「三角形は一つの点となる」 2ぶろっく
「そんな……」
なんでよ! 本当に何も言わないで行っちゃうなんて。なんでなんでなんで。
私はその場に座り込む。
後ろから彩月の声が聞こえる。
「千夏……ほら立って。ってなんで泣いてるのさ? 千夏?」
「……行っちゃった。……謙が行っちゃった」
私は地面に落ちる涙で出来たシミを見つめる。
「矢元君のこと? 行っちゃったって旅行でしょ? 朝に言ってたじゃん」
「なになに? どしたの?」
この声は浜田だ。きっと私が叫んでたから様子を見に来たんだろう。
「なんか千夏が泣いてるの。矢元君が行っちゃったって……」
「んあ? 親戚んとこに旅行だろ?」
「違うんだよ! 謙は……謙は。遠くに行っちゃうの!」
私は少し怒鳴るように叫んだ。
「は?」
「千夏? どういうこと?」
私は涙ながらも二人に説明した。
ここから二時間程離れた場所に行ってしまうこと。それは恐らく旭川という事。謙のお母さんの事。夏からずっと考えていた事。見送りもしないで欲しいと突き放された事。
「そんな……」
彩月は口を手で押さえ固まってしまった。
「でもよ。二時間だろ? 本気出せばいつでも会えるじゃん。あいつなりに何か考えがあってこうしてるんだろ? だったら俺らは友達として見守ってやろうぜ? いつか今回の事きちんと話してくれる日までよ」
浜田は私の肩に手を置きそう言った。
しかし次の瞬間、彩月でも浜田でもない声が私の耳に入る。
「ほんとユズルンは馬鹿ね。一番大事なところを話していないなんて。元々馬鹿だとは思っていたのだけれど、ここまでとはね。チカリン。立ち聞きしてしまうつもりはなかったのだけれど、今お友達に話していたのがユズルンから聞いていた内容の全てで間違いはないかしら?」
私は顔を上げる。
「咲希! なんでここに? 一緒に車に乗ってたんじゃ……」
「あたしはこの後ライブがあるから歩いて駅まで行くのよ。そもそもりなっぺたちとは方向が違うもの。それで質問の返事はどうなのかしら?」
私の話した内容は、知っていること全てだ。それ以外は知らない。
「うん。今話してたのが全部……」
彩月と浜田は困惑している。それもそうだろう。いきなり出てきた見ず知らずの咲希がここにるのだから。
咲希はため息をついて口を開いた。
「まず。ここから二時間の距離というのは間違いではないわ。ただ移動手段が何で二時間なのか。車や電車ではないわ。飛行機を使って二時間よ。正確には一時間半位なのだけれど、そこからの移動も入れて二時間といったところかしら」
私は混乱する。飛行機を使って二時間? 旭川じゃなかったの? ただの私の思い込みだったの?
浜田は立ち上がり咲希に訊く。
「で、結局矢元は何処に行くんだよ!」
「東京よ。ユズルンはチカリンにきちんと話したと言っていたから安心していたのだけれど」
東京? そんな……。
簡単にほいほいと行ける場所ではない。なんでこんな大事な事教えてくれなかったの?
「それじゃあ、矢元が車で向かっているのは……」
「空港よ」
私は急いで立ち上がり、お父さんの元へ走る。
「お父さん! 今日車で来てる? どっちなの!」
私はお父さんの腕を強く掴む。
「どうしたんだよいきなり」
「空港まで乗せてって! 今すぐに! 早くしないと謙行っちゃう!」
お父さんは私に揺らされながら答えた。
「謙君今日東京に向かうのか。なにも卒業式のその日に行かなくてもいいのにな」
今なんて? 東京って言った?
「お父さん知ってたの? なんで教えてくれなかったのさ! なんで!」
「知らなかったのか? 千夏はてっきり知ってると思ってたよ。前に聞いた時知ってるような感じだったし」
私は掴む手に力が入る。
「空港まで送っていきたいのは山々なんだけどな。店開けっ放しでお母さんもあの熱だ。ここから空港まで結構距離あるしな……」
私はその場に崩れる。
そんな私の頭にお父さんは優しく手を置いた。
「千夏。力になれないお父さんが言うのもなんだけどな。諦めるのは出来る事を全部やってからにしろ。千夏の友達はまだ諦めてないみたいだぞ」
私は振り返る。
「七崎! うちの親父が乗せてってくれるって! 空港までは無理だけど、札幌の駅までなら行けるって! 早く」
「浜田……」
私と彩月、浜田は車に乗り込む。
「親父! なんとかなんないのかよ! 裏道とか! このままだと間に合わねー」
「ダメだな。どこも同じだろう。しかしなんだこの渋滞は。事故でもあったのか?」
車で札幌の入り口付近まで来たが渋滞にはまってしまった。車が進むような気配は無い。
私は携帯を握りしめ祈る。
彩月はずっと携帯で何やら調べごとをしている。そんな彩月が大きな声を上げた。
「千夏! 矢元君の乗る飛行機の時間分かった。きっとこれ」
校門を出る際に咲希が教えてくれた飛行機の種類とおおよその時間。咲希自身も詳しく聞いてはいなかったらしいが教えてくれた。
彩月はそれを元に携帯で調べたのだろう。
「ここに書いてある15時30分の便。今13時過ぎだから、札幌駅から空港行電車の14時頃発のに乗ればギリギリ間に合いそう。千夏電車賃持ってる?」
私は財布を開く。
「五百円しかない……」
「もう。そんな事だろうと思った。はいこれ」
彩月はそう言って五千円札を私の手に握らせた。
「でも……悪いよ……」
