎を砕かれてしまえ」
そもそも馬が手に入って喜んでるんじゃねーだろ。俺が嫌がってる姿見て愉悦を感じてるだろお前。
つーか嫌がれよ。顔面偏差値がマイナスを突き抜けてるインスマス面に腰掴まれてんだぞ。SANチェック10d50もんだぞ? 最低10は持っていかれるっていうのがミソぞ? それとももうSAN値直葬された後なの?
はぁ、と溜め息を吐き捨てつつ現実逃避の為に遠くを見る。見えるのは平原と丘と山と山、ところにより木。つまりなんにも無い。せいぜい、後ろを見ればギリギリ中央都市が見えるくらいである。
しっかし依頼人の場所がアバウトなのはどうにかならんのですかね。懇切丁寧に説明して貰っても『中央都市ハーメラの西にある山の麓』としか言ってくれねえ。現代の住所システムってすげえと実感する。
そこからどこをどう移動したのか、知らない内にそれっぽい場所に着いていた。山の麓とは言っていたが、どんなもんかと思えば小さな村っぽいのである。言うなれば最初の村に似ている。違う点を言うならば、もっと崩壊しやすそうな感じ。だって柵しかねーんだもん。警鐘みてーなのも無いし。まあ、小さい村だからそんなもんなのかもしれない。
「こんにちは。依頼を受けて来た者だよ」
そんな小さな村だから依頼を受けて来たっつったら一瞬で理解される。速攻でお偉いさんのトコに通されたんだが、やっぱり興味の無い話なのでスルー。こんなもんどうせ半分以上が無駄話なんだよ。要点だけ抑えときゃ良い。
んで、その要点がこちら。熊が作物を食い荒らす。干してるモンとか優先的に食われる。親熊二匹に子熊一匹の合計三匹。でっかい。熊用の罠とかの知識は無いし自分達だけじゃ八方塞がり。んで依頼した。以上。
ギルド……ああ、商工会か。商工会のオッサンが言った通り、やっぱ食い物がいつもあるって熊に覚えられたみてーだ。賢い熊め。
さて、んじゃどうやって熊なんぞ駆除するのかね。マジでアイツらの骨と筋肉やべーからな。あと毛皮もやべー。正面からドタマにライフル弾を撃ち込んでも弾くとかチートだろ。俺にもチート寄越せ。
……まあ、頭脳プレイするのは俺の役目じゃねーから社長に丸投げである。俺はコイツの言う通りに動けば良い。なんだかんだでコイツも俺の事を良く知っているから無理な事は言わんだろ。
「んで、熊なんてどうやってブチ転がすの」
「魔術でドッカーンとか良いんじゃない?」
「待てや、どっから沸いて出てきたテメェ」
突然、俺の背後に腐れビッチのリリィが出てきやがった。オイ肩に触んじゃねえ虫唾が走る。そのネットリとした触り方ゾワゾワすんだよ。
「え? さっきまで主任の影に入って寝てたわよ?」
「コイツ勝手に俺をベッド代わりにしてやがる!」
なんつー事してんだ。つーかいつの間にだよ。アレか? 今朝から姿見えなかったからそん時からか? 影に潜めるとかなんだよ便利じゃねえか。俺にもその能力くれよ。一生引き籠もらせろ。
「それはそれとして魔術でと言っていますが、どんな魔術に心得が?」
あるだろ。なんか魅了とか言ってチャームとかしてたやん。あれ絶対魔術だろ。
「え? 無いけど?」
「なんで!?」
あんまりにも予想外過ぎた。ねえのかよ。じゃあ、あん時のアレ何だったんだよ。
「いやだって私魔術苦手だし、出来るのも魅了だけだし……」
「はー、つっかえ」
いやマジで使えねえ。ドッカーンしろよドッカーン。言い出しっぺの法則ってご存知?? アトミック的なボンバーのやれよ。ファンタジーだろ、それくらいしろ。
流石にロゼもこれには苦笑い。もうね、憐れに思ってる感情が顔全体から滲み出てんの。溜め息が付いたらパーフェクトなくらい残念に思ってますわこれ。
対して社長は我関せず。ハナから当てにしていないのかアレコレ考えてるっぽい。
しっかし、顔色が良くないな社長? まあそりゃそうだわ。熊をぶっ殺そうなんざ、ただ事じゃあねえ。電車に轢かれても元気に走るくらいなんだから当然でおじゃる。……ってーことは社長も熊のしぶとさ知ってるって事か。さあどうするんだ社長?
