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レヴィアタンの魔天使  作者: 姫野いつき
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act5. 秘めた願い

※今回から残酷な描写が含まれます。ご注意下さい。

 act5. 秘めた願い



 幾百の朝と夜を繰り返した。

 誰かに気付いてほしくて。思い出してほしくて。僕はここに居るのに。

 声を上げても、それは音にならない。手を振りたくても、球体関節が軋むだけ。涙を流したくても、硝子の双眸は埃に濁るだけ。

 このまま朽ちていくのか…… 

 絶望の中、僕の動かない体に、優しく触れてくれた少女が居た。

 僕はあの奇跡を忘れられず、必死に声を上げた。届け、届け、どうか……。

「アンタ、恋でもしたのかい」

 恋……?この感情は…… 分からない。でもただ一つ、僕の願いは、彼女にもう一度会いたい。

 そして、お礼を言いたいんだ。

 僕の声を聞いた誰かが、僕の視界に光をもたらした。

「良いよ、行っといで」

 そして僕は…… 僕の声を初めて聞いた。

「―― 行ってきます」




「あとちょっと…… なのに、んんっ……」

 学院の図書室で上段の本に手を伸ばす一際小柄な少女が一人。桜色のツインテールを揺らし、爪先立ちで目一杯に手を伸ばす。

 仕方ない。翼を使おうか―― と隠蔽魔法を解除しようとした瞬間。

「はい、どうぞ」

 背後から少年の声が降ってきた。

「あ、ありがと…… って、べっ、別に取ってくれなんて頼んでなくってよ!」

「ははは。ではこれは僕の趣味で行った自己満足の人助けだ」

 振り向くと、白金色の髪に翡翠色の瞳の少年が、窓からの逆光を受けながら微笑んでいた。

「あら、貴方、どこかで会った……?」

 アンジェリカはその容貌に既視感を覚え、まじまじと彼を眺めようとする。少年はするりとアンジェリカの視線から逃れ、「ではこれで」と手を振り、去ってしまった。

 残されたアンジェリカは、本を抱きながらその背中を見送る事しか出来なかった。



「転入生のティファレト・アヴィール君だ。皆、仲良くしてやってくれ」

「宜しくお願いします」

 あの子、転入生だったのね。アンジェリカは頬杖をつきながら驚きに目を開く。

 つい今朝、図書室で会った少年だった。ならば、無意識に廊下ですれ違いでもした可能性が浮上する。

「アンジェリカ、あの子と友達なんですの?」

「いえ、今朝少し接触しただけよ…… って、貴女早速読心魔法を習得したのね」

「この元トップ、アンジェリカに負けてはいられませんわ」

 こそこそと耳打ちしてくるフィオナ。

「それは追い掛け、もしくはパクリと言うのよ」

「何ですって!?」

 短気なところはフィオナの最大の弱点だと思う。魔導士たる者、実戦では精神戦が最も重要になる。

「フィオナー、静かにー」

「あ、ごめんなさいキルケ先生」

 萎れる様に体勢を戻すフィオナ。アンジェリカは鼻で笑う。

「席はそうだなー、アンジェリカの後ろが空いてるな。一番後ろだが、視力に問題は無いかね?」

「ええ、構いませんよ」

 授業が終わるまで、アンジェリカは一日中背後からの熱烈な視線を感じたのは言うまでも無い。

 その鬱憤は帰宅後、ノワールへ愚痴となって垂れ流れた。





 ――俺はワービースト族として生まれた。

 でもそれは不完全な肉体で、肉塊から人の手や獣の足が四方に飛び出て、眼球や毛髪が散らばった様なグロテスクな姿だった。

 両親は俺に背を向けて去り、俺は這い擦り追いかけた先の水溜りに映った自分の姿に絶望した。

「なんだ、これは。なんだ、俺は」

 何故―― 生まれてきた?

