act7-2. ジャック・グリムリーパー
act7-2. ジャック・グリムリーパー
「星は、卑怯だと思わないかい?けして届かないのに、こんなにも目の前で瞬いて…地を這う僕等を夜空から嘲笑うんだ」
夜空を眺めながら、ジャンヌは手を伸ばす。その手は宙を掬い、星を掴む事はない。
「私はそうは思わないわ。お姉様。星は夜になると必ず現れる。私達を癒しその光で眠りへ誘う。お姉様だって、星が綺麗だと思ったんでしょう?」
ジャンヌとノエルの性格は正反対だった。しかし、それがジャンヌには心地良かった。自分の埋まらないアシンメトリーな穴を埋めてくれるのはノエルだけだと信じていた。
二人は額を合わせて笑い合う。
しかし幸せな日々は、いつか必ず終わりを告げる。
村人達の騒めき。何事かと振り返った二人に突きつけられたのは、銃口。
村人は何事かを喚きながら、じりじりと距離を詰める。ジャンヌは手を広げてノエルを背中に隠すように守りながら、後退していく。
「この村が貧しいのも、干ばつが続くのも、全部この忌児のせいだ!」
ジャンヌはいつか来ると予測していた事態に、怯えながらも冷静に逃げる術を思案していた。奴等が狙っているのは僕だけ。ノエルは、ノエルだけは守るんだ――。
ジャンヌは瞬時に身を屈ませ男の懐に飛び込み、その腰に刺さっていた短剣を奪った。
「このっ……」
銃口を向けられた腕を、一寸の躊躇いも無く渾身の力で切り落とす。悲鳴をあげる男を蹴り飛ばし、次の男へ短剣を突き刺す。心臓には届かない。それでも村人達を怯ませるには充分だった。
「お姉様……」
片手でノエルを隠しながら、ジャンヌは短剣を構える。
強襲してきた村人の何人かは逃げ出す者もいた。ジャンヌはそれを見やると鼻で笑い、挑戦的な笑みを浮かべる。
「君達が呪う忌児は、ああ、呪われているとも。君達が武器を向けるなら、僕は君達を躊躇いなく――殺す!」
銃は高価だ。銃を持っている村人は先に腕を切り落とした一人だけだったようで、後の数人は短剣や包丁、木材を構えていた。
武器を構え突進してくる男を翻って躱し、木を足蹴に飛び上がり、その首筋に短剣を突き刺す。
ちらりと視界の端に映ったノエルは、両手で口を抑えて怯えきっていた。
――僕に?村人達に?分からない。
しかし、7歳にこれ以上の戦闘は不利になるだけだった。小柄を生かし攻撃を躱し続け、武器を持つ手は全て切りつけた。
呻き声や怒号の中でジャンヌはノエルとは反対側へ走る。
標的が自分なら、ノエルに合流する訳にはいかない――
しかし、その判断は間違いだった。
「俺が正義だッ!!」
叫びながら、転がっていた銃を拾う男を、ジャンヌは視認していなかった。
「お姉様!!」
ノエルの叫び声。ジャンヌが振り返ると、鮮血が雪のように舞っていた。
「―― な、に」
ジャンヌの背中と銃口の間には、ノエルの背中。
ノエルは、ジャンヌを庇ったのだ。
ジャンヌは倒れ込むノエルを抱き留める。
薄いノエルの胸から溢れる鮮血がそのドレスを染めていく。
「ノエル、ノエルッ!!」
再び騒めく村人。忌児殺害計画を止めんとする村人達も存在していたようで、その数人が男達の元へ集まっていく。
「ノエル、何で……」
「お姉、様……」
ノエルが幼い手を震わせ、ジャンヌの頬を撫でる。
「お姉様は…… ノエルだけのお姉様ですわ…… 大好きよ…… ジャンヌ、お姉様……」
手が力を失い垂れる。ジャンヌは骸を抱き締め、泣き叫ぶ。
その時、ジャンヌの中で何かの枷が外れる音がした。
骸をその場に横たえ、村人へ向かい歩き出す。それはやがて走行になり、その場にいた村人達を無差別に切り刻む乱舞となった。
ジャンヌは無意識に、ひたすら叫んだ。
この世の不条理に、己の生命に、憎悪を叩き付けるように。
ジャンヌは最後に、小さな村の全ての家に火を放った。
火の中、抱き抱えた妹の目蓋に最後のキスをすると、その骸も火にくべる。
「さようなら、ノエル。君のお姉様は、君と一緒に死んだよ」
曙光の中、少女は炎に背を向け歩き出す。
「僕はジャック。南瓜のジャック。切り裂き魔のジャック――」
視線を上げた眼差しは、あの鮮血を忘れさせないような赤の閃光。
「ジャック・グリムリーパー」
無知を憎悪する壊れた殺人鬼はこうして生まれた。
お読み頂き大変有難く存じます。
ジャックの誕生、後編でした。
次回もお楽しみ頂ければ幸いです。