「社長さん、随分とお困りのようですね」
「熊だからね。殺せない事はないけど、こっちの被害が出ないよう確実にって考えると中々難しいよ。この村に置いてある物も想像以上に少なかったってのもある」
殺す手段自体はもう建ってんのかよ。こいつマジで頭おかしいわ。俺らが持ってるモンで一番つえーのでこのマスケット銃だろ? こんなんじゃ殺せねーだろ? あとは刃物だけじゃん? どうすんだよ。
「一番現実的な方法で毒を混ぜたエサを用意する事。だけどそれを食べるとは限らない。動物に普通の餌と毒の餌を混ぜて与えたところ、毒だけ綺麗に避けて食べたって話もある。だから悩みどころ」
ああ、あったなそれ。確か戦時中の動物園の象だっけ? ……えっ、毒?
「じゃあ弾に毒塗って撃てば良いんじゃねーの」
「撃ったら即座に襲われるよ。熊に『敵だ』って思われた時点で命の危険性が生まれるでしょ? それに、狙撃だってこんな銃じゃまともに出来ないよ」
「殺すんだ。殺されもするだろ」
「生憎、私達の命は一つだけだからね。殺されたらやり直しも出来ないし都合の良い復活方法も存在しない。だから不確実な方法は選ばずに確実な方法を採るんだよ」
マジレスされてしまった。冗談の通じない奴め……。
「それに、ここらで作れる毒だってそんな即効性がある訳じゃないと思う。もしあるのなら槍にでも塗って投げ刺しているはずだからね」
じゃあやっぱ詰みじゃん。どうすんだよ。
またもや深く考え出す社長。お前本当に左目閉じて唇に手を当てんの好きだな。もう何回も見たぞそれ。
「……踏むと杭で叩き付けられる罠でも作って、それに毒を塗っておくのがまだマシか。毛皮を貫けるかは分からないけど、失敗しても危険性がかなり低いから試してみる価値はあるし、追い払える可能性も高い上に毒が回って時間差で殺せるかもね。人間の村は危険だと覚えさせることが出来れば、被害も極端に少なくなるかな」
こいつ本当によく一つの行動で色んな結果を生み出そうと出来るよな。つーか方法がえげつねえ。殺す気満々過ぎる。
俺が若干引いていると、いつの間にか俺の近くに立っていやがるリリィが『ほうほう』と感心した風な様子を醸し出していた。でも知ってる。何言ってるのか分かんねーけど凄い事言ってるんだって思ってるんだろ? アホ面に書いてんぞ。
「もう一つ、良い方法がありますよ」
そんな声が聞こえた。そいつはロゼ。社長の真似でもしてんのか腕を組んだ状態から右手を顎に当ててる。
「忘れましたか? わたくしも貴方達の戦力の一つでしょう?」
「……それは本気で言っているの?」
あ、コイツ今いつもの癖が出たな。それじゃ誤解されんぞ。
「あら? そういう契約のはずでは?」
ほらな。お前ちょっと気を抜いたら一歩先の話をすっからな。俺と違って頭が良いってのは分かるよ? けどな、割とそれツレーんだわ。お前がなんかよく分からん事言う度にどういう意味なのか考えさせられるこっちの身にもなって??
……つーかさっきの言い方だと戦力外通告にも聞こえるんですがそれは。
「ん、契約の話じゃなくて、生身で熊を相手にするなんて本気で言っているの? ──って意味だよ」
「なるほど。ですがご安心を。熊ぐらいであれば造作もありませんので」
ニッコニッコしながら、おっそろしい事を言い出しやがった。熊を雑魚扱いとな? マジモンのバケモンじゃねえか……。良かったな社長。戦力外通告だと思われてたら首飛んでたぞ。
「良いね。ロゼの強さも気になっていた所だったんだ」
「是非ともわたくしの実力をお確かめ下さい」
作戦が決定された。単騎突撃。以上。頭悪い。いや本当に頭悪い。こいつがどんなチート能力持ってんのか知らねーが、熊だぞ熊。武器っぽい武器も見当たらねーのに何言ってんだこいつ。殴って熊を追い返した話はあるこたぁあるが、あれは『もーなんだよ……面倒臭いなぁ……』って思われてるだけだからな?