 俺の前を横切る人々の足は、俺を避けて通るか、気付かずに尻尾や腕を踏んでいく。やがて俺は嫌悪感を露わにした声と共に、道端へ蹴り飛ばされた。ついでに雨まで降ってきて、俺はなす術も無く途方に暮れた。

 そこへ現れたのが、死神の甘美な誘い。

 俺の体は彼女によって人の形へ再構築された。

 俺は、俺の命よりも重大な感謝と、生まれ変わったこの肉体で彼女を守ろうと誓った。



 彼女の趣味は、種族を問わず他者を甚振る事だった。俺は何も言わない。たまに彼女はその暴虐を俺やドールロイドに実行させ、その姿を笑いながら眺める事もあった。

 ――彼女には、何かが欠落しているのだろう。または、失わざるを得ない何かががあったのかもしれない。

「……あの日あいつに救われなければ俺は生きていない。だからこそ、俺を犠牲にしてあいつを悲しませる訳にはいかない……」

 俺は独白のように呟く。刃物のように鋭利な長い爪を伸ばし、標的に歩み寄って行く。標的は拘束された状態で、俺を畏怖して震えていた。

 …… ああ、これだ。かつて俺を嘲笑し、卑下した奴らになったんだ。

 この世界は、殺すか、殺されるかしかない。

 妙な興奮を覚えた。俺の口は笑みを形成していた。甘美な死神によって感化されたのかもしれない。

「だから―― お前がくたばれ!」

 俺は無慈悲に光を反射する爪を振り下ろした。



「嗚呼、見事だ……嗚呼、素晴らしいよ」

 鼻腔をつんざく鉄の匂いが充満する地下の拷問部屋に、一人の拍手が響き渡る。

「今回の演劇も役者が良かった」

 それは主人の声。チェシャは振り返る。

 ジャックは飼い猫と死体に歩み寄り、死体の頭を踏み砕いてケタケタと笑った。血と脳漿をぐりぐりと踏み荒らし、さも楽しそうに笑い続ける。

「人は、追い詰められると真が出ると言うけど。この骸は僕に救いを求めていたね。実に滑稽だった」

 死体はワービースト族で、死体の背後には泣き喚く子供のワービースト達が拘束されていた。


「誰かを庇って死ぬなんて勿体無い。蓋し愚かだ。人が自分を一番可愛がるのは極自然な事だよ。だって、自分以外を守れるキャパシティなんて無いからね。他人を愛する生命程脆弱な生物は存在しないよ」


 ジャックは、足元の原型を留めていない頭部に手を伸ばし、その目隠しを剥いだ。

「――!」

「さて、子猫君。この瞳に見覚えはあるかね?」

 それはチェシャと同じ、死する恐怖に見開かれて光を失った琥珀の瞳。

「ああ、そうか、そうか。そういう事か……」

 チェシャは肩を震わせる。ジャックは貼り付けたような笑みを浮かべたまま。

「はは…… はははは!!お前らが!お前らが俺を生み出し!捨てた!はははは!!!」

「くっくっく…… くっはははは!!」

 二人分の狂乱した笑い声が響く。残響も鳴り止まぬまま、チェシャはひどく興奮した様子で主人の前に片膝をつく。

「恩に着る……!奴らも、奴らの抹殺許可も、俺に!早く!さぁ!」

「ああ、勿論だとも…… 殺すがいい、かつて僕がそうしたように、皆殺しだ!怨念よ、殺意よ、永劫連鎖するがいい!」

 殺意と狂乱に咲き乱れる鮮血の花。その爪は、残ったワービースト達を鮮やかに切り刻んでいく。

 かつて自分を捨てた家族は、今はただ悲鳴を生成する玩具と化していた。


「Odi et amo. ―― ねぇ姉さん、思考の歯車は、いつか必ず狂ってしまうんだ。闇を愛し光を憎む。羨望は嫉妬に、畏怖は恋慕に。愛情は、憎悪に――」

 悲劇の叫声の中で、ジャックは呟く。



 幼子が母親に手を伸ばす様に、見上げた先の天井にも鮮血が迸った。

お読み頂き大変有難く存じます。

それぞれが抱く願い。

次回もお付き合い頂ければ幸いです。

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