「いいから。そんな事言ってる場合じゃないでしょ! いい? 電車で空港まで30分位で着くけど空港広いから。それに搭乗手続き済ませて乗り口に行っちゃったら見つけられないかもしれない。だから空港着いたらダッシュよ!」
私はうつむく。
「でも。この渋滞……。駅にすら間に合わないよ……」
「大丈夫! 後は典君がなんとかしてくれる! そうでしょ典君? 私たちの為に色々してくれた恩を返すって言ってたでしょ!」
「んな無茶な……」
助手席からこちらを覗いていた浜田。少しの間黙っていたが、何を思ったのかシートベルトを外し外に出た。
「七崎! 走るぞ! 降りろ」
そんな浜田におじさんは声を掛ける。
「典! ここから駅までどんだけあると思ってんだ! 走ってどうこうの距離じゃねーぞ!」
「大丈夫。考えはある! いいから七崎降りろ。親父。後ろに積んでる工具にマイナスドライバーある?」
「きっと入ってると思うぞ。何すんだ?」
「大人は気にすんなよ」
浜田はそう言って後ろのトランクを開け工具箱からドライバーを手に取った。
彩月は私にグッジョブサインを出している。
「大丈夫よ! 私の彼氏。やるときはやるんだから」と。
車から降りた私と浜田は走り出した。
「おい! 歩道橋見えてきた。ゲホッゲホ……もうちょっとだ」
「う、うん」
どの位走っただろう。
車から降りて十分くらいだろうか。ずっとほぼ全力疾走している。
走り出す時、浜田は何故か『歩道橋の所までとりあえず走るぞ』と言っていた。
それがどんな意味かは分からないが、私は浜田を信じて走った。
道路はいまだに渋滞で車が列をなしている。
喉の辺りから血のような味がする。無茶なペースで走った時の味。部活を引退したとはいえ元バスケ部の私ですらこの辛さ。浜田は帰宅部。私の何倍も辛いはずなのに……。
「ちょっと休む?」
浜田が心配で休憩の提案を出す。
「俺は大丈夫……はあはあ……七崎辛いか?」
「浜田死にそうな顔だからさ」
「俺の心配はすんな……はあはあ……あと信号何個か越えれば着く……」
「うん」
なんとか歩道橋までたどり着いた。
浜田の呼吸はとても激しい。今すぐにでも倒れ込みたそうな表情。それでも休みはせず歩道橋の階段下に駆け足で向かう。
「浜田……これからどうするの?」
返事はない。浜田は階段下の大量に放置してある自転車を調べている。
「浜田?」
「これならパンクしてないしいけそうだな」
「あんたまさか!」
「よし。外れた」
浜田はそう言うと、自転車を引っ張り出してくる。
その自転車のカゴはグニャリと変形しチェーンも錆びだらけ。タイヤのフレームには蜘蛛の巣や枯葉。ハンドルは曲がっているタイプのママチャリってやつだ。
「鍵どうやって外したの? ってかダメだよ!」
「気にすんな! ちゃんとここに返しとくし、ちょっと借りるだけだ! 後ろ乗れ!」
確かにもうこうでもしないと間に合わないか……。でも後ろ乗れって……。
「あんたはもう休んだ方が……」
「いいから! 話してる時間ももったいない! 早く!」
私は言われるがままに後ろの荷台に座る。
「飛ばすからしっかり捕まれよ!」
「う、うん」
自転車で駅を目指して15分。
空港行の電車が14時頃。いまの時刻13時40分。
浜田はうまく裏路地を使い信号を回避しながら駅を目指す。とても順調だと思う……。
『そこの二人乗りー止まりなさーい』
ミニパトに追いかけられていなければだが……。
「げー。追いついてきたー!」
「七崎いいか。もう少し行ったら地下鉄の入り口がある。そこに付いたらダッシュで地下鉄に乗れ! それで札駅に向かうんだ。警察は俺がなんとか言い訳しとくから」
「うん」
ここまできたらとことん走ってやる。絶対謙に追いついて引っ叩いてやるんだから。
謙からしたら私たちが今やっているこ事は迷惑なのかもしれないけど、そんなの知ったことか!
「入り口見えた!」
『そこのカップルー止まりなさーい』
「「カップル違ーう! 親友だー!」」
私は飛ぶようにして自転車から降り地下鉄を目指す。絶対に振り返らない。でも私には分かる。浜田はきっとグッジョブサインを出しているって。
地下鉄への階段を飛ぶように降り、ダッシュで地下鉄に乗った。
『新千歳空港、新千歳空港です――お下りの際は――』
アナウンスが流れ空港に到着。ここはJRと直結してる。
修学旅行の時に一度来たことがあるが、中の構造などはうろ覚え。出発口が二階というのは何故か覚えている。
その記憶を頼りに私は走る。
キャリーバッグを持った人たちの中、制服で胸には『祝卒業』と書かれた記章を付けた完全場違いな私。おまけに汗だく。
二階の案内図で謙の乗る航空会社の出発口を探す。
「一番端っこか……」
ただでさえ広い空港の一番端。今の時間は15時3分。まだ中に入って無ければいいけど……。
私はまた走る。
通り過ぎる人達が私を見て何か言っているがそんなの関係ない。
しばらく走って一番端の出発口に到着。
保安検査を待つ列が出来ている。私はその列を探す。しかし謙の姿は無い。
携帯に電話してみても、電源が入っていないの繋がらない。
もうここから中に入っちゃったのかな……。
「謙ー!」
私は叫んだ。列の人や待合に座っている人達からの目線が刺さる。しかし、それも虚しく謙の姿はない。
叫んだ恥ずかしさから顔が熱を帯びる。
そんな……。
その後近くのトイレ付近や売店も探したが無駄だった。