そんでもって、住民達に声を掛けてって家の中に引き籠もって貰った。念の為に俺とリリィも中に退避。誰が外で待つか。んな無謀で命を惜しく思っていねーのは社長とロゼの二人だけで充分でおじゃる。
その命知らず二名は何やら外で会話している。何を話しているのかは敢えて聞き流しているから知らんが、なんかナイフっぽい物を取り出してアレコレと語り合ってる。何やってんだコレ。
窓から馬鹿みたいに眺め、命知らずの会話をBGMにして待つ事だいたい三十分。目標の熊がやってき──いや待てデケェ!? おいあの熊余裕で2m以上あんぞ!? オルトンてめぇなんでそんな重要な事を頑なに教えないの!? 馬鹿なの!? 死ぬの!?! いや死ぬぞこれ!!
社長だけでも首根っこを掴んで窓から引き摺り込もうかとした瞬間、ロゼのヤローが待ち人を見付けたかのように軽々しく歩いていきやがった。
「ところで社長さん。先程お見せした短剣ですが、投げて使うというのは半分だけ当たっております。ですが──」
腕を振るって袖からナイフを一本手にするロゼ。熊共はロゼに気付いたのか、二匹の親熊でもでっかい方が近づいてきている。
「──こう使うものなんですよ」
ナイフを斜め上に投げるロゼ。何してんだコイツと思った次の瞬間、明らかにナイフが有り得ん角度でその親熊の頭へと加速しながら落ちていった。
いやそもそも速度がおかしい。正直、目で追えなかった。手の先が消えたかのようにすら見えたんだ。
バスンッ! と、どう考えてもナイフを投げて出るような音じゃねーのが鳴り響いて熊の頭に根元まで突き刺さる。刃渡り10cm近くはありそうなモンが頭に突き刺さって無事な訳がなく、熊は一撃で絶命した。
この時、俺は中央の街での出来事を思い出していた。明らかに人間が扱うもんじゃねえ大剣を持った男がロゼの事を化け物呼ばわりしていた。あれはこれの事だったのか、と。
だがそれもまたロゼで言う所の『半分だけ当たり』だった。これまた意味不明なスピードで走った──いやこれ地面から足離れてるから飛んでる──かと思えば、ロゼが空中で急に上空へ方向転換をした。正確には空中を『蹴った』のだ。蹴る瞬間にロゼの足先に小さな魔法陣が現れた事から、何かしらの魔法を使ったんだと思う。
熊が上を見た瞬間、既にそこにロゼの姿は無い。なんせ、もう一回空中を蹴って熊の背後に回っていやがるんだから。
背後に立ったロゼがグルッと身体を回転させながら親熊の懐に潜り込み、遠心力の籠った一撃で残った親熊の喉を掻っ捌いた。その勢いを殺さず、もう片方の手に持ったナイフを突き立てるようにして子熊も首根っこから突き刺す。どういう馬鹿力をしているのか、子供といえども熊を地面に叩き付けるほどの勢いだったらしく、喉を切られた親熊よりも先に子熊が地に伏せた。
唖然とする。目の前の光景があんまりにも現実離れし過ぎていて理解が追い付かない。そもそもいつの間にナイフを次々取り出した? それすらも見えなかったし気付かなかった。
スーッと妙に冷静になる頭の中で、一つだけ言葉が浮かび上がってくる。
『ああ、これは化け物って言われるわ』──と。
「ふぅー……。終わりました」
柔軟体操でもしたかのように気分良さそうな顔をしやがるロゼ。後ろじゃ水道の蛇口みてーにドバドバと血が流れてるってのにも関わらず返り血の一つすりゃ浴びてねえ。せいぜい汚れてんのはナイフに付いた血を拭いてる布くらいだ。
「……おいこらロゼ」
「はい、なんでしょう?」
あんまりにも狂った様を見せ付けられたもんで、俺だけじゃなく誰もが思うであろう事を訊く事にした。
「そんなにツエーんだったら俺達と一緒に居る意味無くね? 何が目的だよ」
こんなん絶対何か別の目的がある。じゃねーと納得できねえ。
……だっていうのによ、こいつはキョトンとした顔をしやがる。
「面白そうだからですが?」
「……………………」
んな訳あるかよ……と言いそうになった。けど、それは本当だってのが分かる。目も、口元も、頬も、指も、足も、どこも違和感が無い。全体像すら歪んですらいねえ。
