act6. 仲間と過去
act6. 仲間と過去
「ねーえー、アンジェリカ!なんかわたくしを避けてませんこと?わたくしが嫌いなんですの?まさか、負けるのが怖いとか?」
「ああもう!鬱陶しいわね、そんな事言うから嫌われるのよ。この世界に貴女を失いたくないと願う人、または貴女が失いたくないと願う人は居るのかしら?」
中庭での決闘騒ぎ以来、フィオナはアンジェリカの技術を盗むと言ってアンジェリカにべったりになった。不機嫌を隠しもせずフィオナの腕を振り払う。
「それは僕も聞きたいな。君は孤独を好むようだね?」
そして、この白金の髪の少年も。
「あー、貴方はこの前の。誰だっけ?」
「ティファレトです。そろそろ覚えてくれたら嬉しいな」
天才として飛び級編入し、周りから畏怖される様に避けられていたアンジェリカが、今や仲間を引き連れて行動していた。
アンジェリカは他者に心を開く事を嫌い、否、恐れている。アンジェリカの危惧は全て、その前髪に隠された右目に起因していた。
前髪が乱れ、右目が少しだけ覗く。それは、左の紫水晶とは違う、アクアマリン。
「あら?アンジェリカ、前からずっと気になってたんですけれど…… 貴女ってオッドアイなんですの?」
数拍置いて、アンジェリカが前髪を整えながらぽつりと呟く。
「義眼なのよ―― 片目」
「義眼って……」
「それより!あまり私に関わらない方が良いんじゃない?他のクラスメイトから珍獣を眺める目で見られているわよ」
アンジェリカは語りたく無いといった様子で、強制的に話題をすり替えた。
確かに他のクラスメイトからも、それは理解し難い光景だろう。クラスの元トップが、あんなに敵意を剥き出しにしていた現トップにべったりとくっつき、突然の美少年転入生も何かとアンジェリカの後をついて回る。
「アンジェリカだけが特別視されているなんて、それが気に入りませんわ。この二人の友情を、熱い共闘を今すぐ語り広げてきてもいいくらいですのよ」
「共闘?ふん、貴女は地上を這い擦り回ってピーピー喚いてただけでしょうに」
「何ですってー!?もぉーっ!」
「二人には何か思い出があるんだね。良いな」
白磁のような細い指を顎に添え、非の打ち所が無く整った顔の少年はくすくす笑う。
「何を言っていますの?ティファレトさん」
フィオナはさも当然と言うように、アンジェリカの首元に抱きついてみせる。
「思い出なんてこれから幾らでも作れますことよ。何なら3人で電車ごっこでもしましょうか?」
「ちょっと…… やめてよね」
フィオナの冗談に、アンジェリカが初めて笑った。しかし、その腕からはしゃがんでするりと抜ける。
「そうだね…… 僕等には未来がある。素晴らしい事だ」
ティファレトは、それがかつて知る様な絶望に染まらない事を願った。
「はぁ……全く、何度振り払っても何故懲りないのかしら」
アンジェリカは可憐な顔に疲労をありありと浮かべ、静かな図書室に移動しようと廊下を進んでいた。
大勢から奇異の目で眺められるのは不愉快だ。
フィオナの言うがまま、彼女らとこのまま共に居ても良いのか…… また、彼女らを巻き込む事はないのか…… アンジェリカは悩んでいた。
「――溜息を吐くと幸運が逃げると言うよ」
再び降って湧いた、因縁の声。
「もとより溜息を吐かざるを得ない精神状態まで追い込まれていたら、幸運に逃げられた後だと僕は思うけどね」
「…… 何故貴女がここに潜入しているの、ジャック。ここは火気厳禁の図書室よ」
ピエロの様なフェイスペイントを目の下に施した少女は、蝙蝠の如く天井にぶら下がっていた。
「こうして他人を観察するのは僕の趣味でね」
「悪趣味だこと」
アンジェリカが睨む様に一瞥する。
「ねぇ姉さん、こんな場所でのうのうと暮らしてて良いの?僕は君の大切なものをまた奪う事だってできる。君は君のせいでまた失うんだ。哀れだねぇ」
「貴女がここで暴れようものなら、私とキルケ師匠がお相手するわ」
「キルケ!」
ジャックが芝居掛かった驚き方で両手を開いてみせる。
「そうか…… 彼女はまだ生きていたのか」
「……何を言っているの?」
顎に手を当て、愉快そうに笑う死神。
「情報料が足りないねぇ。情報は金と同義だよ」
「要らないわ、自分で掴むから」
裂け目を引っ張り、ジャックを詰め込む様に強制的に閉じた。これ以上あの不快な笑い声を聞くのは精神衛生に支障を来す。
――かつては親友だったのに。
戻らない過去にアンジェリカは頭を振って無駄な思考を終了した。
お読み頂き大変有難く存じます。
次回もお付き合い頂ければ幸いです。