人間である以上、演技や嘘を言ったら絶対にどこかおかしい部分がある。そらそうだ。自分の本音を捻じ伏せて嘘の言葉を言うんだ。どっかで歪みだのズレだのが生まれるはずなもんだ。
だけど今のこいつにそれは無かった。そうなりゃもう残る答えは二つしかない。俺の目がナマクラだったのか、本当の事を言っているか、だ。
「……………………」
「……………………」
不意に俺は目を逸らしてしまった。いや、不意じゃねえ。見れなくなったから逸らした。
ああ、これは疑っているんだな──って思っているのが分かったから。だったらもうこれ以上の問答は必要無い。それに、やっぱ人の顔なんざ真っ直ぐ見るもんじゃねえわ。
「おおお!! これです! まさにこの熊です!!」
突然、村人A……いや村長だっけ? まあ良いや。村の人間が駆け寄って来て、死んだ熊を前にえらい喜んでいた。死体を見て喜ぶとかハイレベル過ぎてついていけないわ。
はぁー、っと溜め息を吐く。俺、何もやる事無かったな。本気で要らなかっただろこれ。クソが。やっぱ俺みてーに何も持っていない奴は何もしないのが一番なのか。面白くねえ。
後の事に興味が無くなったので、帰るまでダラダラする事にした。ただ、熊を殺した証明として三匹の熊の右手以外は村で熊除けの毛皮を作るから置いてけとかほざきやがったので、そこだけ口出しした。
「テメェら何もしてねえだろうが。まともな道具も物資も無いこの村で、こちとら熊三匹殺してんだぞ。依頼内容に『殺した熊は村に譲る』とかあったか? んなの無かっただろうがオイ」
ついでと言わんばかりにイライラもぶつけてしまった。だがこれは譲れねえ。クソみたいに移動して熊三匹ぶっ殺して銀貨20枚だけとかぜってぇ割に合わねえ。せめて殺した熊の素材くらい貰うべきだろうが。
俺の言葉に村の連中は顔を曇らせた。そんな俺を見たからか、社長も俺の言葉に続く。
「主任の言っている言葉も一理あるね。村長さん、確かこの村は金銭的に余裕が無いと言っていたよね?」
「う、うむ……」
「この熊は村の所有物ではない。そして熊はこちらが全て倒している。本来ならば戦闘報酬として熊を頂きたい所だけど、残念な事に私達の移動手段じゃ全てを持って帰る事は出来ない。……言いたい事は分かりますか?」
「……買えと、言いたいのか?」
「そうじゃないよ。無い袖は振れないでしょ? だから子熊の毛皮と熊の肉をいくらか、こちらの取り分にしたい。その時の作業は村の方々でして貰う。……これならばどう?」
「そ、それならば」
「交渉成立だね」
ポン、と手を叩いて終わりの合図をする社長。相変わらずコイツの言葉遊びはえげつねえ。
まず相手に悪い予想の言葉を口にさせてからその予想を下回る要求をする。そうすりゃ相手はラッキーとかホッとしたとかでホイホイ了承するって寸法か。
しかも、さり気なく作業の全部を村に押し付けやがった上に、肉を『いくらか』って曖昧な言葉も使ってやがる。積めるだけ積む気だなこれ。
悪党だなぁコイツ──なんて思っていたら、村人共が作業に取り掛かった時に社長が俺にお礼を言ってきた。
「ありがとね、主任」
「……何がですか」
正直、そんな事言われるような事なんてしてねーんだけど。
「熊を置いてけって言われた時に、憎まれ役をしてくれた事だよ」
「別に……」
そんな理由でやったんじゃねえ。何を勝手に勘違いしているんだか……。
「おかげですんなりと交渉出来たよ。あの言葉があったからこそ相手は最悪のパターンを予想した。ついでに──」
血抜きの作業をし始めた村人の方へ社長が顔を向けたんで見てみると、なんかアホ女のリリィが村人へ楽しそうに話していた。
「ねぇねぇお兄さん。私、イイトコのお肉が欲しいなぁ♪」
「ちょ、お、おぉ?」
「お・ね・が・い♪」
あいつ色仕掛けしてやがる! 良い肉が食いてえからって魅惑のボデーを間違った使い方してやがる!!
「リリィも居るから良い部分が貰えそうだよ」
「それ俺と関係無くねえ?」
「ん? リリィは主任が居るから付いて来たんでしょ?」
「いやたぶん違うと思います……」
何をどう解釈したらそうなるのやら……。あいつは自由気ままに生きてるだけだろ。まあいいや……考えるのが面倒くせえ……。
…………………………………………。
「いいいいいいいいいいいいいいっやああっっっはああああああッッ!!!」
「うるせえ!! 黙れ!!」
俺達が今居る場所は惨めな竜人が居た所。近くに来たからついでにとか社長が言い出したから寄る事になった。クソ面倒でおじゃる……。
しかも何を考えてんのか、せっかく手に入れた熊の肉をこいつらと晩餐しようって話だ。なんでだよ。俺達だけで食うなり売るなりすりゃええやんけ。おかげで惨めな竜人がハイテンションになって騒音にジョブチェンジしてやがる。
……まあ大方の予想がつく。そこの金髪少女がお目当てなんでしょ。お前の趣味ドストライクだからな。……なんて事を社長に言ってみたが、なんか違うらしい。
「あの子は警戒対象。なんていうか……薄まっているけど濃い血の匂いがする」
薄いのに濃いってなんだそれ……。つーか血の臭い? 全然しねーけど……。
話に上がった金髪少女に視線を向けてみたが、熊の肉を初めて見たのか興味津々なご様子でそれを見てた。子供かよ。いや子供だけど。……何を警戒しろってんだ、コレを?
「じゃあなんでここに来たんだよ?」
「単純に物々交換がしたかったのもあるかな。肉より穀物の方が日持ちするでしょ? それに、熊肉の調理方法を知るのにも丁度良いからね」
「いやそっちじゃなくて、警戒してんだろ?」
お前が警戒した相手に易々と近付くはずがねーもん。
「まあ……ちょっとね」
あ、これ難しい話だ。深く訊かないでおこ……。コイツが言葉を濁すなんてよっぽどだわ。
社長の話で俺の頭が爆発する前にとっととその場を離れておく。そこら辺にある椅子を掴んで窓の前に置く。そんで窓枠を使って肘杖を突いて外をボーッと眺める事にした。
空はもう暗くなり始めていやがって、これから帰るのとかもう無理なんだろなって感じになってる。月よりでっけー月っぽいものが浮いてて、星は地球と変わらんように光ってる。星座は知らんから地球と同じかどうかも分からん。
後ろの方じゃ父親と竜人が食事前の鍛錬をするとかで外に出るとか言ってる。母親の方は社長と金髪少女と一緒に熊肉の料理をするらしい。リリィも料理を見学するとかなんとか。そうなると必然的に……。
「皆さん行ってしまいましたね」
……こうなるんだよなぁ。暇を持て余したロゼが俺の近くにやってきて話し掛けてくる。……って、立ったままかよ。疲れねーの? ……まあいいや。そんな事より、一応聞いておくかね。
「お前、俺と話して楽しい?」
「どう困らせようか考えると楽しいですわ」
「えぇ……」
その言葉に困るわ。何考えてんだコイツ……。つーか、俺を困らせて何が楽しいんですかねぇ……。
「まあいいや……。どうせ暇なんだろ。ちょっと教えろ」
「あら、珍しいですね。どういう風の吹き回しで?」
どうもこうも、ただ気になった事があるだけなんだよなぁ……。
「あの金髪少女居るじゃん」
「アリシアさんですか? あの子が何か」
「アイツから血の臭いする?」
熊をあんな殺し方出来るんだ。十人や二十人くらい余裕で人を殺してきてるだろ。そう思って訊いた。
普通に考えりゃこんなの訊けねーけど、妙に引っ掛かるんだよ。社長の性格を考えりゃ警戒対象なんぞ先手を打ってなんかするはず。なのに何もしねーどころか一緒に料理をしてやがる。直接訊けば頭が爆発するような難しい事を言うに決まってるから、別方向から考えにゃな。
「血の臭い……? いえ、しませんが」
しねーのか。じゃあ社長の気のせいだな。
なんて思ったんだが、こいつは社長と違った妙な事を言ってきやがった。
「ただ、普通の人間の気配とは少し違う何かを感じますね」
「……………………」
やべぇ。そろそろ頭がショートする。俺は深く考えるのが嫌いなんだ。
「気のせいと言われればそこまでな程度ですけどね」
「……おう」
とりあえず相槌。頭冷やさなきゃオーバーヒートしゅるぅ……。
ロゼが首をちっさく傾ける。たぶん、俺がなんでそんな事訊いたのかって考えてんだろな。
「ところで主任さん。以前、わたくしが何者なのかと訊いてきましたよね?」
「そういやそんな事もありましたね」
あ、なんか自分語り入りそうだからテキトーに流しておこう。
「わたくしは元々、暗殺者なのですよ」
流せねー単語が開幕三秒で出てきやがった。
オイのっけからクソやべぇカミングアウトされたんだけど? ニコニコ顔の暗殺者だって? その笑顔の裏にはどんな殺意が隠れてんの? つーか俺殺されるの? 殺されないよな? な?
「ですが、途中から余り面白く感じなくなりまして。それで暗殺組織とお別れしました」
「それ組織から追われてるって事だよな? 俺達とんでもねー事に首突っ込んでるよな? つーか首が飛びそうなんだけど? 身体と永遠にサヨナラしそうなんだけど?」
「ご安心を。本来ならば命を狙われるのですが、わたくしを仕留められるような人が誰も居なかったので基本的に相互不干渉です」
……一先ずは安心して良いらしい。いや、これつまり爆弾って事だよな? いつ爆発するか分かんねー不発弾みてーなもんじゃねえか。
「つーか、面白いとか面白くないとかで生きてんのかよお前」
「それはもう当然です。楽しんでこそ人生でしょう?」
うわ……コイツまさかのリア充だ。めっちゃニコニコしながら言ってる。下手すりゃ殺される立場の癖に楽しんでる変態だ……。
……そういや、コイツ『微笑みのロゼ』とか言われてたんだっけ? こんなニコニコ笑顔をしながら人を殺してきたから、そんな異名とか付いたのか? ……いや微笑みって感じじゃねーよなぁ。
「あら、意外と顔に出るんですね」
「何がですか」
「わたくしの顔を見て何かを考えていますので、恐らく『微笑みのロゼ』に違和感があったのかな、と」
「えぇ……」
なんで分かるんだコイツ……。いや、俺が分かりやすいのか……? んな事ねーと思うんだが……。
「この異名は暗殺者時代に付けられたものですよ。常に冷めた無表情だというのに、人を殺す時のみ薄く笑うから──だそうです。確か最初に言ったのは当時の仕事仲間でしたかね?」
「ただのヤベー奴だった」
社長でもそんな変態じゃねーぞ。……たぶん。
にしてもお喋りだな。熊を殺して気分でも昂って……る訳ねえよなぁ……。殺しなんていくらでもやってきてんだし……。じゃあ何だ? 熊肉が食えるからテンション上がってきてんのか?
「……前にお前、女の秘密を聞くのなら対価用意しろって言わなかったか? タダで渡してくるとか怖いんだが」
「そういえばそうでしたね。では、それは社長と主任の事を教えて頂くという事で」
「謀ったな貴様!!」
ちくしょう! やられた! いや勝手にコイツが言い出した事だからスルーすりゃ良いんだが、後で何があるか分かんねー。大人しくゲロった方が身の為か……。
「はぁー……。何が聞きたいんだよ……」
盛大に溜め息を吐いて『話したくねーです』アピールをしておく。結果から言うと無駄だった。
「では、お二人はどういった関係なのですか? とても仲の良いように見えますので、もしかして恋人だったりしますか?」
「んな訳あるか。アイツ男だぞ」
俺はホモじゃねえ。男なんざお断りだ。それに、アイツが全てを包み込んでくれるようなお姉さまだったとしてもお断りだ。あの性格は無い。ぜってぇ面倒臭いもん。
「……どこが男なのですか? どう見ても女の子では……」
「はぁ?」
いや男だろ。目ん玉腐ってんの? 俺がアイツとどんだけ長い付き合いがあると思ってんだ。……まあ、実際に面を見たのはこっちに来てからが初めてだが。
「中性的なだけで男だぞ。見てくれと声に騙されんな」
「今のところはそうしておきますね」
コイツ信じてねぇ。……まあいいや。そう思うのならそうなんだろ。お前の中ではな。
「あと、どんな国から来たのかが気になりますね。お二人の話を聞く限りでは、わたくしの知らない国から来ているようなので」
「それに関しちゃ何も言えねえ。聖女サマと話してた時に社長が話すなっつってたからな」
「あら……意外ですね」
「まあアイツなりに考えてる事があるんでそ」
「いえ、主任さんがまともに話を聞いている事が、です」
「お前本当にド失礼だなぁ!?」
面と向かってよくそんな事が言えるなお前!? 犯すぞ!! ……いや、犯そうとしても殺されるだけですわ。んな理由で殺されるとか下らなさ過ぎる……。
「では失礼ついでに、一つ要望があるのですが」
「……なんですか」
どうせマトモな事なんざ言やしねえんだろ。なんだ? 何を言ってくんだ? ファックしてくれって言ったら絶対にしてやんねぇ。
「社長さんと主任さんは私を愛称で呼んでいるでしょう? ならば私もお二人を愛称で呼びたいのです」
「もうこの名前自体が愛称みたいなもんなんで……」
「……え?」
予想外だったのか、ロゼが呆けた顔をした。ああそうか。そういや言ってなかったな。言って……良いだろ。濁せば。たぶん、きっと、恐らく。
「それはつまり……『社長』と『主任』という名前は本名ではない、と?」
「そうだぞ。俺達はもう元の国に帰る事は出来ないから名前を捨てたんだよ」
例え帰る手段が見付かったとしても、俺達は帰る事はもう無い。日頃から生活に不満を持ってたんだ。好き勝手に生きて理不尽に死ぬこっちの世界の方がずっと俺達らしい生活だ。……いや、社長はなんだかんだで未練ありそうだけど、俺は一切無い。実際に口数も増えたしな。
……前の世界、か。ああ、くっだらねー世界だったなぁ。好きな事はできねぇ。好きなもんも無ぇ。緊急事態で人を助けて表彰されたとしても疎まれるだけ。人なんざ信用できねえし、するもんじゃねぇ。常日頃から仮面を被ったクソ共とお人形遊びでもしているかのような仕事に、客は自分を神様だと勘違いして横暴するわ叫ぶわテメェの不始末をこっちの責任にするわでイラ立つ毎日。ついでに俺に才能も無ぇときた。
……そういや、社長くらいなもんかなぁ。俺がテキトーにやった事に本気で嫉妬しつつ本気で褒めてくれたのって。
あ、ダメだこれ。変な方に入ってった。
「主任ーロゼー! そろそろご飯が出来るってさー! あたし外の二人呼んでくるねー!」
前の世界の事を思い出して気分がオートボナンした所で、喧しい声が脳を揺らしてくる。どうやら飯の時間らしい。……熊肉って初めて食うな。どんな味なのやら。
椅子から立ち上がると、無意識に溜め息が出た。
「……帰りたいと思いますか?」
それをなんか勘違いしたのか、ロゼはそんな事を言ってきた。
「いや全然? こっちの方が二億倍はマシですし」
いや、那由他にまで足踏み込んでるわ。そもそも比べるまでもねぇ。ミジンコと宇宙、どっちが大きい?? って聞くようなもんである。
「……本当、よく分からない人ですね、主任さんは」
「よく言われる」
まあ呆れてくれたのなら良い事か。あんまり突っつかれるとこっちも嫌な事を思い出す。ついでに口が滑って社長にジト目でもされたら後がどうなるか分からんですし……。
──ただ、一つだけ不満はある。飯だ。飯である。こっちの世界の飯はどれもこれも味がショボい。なんか雑味が多いし味自体も粗末である。これだけは元の世界の方が優秀。まあでも、いずれ慣れるかねぇ……。
(なんか面白い事とか起こらねーかねぇ……)
ちょい獣臭いがまあまあだった熊肉の料理どもを食い終わった後、俺はさっき見た星空をもう一回眺めながらそう思った。……やっぱりいくら見ても星の事は分かんねぇわ。社長なら分かるのかねぇ?
さてはて、明日は何をするのやら──。
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